SAKKUN さん プロフィール

  •  
SAKKUNさん: SAKKUNのエッセイ集
ハンドル名SAKKUN さん
ブログタイトルSAKKUNのエッセイ集
ブログURLhttps://ameblo.jp/sakkun2009/
サイト紹介文街歩き、小旅行、人間観察…。SAKKUN執筆のエッセイ集です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供56回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2010/01/11 18:13

SAKKUN さんのブログ記事

  • 焼酎学校と産院
  • パソコンでもスマホでも、誤変換はよくあることである。同音異義語が多いと、誤変換しやすくなる。「かわ」と入力すると「川」や「皮」などが、「せいかく」と入力すると「正確」や「性格」などが、変換候補として画面に現れる。ずいぶん前に書いたことがあるが、「おかみさん(女将さん)」と入力したら、「岡見さん」「御神散」と変換候補が現れて驚いたことがある。御神散は漢方薬みたいな名前だが、検索しても見つからなかっ [続きを読む]
  • 吉祥寺と古祥寺
  • 私が仕事で文章を書くようになってから、かれこれ30年以上になる。最初のころは手書き原稿を印刷業者に渡していた。活版印刷の時代から、写植が主流に変わろうとしていたころである。パソコンが普及した今なら何でもないことだが、当時は手書き文字を活字化するには、プロフェッショナルの手を介さなければならなかった。活字になった自分の原稿を初めて見た時は、とても感動した。写真植字機は和文タイプライターのような構造 [続きを読む]
  • 銭湯とスーパー銭湯
  • スーパー銭湯や日帰り温泉も好きだが、街の普通の銭湯はそれ以上に好きである。番台式が主流だった街の銭湯も、最近はフロント式がほとんどである。サウナや露天風呂を備えた店も多い。どんなに設備を近代化しても、街の銭湯空間には庶民的な雰囲気が漂っている。街の銭湯とスーパー銭湯の違いを考察してみると、面白いことに気づく。街の銭湯の浴室のシャワーは固定式だが、スーパー銭湯のシャワーは手持ち式が主流だ。街の銭湯 [続きを読む]
  • 後頭部にメガネ
  • 電車で私の真向かいに座っていた中年男性客が、後ろを振り返って窓の外を見た。その後ろ姿を見て、私は仰天した。後頭部にメガネをかけていたからである。老眼のため、メガネを額の上にずらして、新聞や雑誌を読む人はよくいる。あとから「メガネがない」と言って探し始めるのは、たいていこのケースである。私も老眼なので気持ちは理解できるが、皮膚や頭髪の油分がレンズに付着するのが嫌なので、外したメガネは手に持つように [続きを読む]
  • センサーライト
  • 夜、住宅街を歩いている時、道路に面した家の玄関前を通ると、突然センサーライトが点灯してビックリすることがある。「私有地に立ち入っていないのに不審者扱いするのか」と疑問に思った時期もあったが、立ち入る前に点灯するからこそ防犯効果が期待できるのだろう。ところでセンサーライトは防犯だけでなく、節電目的で設置されることもある。ビルのトイレを利用した時、入口の扉を開けたらセンサーが反応して、室内照明が点灯 [続きを読む]
  • 図書館で借りた本
  • 図書館で本を借りることが多い。私は書籍代を惜しまないほうである。だからと言って、欲しい本を全部買うわけにはいかない。金銭的な事情もあるし、ただでさえ散らかし放題の自宅に、これ以上物を増やせない事情もある。図書館の本は利用者の共有財産である。自分の本以上に丁寧に取り扱う必要がある。古い本の紙質が劣化するのは自然のなりゆきだが、先日借りた本には醤油と思われるシミが付着しているページがあった。以前に借 [続きを読む]
  • 旅行とほうじ茶
  • 「ほうじ茶は法事の時に飲むのですか?」と質問したトンチンカンな後輩がいる。ほうじ茶は「焙じ茶」と書き、私の愛用辞書(三省堂スーパー大辞林)には「番茶や下級煎茶を強火であぶって独特の香りをもたせたもの」と解説されている。「法事茶」ではなくて安心した。私はほうじ茶が好きだが、ふだん自宅で飲むことはまずない。飲むのはほとんど旅行の時である。列車に乗り込む前に、駅の売店で弁当とホットのほうじ茶を買う。な [続きを読む]
  • ラジオの魅力
  • テレビ番組に飽きた時は、ラジオを聴くことが多い。ラジオ番組は何かをしながら聞くことを想定して構成されているので、放送内容に集中しなくて済む。ラジオを聴きながら仕事をしている人は、たくさんいると思う。もちろん、そのようなことが許されない職種もある。鉄道の運転業務などは、その典型だろう。ところでラジオは音声だけで情報を伝えるメディアである。私は話し手の言葉を注意深く観察しているが、聞いただけで正しく [続きを読む]
  • 私の地元
  • 小中学校のころ暮らした町に行ってみると、当時の行動範囲の狭さを実感する。川に架かる橋、送電線の鉄塔、そして銭湯など、自宅からもう少し遠かったような気がするのだが、今訪ねてみると本当にすぐ近くである。この距離感の差異の理由はよくわからない。学校も近所、友だちの家も近所、遊ぶ場所も近所だったから、近所が私の世界の全容だったに違いない。端的に言えば、世間が狭かったということである。大人になって行動範囲 [続きを読む]
  • サイトウさんとワタナベさん
  • 小学校以来ずっと、同級生にサイトウさんとワタナベさんがいた。当時は皆、斎藤・斉藤・渡辺と書いていたし、印刷物もそのように表記されていた(渡部と書くワタナベさんは、私の同級生にはいなかった)。その同級生たちも、最近は齋藤・齊藤・渡邉・渡邊などと表記することが多くなった。理由としては、ワープロやパソコンの普及が考えられる。字形が複雑で画数の多い漢字も、瞬時に変換することができるからだ。以前は常用漢字 [続きを読む]
  • スマホの入力方式あれこれ
  • ガラケーをスマホに変えて2年4ヵ月になる。スマホは文字入力方式が何通りかある。ガラケーのように、あ行のキーを1回押すと「あ」、2回押すと「い」、3回押すと「う」になる方式。あ行のキーの中央に触れると「あ」、左にスライドすると「い」、上が「う」、右が「え」、下が「お」になる方式。他にも五十音キーボード方式や、パソコンと同じ標準キーボード(ただしミニサイズ)方式も装備されている。スマホに変えた当初、 [続きを読む]
  • 復活した手書き原稿
  • 久しぶりに手書きで原稿を作成してみた。本稿の元原稿は手書きである。文字を入力変換することに慣れてしまった今、原稿用紙のマス目を1字ずつ埋めていく行動は、とても新鮮に感じる。手書き原稿を読み直してみると、漢字とかなのバランスが良いことに気づく。入力変換の場合、書けない漢字でも、つい選択採用してしまいがちだ。それらの多くは常用漢字表外字である。専門用語や固有名詞は別だが、それ以外の一般表記は常用漢字 [続きを読む]
  • 「カール」と私
  • 小学生のころ、新発売のスナック菓子「カール」を初めて食べた時の感動は忘れられない。以来、今に至るまで「カール」は私の大好物である。「コーンに高圧をかけると、つぶれて自分で熱を出します。それを空気中に噴出させると、急に冷えてフワフワに固まります。オーブンで軽く焼き上げて出来上がり」。「バランスよく配合した高級チーズをクリーム状スープにして吹き付け・・・」。パッケージ裏面の説明文も、子ども心にしっか [続きを読む]
  • 「ながら族」のつぶやき
  • 平日の夕方、自宅でゆっくりテレビを見る機会に恵まれた。今は「大相撲夏場所」の最中である。大相撲は大好きだが、ふだんこの時間は仕事中のため、テレビの生中継を観戦できる機会はほとんどない。多くの社会人は同じだと思う。だから久しぶりに生中継を楽しもうと、テレビの前の座椅子を少し倒し、私はすっかりリラックスモードになった。初めの何番かは熱心に観戦したが、繰り返される取組の仕切りの時間に、だんだん睡魔が襲 [続きを読む]
  • 今年初の2万歩
  • 午後11時、都心の駅で歩数計を見たら、19324歩である。今日はずいぶん歩いた。今年に入ってから、最高の歩数だ。あと676歩で2万歩。帰宅までに要する歩数を考えると、2万歩突破は確実である。ところが、ここで問題に気づいた。私の歩数計は、午前0時になると自動リセットされて、歩数が0に戻る。自宅まで1時間以上かかるので、電車に乗っている間に午前0時を迎えてしまう可能性が高い。せっかく2万歩直前まで到 [続きを読む]
  • 紙の新聞の利点
  • 紙の新聞を読んでいて良かったと思った。春の叙勲受章者の中に、知人の名前があったのである。もちろんインターネットでも調べることは可能だ。しかしネットの場合は、こちらから検索行動を起こさなければならない。紙の新聞の場合は、ページをめくっているだけで「ヘエ、こんなことがあったのか、あんなことがあったのか」と、情報が向こうから飛び込んでくる。紙の新聞の利点は、まさにこの点だと思う。私はこのような叙勲や、 [続きを読む]
  • 展覧会の記名帳
  • 昔なら何とも思わなかったに違いない。小さなギャラリーなどで開催される展覧会を訪れると、受付で記名帳に住所・氏名の記入を求められる。記入はもちろん任意だが、悪いことをしているわけではないので、断りにくいのが実情だ。1枚の用紙に何人も記入するので、私より先に記入した人たちの住所・氏名が見えている。私より後の人たちは、私の住所・氏名を見ることになる。無関心を装うべきであることは承知しているが、知人の名 [続きを読む]
  • 私の大相撲観戦〜1970年代の行司たち
  • 私が大相撲を見るようになったのは、1970年代前半からである。力士の取組を観戦するのはもちろんだが、それ以上に行司の所作を鑑賞するのが楽しみである。70年代は三役格や幕内格に個性的な行司が多く、その独特な掛け声や所作が、今も脳裏にハッキリと焼きついている。私が特に応援していた行司は、当時の式守勘太夫(7代)である。レレレのおじさんに似た風貌。土俵上の動きは実に滑らかで、スケート選手を彷彿とさせる。掛け [続きを読む]
  • 4月の第1週?
  • 「4月の第2週で、ご都合のよい日はありますか?」と問われ、「第2週といいますと?」と聞き返してしまった。今月のカレンダーは、1日の土曜日だけが第1週である。2日の日曜日から始まる週が第2週ということになるが、土日が休みの多くの官庁や企業にとっては、3日の月曜日が新年度最初の就業日だろう。月曜日を週の初めと考える人もいるから、第1週・第2週という表現は、今月に関してはちょっとわかりにくい。「〇日か [続きを読む]
  • 敬称としての「先輩」
  • 「それでは先輩、よろしくお願いします」。後輩から礼儀正しいあいさつを受けた。ここで珍妙なことに気づく。先輩と後輩は対義語である。ところが、「先輩」は敬称や人称代名詞として使えるが、「後輩」はそうではない。「〇〇先輩」という呼びかけはできても、「△△後輩」という呼び方はないのである。ふだんは意識していないが、こういうことが一度気になり出すと、その理由や背景を、いろいろ考察してみたくなる。先輩と後輩 [続きを読む]
  • 年度末の軽い風邪
  • 今、軽い風邪をひいている。症状が現れてから、今日で4日目である。もうほとんど治りかけているが、まだ完治とはいえない。私は風邪をひきにくい体質だが、年に1回程度、このような状態になることがある。以前も書いたことがあるが、重責から解放されて、ホッとした時に、風邪をひきやすいようだ。今回も重責から解放された直後だった。緊張感が急にゆるんで、抵抗力が落ちるのかもしれない。これも以前に書いたことがあるが、 [続きを読む]
  • 音読できる場所
  • 私は原稿などを音読する機会が多い。自分が書いたものを推敲する時も音読するし、紙面校正の仕事をする時も音読が欠かせない。ところが、自宅以外で、声を出して仕事ができる場所は限られている。図書館は原稿執筆には最適だが、静粛が大原則である。ネットカフェも個室とはいえ、隣室に聞こえるので声は出せない。公園や河川敷も悪くないが、今の季節は寒すぎる。ビジネスホテルの部屋を確保する方法もあるが、出費が大きすぎる [続きを読む]
  • 昭和の事務室
  • 私が社会人になったのは、昭和50年代である。当時、私の会社は書類のほとんどが手書きで、計算もそろばんを使っていた。電卓もあったが、そろばんのできない人が使う安易な道具と考えられていた。私はそろばんが得意ではないが、足し算と引き算ぐらいは何とかできる。しかし、これが一筋縄ではいかなかった。書類各欄の数値を合計する。そのあと検算を行う。1回目と2回目の集計値が異なるのは、日常茶飯事だった。念のため、電 [続きを読む]
  • 紙の地図
  • 最近はスマホの地図アプリを使うことが多い。縮小すると広域を見ることができるし、拡大すると目的地周辺の詳細を確認できる。画面をスクロールすると、隣接エリアも閲覧可能だ。しかしながら、紙の地図にも、捨てがたい魅力を感じる。つい先日、関東甲信越エリアを網羅した新しい地図帳を、10年ぶりに購入したばかりである。広域図・拡大図・詳細図で構成されていて、スマホの地図アプリに近い使いごこちである。紙の地図帳な [続きを読む]
  • 紙の辞書
  • 私も最近は電子辞書やスマホの辞書を使うことが多くなったが、自宅ではなるべく紙の辞書を引くようにしている。国語辞典の場合、五十音順に配列された見出し語を、ページをめくりながら検索することになる。私は昔からこの作業が大好きだった。見出し語を見つける速度は、今でもけっこう速いほうだと思う。中高生のころ、新しい辞書を買ってもらうと、まずエッチな言葉を調べるのが通例だった。思春期の男の子なのだから、たぶん [続きを読む]