hid さん プロフィール

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hidさん: ZRX1200Sツーリング城
ハンドル名hid さん
ブログタイトルZRX1200Sツーリング城
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/prizep1800
サイト紹介文広島よりZRX1200Sに乗り百名城から マイナーな城跡、神社などを巡る
自由文40代のおっさんライダーです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供202回 / 365日(平均3.9回/週) - 参加 2010/01/13 22:29

hid さんのブログ記事

  • 吉田八幡神社 石神神社 善通寺
  • 吉田八幡神社 石神神社 善通寺初めて見る型ですパッと見、出雲のあご落ちかと思いました。尻尾は綺麗な横流し明治四十一年(1908)阿形 太い脚は出雲蹲踞風です円型の台座は出雲型の影響か?随神門の中に木造狛犬がいます吽形 片耳阿形拝殿前から随神門拝殿拝殿本殿本殿の装飾13体もの獅子頭が付けられています脇障子も精密全周見事な彫刻です古い祠が残されています石神神社八幡神社北隣に鎮座出雲蹲踞のようで少し違いますこ [続きを読む]
  • 神櫛神社 善通寺市
  • 神櫛神社 善通寺市御祭神:神櫛王命由緒:社伝によれば、僧空海が勧請創建し元上吉田村    の産土神でした鳥居の額は皇子大権現慶応4年に明治政府により出された神仏分離令以前は、皇子権現社と云った。狛犬は一対出雲構え型? 吽は子持ち大人しめの出雲構えです阿形            明治九年(1876)狛犬後より神社入口拝殿拝殿の扁額は神櫛神社拝殿前より 境内の広さがわかります境内社 祗園神社本殿本殿を8体の [続きを読む]
  • 大麻神社(おおさじんじゃ)善通寺市
  • 大麻神社(おおさじんじゃ)善通寺市象頭山の北東麓に鎮座往古、忌部氏が当国に麻を伝え、天太玉命を祀り、大麻神と崇めたという。延喜式神名帳にある「大麻神社(讃岐国・多度郡)」に比定される式内社(小社)随神門吽形 少々頭でっかち 浪花狛犬文政五歳(1822)思ったより古いです。足指の細工が精妙です。阿形 口はあまり開けてなく出っ歯です随神門内に木製狛犬がいます吽形 角あり一刀彫りのようですまだ金の目も鮮やか [続きを読む]
  • 金刀比羅宮北神苑 香川県琴平町
  • 金刀比羅宮北神苑 香川県琴平町金刀比羅宮が鎮座する象頭山 金刀比羅宮北神苑鳥居多度津街道の終点に建っていたのをここに移設。最初の建立は天明二年(1782)琴平町に残る最古の鳥居です。鳥居に天明二年(1782)の刻1865年(慶応元年)に完成した高さ27メートルの日本一高い灯籠で国の重要有形民俗文化財に指定されています。安政元年(1854)発願万延元年(1860)完成慶応元年(1865)献納瀬戸内海を航海 [続きを読む]
  • 善通寺駐屯地 善通寺市
  • 善通寺駐屯地 善通寺市12時頃着いたら市内パレードは終わっていましたまだ道路閉鎖中道路閉鎖が終わる間、善通寺東院を見学善通寺 東院大きな神木が2本本堂常行堂(釈迦堂)本堂大楠 2本ともに樹齢千年を超すと云われます善通寺駐屯地レンガ造りの建物が残されています広島市の被服支廠跡に似ています装備展示96式装輪装甲車 後の行列は74式戦車体験搭乗待ちの列体験搭乗 戦車後に取り付けられた枠内に乗車あっという間に終 [続きを読む]
  • 磐猛神社・八雲神社 因島
  • 磐猛神社・八雲神社 因島 境内は桜満開、散り最中ですひょうたん型手水鉢に桜の花びらがたまる狛犬はいませんでした拝殿向かいの山に熊箇原八幡神社が鎮座八雲神社吽は摩耗が激しいです奉納年は不明阿吽で違う石工作かな?吽のほうが古そうです。尾道顔です 天保くらいかな?後姿がよいです本殿 [続きを読む]
  • 熊箇原八幡神社 因島
  • 熊箇原八幡神社 因島 仁和三年(887)年鎮座。熊野大権現12神をはじめ多くの神々が祀られており、因島の総氏神として崇められています砲弾碑 広大な社域由緒燈籠が立ち並ぶ参道随神門随神門から境内一の鳥居脇の対子持ちの尾道玉乗り阿形も力 [続きを読む]
  • 艮神社(椋浦むくうら)因島 山根屋源四郎傳篤作
  • 艮神社(椋浦むくうら)因島因島大橋拝殿前に山根屋の狛犬赤い着色のある珍しい型   目の縁と口が赤緑がかった石です山根屋源四郎傳篤の作のなかでは異色の狛犬です       傳  藤   源   山   棟   石 尾              四   根      作   篤  原   郎   屋   梁   工 道       文政五年(1822)タテガミは線で表現凱旋紀念碑 大木は椋(むく)?本殿大 [続きを読む]
  • 石切神社・艮神社文政の山根屋因島
  • 石切神社・艮神社文政の山根屋因島江戸時代最強の碁打ち「本因坊秀策」が生まれたのが因島です秀策の生家があった場所に神社があります境内社 一願竜王社 昭和三十八年本因坊秀策顕彰碑碁盤の上に建てられています拝殿洗天満宮本殿石切神社奥に艮神社が鎮座艮神社拝殿ここの狛犬は文政の山根屋源四郎古い座型です石工棟梁 山根屋 源四良 藤原 傳篤壬 文政五年(1822)彫りは浅めです拝殿境内社本殿桜がどんどん散ってます [続きを読む]
  • 大竹厳島神社 大竹市 文政の玉乗り
  • 大竹厳島神社 大竹市文政の玉乗り古い玉乗りがいます良い姿です              古い尾道の顔です  阿は残念ながらアゴが落ちています文政十一年(1828)   尾道住 石工 要助作玉乗りの最初は尾道八坂神社の山根屋源四郎作の文政四年(1821)作の吽形です他の石工の玉乗り狛犬で文政の作は珍しいです石工・要助は尾道久保八幡神社の標柱を山根屋源四郎、勘十郎、喜右衛門らと寄進しており、尾道石工の中でも格 [続きを読む]
  • 疫神社 大竹市
  • 疫神社 大竹市対の砲弾は30糎短榴弾砲?力強い大正尾道です大正九年(1920)奉納鳥居この型は吽阿に置かれているのが大半です阿吽で尾の形を変えています良い姿の構え型です           弘化三年(1846)疫神社拝殿と後方は大治神社    神木              疫神社本殿 カンドロ(神所)と呼ばれる境内小僧共の遊び場になっています [続きを読む]
  • 旧平良村慰霊碑廿日市市 明治の砲身
  • 旧平良村慰霊碑廿日市市 明治の砲身旧平良村慰霊碑 砲身が横たえられています。慰霊碑が出来た当初は慰霊碑の上に立てられていました。昭和44年に下され慰霊碑横に安置桜満開です大正十三年に平良村在郷人分会が呉より下付を受け、速谷神社に奉納されたものです。よくこんなに長いのを慰霊碑に乗せていたものだ長さ約6.3メートル大正13年1月10日 呉鎮長官宛に訓令  廃兵器無償下附ノ件其ノ対軍需部保管ノ左記廃兵器ヲ附記ノ者 [続きを読む]
  • 「この世界の片隅に」監督トーク&映画の舞台ラリー
  • 「この世界の片隅に」監督トーク&映画の舞台ラリー大和ミュージアムで開催満員です。青森から来られた方もいました 片渕監督凄い資料の一端を見せてくれました。映画は一コマ残らずすべてが綿密な調査に裏付けられています。小雨が止みません大和ミュージアム隣の呉桟橋ターミナルで弁当を食べラリーに出発全行程6キロくらいですバイクで廻りました。三つ蔵鷺何故か目の前まで飛んできました。付近の住民に餌付けされている [続きを読む]
  • 在屋神社 竹原市
  • 在屋神社 竹原市狭い参道拝殿内妙高型重巡洋艦 呉海軍工廠製の那智(なち)かな?尾道石工の玉乗りスタンダードな型阿形元治元年         尾道 山源                            元治は慶應の前、元年のみ 山源は山根屋源四郎一派の作阿形は特に良い姿です廊下内本殿本殿 拝殿 [続きを読む]
  • 湊神社  竹原市 無銘の名作
  • 湊神社  竹原市 無銘の名作竹原市の海沿い古い尾道狛犬が二対見事な明神鳥居山根屋のようですが刻がありません試作なのか弟子の作なのか山根屋顔の無銘です鞆の浦・小烏神社の山根屋源四郎傳篤作とそっくりです天保十四年(1843)この対も天保頃の作だと思います何故銘がないのか不明です種屋甚五兵衛の銘のみ見えます  廻船業を営んでいたらしい   子烏神社の源四郎傳篤これも江戸末期の名工・島居勘十郎の作嘉永二年(18 [続きを読む]
  • 礒宮八幡神社(いそのみや) 竹原市 丈助
  • 礒宮(いそのみや)八幡神社 竹原市建久五年(1194)鎌倉幕府の御家人・後藤兵実元が幕府の方針により、後藤家の守護神として吉名の地に宇佐神宮の分神霊を勧請したのが始まりとされる。万治三年(1658)神官の唐崎正信に宇佐神宮の神託があり、現在地に遷座昭和42年(1967)集中豪雨により山が崩れ、300年以上の歴史がある本殿、拝殿などが全て崩壊。現在の社殿は昭和51年(1976)に再建されたものです。手水舎忠孝岩と天満宮明 [続きを読む]
  • 礒宮八幡神社(いそのみや) 竹原市 丈助
  • 礒宮(いそのみや)八幡神社 竹原市建久五年(1194)鎌倉幕府の御家人・後藤兵実元が幕府の方針により、後藤家の守護神として吉名の地に宇佐神宮の分神霊を勧請したのが始まりとされる。万治三年(1658)神官の唐崎正信に宇佐神宮の神託があり、現在地に遷座昭和42年(1967)集中豪雨により山が崩れ、300年以上の歴史がある本殿、拝殿などが全て崩壊。現在の社殿は昭和51年(1976)に再建されたものです。手水舎忠孝岩と天満宮明 [続きを読む]
  • 竹原 長生寺〜西方寺 気になる狛犬
  • 竹原 長生寺〜西方寺 気になる狛犬 河野通直の母は小早川隆景の姉(五龍姫)の子でした。隆景の嘆願もあったでしょうが、河野家は秀吉に許されなかったようです宝篋印塔の火輪を重ねたような珍しい形です普明閣に抜けられます普明閣西方寺本堂横の高台に位置する普明閣は、宝暦八年(1758)の建築 方三間宝形造、本瓦葺の二重屋根舞台作りとなっています普明閣からの展望西方寺西方寺山門より脇の [続きを読む]
  • 竹原 長生寺〜西方寺 気になる狛犬
  • 竹原 長生寺〜西方寺 気になる狛犬 河野通直の母は小早川隆景の姉(五龍姫)の子でした。隆景の嘆願もあったでしょうが、河野家は秀吉に許されなかったようです宝篋印塔の火輪を重ねたような珍しい形です普明閣に抜けられます普明閣西方寺本堂横の高台に位置する普明閣は、宝暦八年(1758)の建築 方三間宝形造、本瓦葺の二重屋根舞台作りとなっています普明閣からの展望西方寺西方寺山門より脇の [続きを読む]
  • 小方島神社 天明の狛犬 三原市
  • 小方島神社2 天明の狛犬 三原市丈助作の対座型で浪速風               尾道住 石工丈助 作 徳島県名西郡石井町の 新宮本宮両神社の丈助の狛犬が安永6年(1777)で尾道石工の銘がある国内最古です。丈助の作は燈籠、手水、鳥居など多岐にわたり高い技術が見られます 天明六(1786) 丙牛歳 春二月吉?表情豊かな対ですシンプルな [続きを読む]
  • 小方島神社 天明の狛犬 三原市
  • 小方島神社2 天明の狛犬 三原市丈助作の対座型で浪速風               尾道住 石工丈助 作 徳島県名西郡石井町の 新宮本宮両神社の丈助の狛犬が安永6年(1777)で尾道石工の銘がある国内最古です。丈助の作は燈籠、手水、鳥居など多岐にわたり高い技術が見られます 天明六(1786) 丙牛歳 春二月吉?表情豊かな対ですシンプルな [続きを読む]
  • 小方島神社1 三原市 尾道名工達の石仏
  • 小方島神社 三原市神社入口注連柱      注連柱は山根屋源四郎傳篤 作燈籠燈籠も山根屋源四郎傳篤 作坂上に一対珍しい肩に子を乗せた狛犬良い彫りです。典型的な幕末の玉乗りですが迫力あります阿形は玉に子尾道石工 金橋屋 喜右衛門喜右衛門は何代かいたらしく尾道御袖天満宮の臥牛など名作を残しています尾道、愛媛に多数作品が残っています。嘉永七年(1854)=安政元年参道を見る狛犬ここから緩い坂忠魂碑緩い坂を上 [続きを読む]
  • 小方島神社1 三原市 尾道名工達の石仏
  • 小方島神社 三原市神社入口注連柱      注連柱は山根屋源四郎傳篤 作燈籠燈籠も山根屋源四郎傳篤 作坂上に一対珍しい肩に子を乗せた狛犬良い彫りです。典型的な幕末の玉乗りですが迫力あります阿形は玉に子尾道石工 金橋屋 喜右衛門喜右衛門は何代かいたらしく尾道御袖天満宮の臥牛など名作を残しています尾道、愛媛に多数作品が残っています。嘉永七年(1854)=安政元年参道を見る狛犬ここから緩い坂忠魂碑緩い坂を上 [続きを読む]
  • 糸崎神社 三原市
  • 糸崎神社 三原市神功皇后が西征の帰途、船を寄せられた際に水を献じたという故事によって、この地を井戸崎(後に糸崎)といい、郡を水調(後に御調)と称した縁により天平元年(729年)創建されました。境内には、神功皇后が軍船をつないだという「船つぎの松」の記念碑と、樹齢約500年といわれる市天然記念物のクスノキがあります。        明治四十二年(1909)神門は三原城下の侍屋敷の門で、三原城の数少ない遺構 [続きを読む]