hid さん プロフィール

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hidさん: ZRX1200Sツーリング城
ハンドル名hid さん
ブログタイトルZRX1200Sツーリング城
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/prizep1800
サイト紹介文広島よりZRX1200Sに乗り百名城から マイナーな城跡、神社などを巡る
自由文40代のおっさんライダーです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2010/01/13 22:29

hid さんのブログ記事

  • 濱上(はまうえ)神社  今治市伯方島
  • 濱上(はまうえ)神社 今治市伯方島しまなみ海道伯方島インターのすぐ近くです砲弾があります陸軍歩兵と工兵の中野さんの奉納 兄弟かな?ちょっと尾道顔の対慶應三年(1867)江戸時代最後の歳鳥居と石段境内新玉乗りが護る拝殿拝殿前の砲弾碑大正十三年の寄進拝殿 幣殿 本殿境内社?小さな社ながら色々ありますこうしてみると新玉乗りも良い感じです神社の少し上からの展望伯方島といえば三和の塩ラーメンですが行ってみると店 [続きを読む]
  • 南光坊  今治市
  • 南光坊  今治市四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけです正式には光明寺金剛院南光坊。今治市の中心街にあるが起源は古く、航海の神、総鎮守・伊予一の宮の大山祇神社と深くかかわる歴史を有します。 四天王が護る山門 表は多聞天・持国天門横の堂多聞天持国天内側から山門  内側は広目天・増長天増長天広目天大師堂 金毘羅堂と大師堂 金比羅堂構えの狛犬塀の向こうに大山積明神別院の拝殿金毘羅堂 薬師堂南光 [続きを読む]
  • 大山祗神社別宮 今治市
  • 大山祗神社別宮 今治市大三島に鎮座する伊予一宮 大山祗神社の別宮 里宮和銅五年(712)伊予国一宮・大山祗神社の別宮・三島地御前として勧請されたことに始まると伝えられる。本来の四国55番札所であった大山祇神社への参拝が不便なため、別宮大山祇神社が前札所とされ江戸時代には事実上の札所となった。現在は明治の神仏分離により、旧別当の南光坊が札所を引き継いでいます。鳥居横吽形凝った台に乗る狛犬文政十三年(1830) [続きを読む]
  • 祇園神社・三嶋神社 今治市
  • 祇園神社・三嶋神社 今治市ふらっと今治に行って来ました。今治城の周囲を回る外から眺めただけです堀のシマダイ祇園神社 三島神社三嶋神社は大三島にある大山祇神社の祭神を祀ったことにはじまり「鳥生(とりう)の宮」と称された。そして、第三十二代崇峻天皇、御宇2年(589年)に、この地方の豪族小千直益躬(おちあたいますみ)が、靺鞨(まかつ)の国より鉄人(強い武人)が八千の兵を率いて攻めてきたのを、播磨の国で [続きを読む]
  • 尾道 最初の玉乗り型を見る 八坂神社
  • 尾道 最初の玉乗り型を見る誰もいないので図々しい駐車八坂神社鳥居とかんざし灯篭 拝殿これが玉乗り型の元祖山根屋源四郎傳篤が考案。最初に造った玉乗り型文政四年(1821) 一番下の台に藤の字が見えます           恐らく藤原傳篤の刻があったはず山根屋源四郎傳篤作の中で最大です迫力ある狛犬です。山根屋源四郎傳篤の玉乗り狛犬文政六年(1823)の玉乗り大竹市 大歳神社文政八年(1825)の玉乗り竹原の住吉神 [続きを読む]
  • 高須八幡神社 尾道市
  • 高須八幡神社 尾道市参道の中ほどに玉乗りが居ます吽形 江戸の良い型です天保九年(1838)石工は分かりませんでした。古い尾道玉乗りの特徴がよくでています。拝殿暑いです 日なたに出ると倒れそうです本殿境内社 天満宮拝殿本殿もう狛犬探索する元気がなくなりました。せっかく尾道まで来たので山根屋元祖玉乗りを見て帰ることにしました。 [続きを読む]
  • 沖の観音  尾道浦崎町
  • 沖の観音  尾道浦崎町尾道浦崎町の沖に浮かぶ観音堂です。昔、浦崎町が複数の島だった頃、このお堂のある島が「浦の崎」にある島ということから「浦崎島」と呼ばれていて今の町名の由来となりました。普段は海の中にありますが、干潮になると歩いて渡ることができます。ぎりぎり渡れそうですが・・ずぶ濡れになります。暑すぎるのでもう帰ります [続きを読む]
  • 浦島神社 尾道市美ノ郷町三成 W800倒れる
  • 浦島神社 尾道市美ノ郷町三成現在は海から離れた山の中ですが、浦島太郎伝説ゆかりの神社です。備後浦島の領主の子の成延というものが、亀を助けて龍宮に招かれ、弁財天像を持ち帰った。平安時代初期の天長二年(825)のことです。承和三年(836)に高僧大智識利元阿闍梨によって、海面山浦島寺が建立され、弁財天像とともに観世音菩薩を御本尊として祀った。南北朝時代に足利直義の兵により焼失、その後、時代も下った江戸時代の [続きを読む]
  • 三成八幡神社 尾道市三成
  • 三成八幡神社 尾道市三成秀吉が朝鮮征伐の際、立ち寄り武運長久を祈ったとも云われます尾道インター近くです慶應元年(1865)何故かモノクロになってました拝殿前 吽は逆立ち 半玉に乗ってますよいバランスです。昭和九年阿は構え型がっしりした良い姿です拝殿              拝殿 本殿 [続きを読む]
  • 下津田八幡神社 世羅町
  • 下津田八幡神社 世羅町古い組の石垣太い樹々に囲まれた境内神楽殿尾道石工の文政頃の作のようです良い彫りがクッキリ残っています尾道住人石大工 藤原小七郎正光 同小十郎 作尾道住人石大工藤原小七郎の銘は、文政十年前後 から使用されておりこの狛犬も同じ頃と考えられます山根屋源四郎傳篤と同じ頃の石工です。下の台には寛政二年の刻広島県下の寛政の狛犬は浪速のコピー風の狛犬が多いです。山根屋と同じ藤原姓を名乗る名石工 [続きを読む]
  • 早立八幡神社 世羅町
  • 早立八幡神社 世羅町神楽殿拝殿これは珍 ほぼ同じ狛犬が二対上段は鈴玉綱くわえです。昭和九年 上段の狛犬下段のほうがちょっと古いかも下段阿形は玉くわえお稲荷さんのような尻尾 枝分かれし頭に付く特に上段はなかなか上手い狛犬だと思います小さな本殿 [続きを読む]
  • 両化八幡神社 世羅町
  • 両化八幡神社 世羅町神社入口 森が神社です入口石段石段上からおっさんが四人が支える手水みんな支えるポーズが違うのが面白い拝殿二対の狛犬拝殿前は二対の狛犬くっついてそうで頭に付いてない尻尾   彫りが薄いです皇太子殿下御成婚紀念    大正十三年    阿形横に広がる耳 昭和の逸品尾道石工 大村喜兵衛  昭和十年(1935)明治末から昭和初期までの尾道を代表する石工でした。大村石材店銘で各地に大きな構え [続きを読む]
  • 聖(ひじり)神社 世羅町
  • 聖(ひじり)神社 世羅町千六百年前(西暦400年頃)創建 寛正四年(1463)合戦で焼失したが、文明三年(1471)再建随神門をくぐると石垣という面白い配置随神門内には古そうな随神さん随神門を出た所石垣両端に石段 古い石垣が良いです石垣がいい感じです石垣上には神楽殿神楽殿神楽殿横から拝殿 W800もお邪魔ここの石垣は萌えです。石垣の間に大きな石を挟む手法は毛利氏の「石つきの者」由来かも二段になっているのも、まだ石 [続きを読む]
  • 市岡八幡神社 三原市大和町
  • 市岡八幡神社 三原市大和町神楽殿このあたりの神社はこういう神楽殿が定番のようです神楽殿内 歌仙の額が定番のようです狛犬は拝殿前の一対のみです吽形阿形皇紀ものです昭和十五年(1940)阿形拝殿彩色されていたようです木鼻、手挟みも手の込んだものです中の柱の2対は虎かな?あとはすべて龍です本殿は近づけず境内社古そうな宝篋印塔地蔵三段の石垣 [続きを読む]
  • W800に乗り換えた
  • バイクを乗り換えることにしましたハーレーストリートロッドバイク人生最速でした。100x2+α余裕で出ました。超安定高速番長ワレニオイツククルマナシバイクでは追いつかれました。100まいる/km巡行片手でいけました手放しで高速乗れました重〜い 300kg超えてます部品、タイヤが高い歳も歳だし軽いのに変えてみたくなりました次期バイクはZ2 CB750これらも候補でしたが・高い・維持できるか?40年前のバイクはやっぱり無 [続きを読む]
  • 岩瀧神社 広島市安芸区船越
  • 岩瀧神社 広島市安芸区船越石段下の対岡崎型吽の上の段に古そうな出雲蹲踞がいます吽のみです円台に乗る刻が判読できません石段上から参道石段上は構えのいい型明治三十六年奉納阿吽とも神馬と並んでいます素晴らしい造作広島市内にいる同型の狛犬文政六年(1823)岩乗りでないです文政八年(1825)熊野神社皇紀2600年昭和十五年 廣瀬神社 被爆狛犬です熊野神社の復刻?昭和三十九年 安芸津彦神社香川県 坂本清石材工芸社ちょ [続きを読む]
  • 尾崎神社 広島市安芸区矢野 
  • 尾崎神社 広島市安芸区矢野 文政の狛犬昭和12年の玉乗り昭和18年の対             文政の対               吽形       大きな巻き毛と大きな鼻同じような文政のこのタイプは海田市地区で他に2対見ています。皇紀物( 昭和15年1940)でも復刻されています。この対が一番古いかもしれません。           ひねりの構え型      3連の巻き尾と太い牙 迫力あります    [続きを読む]
  • 尾崎神社 広島市安芸区矢野 4対の狛犬
  • 尾崎神社 広島市安芸区矢野尾崎神社の隣?護国神社新しい玉乗りがいます            石段 登ってません              社倉 社倉は、江戸時代の凶作飢饉に備えた食料備蓄の施設広島藩における社倉は当神社から始まったと云われます延享四年(1747)庄屋小池五左衛門が麦2石を当神社へ献じ、宮司香川将監正直はこれを神穀として朱子社倉法を行った。次第に蓄えた麦は増し宝暦六年(1756)の藩 [続きを読む]
  • 龍田神社広島市安芸区矢野
  • 龍田神社広島市安芸区矢野この小山の上に鎮座               登り口       最初の石段を上がりきると社号標九十度折れ境内に向かいます鳥居境内入口オーソドックスな大正玉乗り大正の玉乗りは安定感抜群です禿頭にしていないのが良いです大正十二年(1923)山上の拝殿なかなか趣があります神社に祀られている風神の図龍に乗る人この額は薄くなって何か不明本殿本殿後からの風景 [続きを読む]
  • 切幡神社 広島市安芸区中野
  • 切幡神社 広島市安芸区中野祭神は天照大神のほか五男神 国之常立神 奥津日子神 火之加具土神 須佐之男神 久々能智神三女神 伊邪那美神 奥津比売神 波邇夜須比売神           大きな舟形手水鉢シイの自然林を背景にした景色の良い神社です    神木の欅 樹高約31m 胸高幹囲4.8m           欅の前の手水鉢         大正十三年(1924)拝殿拝殿の写真をあまり撮ってませんでした拝殿内 [続きを読む]
  • 出崎森神社 広島県海田 苔むした出雲蹲踞型
  • 出崎森神社 広島県海田往古はこの下まで海でした。宗像大社の大宮司支族・宗像久延が神託を受けて、霊亀元年(715)霜月二の卯日、海田の包ケ浦に村人総出の松明の火に迎えられ、一祠を建立し宗像三女神を奉祀して"宗像明神"と称したと伝えられます永禄元年(1558)毛利氏の部将で安芸中野の鳥籠城城主・阿曽沼元郷が神殿を再建し、社領米60万石2斗を献じ更に宇佐八幡宮の神々を祭り、深く崇敬しました。神馬社紋の亀甲花菱が付 [続きを読む]
  • 新宮八幡宮 江田島市大原
  • 新宮八幡宮 江田島市大原亀甲山と呼ばれる小山上に鎮座石段石段上の対阿吽ともライオン風で精悍な顔つき昭和五十七年奉納先代の狛犬出雲立尾だったのか?承平元年(九三一年・平安時代)八月十六日の創建。 祭神仲哀天皇 神功皇后 応神天皇神馬像拝殿明治三年に再建拝殿から境内拝殿内船と龍の張りぼて海老の蟇股カニ 翼竜本殿は明治五年に再建キッチリとした石組本殿脇の力石 大きすぎ?とても人が持ち上げられるとは思えま [続きを読む]
  • 安芸太田町 堀八幡神社の砲弾
  • 安芸太田町 堀八幡神社の砲弾昨年訪れた堀八幡神社の砲弾がRCCテレビで取り上げられました。堀八幡神社の境内隅にひっそりと置かれた砲弾&碇です珍しい型の砲弾ですが日清戦争の鹵獲品だと報道していました。               幅250mm             約850mm明らかに信管はないです。神社に残されている砲弾は日清日露戦争の頃奉納されたものが大半です。砲弾碑から外されたものや置き場が無く隅 [続きを読む]
  • 飛渡瀬(ひとのせ)竈神社 江田島市大柿町飛渡瀬 
  • 飛渡瀬(ひとのせ)竈(かまど)神社江田島市大柿町飛渡瀬               入口鳥居飛渡瀬の地名は、旧安芸郡江田島町と佐伯郡大柿町とを南北に分かつ狭い水路があり、人が飛び越せる程度の瀬であったことから飛渡瀬となったと云われます    由緒  祭神 奥津日子命 奥津比売命 金山彦命              大きな忠魂碑          本物の砲弾が乗 [続きを読む]