sig さん プロフィール

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sigさん: 映画誕生…タイムマシン創世記
ハンドル名sig さん
ブログタイトル映画誕生…タイムマシン創世記
ブログURLhttp://moviechronicle.blog.so-net.ne.jp/
サイト紹介文時間と空間を自在に飛躍できる「映画」こそタイムマシン。その誕生に至る英知と葛藤の物語。
自由文人はなぜ「映画」を作り出したのか。光と影のイリュージョン。そこには人間の根源的な欲求が反映されているようです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供1回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2010/02/16 17:21

sig さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 小型映画「9ミリ半」をご存知ですか?
  • ★映画誕生120周年特別企画★9ミリ半をご存知ですか?ビデオと実物で知る、幻の小型映画規格日時 2015年11月15日(日) 午後2時〜4時会場 府中市寿町1-5-1 府中駅北第二庁舎/多摩交流センター6階★入場無料●長尺リールを付け、電動式に改造されたパテ・ベビー映写機。手前は手づくり9ミリ半撮影機戦前から戦後にかけて、小型映画マニアにファンが多かったフランス製映写機「パテ・ベビー」。手回しのその映写機を、 [続きを読む]
  • Special Thanks.
  •  このブログをまとめるにあたって参考にさせて頂いた書物は下記の通りです。古い書籍が多いので、AmzonやTSUTAYA、楽天市場などで検索しても、絶版などで見つからないかも知れません。 なお、映画史そのもの、人名、技術に関する事柄、専門用語などは、一通りWikipediaとも対照し、確認しました、その他、個人サイトの映画史関連記事によるところも極めて大きいものがありました。ここにお礼申し上げます。 最後に、採録した動 [続きを読む]
  • 079 遥かなり。タイムマシン。
  • ●あなたもスクリーンの中へ、と誘う「大列車強盗」1903 の悪漢。まとめ、あるいは・・・遥かなり、タイムマシン。「歴史を学ぶ」とは、過去の経緯を展望・分析することにより現在の立ち位置を把握し、未来を予測することだといわれます。「人はなぜ、このようなもの(映画)を考え出したのだろう」。時系列的ではあっても体系的ではなく、作家論でも作品論でもない。映画史に対する私が幼児期に抱いた極めて初歩的な疑問に端を発し [続きを読む]
  • 078 手回し映画は、次の世代に託された。
  • 078 手回し映画は、次の世代へ託された。  ハリウッド主導の映画の時代へ●グロリア・スワンソン サイレント時代の彼女は知らないが、1920年代の映画界の裏側を描いた「サンセット大通り」(1950)は超おすすめ。●ラストの鬼気迫る演技は圧巻 第一次世界大戦は、民主主義を守るという名目で最後にアメリカが参戦したことで1918年11月11日、一挙に終結。けれども、映画先進国だったフランス、イタリア、イギリ [続きを読む]
  • 077 10年残った、夢の跡  「イントレランス」?
  • 077 10年残った、夢の跡    D・W・グリフィス「イントレランス」?●コンスタンス・タルマッジ前回からの続きです。●豪華絢爛。本格的ピクチャー・パレス時代到来 「イントレランス」はD・W・グリフィスお抱えのリリアン・ギッシュ、メイ・マーシュ、フレッド・ターナー、リリアン・ラングドン、コンスタンス・タルマッジ、そして2年後の1918年にターザン映画第1作「猿人ターザン」で売り出すことになるエルモ・リン [続きを読む]
  • 076 タイムマシン発進! 「イントレランス」?
  • 076 タイムマシンの始祖、グリフィス。   D・W・グリフィス「イントレランス」―?●グリフィスのタイムマシンが、観客を紀元前539年のバビロンにいざなう。 1915年、第一次世界大戦のさなか。中立を保っていたアメリカでD・W・グリフィスが発表した長編大作「国民の創生」は大当たりをとりました。グリフィスはその莫大な利益と個人資産のほとんどを次の作品につぎ込み、翌1916年、前作を上回るスケールで「イント [続きを読む]
  • 074 望遠、ズームも工夫次第  「国民の創生」?
  • 074 望遠、ズームも工夫次第 D・W・グリフィス「国民の創生」−?●グリフィスの大作「国民の創生」(1915)の一場面 右はリリアン・ギッシュ前回からの続きです。●「国民の創生」はグリフィス念願の映画だった D・W・グリフィスの父はケンタッキー州で大農園を営み、南北戦争では南軍に属して戦ったことについては先に述べました。「国民の創生」のねらいの一つは、彼の父の時代を振り返り、アメリカ独立の意味を [続きを読む]
  • 073 チャップリン登場とグリフィス「国民の創生」着手
  • 073 おまたせ。ようやくチャップリン D・W・グリフィス「国民の創生」−?●13番目のDから新人女優が投身自殺したことからLANDの4文字が取り払われたという。 アメリカ西海岸に映画の都ハリウッドが誕生した1910年代半ば。現在HOLLYWOODと描かれている大看板がHOLLYWOODLANDと表示されていたその頃。1914年7月にヨーロッパで勃発した戦火は世界の列強を巻き込み、一挙に世界大戦の様相を呈してきたのですが、 [続きを読む]
  • 072 イタリア史劇の最高峰「カビリア」
  • 072 スペクタクル映画の古典「カビリア」●「カビリア」でソフォニスバを演じる妖艶な女優、イタリア・マンチーニ 1914年、歴史映画の力作大作を生み出していたイタリア映画に、止めをさすような快作が生まれました。「カビリア」です。この映画こそ、今日私たちが観ている長編映画につながるスケールと表現技術を備えたものでした。 けれども…… ●面白さ満載、これこそ映画 イタラ社の製作者でもあるジョバンニ・パ [続きを読む]
  • 071 クライマックスは天変地異で決まり。
  • 071 クライマックスは、天変地異で決まり。 イタリア史劇とD・W・グリフィス−?●「ベッスリアの女王」の主役に大抜擢のブランチ・スイート イタリア映画界が矢継ぎ早に打ち出す歴史大作路線の成功を耳にしながら、バイオグラフ社の監督D・W・グリフィスも{機は熟した}とばかりにいよいよ長編づくりに乗り出します。ここにイタリア対アメリカの長編映画戦争の火蓋が切って落とされたのです。●グリフィスもス [続きを読む]
  • 070 けた外れだったイタリア映画のパワー
  • 070 けた外れだったイタリア映画のパワー    イタリア史劇とD・W・グリフィス−?●1910年代半ばから本格的映画館が登場。ニッケル・オデオンの影が次第に薄れる。  1910年代のイタリア映画界は、文芸路線を呈するフランスの流れを受けていました。ただしそれは、スタジオの中だけで収まるようなスケールではありませんでした。●叙事詩と歴史劇なら題材に不足は無い アメリカが短編映画にこだわっているうちに、イタリ [続きを読む]
  • 069 息抜きに観るんだから、長いものは?。
  • 069 大衆が求めるものは、長さか、質か?  映画特許会社(MPPC)の思い上がり●第一次世界大戦前の最高の悲劇女優とされるアスタ・ニールセン(デンマーク) イタリア映画界のお話に入る前に、1910年前後、エディスン・トラストと呼ばれた映画特許会社に加盟の、アメリカとフランスの映画会社で行われていたことなどを少々。●長編映画に目を向けなかった映画特許会社の誤算 アメリカの映画特許会社(MPPC、別 [続きを読む]
  • 068 ハリウッドに、きらめく星たち
  • 068 ハリウッドに、きらめく星たち スターシステムの発祥●ルース・ローランド 1910年代。映画は安上がりな娯楽として、製作面・興行面ともに世界的に大きく発展します。特にアメリカでは映画人口の急増に伴い映画会社は張り切って作品を製作し、「ニッケル・オデオン」(5セント映画館)も充実。銀幕を彩る庶民の憧れ、ムービー・スターが誕生しました。●フルショット(全身)からの開放 この当時、映画の出演者 [続きを読む]
  • 067 たどり着いたは、西の果て ハリウッド
  • 067第二次映画特許戦争とハリウッドの創生●「アメリカの恋人」メアリー・ピックフォード 1908年暮れにエディスン社を軸に映画特許会社を構成したMPPC(Motion Picture Patent Company)は、想定していたメリットを生み出すには至りませんでした。彼らの悪辣な妨害を嫌った映画人が、東のニューヨークを避けて西海岸で映画を作り始めたのです。その拠点が新天地ハリウッドでした。●第二次映画戦争始まる 映画の人気の急激 [続きを読む]
  • 065 土に合い、水になじめば、花は咲く・・・D・W・グリフィス
  • 065 土に合い、水になじめば、花は咲く デビッド・ウォーク・グリフィス―?●時代背景 1900年代初頭のニューヨーク アメリカにおける映画事業の独占が、エディスン社主導の元にMPPC(Motion Picture Patent Company)の名称でようやくまとまろうとしている頃、組織を構成する1社であるバイオグラフ社に現れた若い夫婦。 彼は才能を開花させる場所を得て、数年でアメリカ映画を、いや世界映画史に残る偉業を [続きを読む]
  • 064 9人だけれど「独り占め」・映画特許会社
  • 064 9人だけれど「独り占め」    映画特許戦争−? ●ニューヨーク郊外、ウェストオレンジのエディスン研究所 1900年頃前回からの続きです。●1社独占はおよしなさい。 1907年.映画の「配給」をある程度抑えることに成功したエディスン社の次の策略。それは「製作」の独占でした。 エディスン社の相次ぐ提訴で競合する映画会社は沈黙させられ、今や映画市場はエディスン社と宿敵バイオグラフ社の2社による寡占状態 [続きを読む]
  • 063 発明王エディスンのもう一つの顔
  • 063 映画はいったい、だれのもの?      映画特許戦争−? ●時代背景 1910年代、ニューヨーク下町風景 1910年を挟んで、手回しだった撮影機や映写機が電動式となりました。フィルムも300メートル(1,000フィート)の長尺を使えるようになりました。長時間の娯楽を楽しめるようになった映画の人気は一気に高まります。 産業としての地位を確立した映画。利益は膨大。誰が覇権を握るか。1897年から続いているエディスン [続きを読む]
  • 062 100年前、それは映画の分岐点
  • 062 100年前、それは映画の分岐点−?劇場の添え物から、「映画」として独立。●300メートルリールの手回し映写機を操作する映写技師 1910年代後半。 左の助手が映写ハンドルを回すと巻取りリールも連動して回転する。  前回は、1908年に映画フィルムの規格が確立し、35ミリ幅で300メートル(約1,000フィート)、しかも不燃性の長尺フィルムが生産されるようになったことをお話しました。それが長編映画時代 [続きを読む]
  • 061 一粒ではなく、1本300メートル?
  • 061 100年前、それは映画の分岐点−?     長尺フィルムが映画づくりの基準を変えた●時代背景 パリのデパートのオープン風景 1906  昔、「一粒300メートル」というキャッチフレーズがありましたね。え、今も? でも、残念ながら今回の話は「グリコ」とはぜんぜん関係ありません。「映画の魅力は、フィルムの長さに比例する」……短い映画はつまらない。長い映画は面白い…と言ったら、「では、長ければいいのか」と [続きを読む]
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