山の峠 さん プロフィール

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山の峠さん: 思考機関
ハンドル名山の峠 さん
ブログタイトル思考機関
ブログURLhttp://shikhokikan.at.webry.info/
サイト紹介文日常の出来事を種にして、思考實驗を繰り返しています。バスケットの中の赤リンゴを思考し論理しています
自由文論理、哲学、数論、信号機論、遠近法、線路の平行について、ピストルから飛び出す弾、陸橋の上の赤いパラソル、
亀に追いつかないうさぎ、ゼノンの苦悩、ヘーゲルの偉大さ、マルクスの生活の中の論理学、禅定力の発揮、金縛りの正体、団塊の世代、バリケードと硝煙の狭間、三浦つとむの言語世界、吉本隆明の思考世界、・・・・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2010/03/03 22:20

山の峠 さんのブログ記事

  • 日本語の「は」と「が」
  • 太郎は、ボールを投げると     ・・・・(1)次郎は、安打を打つーボールを投げる事は太郎の一つの部分であって、その一つが成り立つと、次の次郎の行為を「と」で導き出すと言いたいのに、太郎と関係なく、次郎の行為が独立してしまう。つまり、二人の行為は、それぞれ独立に成されているのにつ、それを無視して「と」で結びつけようとしている。 [続きを読む]
  • 禅の言葉(9)
  • 禅は何事も教えはしない。と言う言葉は、Aとして、Bとして、Cとして、その他の何事も知として、禅には教える事は無いと言う事に成る。禅が「何事も教える事が無い」とすると、しかし「禅には何事も教える事は無い」と言う言葉は、しかしその言葉は、その言葉通り、何事かを教えている事に成る。 [続きを読む]
  • 禅の言葉(7)
  • 大慧宗杲・ウィキペディアー 曹洞宗に属した宏智正覚と、真の禅法をめぐって激しく対立した。宗杲は、公案を用いることによって言語による思考に大きな疑問を抱えつつ坐禅し、その疑問を打ち破ることにより悟りへと向かうという、臨済宗の禅法を正しいものと認めた。対立する宏智正覚は、悟りという目標を設定することによって無明と悟りという二元論的構造が生じることを避ける為に、坐禅する事自体が坐禅の目的であるような自己 [続きを読む]
  • 禅の言葉(6)
  • 「本覚門」から「始覚門」へ本覚ーー本来具わっている「悟り」始覚ーー教えを聞いて修行し、初めて得られる「悟り」 [続きを読む]
  • パラドックス論(8)
  • クレタ人であるエピメニデスが「全てのクレタ人は、嘘つきである」と発言した。さてエピメニデスの発言は本当か、嘘か。 [続きを読む]
  • パラドックス論(4)
  • 死刑になる前に一言発する事が許可される。その発言の内容が検査され、結果として真偽が確定し、その真偽により死刑の形態を決定する。彼の「私は、絞首刑になる」と言う言葉が発せられた後に、彼が絞首刑になっても、斬首形になっても、彼の死刑と言う執行は、彼の言葉の真偽を証明したのです。 [続きを読む]
  • パラドックス論(3)
  • 現実に執行された死刑は、彼に対する法的処置でありながら、同時に彼の言葉の真偽の確定をする。その真偽が確定した事で、真偽に対応した約束事としての絞首刑、斬首刑が実行され様とするのだが、真偽どちらに確定するにしても、真偽を検査する現実の死刑が成立しなければならない。まず、現実の死刑形態で有る絞首刑か斬首刑が実施されなければ、彼の言葉が真偽が確認出来ないのです。彼は只法的処罰として、絞首刑になったのです [続きを読む]
  • パラドックス論(2)
  • 死刑の話しー死刑が決まった囚人が、人生最後の一言を言う権利を与えられる。その一言の内容が真であれば絞首刑になり、偽で有れば斬首刑になる。そこで囚人が、最後に「私は、斬首刑になる」と言った。 [続きを読む]
  • 思考的理屈と身体の活動(3)
  • 今までの歩き方とは違った感覚が生まれている。今までなら歩く中で、猫背気味になっていると感じて、背筋を伸ばして、伸びた背筋を感じて居るのです。それが今は,背筋を伸ばそうとしていなくても、猫背を感ずる事はないのです。では今の歩き方は,従来の歩き方とどう違うのか。 [続きを読む]