lapis さん プロフィール

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lapisさん: 統一原理の生活化
ハンドル名lapis さん
ブログタイトル統一原理の生活化
ブログURLhttp://ameblo.jp/lapis-yume/
サイト紹介文宗教と科学を統一した統一原理の生活化。統一教会以外の人も仕事や人間関係に役立ててください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2010/03/12 00:05

lapis さんのブログ記事

  • 立派な親ってどんな人?
  • 立派な子育て論を実践して立派に育てる人。親の背中を見せて尊敬される人。溢れる愛に満ちた人。 感情的になり子供を叱る人。子供にどう接していいかわからず落ち込む人。親自体がだらしなくて自信がない人。色んな親がいる。 でも一つだけ共通な事は、子供の事で悩んでいる事。私は思う…一番、偉い親とはどんな人だろう? それは「決して諦めない人」だと。私も神様のように諦めない親でありたい。 [続きを読む]
  • ハムスターと人生
  • ハムスターが ケージの中で回し車に乗って 走り続けている どんなに走っても 終わりがない ある人は この姿に 目的のない人生の空しさを感じた ハムスターは どう思っているのだろうハムに聞いてみた ハムは答えた「走りながら グルグル回すのは楽しいよ」「それにね ダイエットには これが一番」 ハムスターなりに ちゃんと目的があった 人生は ハムスターが回し車を回し続けているのと [続きを読む]
  • 流れ星は願いが叶うか?
  • 「星に願いを込めて」 流れ星に願い事をすると 叶うと言うそれって 本当?それで 試してみた 流れ星を見たとき…「有名人になりた〜い」 『何をして?』 「え〜と、芸能界に入って」 『いつまでに? 歌手?俳優?』 「う〜ん……」 あっと言う間に 流れ星は 行ってしまった願い事をしようと思ったら 具体的に浮かばない 私の夢は? 私の願いは? いつまでに 何をして?すぐに言えなかった [続きを読む]
  • 井の中の蛙
  • 「井の中の蛙 大海を知らず…」 これは狭い世界しか知らない者を 揶揄する言葉 先人はこう付けた「…されど天の深さを知る」 暗い井の中にあった蛙 唯一 穴の上の天を見る事だけが 希望だったのだろうか もし蛙が池の中に いたとしたら あんなに深く高く 青い空がある事に 気づかなかったかも知れない 広い海の青さは知らなくても もっともっと広い 空の青さを知った蛙 広く浅く 世の中を見 [続きを読む]
  • だるまさんが転んだ
  • だるまは転んでも 転んでも 元に戻る なぜだろう? それは… 丸いからそして… 重心が下にあるから 心が丸い人は どんな人や状況にも柔軟に対応できる そして根底に しっかりとした 考えを持っている人はどんな逆境にあっても変わることなく 生きていく だるまさんは 転んでいるうちに「磨」かれてそんな悟りに「達」したのかな 三年も 転がれば「達磨」のような人になれるかも知れませ [続きを読む]
  • 玉ねぎと真実
  • 「玉ねぎと真実」 玉ねぎの皮をむくむいてむいて なくなったとき最後は 芯だけが残る 私の皮をむく一枚一枚 心の皮をむく 自分の中にある 過去の経験実績 知識 名誉 栄光 肩書き 全部むいてしまったとき違う私が 見えてくる なぜ 玉ねぎをむくと 涙が出る? それは 実績や肩書き 過去の栄光をみんな捨てないと いけないから そして 涙を流して むいた後は真実という 本当の私 [続きを読む]
  • 分派乱立時代へ!?
  • 80年代は新宗教が乱立した。やがて「一家に一台に、いや一家に一宗教」についに「一人に一台、いや一宗教」にパパ教、ママ教、ボク教…そのうちババも「楽教」を設立した。「毎日、らっきょうを食べたら健康で長生きし、死んだら極楽に行ける」という有難い教えだ。それを見ていたジジが「梅干し教」を創った。パパ教やボク教とは喧嘩しないが、健康という同じテーマの宗教は争った。ついにジジババ戦争へ。それを見ていた隣の韓 [続きを読む]
  • 鶏が先か卵が先か?
  • 酉年です。どちらが先かは大切な事かも知れない。でも論じても結論がななかなか出ない。一つ言える事は、今、鶏も卵も一緒にある。だから一つのゴールに同時に着いたらいいね。着いてから、ゆっくり考えましょ。そんな一年になりますように。 [続きを読む]
  • 視点を変えれば「分派問題も希望」
  • 昨年も色々と分派問題で揺れた人もいるだろう。 熊本地震があったが、内的地震だった。 砂上の家だったのか?岩上の家だったのか?揺さぶられて見えた「事実」から、見えない「真実」が見えてくる。これは組織自体の問題でもなく、真の家庭の問題でもない。 食口一人一人の問題。天一国の時代になったが、私自身は天国人になっていない。 天国人になるための通過すべき段階かも知れない。この問題をどの立脚視点で見るか?復帰 [続きを読む]
  • 酉年の年男です!
  • 酉年と言えば鶏が象徴。鶏は羽があるが、飛べない。中途半端は鳥。私も中途半端。でも今でも安い卵を産む。人にとっては欠かせない鳥。そんな役立つ人になりたい。還暦を迎えた。お父様が60になったら、若者の教育に奉仕しなさいと…今も籠の鳥(家の鳥)ですが、今年もよろしくお付き合いを(≧∇≦) [続きを読む]
  • 時代を知るが鍵
  • 色々あった昨年を過ぎた。病気、内外の変動…砂上の家は壊れ、石上の家は残っている。変動に振り回されるか、変わらないかの違いは、時代の違いがわかるか、わからないかの違い。 復帰時代と天国時代の違いが今起きている混乱の意味がわかる。私のためにある現象だと。 [続きを読む]
  • バナナ アイス
  • 暑い日々が続く。暑いから楽しみもある。バナナの皮を剥いて、ラップする。冷凍庫にいれたら、キャンデーだ。売り物アイスより美味い。そして家の畑から、採ったトマト。まるまるラップして冷凍庫に。シャーベットみたいになる。なによりスーパーとは比べられない味。夏の太陽を浴びたトマトはスイカみたい。自然は大変でもあり、いいものだ。 [続きを読む]
  • 夏季伝道☆味わった「敗北感」と「神の親心」
  • 夏になると思いだす事がある。復帰されて数年の頃、開拓時代の「40日夏季開拓伝道」を体験するため、地区で青年が実践する事になった。私は他の2人と鹿児島に行った。それぞれ任地に着いたら金は0。万物復帰用の品物を持っているだけで、公園で寝袋生活。午前は万物復帰、午後は街頭で路傍演説し、訪問と街頭伝道をした。私は20日たっても1人も講義を聴く人がいなかった。突破するため無期限断食を始めた。聖書の「一つの麦が落ち [続きを読む]
  • 信仰初期の試練
  • 18歳の頃、信仰歴、半年くらいの最初の試練。IOWCが帰った後、JOWC(日本の伝道部隊)が、何人が小さな教会に来て、わずかな教会メンバーと路傍伝道した。 夕方まで伝道し、講義が終われば、伝道できなかった人も帰り、食事を皆んなでしながら、歓迎会をする流れだった。 私も、私以外の人が連れてきた新規の方に尽くした。 私だけが一人も連れて来れなくて何十日も過ぎ、幼い私は、寂しくなり、尽くしながらも、食事の場が葛藤に [続きを読む]
  • 初めての祈りに答えた神
  • 学生の時、原理を聞いて真の神様を知った。3日修練会を終えて感動して、いきなり親にノートを見て、原理講義をしたた。親が「気が狂った!」と反対し始めた。私は7日修練会に出たかったが7千円の費用がかかり、学生で3千円しかなかった。親は「金は出さない、勝ってにやれ!」と言い、行けなくて困った。 その時、初めて祈った。「神様、あなたを知るために修練会に出たいけど、お金がありません。どうしたらいいですか?」と祈 [続きを読む]
  • 雲を動かされる神
  • 学生時代、試験中の時。あとニ科目の中の、一科目、赤点を取らなければ、留年しなくて済んだ。その中の一科目は、先生のサービスで、出題箇所が言われていた。他の学友たちは合格点だった。私だけ赤点だった。よく見ると、応用物理で長い計算式は合っていた。最後に、二分の一すれば、答えだったが、勘違いで二倍にしていた。私は、昔からオッチョコチョイだった。あとの一科目は難しく、合格点になる可能性は、まず低かった。その [続きを読む]
  • 神とサタンの「居眠り」攻防戦?
  • チョビ神体験。学生の時、「礼拝は必ず出るように!」と言われた。翌日が試験でも、礼拝まもり、一日中、教会へ。礼拝を出ない時は一度もなかった。まじめ(^^;;寮から教会までハスで通っていた。ところが、ある日曜、朝寝坊してしまった。バス乗り遅れ、次のバスでは、礼拝は完璧に始まる時間。タクシーの金もない(≧∇≦)ぼうぜんとバス停に立っていた。そうしたら、時間でもないのに、行く先のバスが10分遅れて停まり、ドアが [続きを読む]
  • 神は言われた「真の父母と……」
  • 私は、昨年6月に脳出血で倒れ、リハビリで、やっと教会に5月に行けるようになった。少し歩けるようになったが、6月に脳梗塞になり、前よりも悪くなった。目も手足も口も悪くなり家で生活するも苦痛になった。やっと40日の条件を始めて祈った。神に「また真っ暗なトンネルに入りました。希望が見えなくなりました。何に希望を持ったらいいのですか?」と祈った。神は「真の父母と生きる時が、どれだけ幸福か?」と言われた。私 [続きを読む]
  • どうしても喜べない時も☆闘病体験記⑦最終
  • 入院中、いつも唱えていた言葉があります。昨日の全てに感謝を捧げ今日の一日に喜びを探し明日の未来に希望の日を同じ悲しい道を行くのなら涙をふいて笑って行こう同じ苦しい道を行くのなら笑顔をもって歌っていこう しかし実際には、喜びを探せない日もありあした。探しても見つからない時、思いました。「見つからないなら、自分で作ろう」と。私が笑顔をすれば、誰かが笑顔になるだろうと。一番、喜ばれるのは神様です。親なる [続きを読む]
  • 何のために生きるのか?☆闘病体験記⑥
  • 私が倒れたのは、お父様を知ってから、ちょうど40年目でした。何か深い意味があると思いました。それでも今後の事が心配でした。今の手足、頭、目、耳では、社会復帰ができません。おまけに私の家はバスも、ほとんどありません。外に行けないし、教会にも行けません。「かごの鳥」状態になりあした。これから何をしたらいいのか?希望を見だせないのです。私はなんのために生きるのか?ずっと自問自答しました。なぜ体が動かない [続きを読む]
  • 「神からの答えが…」☆闘病体験記⑤
  • そんな大変な入院の中で、神様が、色々教えてくれました。私は脳の手術後、神様に「助けてくだい。早く治してください」と祈りました。久々に「啓示」を受けた。普通は、聖霊的な感動の涙と共に、ふさわしい言葉が、内的な声として、語りかけるが、この時は違いました。同じことを何度も訴えるように言われました。その言葉も、私の願いの祈りと答えが違いました。私に答えられたのか、悩みましだ。あとで、よく考えたが、倒れる寸 [続きを読む]
  • 闘病体験記④「なかなか感謝できない時」
  • 病気になって初めて、当たり前の事に感謝していなかったのに気付かされました。たった5ミリ動く事がどれだけ嬉しいか。手に感謝、 空気も感謝でした。よく説教で「空気も光も神様からタダでもらっている。感謝です」と言われますが実感がなかったのです。当たり前の事に感謝できる毎日、これが本当の幸せだと思います。 私のように病気になれば、普通の事に感謝を感じるでしょう。だが、病気になるわけにはいきません。日頃、感 [続きを読む]
  • 闘病体験記③「小さな喜び、大きな感謝」
  • 希望を見出せない病院の中で二つだけ嬉しいことがありました。一つは指のこと。手術したすぐから、全く動かない手と足を、もんでいました。そうしたら、動かない手指でしたが、親指がわずか五ミリくらい動いたのです。たった五ミリのことが、大きな喜びになり「光」が見えてきました。 私は親指を見つめながら、「親」が希望を与え「はげまして、くれているんだな」と思いました。親の子供を思う愛を感じました。そして神様は人間 [続きを読む]
  • 闘病体験記②「突然の暗闇に」
  • 病気や病院とは全く縁がないのが、私の自慢でした。二〇一五年六月(五八歳)に突然の脳出血になり、救急車で運ばれました。仕事の徹夜明けに無理したためでした。血圧は気にしていましたが、サプリだけを飲んで、薬は飲んでいませんでした。ライフワークで「人生問題」について講師をしていて、集まりの時、礼拝堂で倒れ、友人に助けられました。家に一人でいた時だったら助けられなかったかもしれません。 脳出血で麻痺する人は [続きを読む]
  • 闘病体験記①「輝いた宝石のカケラ」 
  • 私は病気を通して多くを失い、多くを得ました。  眼が見えにくいが、本物が見えるようになった    耳が聞きにくいが、人の話を真剣に聞くようになった    手が持てなくなったが、余計な欲も持たなくなった    足が少ししか歩けないが、幸せに向けてまっすぐに行くようになった    脳が難しい事が理解できないが、感謝の意味がわかるようになったそんな思いを、お話しようと思います。  たまにはポチポチしてね〜 [続きを読む]