酔石亭主 さん プロフィール

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酔石亭主さん: 水石の美を求めて
ハンドル名酔石亭主 さん
ブログタイトル水石の美を求めて
ブログURLhttp://suisekiteishu.blog41.fc2.com/
サイト紹介文究極の趣味である水石を気軽に楽しみましょう
自由文このサイトにおいては水石の採集、観賞に関するものだけでなく、私たちの世界に存在する巨大な謎をじっくり解いていきたいと思っています。
また、湘南地区の隠れた美味しいお店に関してもご紹介していきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供247回 / 365日(平均4.7回/週) - 参加 2010/03/18 11:26

酔石亭主 さんのブログ記事

  • 春の土岐石展 その5
  • 土岐石展を続けます。珪化木です。一般的に珪化木は出土数が多く、価格の面では土岐石よりずっと安くなっています。けれども、土岐石に劣らない風情を持つ珪化木も少なくないので、そうした石はねらい目です。棚飾り。この土岐石は素晴らしい。以前にも拝見した気がしますが…。青碧と黄碧の混じりで、クサレ部分も適度に入っています。クサレとは樹木の腐った部分がそのまま碧化したものを言います。クサレと虫食いの入った土岐石 [続きを読む]
  • 春の土岐石展 その4
  • 土岐石展を続けます。紋石です。幽玄な味わいがあります。茶色に薄い青が混じっています。青碧を基調として色々な色彩が混じっていますね。川で揚げた土岐石でしょうか?綺麗な赤碧です。赤碧が欲しいのですが、見られそうなものはなかなかありません。いつか手に入れて赤、青、黄色と並べてみたいですね。 [続きを読む]
  • 春の土岐石展 その3
  • 今回からは個別に展示されている土岐石を見ていきます。紋石です。文様がもっと大きいと見栄えがします。青碧です。黄色も少し混じり、クサレ部分もあって土岐石特有の表情が見られます。石質そのものはあまりよくありませんが、白いクサレ部分が滝のような景を作っています。赤色と言うより肉色に近そうです。青碧です。これは石も大きく枯れた青色が素晴らしいですね。濃い青部分が半分程度あれば、色彩の対比がもっと面白い景を [続きを読む]
  • 春の土岐石展 その2
  • 今回はテーマ席を見ていきます。そのテーマは「千変万化」。何しろ元は樹木だったものがさまざまな色合いの土岐石や珪化木に変化するのですから、実に当を得たテーマだと思えます。案内には、千数百万年前の樹木が倒木し、火山灰の影響により、珪素、コバルト、クロム、鉄分、マンガン等を細胞の中に取り込み、熱・圧力等により石化して、珪化木、碧玉へと変化したと書かれており、その過程が展示されていました。珪化木段階の展示 [続きを読む]
  • 春の土岐石展
  • 土岐石愛好会主催の第51回春の土岐石展が3月18日、19日に開催されたので行ってきました。会場は清須市のみずとぴぁ庄内で、庄内川の脇にあります。会場に入ったらまず見るのは、もちろん即売品コーナーです。即売品。今回は数が多いようです。目を皿のようにしてほしい石を探します。いざ選ぶとなるとなかなか難しい。結局土岐石ではなく珪化木を購入しました。裏側も見られるのでお得です。珪化木は土岐石に比べて価格が安く、こ [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を探る その41
  • 石上神宮の参道近くの神宮外苑公園には神田神社(こうだじんじゃ)が鎮座しています。祭神は高倉下命で、神武東征において熊野で神武軍が危機に陥った際、石上神宮の主祭神となっている布都御魂神(布都御魂剣)を天皇に献上したのが高倉下となります。当初の鎮座地は天理市三島町の鎮座で、平成になってから現社地に遷座したとのこと。かつては旧社地に神饌田があって、ここで収穫された神米を祭祀に用いていたようです。いずれに [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を探る その40
  • 今回は夜都伎神社(やとぎじんじゃ、やつぎじんじゃ)を訪問します。夜都伎神社の位置を示すグーグル地図画像。鎮座地は天理市乙木町765。「日本の神々」巻4夜都伎神社の項によれば、式内小社夜都伎神社の所在については、当社のほかに、天理市竹之内町明神山の十二神社、天理市田井庄町西浦の八剣神社とする説がある、とのことです。しかし、「石上振神宮略抄」には夜都留伎ノ神は今ノ田井之庄ノ八頭神殿是也とあることから、八剣 [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を探る その39
  • 前回で出雲建雄神社の創建は、尾張の熱田神宮にて祀られる草薙神剣に関係していると確認されました。実は天理市に八剣神社が鎮座しています。熱田神宮境内にも別宮として八剣宮が鎮座しています。だとすれば、天理市の八剣神社も尾張との関係が推測されるのでチェックしてみたいと思います。鎮座地は天理駅の西側になります。八剣神社の位置を示すグーグル地図画像。鎮座地は奈良県天理市田井庄町273。八剣神社の鳥居。拝殿。本殿 [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その38
  • 今回は出雲建雄神社の由緒を詳しく見ていきましょう。前回で既にアップしていますが、もう一度以下に記載します。出雲建雄神は草薙の神剣の御霊に坐し、今を去ること1300余年前天武天皇朱鳥元年、布留川上の日の谷に瑞雲立ち上る中、神剣光を放ちて現れ、「今この地に天降り諸の氏人を守らん」と宣り給い、即に鎮座し給う。天武天皇朱鳥元年は686年となります。熱田神宮の謎解きシリーズを最初から読まれた方は、すぐにこの年代の [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その37
  • 今回石上神宮の摂社となる出雲建雄神社を見ていきます。酔石亭主の問題意識では、石上神宮よりこの境内社の方が重要となってきます。それを証するかのように、同社の拝殿(割拝殿)は国宝となっていました。また同社は、石上神宮同様、延喜式にも記載される式内社でもあります。鎮座地にも特徴があります。同社は石上神宮の拝殿、楼門に向き合う位置にあり、しかも一段と高い場所に鎮座しているのです。石上神宮の本宮よりも重要か [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その36
  • 今回は石上神宮の重要な宝物である七支刀に関して見ていきます。この異形な刀に関する詳細は石上神宮ホームページを参照ください。http://www.isonokami.jp/about/c4_2.html刀の表面には以下の記載があります。泰□四年(□□)月十六日丙午正陽造百練釦七支刀□辟百兵供供侯王□□□□作泰和四年での判読は以下Wikipediaより引用します。太和(泰和)四年五月十六日丙午の日の正陽の時刻に百たび練った□の七支刀を造った。この刀 [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その35
  • 今回は天璽十種神宝の御霊威である布留御魂大神から見ていきます。天璽十種神宝は「先代旧事本紀」の天孫本紀に出てくるもので、ニギハヤヒが天降りする際に、天神御祖から授けられた十種のお宝です。具体的には、沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)、生玉(いくたま)、死返玉(まかるかへしのたま)、足玉(たるたま)、道返玉(ちかへしのたま)、蛇比礼(へびのひれ)、蜂比礼(はちのひ [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その34
  • 今回の「邪馬台国と大和王権の謎を解く」シリーズを書き進めるにあたり、物部氏の存在は無視できないレベルに達していました。そうした物部氏にとって、石上神宮はどのような存在だったのか興味深いものがあります。物部氏にとって最も重要な石上神宮。きっと面白い謎が詰まっているはずなので、早速検討を始めましょう。石上神宮のホームページは以下を参照ください。基本情報はこれを見るだけでほぼ十分なほど立派なものとなって [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その33
  • 天理教会の建物探訪を終え、石上神宮に向かいます。石上神宮の位置を示すグーグル地図画像。布留川の流れ。随分小さな川です。石上神宮に入る道の前に立っている社号標。参道です。立派な鳥居。神域感が伝わってきます。楼門が見えてきました。楼門です。重要文化財に指定されています。檜皮葺の拝殿です。白河天皇が寄進したとの伝承もあるようですが、鎌倉時代初期のもので外観は仏堂風。国宝に指定されています。。斜め位置から [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その32
  • 今回は教祖殿を見に行きます。拝礼場の横が回廊となっています。回廊の下を潜り抜けると、拝礼場と教祖殿に面した広い中庭に出ます。回廊。一段高くなったところの下が潜り抜けられます。中庭側から見た回廊。梅の花も咲いていました。但し今年の梅ではなく、去年のものです。あっという間に一年が過ぎてしまったとは、時の流れは速いものです。やたら広い中庭。拝礼場と向かい側の回廊が写っていますが、教祖殿は見えていません。 [続きを読む]
  • 邪馬台国と大和王権の謎を解く その31
  • 前回分を書き終えてから放置状態が続き、間が空いてしまいました。今回から「邪馬台国と大和王権の謎を解く」シリーズを再開します。なお、過去の記事タイトルに「邪馬台国と大和王権の謎を解く」、「邪馬台国と大和王権の謎を探る」の二つが混在していますが、「謎を解く」が正しいとご理解ください。全くボケていますね。また過去記事の一部において一時的にブログのテンプレートが2コラムから1コラムに変わってしまい、やむを得 [続きを読む]
  • 員弁川石 その9
  • 今回はお弁当箱のような形の石です。員弁川石。左右18?。やや上側から撮影。左側の出っ張りが何とか景になるかと思って持ち帰ったのですが、水石として鑑賞価値があるかどうか難しいところです。結構重量感のある石なので外に出して見る分にはいいかもしれません。員弁川石はまだありますが、一旦中断して次回からは別の記事を書いていく予定です。 [続きを読む]
  • 員弁川石 その8
  • 今回は紋様石のように見える石です。員弁川石。高さ19?。拡大画像。石の上部と下部が薄い白色に覆われており、水濡れさせないと見られません。この石を鑑賞できるようにするには、バレル研磨した上で台座に据える必要があるでしょう。 [続きを読む]
  • 員弁川石 その7
  • 今回は姿石的な石をアップします。員弁川石。高さ17?。台座は別の石のものを流用。もう一枚。長年養石したような錆が出ています。人間の顔に見えないかなと思いましたが、ちょっと無理があるようです。背面を底面にして水盤に据えました。山水景情石的になりますが、これもちょっと無理がありそうです。なかなか決まった景を持つ石は揚げられませんね。 [続きを読む]
  • 員弁川石 その6
  • 員弁川石を続けます。員弁川石。 左右19?。見付け線(接地部分のライン)の湾曲具合を見ると、ジャクレ部分が大きな石から剥がれ落ちてこの石になったようにも感じられます。ただ写真ではジャクレがあまりはっきり見えていません。拡大画像。実物は写真で見るよりもっとジャクレの凹凸があります。水濡れ画像。水濡れさせた方がジャクレ部分がよく見えるようです。 [続きを読む]
  • 員弁川石 その5
  • 今回は大きな員弁川石です。員弁川石。左右26?。石のほぼ真ん中が抜けています。この部分は当初せんべいのように薄かったので、ドライバーで突っついてみたら簡単に抜け落ちてしまいました。もっと落とせるかとは思いましたが、固く感じられた部分は残しています。拡大画像。この石は水盤で鑑賞するにはボリューム感がありすぎ、石表面の汚れも目立つことから室内鑑賞には向きません。水濡れ画像。水濡れ状態でも汚れ感があります [続きを読む]
  • 員弁川石 その4
  • 員弁川の河原を歩いていると、青黒系の石に茶色の錆がバンドのように巻かれているのを目にします。この茶錆部分が削れて深くえぐれ込んでいれば、茅舎の景情を見せることになりますが、滅多にそうした石はありません。あれば誰かが拾い上げるので当然ですね。深くえぐれた員弁川石。左右13?の小品。茶錆をある程度取り除けばもっと見栄えがするかもしれません。焦げ茶色部分は鉱物質なので除去は難しいと思われます。斜め上方から [続きを読む]
  • 員弁川石 その3
  • 今回は員弁川石の溜りです。斜め上部から撮影。左右26?。この石は河原で底面が上になって埋まっていたものです。ひょっとしたらと思い掘り出したところ、天端にかなり大きな溜りがありました。一定の深さもあり、十分な水がたまるのですが、微細な割れがあるらしく一晩程度で抜けてしまいます。石の底面は安定しないので、水盤に据えるのは不可となります。また前面に鉄錆部分が多いので、その意味でも水盤での鑑賞は難しく外に出 [続きを読む]
  • 員弁川石 その2
  • 今回の員弁川石は員弁川で比較的よく見られるタイプの石です。員弁川石。左右16?。水濡れ画像。拡大します。全体の色調、ジャクレに鉄ザビ部分など員弁川石の典型的な表情を見せています。ちょっと梅林石のような風情も感じられますが、月面クレーターに見立てる方がいるかもしれません。受け止め方は人それぞれですね。 [続きを読む]
  • 員弁川石
  • 冬は探石の季節なので、員弁川に行ってきました。東員インターまで休日だと30分程度ですから、非常に近くなっています。鈴鹿山脈は雪山の風情で、一層高く見えます。員弁川石。左右16?。拡大画像。石質は悪いのですが、形はそこそこ良く、鉄ザビも乗っているので持ち帰りました。土坡として見るか、宝船として見るか悩ましいところです。フラッシュ撮影。 [続きを読む]