酔石亭主 さん プロフィール

  •  
酔石亭主さん: 水石の美を求めて
ハンドル名酔石亭主 さん
ブログタイトル水石の美を求めて
ブログURLhttp://suisekiteishu.blog41.fc2.com/
サイト紹介文究極の趣味である水石を気軽に楽しみましょう
自由文このサイトにおいては水石の採集、観賞に関するものだけでなく、私たちの世界に存在する巨大な謎をじっくり解いていきたいと思っています。
また、湘南地区の隠れた美味しいお店に関してもご紹介していきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供248回 / 365日(平均4.8回/週) - 参加 2010/03/18 11:26

酔石亭主 さんのブログ記事

  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その21
  • 前回で剣岳を訪問しました。山頂に鎮座していた剣大明神とは日本武尊のはずなのに、「福岡県神社誌」によれば、明治になって豊日別神社の境内社上宮に祀られていた日本武尊を中山八剣神社に合祀したとのことです。一方、「筑前國續風土記」によれば剣大明神は剣岳山麓の各社で祀られ、それらの本宮的な地位を得ていました。かくも重要な剣大明神が明治の時点で廃絶の憂き目を見た豊日別神社の境内社だったなど、どうにも話の筋が通 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その20
  • 今回は中山八剣神社における祭神の問題をさらに追及していきます。同社祭神は由緒によると日本武尊、須佐鳴尊(須戔嗚尊)、宮簀姫命(宮簀媛命)となります。前回で書いたように中山は剣神社だとすれば、祭神は3神となり、それ自体は何もややこしそうに見えません。ところがより深く詰めようとすると、一転してややこしくなり、とても一筋縄ではいかないのです。問題点の検討を進めるため、解説石板の一部を再度以下に書き出しま [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その19
  • 今回は鞍手町中山に鎮座する八剣神社の由緒を検討していきましょう。取り敢えず、幾つかある問題点の整理から始めたいので以下に箇条書きします。同社は剣岳の山麓に鎮座しているのに、なぜ社名は剣神社ではなく八剣神社となるのか?一般的に八剣神社の場合、祭神は日本武尊のみのはずなのに、なぜ日本武尊、素戔嗚尊、宮簀媛命の3神なのか?日本武尊と素戔嗚尊は北九州にて数多く祀られているが、尾張限定のはずの宮簀媛命がなぜ [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その18
  • ここまでの検討で、遠賀川流域における八剣神社のありようには、源範頼による熱田神宮勧請(1185年)が大きな影響を与えていると確認されました。新入剣神社の場合は、戦国時代に熱田神宮から日本武尊を勧請して「八劔大神」と称えています。「八劔大神」の表現には熱田神宮別宮の八剣宮の影響がありそうですが、八剣宮の創建(708年)には草薙神剣盗難事件が色濃く影を落としており、一方遠賀川流域には草薙神剣盗難事件に関連し [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その17
  • 前回で立屋敷八剣神社は本城から分祀されたと確認できました。今回は「太宰管内志」に書かれた他の八剣神社の記事やその他の情報もチェックし、遠賀川流域の八剣神社が熱田神宮から勧請されたものかどうかを見ていきましょう。本城八剣神社に近い北九州市若松区塩屋鎮座の塩屋八剣神社は同社解説板によると本城からの勧請になっており、元は熱田神宮と確認されます。北九州市若松区小敷鎮座の小敷八剣神社は不詳となっていますが、 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その16
  • 今回は立屋敷八剣神社の由緒を検討します。解説板。必要部分を以下に書き出します。八劔神社由緒主祭神:日本武尊(やまとたけるのみこと) 砧姫命(きぬたひめのみこと)合祀神社:保食宮・天津神社・国津神社・天満神社・多賀神社・宮地嶽神社・貴船神社境内社:月読神社・馬野神社・天照大神社・猿田彦神社由緒第十二代景行天皇の御代(71年〜130年)、日本武尊は筑紫の熊襲征伐の途次、この地にて砧姫を娶られた。尊が東国征伐 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その15
  • 前回の検討で、北九州版日本武尊と尾張、大和版日本武尊が別人(別の神)であり、遠賀川流域に鎮座する八剣神社は基本的に本城の八剣神社より分祀されたものであるとほぼ確認されました。もちろん一社を検討しただけで断定などできないので、その基本原則が今回訪問の立屋敷八剣神社にも適用できるかどうか調査したいと思います。同社鎮座地は遠賀郡水巻町立屋敷3丁目13。早速行ってみましょう。鎮座位置を示すグーグル画像。実は [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その14
  • 今回は本城に鎮座する八剣神社の由緒を見ていきます。由緒です。由緒の続き。やや長いものの、非常に明快なので以下に書き出してみます。八劍神社御由緒御祭神 日本武尊(紀) 倭建命(記)八剱神社は、本城を本社として付近周辺合わせて十数社をかぞへる。当神社の御由緒については、「筑前続風土記拾遺筑陽記筑前早鑑記太宰管内誌」にでたり。伝えられる、次の二説がある。「第十二代景行天皇の御代、日本武尊が熊襲征伐の折り [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その13
  • 今回は福岡県北九州市八幡西区本城2丁目1番56号に鎮座する八剣神社を見ていきます。検討課題は源範頼がここに熱田大神を勧請したかどうかです。とても興味深いので、早速行ってみましょう。鎮座地を示すグーグル地図画像。主要道路となる199号線脇に鎮座しています。鳥居です。八劔神社との表記になっています。楠の巨木がありました。木がコンクリの支柱を咥え込んでいるように見えます。人の顔のようにも見えてしまいます。珍百 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その12
  • 前回で剣神社と八剣神社はどう違うのかとの問題を提起しました。違いが発生しそうな理由として、祭神や由緒、鎮座位置などが挙げられるはずです。この疑問を追求するため、まず各神社の祭神から検討していきましょう。遠賀川流域において八剣の名を冠する神社の多くが、祭神を日本武尊としています。一方、剣の名を冠する神社の多くは、後で詳しく見ていきますが、祭神は素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命になっています。(注:中山八 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その11
  • 前回で嶋戸物部と贄田物部の尾張移住が確認できました。加えて、彼らがプレ物部氏の最重要メンバーであった点も明らかとなっています。両者が移住した熱田台地には高倉下を祀る高座結御子神社が、そのすぐ南には熱田神宮が鎮座しています。この位置関係こそが物部氏と尾張氏の間に密接な関係を築かせたと見てほぼ間違いないでしょう。密接な関係は彼らの祖神からも窺えます。尾張氏の祖神は天火明命で、一方物部氏の祖神はニギハヤ [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その10
  • 今回は贄田物部の移住先を検討します。彼らの出身地は筑前鞍手郡新分郷で現在の鞍手郡鞍手町新北(くらてまちにぎた)一帯となります。ここはプレ物部氏の聖山・剣岳の西側山麓ですから、贄田物部の重要性がすんなり理解されます。鞍手郡鞍手町新北の位置を示すグーグル地図画像。谷川氏や奥野氏は、剱岳とその周辺一帯には幾つかの剣神社・八剣神社が鎮座し物部氏の信仰の中心となっていることから、剣岳は兵仗の一族とされる物部 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その9
  • 今回は嶋戸物部の移住先から検討します。既に書いたように、彼らが奉斎する神は大倉主命でその実体は高倉下でした。(注:大倉主命=高倉下に関しては今後もさらに検証していきます)そして嶋戸物部もニギハヤヒに供奉したメンバーに入っている以上、船に乗って瀬戸内海を渡り難波にまで同行したはずです。けれども、彼らは大和に入らなかった。そう、嶋戸物部は弥生時代前期において弥生人集団が移動したルートを辿り尾張に向かっ [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その8
  • 前回で嶋戸物部の支配地域と洞海(くきのうみ)について見てきました。嶋戸物部の検討を続ける前に、洞海と妙な関係がありそうな豊前企救郡(きくぐん)の筑紫聞物部を取り上げます。企救郡は現在の北九州市小倉北区・小倉南区・門司区にほぼ相当し、小倉北区は洞海湾の入り口に近い場所となっています。そして、(きく)の意味は岫(くき)と同じで洞穴や屈曲した地形だとのこと。地理的な近さも含め、嶋戸物部と筑紫聞物部の間に [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その7
  • 今回はニギハヤヒ東遷に随行したプレ物部氏集団の中の誰が尾張に向かったのかと言う課題を検討します。取り敢えずは「先代旧事本記」天神本紀に記載ある各随行メンバーを、以下に書き出してみましょう。(注:各メンバーの推定出身地、移住先に関しては、主に「白鳥伝説」の記述内容から引用しています。数が多いのでざっと見ていただくだけで結構です)メンバー  推定出身地                 推定移住先二田物 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その6
  • 前回までの内容を纏めます。今からおよそ2300年前、北九州の遠賀川流域から遠賀川式土器を携えて弥生人集団が尾張に移動し、知多半島を北上。熱田台地に至った彼らは名古屋市熱田区高蔵町の高蔵遺跡(高座結御子神社鎮座地一帯)に集落を営み始め、庄内川を遡って西志賀遺跡、朝日遺跡などにも定着します。高蔵遺跡は海上交通の要所に位置しており、弥生時代を通して海外も含む広範囲な地域との交流がありました。弥生時代後期とな [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その5
  • 前回で安曇族の問題と元志賀の地名を提起しました。志賀と言えば、安曇族の原郷である九州の志賀島が思い浮かびます。志賀島にいた安曇族が船で高倉下一行を尾張まで案内したのかもしれません。その可能性を確認するため、元志賀町の地図を眺めてみましょう。地図に目を凝らすと、名古屋市北区元志賀町 2-53-1に綿神社と言う名前の神社が鎮座していました。社名だけでは織物に関係する神社かと間違えそうですが、綿は海の古語であ [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その4
  • 西志賀遺跡からは方形周溝墓が数多く発見され、その中から舟形木棺が一基出土しています。舟形木棺。舟葬の観念は世界各地にあり、朝鮮半島を通じて大陸からもたらされた可能性がある。弥生時代は農業を中心とした閉鎖社会だったのではなく、海外までも含めた広い範囲の人々と積極的に交流した時代であることがわかってきた。とモニターの解説には出ていました。こうした内容自体が酔石亭主の見解の裏付けになっているようにも感じ [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その3
  • 遠賀川式土器を尾張に伝えた弥生人たちはさらに北上します。現在の庄内川を挟んだ東側に西志賀遺跡が西側に東海地方最大級の朝日遺跡があって、いずれの遺跡からも遠賀川式土器が出土しています。彼らは現在よりずっと奥にあった当時の庄内川河口を遡り、これらの地にまで至ったのです。朝日遺跡に関しては「清須市周辺散歩 その4」を参照ください。どの遺跡も有名で前々回の画像に位置が示されているので確認ください。西志賀遺 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その2
  • 今回は尾張と遠賀川流域における共通性の土台部分を理解するため、弥生人が伊勢湾に入り北上していった流れを見ていきましょう。まず知多半島です。知多市八幡荒古の荒古遺跡や朝倉駅近くの細見遺跡からは遠賀川式土器(弥生時代前期で2300年前とされる)が出土しています。細見遺跡出土の遠賀川式土器。知多市歴史民俗博物館にて撮影。解説。朝倉駅と細見の位置を示すグーグル地図画像。知多市役所と線路の間辺りが遺跡の所在地。 [続きを読む]
  • 尾張と遠賀川流域の謎を解く その1
  • 今回から久し振りに歴史の謎解きに挑戦します。以前、「熱田神宮の謎を解く」シリーズを書いている中で、尾張と遠賀川流域の間に不可解な共通性があることに気付きました。「熱田神宮の謎を解く その34」、「その35」、「その36」にて少し触れたように、物部氏の本貫地と考えられる北九州の遠賀川流域と尾張との間には神社構成、祭神、伝承、地名などで極めて酷似したものが見られたのです。この事実はとても興味深いため、 [続きを読む]
  • 西尾城跡の続き
  • 西尾城跡を続けます。城の詳細は以下Wikioediaより引用します。創建当時、中世期の規模については不明である。1585年(天正13年)に酒井重忠によって、東の丸と帯曲輪の拡張と堀や石塁の造成、櫓門、櫓類、天守などが増築された。1590年(天正18年)田中吉政によって、三の丸の拡張や大手黒門、新門の楼門2棟、櫓門2棟が建てられている。このとき東の丸にあった大手門は、太鼓門と改称されている。1657年当時の城郭構造は梯郭式の [続きを読む]
  • 西尾城跡
  • それにしても暑いですね。庭でクマゼミが合唱し始めると、あまりの煩さに会話もままなりません。でも、これも夏の風情と思って楽しめばいいのです。蝉の声のない夏など寂しい限り。我が家の庭だけでなく、世界も賑やかなようです。米国のトランプ大統領はロシア疑惑でがんじがらめになり、何もできなくなって、ただ吠えまくるだけの状態に陥っています。英国のメイ首相も、政権内部の争いからEU離脱方針が定まらず、最悪交渉期限切 [続きを読む]
  • 尚古荘
  • 西尾城跡の脇に昭和初期頃米穀商が造営した尚古荘があるので見に行きます。入場は無料とのこと。入口の門。待合風の建物。石畳。茶室風の建物。風情があります。もう一枚。比較的狭いお庭でしたが、立体的な構成になっており楽しめました。尚古荘の横にある伝想茶屋の建物。抹茶を作る体験コーナーもあるようです。酔石亭主はここで煎茶を買いました。 [続きを読む]
  • 西尾城大手門址
  • 聖運寺のすぐ近くの交差点にゆるいキャラの像が建っていました。一体なんでしょうね。交差点の一角が空き地になっており、その前に建っています。西尾市の簡易地図。これを見ると中央通り沿いに幾つもの像が建っているようです。興味のある方は駅から通りをまっすぐ歩いてください。像の脇に西尾城大手門址の石柱が建っています。現在はそれらしき雰囲気は全くありませんが、西尾城も結構大きな敷地を持っていたと理解されます。絵 [続きを読む]