修ちゃん さん プロフィール

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修ちゃんさん: 簾満月のバスの助手席
ハンドル名修ちゃん さん
ブログタイトル簾満月のバスの助手席
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/sudare-m/
サイト紹介文バスや鉄道のことそして生活のこと 通勤に旅行に暮らしに 見たまま思いっ記
自由文JR営業線乗潰しの旅、四国歩き遍路の旅を中心に
生活で毎日見たこと感じたことを投稿しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供158回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2010/04/02 19:33

修ちゃん さんのブログ記事

  • おかげ横丁(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  「おはらい町」の再生は、伊勢が最もにぎわった江戸から明治の時代の風情を再現しようとするもので、切妻・入母屋瓦葺の木造建屋が、妻入りで建ち並ぶ町並みの復元であった。 通りに面したコンビニですら、その仕様に合わせる徹底ぶりには驚かされる。神宮の正殿などが平入で建てられていることから、それと同じでは畏れ多い事から妻入りとした伊勢特有の景観であると言う。 更に61回目の式年遷宮に合わせ、おはらい町に隣接し [続きを読む]
  • おはらい町(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  昔から「お伊勢さん参り」は、まず外宮にお参りし、その後1里あまり離れた内宮をお参りするのが正式とされていた。したがって、伊勢参宮道も当然外宮を経て内宮に至り、五十鈴川に架かる宇治橋付近が終点であった。 「お伊勢さん参り」のブームが起こった江戸時代に、庶民を伊勢に誘い道中の案内や、現地で宿泊の世話をしたのは「御師」と呼ばれた人たちであった。当時この人たちの館が多く建ち並んでいたのが、この街道の終点 [続きを読む]
  • 伊勢神宮(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  「神宮(じんぐう)」と言うのが伊勢神宮の正式な名称だそうだ。国内に凡そ8000あると言われる神社の中でも伊勢神宮は、社格の対象外とされる別格の神社であると同時に、元々は皇室の氏神で、国家鎮護の最高神とされ、古くから日本国民にとっては参拝の憧れ、強い崇敬の対象となって来た。 「神宮」では20年ごとに正殿を造り変え神座を遷し返る式年遷宮が長きに渡り行われてきて、近年では平成25年には62回目が無事行われている [続きを読む]
  • お伊勢さん参り(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  十辺舎一九の東海道中膝栗毛では、弥次さん喜多さんは四日市の日永追分で東海道を離れ、伊勢街道を神戸、白子、上野、津、雲津、松坂、小俣と宿場を辿り、ようやく山田にやってきて念願の伊勢神宮への参拝を済ませている。 江戸時代の庶民にとっての「お伊勢さん」への参拝は、「お陰参り」が大流行したとは言え、一生に一度とてない重大事であった。この親しみを込めた「お伊勢さん」という愛称も、丁度この頃に定着したと言わ [続きを読む]
  • 伊勢奥津宿(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  伊勢奥津駅から続く道を100mほど下ると「伊勢本街道」と呼ばれる街道に行き当たる。その角を左折したあたりが、かつて宿場町として栄えた奥津の中心的な場所だと言う。 道端の木標に「須郷おんばさん 0.4Km」と書かれていたので、何かと聞いてみれば昔からこう呼ばれる祠が有り、延命地蔵が祀られているのだそうだ。街道はここから更に東に向かい飼坂峠を経て上多気、相可などの宿場を過ぎ南下、伊勢に続いている。 曲がりく [続きを読む]
  • 伊勢本街道(JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  名松線の終着駅・伊勢奥津駅を出て、緩い坂道を100mほど下ると、細い街道に行き当たる。これは大和と伊勢神宮を結ぶ伊勢参宮道で「伊勢本街道」と言われる道だ。 古くからお伊勢参りは庶民の強い憧れであったようで、江戸時代には最も人気の高い観光地はお伊勢さんだと言われている。「講」をつくり、皆で貯金をしてそれを元手に代表者がお参りする代参は当たりまえのように行われていたらしい。 十辺舎一九の「東海道中膝栗 [続きを読む]
  • 伊勢奥津駅 (JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  名松線は松坂を出るとしばらく紀勢本線を行き、最初の駅の手前でその本線と離れしばらくは市街地を長閑に走る。沿線に雲出川が近づくころになると山々に囲まれた農村から、次第に山間の風景に変わる。ここら辺りは嘗て林業で栄えた村々だが、周辺にはそんな山々を切り開いたゴルフ場が幾つも立地していて、そんな景色を見せながらローカル線は長閑に走る。 終着駅の伊勢奥津は、「おくつ」ではなく、「おきつ」と読ます駅で、松 [続きを読む]
  • 名松線 (JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  この松坂からは名松線が出ている。伊勢奥津までの43.5Kmを、全て三重県内にある15の駅で結んでいる非電化の路線で、運行は凡そ2時間に1本程度だ。 路線名の「松」は起点の松坂の頭文字であるが、不思議なことに路線内の各駅に「名」の字の付く駅は無い。それもその筈、もともとは奈良県の桜井と結ぶ計画が途中で名張に変更されたもののそれもとん挫、伊勢奥津止りとなったため盲腸線で終わってしまったのだ。終着駅からは名張方 [続きを読む]
  • 亀山から松坂へ (JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  紀勢本線を行く「特急・ワイドビュー南紀」は名古屋を発ち、四日市に停車すると途中の河原田から伊勢鉄道の路線に乗り入れ、ショートカットして三重県の県庁所在地・津に向かい、ここで紀勢本線に合流するので起点駅の亀山を通ることは無い。 これは名古屋から関西本線、紀勢本線、参宮線を経て鳥羽に向かう「快速・みえ」も同じである。このため亀山は関西本線と紀勢本線の二つの本線の結節駅で有るにも拘らず、特急や快速は無 [続きを読む]
  • 紀勢本線 (JR乗り潰しの旅・紀勢本線)
  •  紀勢本線は三重県の亀山駅から和歌山県の和歌山市駅に至る、全長384.2Kmにも及ぶ長大な路線である。途中の新宮駅がJR東海とJR西日本の境界に成る。 このため全線を通す特急の運行は無く、名古屋方面からは関西本線と伊勢鉄道をショートカットする「特急・ワイドビュー南紀」が新宮を経由して紀伊勝浦まで行く。一方関西圏は京都や大阪から「特急・くろしお」が電化区間の新宮や、途中の白浜まで運行していて、こちらの方が [続きを読む]
  • 関西の近郊路線(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  ほんの暫し古都の町歩きを楽しんだ後、奈良駅に戻り再び木津に向かう。ここからは片町線・東西線周りの宝塚行きに乗り込む。片町線はここから大阪環状線の京橋までの44.8キロの路線で、「学研都市線」の愛称で呼ばれている。 関西圏の通勤圏内の路線と言った雰囲気の路線で、さすがに乗客も多い。車内がベンチシートの車両と言うことも有り、なかなか車窓を楽しむと言う雰囲気では無い。木津からは北向きに京都方面に進路をとっ [続きを読む]
  • 三条通り(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  奈良駅から真っ直ぐに東に延びる三条通りは、その行き当たりに鎮座する春日大社への参道である。旧駅舎の前の広場にはその常夜灯が建っている。 観光都市・奈良を代表する目抜き通りであるだけに、何時訪ねてもその人の多さに驚かされる。そこには地元の人もさることながら、観光客も多いように見受けられる。通りには昔からの老舗店に混じり良く名の知れた全国チェーンの店や、モダンで比較的新しそうな店舗も混在して、古都に [続きを読む]
  • 「せんとくん」と奈良の駅(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  加茂から大阪方面への乗り継ぎはスムーズで、さすがに便利が良い。平城山あたりの賑やかな町並みを見ながら、奈良には20分ほどで到着する。どうと言う目的が有るわけでもないが、折角だから少し奈良で降りてみる。  駅では、「せんとくん」が出迎えてくれる。その「せんとくん」は今日全国各地で流行っている、いわゆる「ゆるキャラ」とは少し趣が違いそれらとは一線を引いているが、平安遷都1300年を記念して誕生した公式キャ [続きを読む]
  • 大和路快速(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  亀山からは1時間20分ほどで終着の加茂に到着する。ここからは、再び電化区間となり、大阪に向かい乗り換える事に成る。 駅ホームの列車案内の電光掲示には「大和路快速」が何本も表示され、今までのローカル線のイメージはこれで完全に払拭されることに成る。 慣れない身には関西圏の路線、取り分け列車の運行系統は複雑で解り辛い。大型時刻表でもその接続、時刻など調べるのは結構難儀である。 「大和路快速」は関西本線の [続きを読む]
  • 島ヶ原温泉(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  「島ヶ原温泉・やぶっちゃの湯」は「やぶっちゃランド」にある複合温泉施設だ。ここにはやぶっちゃの湯のある「温泉棟」をはじめ、食事処を備えた「賄い棟」、歩行用温水プールやジャグジー、トレーニングジムなどを備えた「健康づくり棟まめの館」地元で採れた新鮮野菜や手作り品などを販売する「農産物加工棟」などがある。 またその周辺にはオートキャンプ場や水遊び場、テニスコート、グランドゴルフ、パターゴルフ場などが [続きを読む]
  • やぶっちや(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  関西本線は伊賀上野を過ぎると盆地に広がる町並みが消え、丘陵地帯に入り少し山が深くなり、やがて淀川の支流、木津川が左手から寄り添って来る。 車窓からはあまり高くはない山々の連なりや、豊かな緑の中に広がるゴルフ場、次の島ケ原辺りでは、流れが大小の岩を食み急流となる「鯛ケ淵渓谷」の景勝を見ることが出来る。 大きく蛇行する木津川のその渓谷の川岸には「やぶっちゃランド」と呼ばれる施設がある。オートキャンプ [続きを読む]
  • 忍者の里(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  上野公園では「芭蕉記念館」や「俳聖殿」に向かう人の流れは少なく、子供たちを連れた多くの人がさらにその奥にある「伊賀流忍者博物館」を目指していた。 今や「忍者」は日本の子供たちのヒーローに留まらず、映画やアニメの影響で外国にも「ニンジャ」として知られ、人気を博している。そんな時代を裏付けるように、ここにも多くの外国人が押しかけていた。 忍者屋敷では忍者に扮したスタッフが実演を交えながら説明をしてく [続きを読む]
  • 俳聖・芭蕉(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  伊賀線を上野市で降り地下道でその線路を潜り、町中を突き抜ける国道25号線を横切ると豊かな緑に包まれた上野公園がある。一体は上野城跡で広大な緑地は文教地区にもなっていて市役所や学校等も有る。 天正年間に筒井氏が三層の天守閣を築いたのがこの城の始まりだ。その後江戸時代になって伊予の国から国替えで移ってきた藤堂高虎が、大阪の豊臣家との戦を意識して整備を始め、五層の天守閣の建設に着手したが、その半ば暴風に [続きを読む]
  • 忍者列車(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  伊賀鉄道は上野盆地に位置する伊賀市の中心市街地を通り、伊賀神戸までの間16.6Kmを結ぶ路線で、終点の伊賀神戸では近鉄大阪線と接続している。元々近鉄の支線であったが今は分離され伊賀市も出資する近鉄の子会社である。 伊賀線の人気は何と言っても平成21年から運行の始まった「忍者列車」だ。車体前面には松本零士デザインによる忍者が描かれていて、青色、ピンク色、緑色の三編成が走っている。 車内にも工夫が凝らされて [続きを読む]
  • 伊賀上野(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  少し平野が開けると草津線との接続駅・柘植に到着する。ここまで車内で愛嬌を振りまいていた猫が、飼い主のかごに入れられ降りて行った。 草津線はここ柘植と甲賀、貴生川を経て東海道本線の草津とを結ぶ36.7Kmの路線である。途中の貴生川からは、狸の置物で知られる焼き物の里・信楽に向かう信楽高原鉄道と、近江八幡や彦根方面に向かう近江鉄道が出ている。 柘植から15分ほどで、伊賀鉄道の接続駅である伊賀上野に到着する [続きを読む]
  • 鈴鹿越え(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •   関駅には隣接して、「道の駅・関宿」が有る。地元の新鮮野菜が並ぶ直売店、食事処、情報コナー等が併設されている。またレンタサイクルも用意されているので、亀山から関に至る旧東海道を巡るなら、借りるのも手である。 お昼前の電車で次の乗換駅・加茂に向かう。関からはいよいよかつての難所、加太越えに挑むことに成る。と言ってもそれは昔の事、今では2両編成のジーゼルカーは、25‰の急坂をエンジン音を少し高めるだけ [続きを読む]
  • 関の山 (JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  地蔵院のあるあたりが中町と言われるところで、関宿の中心的な場所らしく、高札場が残されていてここらでは観光客の姿も一段と多く見かける。 門前に建つ会津屋は関宿を代表する旅籠の一つで、今はお食事処と成っている。文久年間に建てられて米屋・川音や、鍛冶屋などが軒を連ねる一帯は、より宿場町らしい風情を醸し出している。 そんな通りで醤油の焦げる香ばしい匂いに誘われて店を訪ねると、高校生の孫が祖母の手伝いと言 [続きを読む]
  • 関宿の町並(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  関宿は、東の追分から西の追分まで、1.8 Kmの区間に江戸から明治にかけて建てられた、古い町屋が200軒余り残されていて、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。 明治以降全国各地で、新しく鉄道や国道が整備されていく中、ここ関では幸いにもこの古い街筋を避けて建設された事で、街並みがそのまま残り伝統地として保存される事に成る。 街道を歩いてみると弁柄塗りの鴨居や柱、くぐり戸や表の立て格子などの家が [続きを読む]
  • 鈴鹿の関(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  「昔此処鈴鹿の関成。故に関と言う」亀山宿から凡そ1里半、江戸日本橋からは百六里の距離に当たる旧東海道47番目の宿場町、“関”には7世紀ころには「伊勢鈴鹿の関」が設けられていた。 しかしその関所(お役所)の存在は間違いがないがその場所となると位置が度々変えられ、今日の研究でも特定することは出来ないのだそうだ。  江戸時代の旅人は、一日十里を目途として歩いたと言われているから、江戸日本橋を旅立った人々は [続きを読む]
  • 江戸の道・亀山宿(JR乗り潰しの旅・関西本線)
  •  お城下の小さな公園「お城見庭園」には46番目の宿場町の碑が建ち、旧東海道筋が公園を巻き込むように通っている。その道を少し行くと武家屋敷や問屋場跡が残る旧東海道筋に出る。 亀山市は市内の井田川地区から小野地区に至る約11Kmの間を、情緒あふれる東海道「江戸の道・亀山宿」として整備している。 今日の東海道筋は、人も車もほとんど通らない長閑な道で、所々で曲り見通しのきかない造りがいかにも城下町らしい。その [続きを読む]