島の医者になって さん プロフィール

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島の医者になってさん: 島の医者になって、た頃もあった
ハンドル名島の医者になって さん
ブログタイトル島の医者になって、た頃もあった
ブログURLhttp://white.ap.teacup.com/simanoisya/
サイト紹介文京都から五島列島の奈留島の医者になって10年以上、また京都に帰ってきましたが。
自由文ブログ名と解離したブログになってしまいました。
奈留島131ヶ所ゴミ箱霊場巡り・奈留島百人一首などのシリーズ物の最新は天皇陵巡り、快調に進行中です!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供100回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2010/04/14 21:33

島の医者になって さんのブログ記事

  • 13−1成務天皇
  •  [画像] 奈良平城京跡の北にある丘は、大きな前方後円墳がたくさん並んでいて、佐紀盾列古墳群(サキタテナミコフングン)を形成しています。このうち、三つの丘を切り分けて作ったといわれている密集した三つの古墳、一つは12-2垂仁天皇皇后日葉酢媛命の陵、一つは時代が進んで46-1・48-1の孝謙・称徳天皇の陵、そして今回の13−1成務天皇(セイム)の陵である佐紀石塚山古墳です。  [画像] 散歩するには絶好のロケ [続きを読む]
  • 菊水鉾茶会
  •  [画像] 暑い京都、7月16日(日)祇園祭の宵山見物に、昼間ですが行きました。四条通の函谷鉾。  [画像]室町通りの菊水鉾。  [画像] 菊水鉾のご神体の稚児人形「菊丸」です、巡行の日は鉾の前に飾られます。 菊水鉾は、私の小学生の頃?、いずれにしろ戦後に再建されたまだ新しい鉾です。   [画像] 菊水鉾の町内には、昔金剛能楽堂があって、そこには「菊水の井戸」という名水が湧いていたそうです。その為か、祇園祭 [続きを読む]
  • 金沢旅行3
  •  [画像] 2日目の金沢は大雨、元々この旅は金沢21世紀美術館などに行きたかったので、雨でもいいのですが、ちょっと降りすぎです。隣の兼六園も行ってみようかと思っていましたが、これは濡れるだけなのでやめました。  [画像] 金沢21世紀美術館常設の現代美術、水の底にも下から入れる「プール」も有名です。底から見る水面も雨が打っていました。  [画像] この「プール」、残念ながら雨のため、上からはのぞけません [続きを読む]
  • 金沢旅行2
  •  [画像] 三カ所の道の駅・高速のSA・ケーキ屋・東尋坊の六ケ所でトイレに行きながら、7時間ゆっくりドライブして着いたのは、金沢郊外車で30分ほどの湯涌温泉。以前ここに白雲楼ホテルと言う、東洋一を誇っていたホテルがあって、私は昔から一度は湯涌温泉の白雲楼ホテルに泊まりたいと思っていました。しかし、ホテルは倒産していて、1998年(平成10年)には消滅していますので、泊まったのは小さな旅館。   [画像] [続きを読む]
  • 金沢旅行1
  •  [画像] ちょっと前の、いつもの日帰りではなく、少し足を延ばして金沢までの一泊旅行です。 ゆっくり行こうと、久しぶりに越前海岸をドライブしました。礫岩が風と波の浸食作用でくりぬかれた洞穴、呼鳥門(コチョウモン)も久しぶりです。この洞穴、高さ15?・幅30?あるそうです。  [画像] すぐ近くにトンネルが出来ていましたが、確か以前来た時は、国道がこの洞穴の中を通っていて、車で抜けたような気がします。トン [続きを読む]
  • 12−3景行天皇皇子 日本武尊の4番外
  •   [画像] 以前熱田神宮に行った時に、その横にもう一つの日本武尊の白鳥御陵を見つけてしまいました。熱田神宮駅から少し歩いて、白鳥古墳と本居宣長歌碑の道標が目印です。   [画像] 民家の間の狭い道を通って行くと、6世紀初めころの全長74?の前方後円墳が、かなり削られたまま残っていました。  伊吹山で亡くなった日本武尊は、その地能褒野から奈良の琴弾原、そして大阪古市の白鳥陵にと、次々白鳥になって飛んで [続きを読む]
  • 12−3景行天皇皇子 日本武尊の3
  •   [画像] 九州の熊襲退治から帰るやいなや、日本武尊は父景行天皇の命で、東国の蝦夷征伐に旅立ちました。前回書いたように、伊勢で叔母に愚痴を述べていましたが、尾張ではちゃっかりミヤズヒメをナンパして、結婚の約束もしています。 相模の国では、国造(クニノミヤツコ)に誘いだされた日本武尊は、野原で火に囲まれた時、叔母に貰った草那芸剣(クサナギノタチ)で草を薙ぎ払い、貰った嚢から火打石を取りだして向火を付けて [続きを読む]
  • 12−3景行天皇皇子 日本武尊の2
  •  [画像] 三重県亀山の能褒野墓に葬られた日本武尊(ヤマトタケル)は、八尋もある大きな白鳥になって大和の方向に飛んでいって、ここ奈良県御所市の琴弾原(コトヒキノハラ)に留まったそうです。 民家の間の道にある看板に沿って左に曲がります。   [画像] この民家の塀沿いの坂道を上がった所が、白鳥陵(シラトリノミササギ)と書いてあった二つ目の墓、日本武尊琴引原白鳥陵でした。  [画像] 今までの陵や墓と違って、ここ [続きを読む]
  • 立木観音
  •  [画像] 京都の人は「立木さん・立木さん」と言って、よく厄除けにお参りする立木観音、滋賀県石山の瀬田川沿いにあります。  [画像] いかんせん、この登りの石段がつらい!私ももう50年以上前(花水木さんすみません、25年以上前です)になる、男の本厄の時に参って、しんどかった記憶がありますが、この時の立木さん厄除け参りは、他の神社仏閣より効果があった記憶も残っています。  [画像] 今回朝早いこともあって、す [続きを読む]
  • 桂南光独演会
  •  [画像] 久しぶりに京阪八幡市駅に降り立ちました。小学校の嫌いだった水泳遠足は、この駅裏の木津川の京阪電車の鉄橋の下であったと、記憶しています。 駅からすぐに、岩清水八幡宮に行く男山ケーブルが見えていました。  [画像] 駅前に飾ってあった八幡市の名所・名物。もちろん岩清水八幡宮がメインですが、そこの竹をフィラメントに使ってエヂソンが電灯を灯したことも有名です。松花堂弁当の発祥地でもあり、八幡巻もこ [続きを読む]
  • 12−3景行天皇皇子日本武尊の1
  •  [画像] 三重県亀山市は、東海道亀山宿で栄えた城下町で、有名な亀山ローソクやAQUOSで一時は世界的になったシャープの亀山モデルの工場があった所です。 第2名神高速が出来て、京都からも行き易くなりましたが、そこの能褒野神社(ノボノジンジャ)を訪ねます。   [画像] 左へ行けば日本武尊(ヤマトタケル)の墓へ、右の鳥居は明るい林に囲まれた能褒野神社の鳥居です。  [画像] 神社自体は明治以後に出来た、それほど由 [続きを読む]
  • 12−2景行天皇皇后
  •  [画像] 吉備の臣の祖である若建吉備津日子(ワカタケキビツヒコ)は第7代孝霊天皇の皇子で、以前岡山の墓にも行って紹介した7−3大吉備津日子命(オオキビツヒコノミコト)の弟にあたります。この若建吉備津日子の娘が今回の針間(ハリマ)の伊那毘能大郎女(イナビノオホイラツメ)、書紀では播磨稲日大郎姫命(ハリマノイナビノオオイラツメ)と書き、第8代孝元天皇の従妹になるのですが、その人が第12代景行天皇の最初の皇后なの [続きを読む]
  • 展覧会
  •  [画像] 先週と先々週は展覧会週間、無料券を貰ったこともあって、いろんな展覧会に行きました。でも、展覧会のはしごもしんどくなった年頃、一日一展がせいぜいです。 第2名神が出来て便利になった、滋賀県の信楽にまずは出かけました。タヌキの置物で有名な信楽焼きの本場です。このタヌキ、人間に化けてみましたが、腹がへこまないのですぐにばれそうです。  [画像] 信楽陶芸の森で「うつわ ドラマチック展」を観ました [続きを読む]
  • 12−1景行天皇
  •    [画像] 前々回11−1で書いたように、第11代垂仁天皇は寵愛してたものの裏切られた最初の妻サホヒメとの間にも一人皇子がいましたが、さすがに裏切った妻の子ではなく、二番目の妻日葉酢媛命(ヒバスヒメ)との間の第二皇子 大帯日子淤斯呂和気命(オホタラシヒコオシロワケノミコト)、書紀では大足彦忍代別天皇(オオタラシヒコオシロワケスメラミコト)を次の天皇、第12代景行天皇(ケイコウ)にしました。  [画像] 第 [続きを読む]
  • 11-2垂仁天皇皇后
  •   [画像] この地図、中央の駅が近鉄西大寺駅、右に平城京跡、地図を離れた少し下方に前回の垂仁天皇陵、上方三つの前方後円墳の一つが今回の第11代垂仁天皇皇后の日葉酢媛命(ヒバスヒメ)の陵です。したがってこの垂仁天皇夫婦の陵は、歩ける範囲の距離にありました。  [画像] 今年のゴールデンウイークの上天気の日に、近鉄西大寺駅から歩いて、この辺りの陵を巡りました。三つの陵が軒を連ねる、綺麗で散歩には絶好の地に [続きを読む]
  • 11−1垂仁天皇
  •   [画像] 自宅から急行奈良行の地下鉄に乗って一時間ほど、近鉄西大寺駅で普通に乗り換えて一駅、近くには唐招提寺もある尼ヶ辻駅で降りて、この道標に沿って歩きます。  [画像] 目線と同じ高さに立派な周濠を持つ前方後円墳が見えてきました。鷺?の群れが巣を作っているのか、その糞で木々が白っぽく見える所もあります。宝来山古墳(ホウライヤマコフン)、全国第20位の大きさの前方後円墳で、4世紀後半に築かれたようで [続きを読む]
  • 小浜往復
  •  [画像] 若狭小浜から京都を結ぶ道の一つ鯖街道。ここを通って運ばれた若狭湾で獲れた鯖は、揺られて丁度良い酢加減か塩加減になって、京都で美味しいきずしや鯖寿司になったので、鯖街道と呼ばれています。 今は車なら、この鯖街道を通って自宅から1時間ちょっとで着く小浜、今回は久しぶりに途中で瓜割り公園に寄りました。  [画像] 島へ行く前の一時期、小浜まで美味しい魚を食べに行ったり、神泉と言われる瓜割の清水を [続きを読む]
  • 10−2倭彦命
  •  [画像] 自転車で第10代までの天皇陵を巡っている時、橿原神宮前駅から西の方に、少し時代の飛んだ第28代宣化天皇陵の道標がありました。その向こうには橿原高校の道標も見えますが、この宣化天皇陵の裏側にももう一つ陵があるようなので、ついでに行ってきました。  [画像] 橿原高校の裏門辺りに古墳らしき山がありましたが、どこから入って良いのか判りません。  [画像] 前方後円墳の中央のくびれの部分を横切るように [続きを読む]
  • 10−1崇神天皇
  •  [画像] 第10代崇神天皇陵(スジン)は奈良盆地の東、桜井市の北の天理市の三輪山近くの山際にあります。 この地図の中央の前方後円墳が4世紀後半ぐらいの行燈山古墳(アンドンヤマコフン)、すなわち崇神天皇陵です。右側のもう少し大きい前方後円墳は第12代景行天皇陵ですし、地図を離れてもう少し右側(南側)は桜井市で、以前行ったヤマトトヒモモソヒメの箸墓があります。地図の上の方を右から左に(南から北へ)走ってるのが [続きを読む]
  • 海北友松
  •  [画像] この週末は京都は夏です。こう暑いと体がついていかない気がするのは、年齢のせいでしょうか?夏を喜ぶ気にはなりません。 金曜日朝から、京都国立博物館に行きました。 [画像] 朝なのにもう暑い!噴水見てるのが気持ち良いぐらい。 [画像] こんな格好でじっと考えてるのも、いくら噴水の横だと言っても辛いでしょうね。世界に20体以上あると言っても、本物なので、夏は屋内展示にしてくれるように策を練ってるの [続きを読む]
  • 9-1開化天皇
  •  [画像] 私の長男は奈良に住んでいますが、そのマンションの部屋からは、奈良の中心街と若草山が眺められます(以前ここから若草山山焼き報告しています)。 そのちょうど手前にこんもりした小山がありますが、これが今回の第9代開化天皇(カイカ)の春日率川坂上陵(カスガノイザカワノサカノエノミササギ)です。  [画像] 初代神武天皇から第8代孝元天皇までの陵が畝傍山麓から葛城山麓一帯、すなわち奈良盆地の南の西の方に [続きを読む]
  • 8-1孝元天皇
  •  [画像] 奈良県内ではちょこちょこ見られる、近鉄橿原神宮前駅近くのこの道標を頼りに、初代神武〜第4代懿徳までの陵のある畝傍山麓とは近鉄線路の反対側にある、第8代孝元(コウゲン)天皇陵を目指します。  [画像] 古代から灌漑用としてあった剣池(ツルギイケ)の上に浮かんだように、陵は見えてきましたが、実際は半島のように剣池に飛び出した部分が、第8代孝元天皇の劔池嶋上陵(ツルギノイケノシマノエノミササギ)です。 [続きを読む]
  • 白浜の旅2
  •  [画像] 白浜の旅2日目、川久をチェックアウトして三段壁に向かいました。ちょっと福江島の大瀬崎を思い出しましたが、大瀬崎の方が立派ですので、大瀬崎がもっと都会に近く交通の便が良ければ、ここよりもっと人が来てくれたのに残念です。   [画像] 三段壁洞窟へエレベータで降りました。25年ほど前にも家族で来ていますが、その時は台風が近づいていて、洞窟内全てが見られなかったので、そのリベンジです。今回洞窟内 [続きを読む]
  • 後の5連休
  •  [画像] ゴールデンウイーク後半の5連休。 1日は、朝から家内に付き合ってもらって奈良の西大寺周辺の天皇陵を五つも廻って、数を稼ぎました。平城京天平祭も開催されていたのですが、なかなか美味しかったランチを近鉄西大寺駅近くで食べたら、もう二人とも疲れてそのまま帰りました。  [画像] 1日は、長男・次男一家が来てくれて、孫と1日、すぐ近くの公園などで遊びました。上二人は小学2年生になって、20?ぐらい [続きを読む]
  • 白浜の旅1
  •  [画像] 私には3連休+5連休のゴールデンウイークになりましたが、いつも毎週3連休はあるので、そう変わらないというところでした。 最初の4月の3連休には、一泊二日で白浜に行きました。もちろん行きがけのだちんに、大阪の藤井寺に寄って、天皇陵巡りもきっちりしてきました。   [画像] 今回は白浜ではちょっと有名な川久と言うホテルに泊まりました。25年ほど前のバブル期に出来た、設備に金をかけすぎたホテルで [続きを読む]