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二本松藩ゆかりの方へ https://tpines.exblog.jp/

江戸幕末・明治維新期の二本松藩に関するブログです。人物・出来事やテーマは広く。

興味がある方であればどなたでもどうぞご自由にお越しください。穏やかに楽しみたいと思いますので、よろしくお願いします。

傳右衛門
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大阪府
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福島県
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2010/04/15

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  • 政治方針の形成について

    幕末・明治維新期の二本松藩というと、多くの場合、慶応4年(=明治元年)8月までの東北戦争(戊辰戦争)で「どのように戦ったのか」という戦闘行為の経緯と結果...

  • 幕末の1両の価値

    『幕末の京都守備受命と重役の京都滞留 その2』で、1863年(文久3年)の京都守備後に45,000両の御用金(=臨時税)を徴収したと書きましたが、これは今...

  • 幕末の京都守備受命と重役の京都滞留 その2

    1865年(慶応元年)10月、再び二本松藩は京都守備に就くことになります。 人員は前回(1863年)同様の1,000人程度であり、朔平門(御所北側正面...

  • 幕末の京都守備受命と重役の京都滞留 その1

    幕府は1863年(文久3年)4月、10万石以上の諸侯3藩で京都を守備すること、その期間は最長100日とするという命令を出しました。 1863年の...

  • 二本松藩 京都屋敷 その4

    幕末の京都屋敷の所在等についてはこれまで3回にわたり見てきましたが、安土桃山時代~江戸時代中期にかけてはどうだったのか少し調べてみました。 丹羽長重...

  • 二本松藩の大阪蔵屋敷について

    大阪に二本松藩の蔵屋敷があったのかどうか、興味があります。 大阪に蔵屋敷を設けたところは主に西国大名とのことです。 吉田祥三郎編『聴潮館叢録 別巻...

  • 二本松藩 京都屋敷 その3

    幕末期の京都屋敷所在地については既に見たとおりですが、江戸中期には『本阿弥辻子南側』(京都辞典)にあったようです。 本阿弥辻子という地名は現在どこにもな...

  • 家臣住居などについて(補足)

    1868年の戦争後の家臣住居の移動については、昨日「それを命じられたと言うことが正しいのでしょうが」と書きましたが、この事情については『二本松藩史』の長国...

  • 1869年(明治2年)の元日について

    前年に『二本松破れ』(先祖日記表記)、二本松では1869年の正月を全く新しい政治・社会・経済情勢で迎えることになります。 ・・・・・・戊辰戦争自体は、ま...

  • 二本松藩 京都屋敷 その2

    明治初年の京都屋敷について、手許の日記の旧暦明治2年1月29日(現在の暦では3月11日(日))に次の記述があります。 『霞ヶ関屋敷地被下候処空地ニ...

  • 幕末期の二本松藩京都屋敷跡を訪ねてきました

    慶応四年戊辰二月再刻 書肆文叢堂竹原好兵衛版 改正京町御絵図細見大成を基にした幕末京絵図に従って、二本松藩の京都屋敷跡を見てきました。 上京区神明町の1...

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