ヒロブー さん プロフィール

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ヒロブーさん: ビロビロブーのブログ
ハンドル名ヒロブー さん
ブログタイトルビロビロブーのブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/hirohirobbb2000
サイト紹介文子育てについて、成功法則について、潜在意識について書いています。海外情報もときどき
自由文ハワイでヒプノセラピストしています。2人娘を持つパパです。子育て中に気付いた事を書いています。また潜在意識の観点から自己啓発系の事も書いています。「子供が育つパパの言葉」エッセイ集をダウンロード可能です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供152回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2010/04/26 00:26

ヒロブー さんのブログ記事

  • エルトゥールル号から始まったトルコとの友情
  • 昭和60年(1985年)3月17日、イラクのフセイン大統領が「今から48時間以降に、イラン上空を飛行する航空機全てを、攻撃対象とする。」と声明を発表。 イランに取り残され、救出される見込みがない在留日本人215名を、なんとトルコ人たちが救ってくれました。 なぜでしょうか? 明治20年(1887年)、小松宮彰仁新王・妃殿下が、オスマン帝国のイスタンブールに訪問し、皇帝アブデュル・ハミッ [続きを読む]
  • 革新勢力の護憲の目的は、米軍排除です。
  • かつての社会党の機関紙「社会新報」に’日本社会主義と護憲運動’というタイトルで、次のような記事が掲載されました。 「今は護憲闘争を展開するが、革新勢力が国会で安定した多数を占めて、革新政府を打ち立て、この政府を終局的に社会主義権力に転化させると同時に、 全面的な社会主義的改革と取り組む過程で、国民の同意を得て、社会主義憲法を作る」(「社会新報」昭和38年5月3日付) これは、何を [続きを読む]
  • 中共の『歴史歪曲』と毛沢東の戦争『美化』に、ひれ伏する日本
  • 昭和11年(1936年)12月12日、張学良により蒋介石が拉致監禁されてしまいました。(西安事件) この事件で、蒋介石が生きて解放される条件として、毛沢東の八路軍と戦闘することを止め、抗日戦に共に戦うということを約束させられました。(国共合作) 昭和12年(1937年)朱徳が引率した八路軍(共産党軍)の幹部に対し、毛沢東は次のように極秘指示しました。 「70%は我が党(共産党)の [続きを読む]
  • ベトナム戦争で無抵抗の村人を大虐殺する韓国軍
  • 韓国軍は、ベトナム戦争に米軍の傭兵として参戦。 昭和41年(1966年)2月26日には、南ベトナムビンディン省のゴザイ集落で韓国軍が住民380人を虐殺しました。(ゴダイの虐殺) 韓国軍は、女性、こども、老人など村人を一箇所に集めると、一斉に射撃して、1時間以内に一人残らず虐殺しました。 これと並行して、昭和41年(1966年)1月23日から2月26日にかけて、南ベトナムビンディン省タイソン県タ [続きを読む]
  • 世界を飢餓から救った男 稲塚権次郎
  • 昭和40年、41年に、インド、パキスタンでは小麦の大凶作に苦しみ、致命的な食料不足に陥っていました。 米国の食料援助がなければ、数千万人規模の飢餓が発生して、第二次世界大戦での死者に匹敵する悲劇が起きるだろう、と米国の環境活動家のレスターブラウンが報道しました。 実は、このインドとパキスタンで起きた食糧危機を救ったのは、日本人が作った、ある小麦の品種でした。 当時、インドと [続きを読む]
  • 最後の朝鮮王妃 方子妃殿下
  • 最後の李氏朝鮮の王妃となった、李方子(梨本宮家)王妃のお話です。 大正5年(1916年)8月3日の早朝、避暑のため大磯の別邸に滞在していた際、方子様が、手元にあった新聞を何気なく開いたら、 「李王世子のご慶事ー梨本宮方子女王陛下と御婚約ご内定」 との大見出しとともに、ご自身の袴姿の写真と大韓帝国皇太子・垠殿下の写真が並んで掲載された記事が書かれていました。 この新聞記事を読ん [続きを読む]
  • 在日朝鮮人の蛮行から、神戸の街を救った男
  • 昭和20年8月15日、日本が降伏しました。 それから間も無く、国鉄深川駅構内の貨物列車を襲撃して、配給物資を略奪。日本全国に滞在していた在日朝鮮人たち(三国人)は、略奪、暴力、婦女暴行(レイプ)を繰り返していました。 三国人は、特攻隊員の特攻服を好んで身につけていました。 袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、 腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パ [続きを読む]
  • 北朝鮮からの引揚者の記録
  • 昭和20年8月、北朝鮮に住んでいた方の日本への引揚の体験談です。ーーーーーーーーーーー彼は、終戦当時10歳で羅南中学に通っていました。弟が二人の三人兄弟で家族5人で、朝鮮半島に暮らしていました。 彼の父は、鉄道員でした。 昭和20年8月9日前後、ソ連軍が満州や北朝鮮に空爆を開始しました。 清津という町にいた彼は、無蓋列車で吉州駅に向かいました。駅では、「日本人帰れ」とか「朝鮮独立 [続きを読む]
  • 米国の人種隔離政策の再現を防いだ男
  • 2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込むという、世界同時多発テロが起きました。 この事件の犯人グループが、イスラム過激派テロリストだったことで、事件後、米国内に住むイスラム教徒やアラブ系の人たちに対する、誹謗中傷が高まっていきました。 米国内の愛国心が高まって行く中で、人種プロファイリングの実地が、多くの人たちから支持されていきました。 人種プロ [続きを読む]
  • 日系人強制収容所
  • 昭和16年12月8日、日本軍が真珠湾攻撃をしました。 この攻撃を受けて、米国大統領ルーズベルトは、昭和17年(1942年)2月19日、大統領令9066号という法令にサインをしました。 その結果、米国本土に移住していた、ほとんどの日本人たちが、米国政府により、収容所へ強制連行されていきました。 何の罪もない家族が、裁判にかけられることもなく、ただ、日本人というだけで、収容所に [続きを読む]
  • 人工中絶を合法化している貧しい国 日本
  • 三島由紀男は、国民に無制限な自由を与えるならば、どんな政治体制でも崩壊してしまうと述べています。 「例えば、もしセックスの安全な自由ということが許されるとすれば、強姦、輪姦くらいですむならいいが、快楽殺人というものがあって、どうしても人を殺してしまわなければ、満足しない人だっているに違いない。 そういう人もセックスの権利を自由に許したならば、快楽殺人が横行することになって、殺人も許さ [続きを読む]
  • 日本の兵隊さんは本当に素晴らしかった ある台湾人からのメッセージ
  • 台湾在住の楊素秋さんからのメッセージです。 日本人は世界で一番素晴らしい人種です。なぜかというと律儀、嘘を言わない。 でも今の日本人と昔の日本人を比べると雲泥の差です。日本の軍隊は外国に行くときは一番いい軍隊を派遣します。 ゲートルを巻いてきちんとした制服、鉄砲をきちっと持って足並みを揃えて歩きます。 威風堂々と。その姿が人々に与えるのは信頼していい、信頼感を与えます。ところがその [続きを読む]
  • 死して、不屈の見込みがあらば、いつでも死ぬべし。吉田松陰
  • 勝つ見込みのない相手に対して、決起した高杉晋作。討ち死に覚悟で、彼をそこまで行動させたものとは、なんだったのでしょうか? 嘉永7年(1854年)2月、高杉晋作は、父と共に黒船が来て騒然としている江戸を訪れました。 その後、萩藩に戻り藩校である明倫館に通いました。また、松下村塾に通うようになり、吉田松陰から指導を受けました。 文久2年(1862年)、清国の上海を、幕府の派遣団の一人 [続きを読む]
  • 大日本帝国憲法において違憲である日本国憲法
  • 昭和21年2月13日、占領軍側として、ホイットニー准将、ケージス大佐、他2名の民政局スタッフ、日本側は、吉田茂、松本烝治、白州次郎が、東京麻布にある外務大臣官邸に集まりました。 議題は、憲法改正草案についてです。 前年の昭和20年10月25日、マッカーサーの要請により、松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会(松本委員会)が設置されました。 昭和21年2月1日、憲法改正案をまと [続きを読む]
  • 唯物論教育による精神的奇形児を生み出す憲法
  • 唯物論教育を受けた、ある成績優秀の高校生が、弟を殺害した事件がありました。 少女の名はダイアナ。彼女の父親は慢性の胃潰瘍を患っていました。 いつも痛い痛いと言いながら、仕事に出かけて、夜帰宅すると、疲れたと言って、とても辛そうにしていました。 母親は、夫が病弱でいつ死ぬかわからなかったので、少しでも蓄えをしようと、働きに出て、夕方帰宅して夕飯の支度をするという多忙な日々を送 [続きを読む]