ヒロブー さん プロフィール

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ヒロブーさん: ビロビロブーのブログ
ハンドル名ヒロブー さん
ブログタイトルビロビロブーのブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/hirohirobbb2000
サイト紹介文子育てについて、成功法則について、潜在意識について書いています。海外情報もときどき
自由文ハワイでヒプノセラピストしています。2人娘を持つパパです。子育て中に気付いた事を書いています。また潜在意識の観点から自己啓発系の事も書いています。「子供が育つパパの言葉」エッセイ集をダウンロード可能です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供167回 / 365日(平均3.2回/週) - 参加 2010/04/26 00:26

ヒロブー さんのブログ記事

  • 422名の敵兵であるイギリス兵を救出した男
  • 昭和17年(1942年)2月28日、ジャワ島北東部のスラバヤ沖にて日本海軍とイギリス海軍と戦闘が行われました。(スラバヤ沖海戦) 日本海軍の圧倒的な優勢で、イギリスの駆逐艦や巡洋艦など、連合国の艦は沈没して、乗組員は海に漂流しました。 戦闘が終了した2日後、日本海軍の駆逐艦の雷(いかずち)が、ジャワ島のスラバヤ沖合を航行していると、たくさんの浮遊物を発見。 さらに近づき、双眼鏡でよく見ると、それは、 [続きを読む]
  • 子供の無限の可能性を信じて、”できる”を体験させたいな
  • 跳び箱を10段飛ぶ幼稚園児たちがいます。 その保育園、幼稚園では男女みんなが、跳びます。 特に身体能力が優れているとか、特別なトレーニング方法を取り入れていると言うことではありません。 ごく普通の保育士さんたちが指導して、そのようなことが日常的に行われています。体の身体能力を鍛えることが、その後の学習能力に直接影響を及ぼすと、ある幼児教育の指導者は語りました。 また、1日に3万歩歩くことが必要と訴えて [続きを読む]
  • 子供に自立心を育てるには?
  • 昨日、幼児教育の専門家の方の講演会に参加してきました。その方が強調していたのが、幼児期(3歳から9歳を対象)には体育がもっとも重要であると言うことです。 勉強は二の次であり、体の身体能力を鍛えることをしっかりやってきた子供は、学校での成績も伸びる傾向があると言うのです。 また、”自立”した子供に育てることが重要であると話していました。 親は、どうしても子供のことが心配であり、ついつい手をかけてしまい [続きを読む]
  • ベトナム戦争で行われた、韓国軍によるベトナム大虐殺
  • ベトナム戦争時、韓国軍はベトナム虐殺しましたが、韓国のベトナム派遣軍最高司令官は「誰に対しても償う必要はない」と語りました。 昭和36年(1961年)5月16日の軍事クーデターにより樹立された軍事政権で国家再建最高会議議長に就任した朴正煕は、同年11月、米国のケネディ大統領に米軍の傭兵としてベトナム戦争に参加したいと打診しました。 ケネディ大統領は受け入れを拒否していましたが、ジョンソン大統領に政 [続きを読む]
  • なぜ、”長征”は”抗日”行動と言われるのでしょうか?
  • 2万5千里を移動した”長征”は、中国共産党の偉大な歴史の一つとして、中国の教科書に記載されており、”北上抗日”のために行われたと徹底的に教えられています。 しかし実は、この”長征”とは、蒋介石国民党軍に敗れた紅軍(中国共産党)が、ソ連の指導のもとに行われた逃避行でした。 紅軍(中国共産党)は、中華ソビエト共和国の中心地であった江西省瑞金を放棄し、昭和9年(1934年)10月から昭和11年(1936年)1 [続きを読む]
  • なぜ、毛沢東は旧日本軍に感謝したのでしょうか?
  • 毛沢東が、昭和31年、元日本軍人に対し、「日本軍が中国に”進攻”してきたことに感謝する。」と言いました。 なぜ、そんなことを言ったのでしょうか? 昭和24年(1949年)10月1日、中華人民共和国が建国されましたが、その翌年の昭和25年(1950年)6月25日、朝鮮戦争が勃発。 毛沢東は、スターリンと金日成からの要請もあり、朝鮮戦争に出兵することとなりました。 それにより、西側諸国、特に米国から敵国 [続きを読む]
  • 日韓併合は植民地なの?
  • 日本は朝鮮半島を人類史上類をみないほど、残酷な植民地支配してきたと言われています。 でも実は、植民地支配したのではなく、日本の税金がたくさん朝鮮半島に投下されて、日本は朝鮮の近代化に大きく貢献してきたのです。 明治8年9月20日、軍艦「雲揚」を派遣して、朝鮮半島沿岸を測量していましたが、草芝鎮台からの砲撃を受けたので、それに応戦して砲台を破壊しました。(江華島事件) この江華島事件をきっかけとして [続きを読む]
  • 大日本帝国憲法は遅れた憲法?
  • 大日本帝国憲法には、”人権尊重”という言葉がないので、遅れた憲法であると批判する方がいます。 本当に大日本帝国憲法は遅れた憲法なのでしょうか? 明治15年(1882年)3月、伊藤博文は、憲法調査の目的で欧州視察に旅たちました。 それまで、岩倉ともみと法制官僚の井上毅(こわし)による、ドイツ型の君主主権官僚制憲法に基づく、新憲法構想の流れができていました。 そのような中、伊藤博文は、1年以上も日本を留守 [続きを読む]
  • なぜ、在日朝○人は、終戦後も日本に残ったのでしょうか?
  • 在日朝○人は、戦争中に、日本に強制連行されてきたが、終戦後も、祖国に帰りたくても帰れなかった在日朝○人たちが沢山いる、と言う人がいます。 本当でしょうか? 終戦直前、日本には200万人近くの朝鮮人が住んでおり、そのうち100万人は、昭和15年(1940年)以降に日本に来ました。(内務省警保局) この中、集団移入労務者は約25万人と推定されます。(警視庁警備二課 篠崎平治警視著「在日朝鮮人運動」令文 [続きを読む]
  • 日本の天皇家の乗っ取りを狙う在日
  • 皇室の女性宮家の創設と、女系による天皇の皇位継承を認めるように、皇室典範を改正しよう、と主張する人たちがいます。 このような人たちは、男系男子だけが天皇の皇位継承を認められているのは、男尊女卑であり、女性差別であるから男女平等にすべきである、と主張します。 彼らの狙いは、男女平等ではありません。 実は、彼らは日本の天皇家を乗っ取ろうとしているのです。 2700年以上続く日本の歴史の中で、女性なのに [続きを読む]
  • 女系による皇位継承した天皇は、日本の歴史上存在しません。
  • 女系による、皇位継承が可能となってしまうと、どういうことになるでしょうか? 舒明天皇(じょめいてんのう)(34代)の崩御に伴い、継嗣となる皇子が定まらなかったので、皇極元年(642年)1月15日、 舒明天皇の皇后が、皇極天皇(35代)として即位しました。この時49歳。 在位中は、蘇我蝦夷を大臣として、その子である蘇我入鹿(そがのいるか)が、国政を執り行いました。 皇極4年6月12日(西暦645年7月10日)、舒 [続きを読む]
  • 戦前の徳積みを使い果たしてしまった戦後の日本人
  • 昭和60年(1985年)3月12日、イラク軍が、停戦合意を破り、イランの首都テヘランへ空爆を開始。 3月17日夜、イラクのフセイン大統領が次の声明を発表しました。 「48時間の猶予期限以降(3月19日20時半以降)、イラン上空を飛ぶ全ての飛行機を、イラク空軍の攻撃対象とする」と。 突然の無差別攻撃の予告に、世界中が大パニックになりました。 イラン在住の外国人たちは、それぞれ自国の軍隊が派遣されて、イ [続きを読む]
  • 家族制度を破壊することで日本国弱体化に成功した、占領憲法
  • 国家や社会の基本的な単位は家族です。 その基本単位の家族制度を破壊することで、日本国を破壊することを計画した占領軍。 その計画は、戦後70年の日本の歩みで、見事に顕現しています。 占領憲法(日本国憲法)の24条には次のように規定しています。 「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」 2「配偶者の選択、財産権、相続 [続きを読む]
  • 皇室典範は天皇の家法です。 天皇家にお返ししましょう。
  • 天皇の譲位を、国会の特例法により認めてしまったならば、「新天皇は違憲である」と、日本の国体破壊勢力により、非難されてしまうでしょう。 今の占領憲法(日本国憲法)の第1章第2条には皇位継承について次のように規定しています。 「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した”皇室典範”の定めるところにより、これを継承する」 第1章第5条で摂政について、次のように規定しています。「”皇室典範”の定めるところによ [続きを読む]
  • エルトゥールル号から始まったトルコとの友情
  • 昭和60年(1985年)3月17日、イラクのフセイン大統領が「今から48時間以降に、イラン上空を飛行する航空機全てを、攻撃対象とする。」と声明を発表。 イランに取り残され、救出される見込みがない在留日本人215名を、なんとトルコ人たちが救ってくれました。 なぜでしょうか? 明治20年(1887年)、小松宮彰仁新王・妃殿下が、オスマン帝国のイスタンブールに訪問し、皇帝アブデュル・ハミット二世に謁見。 その [続きを読む]
  • 革新勢力の護憲の目的は、米軍排除です。
  • かつての社会党の機関紙「社会新報」に’日本社会主義と護憲運動’というタイトルで、次のような記事が掲載されました。 「今は護憲闘争を展開するが、革新勢力が国会で安定した多数を占めて、革新政府を打ち立て、この政府を終局的に社会主義権力に転化させると同時に、 全面的な社会主義的改革と取り組む過程で、国民の同意を得て、社会主義憲法を作る」(「社会新報」昭和38年5月3日付) これは、何を [続きを読む]
  • 中共の『歴史歪曲』と毛沢東の戦争『美化』に、ひれ伏する日本
  • 昭和11年(1936年)12月12日、張学良により蒋介石が拉致監禁されてしまいました。(西安事件) この事件で、蒋介石が生きて解放される条件として、毛沢東の八路軍と戦闘することを止め、抗日戦に共に戦うということを約束させられました。(国共合作) 昭和12年(1937年)朱徳が引率した八路軍(共産党軍)の幹部に対し、毛沢東は次のように極秘指示しました。 「70%は我が党(共産党)の [続きを読む]
  • ベトナム戦争で無抵抗の村人を大虐殺する韓国軍
  • 韓国軍は、ベトナム戦争に米軍の傭兵として参戦。 昭和41年(1966年)2月26日には、南ベトナムビンディン省のゴザイ集落で韓国軍が住民380人を虐殺しました。(ゴダイの虐殺) 韓国軍は、女性、こども、老人など村人を一箇所に集めると、一斉に射撃して、1時間以内に一人残らず虐殺しました。 これと並行して、昭和41年(1966年)1月23日から2月26日にかけて、南ベトナムビンディン省タイソン県タ [続きを読む]
  • 世界を飢餓から救った男 稲塚権次郎
  • 昭和40年、41年に、インド、パキスタンでは小麦の大凶作に苦しみ、致命的な食料不足に陥っていました。 米国の食料援助がなければ、数千万人規模の飢餓が発生して、第二次世界大戦での死者に匹敵する悲劇が起きるだろう、と米国の環境活動家のレスターブラウンが報道しました。 実は、このインドとパキスタンで起きた食糧危機を救ったのは、日本人が作った、ある小麦の品種でした。 当時、インドと [続きを読む]