春野公麻呂 さん プロフィール

  •  
春野公麻呂さん: 自然、戦跡、ときどき龍馬
ハンドル名春野公麻呂 さん
ブログタイトル自然、戦跡、ときどき龍馬
ブログURLhttp://ameblo.jp/kochi-romp/
サイト紹介文四国と山口の坂本龍馬の脱藩の道や街道、戦争遺跡、無名の景勝地や山、鉄道廃線等を紹介
自由文全国で唯一、高知市から下関市迄の坂本龍馬の脱藩の道250キロを踏査した龍馬研究家兼郷土文筆家。他の龍馬街道も含めると往復の総踏査距離は1,000キロを軽く超える。
一寸変わった史跡も紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供96回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2010/05/12 22:47

春野公麻呂 さんのブログ記事

  • 廃線跡上の真の四国最大の滝・赤滝は探訪不可か(本山町)
  • [落差は150mを優に超える]かつて「探訪できる」四国一の滝・高瀑(たかたる・132m)を解説したが、武市伸幸氏の著書で「落差約60m」と記述されていた高知県本山町の赤滝が、実際の落差は150~200mあることが滝の展望所に立って実感できた。高瀑を超えているのは一目瞭然で、役場に問い合わせても「見た目は100m以上ある」とのことだった。 滝は清流・汗見川支流、桑ノ川のそのまた支流の断崖に懸かっており、滝の展望所は対岸の桑ノ [続きを読む]
  • 陸軍野砲トーチカと門型トーチカ(南国市)
  • (1) 蔵福寺島トーチカ南国市教育委員会が発行している掩体やトーチカ等戦争遺跡のリーフレット「掩体は語る」は何年かおきに改訂されているもようで、最新版には物部川沿いの蔵福寺島に残る「蔵福寺島トーチカ」が掲載されている。 南北に長く、南面に砲口、北面に出入口があり、側面は川石を貼り付けて偽装している。南北に長いのは、中に野砲を据えていたため。これは米軍が舟艇で物部川を遡ってきた時のために築造したもの。 [続きを読む]
  • 私の唯一の自作演歌歌詞
  • 昨夜、テレビ番組「あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル」で作詞家・阿久悠を特集していた。いつもながら、昭和には情感豊かな歌が多かったなと思う。当方も昭和60年代から平成初期、「日本レコード制作協会」会員として、会誌に毎号、自作の自由詩や歌謡詩、童謡詩を投稿していたが、その中で唯一、演歌詩があった。昨夜の番組にも出演していた八代亜紀をイメージして作った歌詞である。 【海は荒波恋模様】(昭和62年作)(1) 岬 [続きを読む]
  • 真実のよさこい伝説紀行(10・特別編)
  • 純信、お馬、慶全による幕末の恋愛スキャンダル「よさこい物語」を取り上げた本シリーズは4年前、完結したが、その時のシリーズで取り上げなかった香美市の二ヶ所の史跡を紹介したい。 (1) 吉祥寺跡(土佐山田町楠目談議所)純信は五台山竹林寺脇坊・南ノ坊住職になる前の弘化年間頃、浦照山成就院吉祥寺の住職になっていた。この寺には純信の弟・松蔵(江渕六弥)が寺男として勤めていたから、その縁もあってのことかも知れない。が [続きを読む]
  • 龍馬は何のために土佐市の新居坂(宇佐坂)を通ったのか
  • [ジョン万次郎が通った記録はあるが]高知県土佐市新居の本村トンネル北口東側には、宇佐坂(新居坂)津波避難所の看板があり、その先のY字路の古道入口には、この古道を坂本龍馬やジョン万次郎が通ったと言われている旨の朽ちた看板が立てかけられている。万次郎がハワイで暮らしていた宇佐出身の仲間と共に嘉永5年10月1日、ここを通ったことは河田小龍の『漂巽紀略』から読み取れるが、龍馬が通った記録はない。 宇佐坂は遍路道 [続きを読む]
  • 初公開!司馬遼太郎が歩きたかった龍馬の板屋への道
  • [国境付近には斬首された土佐人の墓が]以前、司馬遼太郎が「竜馬がゆく」で述べた、坂本龍馬が高知県仁淀川町から愛媛県久万高原町へと抜けた松山街道(土佐街道)の内、土佐で最後の番所「橘番所」跡付近の街道を記事で紹介したが、県境から愛媛県側の街道について紹介したい。尚、「松山街道」とは、土佐から松山藩中心部へと抜ける街道の総称。「土佐街道」も同様に何種類も存在する。 4年ほど前、なぜ司馬遼太郎がこの街道に注 [続きを読む]
  • 廃線跡随一の景勝滝と無名激流滝群(魚梁瀬森林鉄道)
  • [水谷不動の滝とフォトジェニックな滝]過去何度も触れた、鉄道廃線跡として国内初の国定文化財となった高知県中芸地方の魚梁瀬森林鉄道(二系統の本線のみの遺構)。森林鉄道としては四国一で日本屈指の総路線営業距離を誇る。戦前からこの本支線沿い随一の景勝地だったのが、北川村小島の「水谷不動の滝」。廃線跡橋梁から遊歩道があり、三つの滝が連続する。水量が多く、轟音を轟かせている。昔は修験の修行場で、仏堂や石仏が祭 [続きを読む]
  • ドランクドラゴン塚地氏先祖邸跡が城跡と共に消える
  • [先祖邸は入野城の縄張か]以前、高知県黒潮町に残る塚地武雅氏の先祖や祖父母関連地を紹介し、先祖邸前を走っていた土佐西街道を坂本龍馬が16歳時に歩いていたことについて解説したが(→ドランクドラゴン塚地の先祖と龍馬 )、最近、その先祖邸跡が背後の中世の入野城跡と共に、今後開発で消滅することが分かった。 先祖邸跡(上の写真)にはバイパス道路が通り、入野城跡は宅地として開発される予定。入野城跡南方に「本番ヤシキ」 [続きを読む]
  • 私が講演で語った土佐浪士の新事実等
  • [窪田真吉(真田四郎)の謎や佐々木高行の妹の夫]昨日、高知県高岡地区(戦前の旧高岡郡エリア)文化財保護連絡協議会総会に於いて講演を行った。内容は次の通り(当日の配布資料)。 演題:窪田真吉や龍馬等幕末の人物と街道[A・窪川の志士・窪田真吉(真田四郎)](1)真吉が土佐を出るまで(2)忠勇隊での真吉(3)高杉晋作と共に長州藩海軍局を急襲する真吉(4)明正寺での切腹の謎と墓の向きの謎 [B・谷干城の遠戚の谷氏](1)佐々木高 [続きを読む]
  • ネット初公開!巨岩地下掘下げ隧道と獅子岩と無名滝(大洲市河辺町)
  • [ドルメン隧道とライオン岩と樽落しの滝]これまで各種素掘り隧道・トンネルを紹介してきたが、100トンを超える巨岩の底の地面を掘り下げて造った水路隧道は極めて珍しい。掘下げた結果、隧道の両端は大石と岩のため、類を見ないような「ドルメン隧道」が誕生したのである。 工事時期は詳らかではないが、水路パイプがまだ日本(四国)になかった頃なので、明治か大正時代ではないだろうか。全長は十数メートルほどか。 周囲の地形 [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(8)司令本部と回天基地・其ノ四(完)
  • [回天よ、永遠に]串ノ浦南西のY字路まで引き返すと、今度は上の道路を車で移動する。三差路の谷間に来ると、そこが先日触れた、須崎鉱業所トロッコ鉱石積込場跡(2枚目写真は'07年時)。三差路南東角がその跡地だが、トロッコトンネルも鉱山遺構も跡形もなくなった。そこから北西に進む道路が拙著で解説したトロッコの軌道跡。 途中、三基の回天の横穴壕が看板付きで保存されている。これが公道沿いでは唯一奥まで入ることができ [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(7)司令本部と回天基地・其ノ三
  • [隊員の訓練と終戦翌日の出撃待機]串の浦の民家を宿舎としていた二隊の回天隊搭乗員の日常は、午前中、格納壕に格納されている自分の回天で操縦訓練や、整備員と共に整備具合を確認し、午後は水練や資料作成、昼寝等をして過ごし、夜間の本番訓練に臨んだ。これは夜間なら米軍機の飛行も少ないため。 搭乗員が本番訓練を行う前、整備員や基地要員は格納壕からの回天の引き下ろし訓練を行うが、人力で神楽棧(かぐらさん)を回すこ [続きを読む]
  • ネット初公開! 司馬遼太郎が探った龍馬の異聞街道の番所
  • [坂本龍馬の旧柳谷村脱藩ルート説]愛媛県久万高原町中津地区(旧柳谷村)上り口の国道33号の分岐に建てられている観光案内板には「脱藩の道」が記されている。これは以前も述べたように、司馬遼太郎が小説「竜馬がゆく」に於いて、那須信吾が吉田東洋暗殺後、実兄の浜田金治に宛てた書簡の中に「徳道の関をぬけ沢渡(さわたり)より舟渡りして、黄昏前、ゆうやく久万山郷のうち岩川に止宿仕り候」と記してあったことから、坂本龍馬も [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(6)司令本部と回天基地・其ノ二
  • [回天関係の30余の横穴壕]第七回天隊が着任する一ヶ月半ほど前、山口県の回天大津島基地を発った近江誠大尉が第23突撃隊特攻隊長兼第四回天隊隊長として着任した。同月29日付で大本営海軍参謀部第一部は「水上・水中特攻作戦指導要領腹案」を発表している。 それには回天の攻撃目標第一順位として、空母、戦艦、輸送艦、第二順位を巡洋艦としている。実践投入された回天一型は炸薬量1.55トンで、命中すれば如何なる艦艇でも撃沈 [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(5)司令本部と回天基地・其ノ一
  • [司令官は漫画家・横山隆一の兄]昭和20年4月20日、土佐湾からの米軍上陸に備えた水上・水中特攻部隊、海軍呉鎮守府第二特攻戦隊(7月20日に第八特攻戦隊に組み替えられる)第23突撃隊が高知県須崎市に開隊した。司令への発令は5月1日で、司令官は以前も触れたように、「フクちゃん」で知られる高知市出身の漫画家・横山隆一の兄、海軍大佐の横山喜一郎。因みにフクちゃんは戦時中も各雑誌で鬼畜米英相手に活躍していた(させられて [続きを読む]
  • 四国霊場が世界遺産に相応しくない訳
  • [八十七ヶ所になって遍路道調査もずさん]四国4県と関係市町村、各種団体では10年以上前から「四国八十八ヶ所霊場と遍路道」を世界遺産に登録すべく、国の世界遺産の候補公募に応募してきたが、未だに実現していない。それは世界遺産に相応しい普遍的価値を証明することと、各地の「遺産」を文化財として保護することが不十分であるため。遍路道の古道が残る箇所の整備も一部しかできていない。寺側や地域の受け入れ体制も殆どで [続きを読む]
  • 海軍第23突撃隊(4)山崎鼻トーチカ[須崎市の地下壕]
  • [二部屋が連なる壕]2年ほど前、高知市の平和資料館・草の家が須崎市の山崎鼻の灯台上部(標高80m前後)で二つ連なるトーチカ(新聞等では「監視壕」と発表)を発見した。そこは水上・水中特攻の海軍第23突撃隊司令本部跡から南西に直線距離で800m弱ほどの地点。アプローチは通常なら9〜17時までは、馬詰造船所西側の小径を登って行けるようだが、当方が先日訪れた時はなぜか馬詰造船所の私道入口のゲートが閉まっていた。この場合一 [続きを読む]
  • ネット初公開!龍馬を土佐最後の番所迄案内した中岡利吉邸
  • [松ヶ峠番所の地権者は中岡利吉だった]坂本龍馬の脱藩時、土佐最後の番所、松ヶ峠番所まで龍馬一行を案内した、梼原町茶や谷の豪農で当時二十歳過ぎだった中岡利吉についてはこれまで、著書やブログで述べた。 今日(6/3)、利吉子孫(利吉に実子はいないので養子の子孫)を取材したところ、慶応期頃の利吉の屋敷が現存していることが分かった。そして何と、松ヶ峠番所の土地は利吉の土地だったことも判明したのである。 利吉は農業 [続きを読む]
  • 愛媛と高知の裏見の滝・追加分
  • [まだある飛瀑の裏に回れる滝]以前、高知、愛媛、徳島県の裏見の滝を紹介したが、更に新たに探訪した愛媛・高知県のそれぞれの滝を一つずつ紹介したい。(1) 赤子滝(愛媛県大洲市河辺町川崎) 龍馬の脱藩の道側の「三杯谷の滝」へ行く途中にあり、県道245号沿いに道標が出ている。木菱川支流の日浦川に懸かる。二段で落差は20m。 昭和63年、地元有志により、探勝路や休憩舎が整備されたが、後者は現在、廃墟となっている。その横 [続きを読む]
  • がん患者が働く喫煙店にはニコチンを無害にする喫煙剤を
  • [ニコチンがビタミンに変わればがん患者も安心]先日、自民党の厚生労働部会で大西英男議員による「がん患者は働かなければいい」(喫煙可能な店では働かなくてもいい)発言が物議を醸したが、小さな飲食店や地方の飲食店では分煙が進んでいないため、がん患者はどうしても喫煙店で働かざるを得ないことがある。厚労省も店内フロアが30平方メートル以下の飲食店については、分煙の必要性を認めていない。 が、店や家庭での受動 [続きを読む]
  • 頻発するいの町・鷹羽ヶ森での遭難
  • [錯綜する林道に惑わされたのか]2年前、高知県いの町勝賀瀬より西に立ち上がる名峰・鷹羽ヶ森(918.9m)で道迷いによる遭難事故が起こったが、また先週、遭難があった。確か遭難者は北谷から登ったのではないかと記憶している。 この山は鷹が羽を広げたような山容をしており、山頂からは石鎚山系を遠望でき、北東ピークからは、仁淀川から太平洋まで見渡せる、県屈指のパノラマ山。高知市からも近く、国道194号に近い所に登山 [続きを読む]
  • 高知市の無名展望スポットとペットの奥の院・鉢巻山
  • 吉良ヶ峰から北に延びる高知市春野町といの町との市町界線は、吉良ヶ峰鉱山を経て鉢巻山(240m)に達する。ここはかつて石鎚山の遥拝所の一つで、山頂にNTTドコモの鉢巻中継所が建つまでは石鎚神社があった。現在は山頂直下に下ろされている。 鉢巻中継所までの車道ができて以降、その西方に鉢巻山動物霊園が開園されたが、ここにはペットの霊を供養する大覚山観音寺がある。更に鉢巻中継所直下には観音寺奥の院まで建立されて [続きを読む]
  • 僅か4,000円で雌猫避妊手術!しかし猫は落ち込む
  • [激安の野良猫専門動物病院]以前、高知市高須東町にある「高須介良犬猫病院」について若干触れたかも知れないが、ここは猫の場合、約6割が野良猫ということもあり、避妊・去勢(両方合わせて「不妊」と言う)手術は激安。開業当初、雌猫の避妊手術費用は13,000円ほどだったが、その後更に安くなり、何と税込10,000円にプライスダウン。入院費も一日分は無料(入院は必ずしも必要ではない)。こんなに安い動物病院はなかなかない。そ [続きを読む]
  • 必ず記念撮影したくなる滝(香美市・百間夫婦滝[百間滝])
  • [三嶺麓に滝が集中]高知県香美市物部町の三嶺山系の麓には、三つの「百間滝」がある。別府峡(べふきょう)支流の竜頭谷に懸かるものと、別府峡上流、白髪谷に懸かるもの(森林管理署では区別するため「ヒャッケン滝」と表記)、そして西熊渓谷上流、長笹谷に懸かるものである。どの滝も水量が多く、迫力満点だが、最後の長笹谷のものは、私がこれまで見てきた滝の中で随一の景観を誇る。尚、武市伸幸氏著「四国百滝」では「百神の滝 [続きを読む]