DUGON(ジュゴン) さん プロフィール

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DUGON(ジュゴン)さん: 幸せを約束する聖書の言葉
ハンドル名DUGON(ジュゴン) さん
ブログタイトル幸せを約束する聖書の言葉
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/Dugon/
サイト紹介文あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます。
自由文日々、神様が私共に与えてくださる聖書のみ言葉を通して、生きる力と助けを得たいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供124回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2010/06/15 11:18

DUGON(ジュゴン) さんのブログ記事

  • 無から有を呼び出される神
  •  アブラハムとサラは何を信じたのでしょう。  ただ単に子供が生まれることを信じたのでしょうか。  それならば、何故、それ以前に5度も、子供も与えられることを信じなかったのでしょうか。  そうです。アブラハムもサラも神の力を信じなかったのです。  「主にとって [続きを読む]
  • 信じて生きる
  •  妻サラは、失望していました。  主人に従い、神様に従ってきたのに、夫婦の唯一の望みである子供が与えられなかたからです。  確かに、神様は、子供が授かると約束していました。しかし、彼女の目からすると、成就していませんでした。むしろ、子供が授かることは、今で [続きを読む]
  • 起きなさい
  •  使徒行伝9章32節には、神の恵み、イエス・キリストの恵みが現されています。 ペテロは、伝道と、既に信仰をもっていた人達を訪問していました。 ルダという所にペテロが行った時、そこには8年間も中風のアイネヤがいました。病の為、長年、床に伏せていたのです。 それは、あたかも、病がその人を支配しているようでした。 ペテロが引き続いてヨッパに行った時にもそうでした。 36節には、「ヨッパにタビタ(これを訳 [続きを読む]
  • 終末に生きる信仰とは
  • 終末を生きる信仰とは インターネットで、沖縄のSDA首里教会の礼拝を見ていましたら、「準備ができていなくても来たもう」という題で、沖縄国際教会の牧師さんが説教しておられました。「準備ができていなくても主は来たもう」という題を見て、ふと、わたしは思いました。主の御再臨に備えて、準備ができていなくても、主の御再臨を安心してお迎えすることができると思ったのです。なにか、気持ち的にほっとさせる説教題でした。 [続きを読む]
  • マルチン・ルター・・・天国の門を開いたことば
  •  「いのちが 一番大切だと思っていたころ  生きるのが、苦しかった  いのちより、大切なものがあると知った日、  生きるているのが 嬉しかった」(星野富弘) 渡辺和子さんは、その詩について、このように述べています。 「その生きていく力は、命より大切なものがあると知った時に与えられたという。  この自分が、傷のあるままで、愛されていると気づき、それを気づかせてくれる人々の愛、神の愛に気づいて与えられ [続きを読む]
  • キリストにおいて一つとなる
  •  神様はペテロに幻を見せた後で、それでも尚、躊躇しているペテロに、聖霊を通して、「さあ、立って下に降り、ためらわないで、彼らと一緒に出かけるが良い、わたしが彼らをよこしたのである」(使徒言行録11章12節)と仰せられたのです。 ここで、「ためらわないで」とあります。 この言葉は、他に「疑わないで、恐れないで」とも訳せます。 「区別しないで、差別しないで」という意味もあります。 神様は聖霊を通して、 [続きを読む]
  • ペテロの改心
  •  使徒言行録10章、11章は長い物語になっていて、とても大切な出来事が取り扱われています。 イエスは弟子たちに「エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となる」と言われました。 即ち、全世界にイエスの証人となって伝道しなさいと言われました。 この10章、11章は、地の果てに伝えるのに、その壁を乗り越える大きな経験でした。それは、ペテロの経験であるばかりでなく、エルサレム [続きを読む]
  • なぜ天を見上げて立っているのか
  •  人はどんな苦しいことがあっても、目標や希望があれば耐えることができると言われています。 ドイツのヒットラーの時代に、600万人のユダヤ人達が殺されたと言われます。 その中でもアウシュビッツの収容所の話は凄惨を極めるものです。 多くのユダヤ人が、ガス室に送りこまれ、殺されました。又、僅かな食事で強制労働を強いられたのです。 そのような絶望的な状態から生き残って帰ってくることができたのは、未来に目標 [続きを読む]
  • イースターにちなんで
  •  イースターというお祭りがあります。それは、イエス・キリストの復活をお祝いする行事です。 十字架上で亡くなって、墓に葬られたイエス・キリストが、日曜の朝早く、墓から復活したということに基づいて行われています。 キリスト教の信仰の中で、なかなか信じ難いと言われるのは、イエス・キリストの処女降誕と復活です。 しかも、それは、キリスト教の中心をなしていて、イエス・キリストに関する事実であり、教えなのです [続きを読む]
  • ペテロの説教
  •  今日、子供たちが自殺したり、又親が子を殺し、子が親を殺すという悲惨な事件は、人間の本来の姿を失っていることを現しています。  本来の人間の姿とは、神を愛し、人を愛し、神の戒めを守ることです。  私たちも祈ること、み言葉を学ぶこと、賛美し、神を礼拝すること [続きを読む]
  • 伝道に備えて・・・使徒言行録より学ぶ
  •  イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたも [続きを読む]
  • 劣等生だったテッド
  •  小学校5年生のテッドという少年は、学校で全くの劣等生だった。  彼は、いつも無表情で、目はどんよりして、輝きがなかった。  先生から声を掛けられても、殆ど返事をしない。  人から好かれることもなかった。  担任の女性教師、トンプソン先生は、「クラスの一人一 [続きを読む]
  • わたしの目にあなたは価高く、貴く
  •  人々は愛と、為すべきことを知るなら、力強く生きることができます。  もし、愛する対象もなく、また愛されているという自覚もなく、為すべきことがないなら、生きることは無意味と思うのではないでしょうか。  弟子達は、自分達の存在意義をはっきり知っていました。 [続きを読む]
  • 聖書を学ぶ重要な三つのポイント
  •  私共は時として、聖書を読むということを、ただ宗教的な義務であるとか、教理の学びのための教科書として読むというふうに考えています。  ところが、聖書を読むとは、私にとって、私の人生に投資をしていると考えています。  投資の資本金は、聖書で、それを活用するこ [続きを読む]
  • 小さな赤皮の聖書
  •  百貨店王といわれたアメリカのジョン・ワナメーカーは、自分の生涯の経験を次のように語っています。  「わたしは、生涯を通じて幾百万ドルにのぼる投資をした。  しかし、最もおおきな投資をしたのは、まだ私が11歳で田舎にいたときのことであった。  あるミッショ [続きを読む]
  • 聖書を学ぶ9つの効果
  •  テイム・ラヘイは、著書の「一人でできる聖書の学び」の中で、聖書を学ぶ効果について、次のことをあげています。  第一に、  「あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが強い者であり、神の言があなたがたに宿り、そして、あなたがたが悪しき者にうち勝ったからであ [続きを読む]
  • 日々聖書に触れ、新たに生きる
  •  「あなたがたは、朽ちる種からではなく、朽ちない種から、すなわち、神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです。」 ペテロの手紙第一・1章23節  イエス・キリストの使徒ペテロは、各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ、あなたがた [続きを読む]
  • 愛に生きる
  •  ローマ人への手紙12章9節の最初に、「愛には偽りがあってはならない」とあります。  愛というのは、心の深いところからでてきます。ですから自分自身も、他人も気づかない場合があります。  ローマ人への手紙12章10節に、愛の十戒と呼ばれている言葉があります。 [続きを読む]
  • わかれ道に立って
  • 「スランプに陥ったら、基本に戻れ」とよく言われます。  物事が上手くいかない、どうしたら良いか分からないという時は、原点に戻ることが大切であると言われます。  ある説教者が、目的のキャンプ場を目指して歩いていたところ、山で道に迷いました。 途中、目的のキャ [続きを読む]
  • 神との間に平安を得ており
  •  ローマ信徒への手紙5章1節、2節には、 「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって平和を得ており、このキリストのお陰で今の恵みに信仰によって導き入れられ」・・・となっています。  「信仰によって義」 [続きを読む]
  • なぜ神の義なのか
  •  ローマ人への手紙1章17節はとても有名な聖句です。  「神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり、信仰に至らせる。これは『信仰による義人は生きる』と書いてあるとおりである。」  マルチン・ルターという言う人が、この聖句を通して信仰による義を理解(発 [続きを読む]
  • 死んで生きる
  •  ある青年が洗礼(バプテスマ)を受けるために、教会堂袖の入口で待っていると、一人の少年が「何をしているの?」と聞きました。  「これから僕のお葬式をするんだ」と青年は答えました。  ローマ人への手紙6章1節から4節には次のように記されています。 「では、ど [続きを読む]