DUGON(ジュゴン) さん プロフィール

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DUGON(ジュゴン)さん: 幸せを約束する聖書の言葉
ハンドル名DUGON(ジュゴン) さん
ブログタイトル幸せを約束する聖書の言葉
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/Dugon/
サイト紹介文あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます。
自由文日々、神様が私共に与えてくださる聖書のみ言葉を通して、生きる力と助けを得たいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供132回 / 365日(平均2.5回/週) - 参加 2010/06/15 11:18

DUGON(ジュゴン) さんのブログ記事

  • いと小さき者
  •  ニューヨークの国際貿易センタービルの悲惨なテロの事故によって、2900人以上の人が命を失いました。身元が確認できたのは、僅か400人余の人でした。  身内の人を探し求める姿がテレビで何度も放映されていました。  私の所属している教会のテロの犠牲者について [続きを読む]
  • なぜ、わたしを見捨てたのですか
  •  私たちは試練に陥ったり、重い病に罹ったり、また死に臨むとき、「神に見放された」、「見捨てられた」、時には「呪われている」とさえ思うときがあります。  それは私の一人だけの経験でなく、多くの信仰者の経験を見ても、試練の中で絶望し、神が見えなくなり、不信仰 [続きを読む]
  • 終末の生き方
  •    ルカによる福音書12章13節に、群衆の中のひとりが突飛な質問をイエスにしたのです。  「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください」と言ったとあります。    この訴えをした人は、家督を持った人、父親が死んで、その残された財産のことで [続きを読む]
  • 放蕩息子の譬え(たとえ)
  •  ルカによる福音書15章に「放蕩息子のたとえ」が載っています。  ある息子が、お父さんと一緒に暮らしていました。一緒にいる間はお父さんが、どう言う人だか分からなくて、ただお父さんから財産をもらって、そのお金で思いっきり遊んでこようとだけ考えています。  無 [続きを読む]
  • 出会いということ
  •  禅の大家釈宗演と、キリスト教の牧師で同志社大学総長だった海老名弾正が対談したその後、釈宗演は、「どうもあなたの話を聞いていると、何か目にちらつくものが出てきて、それが気になってしかたがない」と言ったそうです。  これに対して海老名弾正は、「実はそれが私 [続きを読む]
  • 苦しみを乗りこえる力
  •  冬来たりなば、春遠からじという言葉があります。  寒い冬がやって来ると、春も、もうそこにやってきているということでしょうか。  本当に寒いところでは、背筋が凍ると言うか、脊髄の液体が凍ってしまうくらい寒いところがあると思います。冬になると、鼻の下につらら [続きを読む]
  • 悲しんでいる人たちは幸いである
  •  「悲しんでいる人たちは幸いである」 ある牧師が、この言葉はなんという言葉だろうかと、しばしば驚きの思いをもって思い起こしますと述べています。  「悲しんでいる人たちは幸いである」  これは人間には、不可能な言葉です。誰にも語れない言葉です。誰にも書けない [続きを読む]
  • 一人の少女の話 (遠藤周作)
  •  遠藤周作の「聖書のなかの女性たち」という本の中に、一人の少女の詩が紹介されています。  わたしの咽喉が痛い時  あの子の咽喉も痛み  わたしが夜、咳をする時  あの子も眼をさまして咳をする  わたしがママから叱られて泣く時  あの子もわたしと一緒に泣いている [続きを読む]
  • 神の謙り(へりくだり)
  •  「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべきこととは思わず、かえって僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。」(ピリピ人への手紙2章6節〜8節) [続きを読む]
  • いのちの時間と天国
  •  今から数年前にT先生が、5歳で白血病という血液の病気と闘っているD君のお見舞いに行きました。  D君はお見舞いに来たT先生に「どうして、僕の病気は良くならないの?どうして僕は死ぬの?」と静かに聞きました。  T先生は思いもよらないD君の質問に驚きました。 [続きを読む]
  • 重荷(弱さ)をプラスに変える
  •  人生の重荷をプラスに変えることができると聖書は告げています。  人生の歩みの中で、自分の身に刺さったとげを誰しも負っているのではないでしょうか。  それは、病をはじめ人生の重荷となるものです。  ところで、パウロは、生きるのにマイナスになる肉体的な病を負 [続きを読む]
  • パウロの回心
  •  パウロが復活の主と、その栄光を目撃して地に倒されたとき、イエス・キリストの声に接します。 その呼びかける声によって、はじめてパウロは回心します。  パウロは、単に「天から光がさして、彼をめぐり照らした」という現象だけで回心したのではありません。 パウロは、むしろ「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねています。 それに対して、イエス・キリストは「わたしは、あなたがたが迫害しているイエスである」と答 [続きを読む]
  • パウロに何が起きたか
  •  パウロは、何が、どう変わったのでしょうか。 確かに彼は迫害者から使徒、そして殉教者になりました。 何故迫害したのでしょう。感情的にクリスチャンに対して面白くなかったからでしょうか。 ピリピ人への手紙3章5節をみると、何故パウロが教会を迫害したか、そのヒントが得られると思います。 「律法に関しては、厳格なファリサイ派の一員、律法を守ることに対する熱心さでは、教会を迫害する程であり、律法を守ることに [続きを読む]
  • サンダー・シングの回心
  • インドが生んだ大伝道者サンダー・シングの回心もパウロによく似ていると言われます。 サンダー・シングは、1889年9月3日、北インド、ランバールの地主の家に生まれました。 母は敬虔なヒンズー教の信者で、子供が宗教に一生ささげる人になって欲しいと祈りながら、サンダーが14才の時に亡くなりました。 サンダーは母の意志を継いで、宗教家になろうと努力しましたが、自己矛盾や、人生に絶望して自殺をしようと思いま [続きを読む]
  • イエスは、キリストである
  •  テサロニケは、現在ギリシャの第二の都市といわれる大きな町です。 パウロが伝道した当時も、マケドニヤ地方の第一の都市でした。 そのテサロニケにおいて、パウロは、旧約聖書を用いて、ユダヤ人にもギリシャ人にも、イエスはメシヤであり神の子であることを伝えたのです。 反対があり、迫害もある中で福音を伝えました。 使徒行伝17章1節から3節までを見ると、ユダヤ人の会堂で、聖書に基づいて論じ伝道したことが分か [続きを読む]
  • パウロのごとく
  •  使徒行伝14章に、「パウロとバルナバは、良きおとずれを告げる者の足」となって働いています。それがどんなに苦難に満ちていても、主の力によって、成し遂げて行ったのです。 使徒行伝14章1節から7節までは、イコニオムでの伝道が記されています。ところがそこで石で打たれそうになってルステラに逃れます。 ルステラでのことは、8節か20節まで出ています。そこでは生まれながらの足の不自由な人を癒します。 それを [続きを読む]