DUGON(ジュゴン) さん プロフィール

  •  
DUGON(ジュゴン)さん: 幸せを約束する聖書の言葉
ハンドル名DUGON(ジュゴン) さん
ブログタイトル幸せを約束する聖書の言葉
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/Dugon/
サイト紹介文あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます。
自由文日々、神様が私共に与えてくださる聖書のみ言葉を通して、生きる力と助けを得たいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供135回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2010/06/15 11:18

DUGON(ジュゴン) さんのブログ記事

  • 神の言葉を語るイエス・キリスト
  •  ルカによる福音書5章1節から3節を見ると、イエスがゲネサレト湖畔(マルコによる福音書では、ガリラヤ湖のほとり)の群衆にシモンの舟から神の言葉を語っています。 4節から7節を見ると、イエスの言葉に従って網をおろしてみると、沢山の魚がとれた話が載っています。 8節から11節は、み言葉に従ったとき、たくさんの魚が獲れた奇跡を見て、ペテロはイエス・キリストを神の子と知り、ひれ伏し、そのペテロに弟子の召命 [続きを読む]
  • 聖アウグスティヌス「告白」(上) 岩波文庫から
  •   「それでわたしは哀れな声を張り上げて言った。「もうどれほどでしょうか。もうどれほどでしょうか。明日でしょうか。そして明日でしょうか。なぜ今でないのですか。なぜ今がわたしの汚辱の終りでないのですか。」 わたしは、このように訴えて、わたしの心はひどく苦しい悔恨のうちに泣いていた。するとどうであろう。隣の家から男の子か女の子かは知らないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように「取って読め、取って読め [続きを読む]
  • 真の信仰
  •  三浦綾子さんが、昭和21年、肺結核になりました。当時結核はひどく嫌われていました。親戚の人が見舞いに来ても会わずに帰っていったというのです。 そのような中で、新興宗教の信者さんが執拗に入信を勧めたり、他の布教師がやってきて教えを説いたりしたというのです。 その中でキリスト教を求めはじめ、祈りの中で、「神よ、どうか御心にかなうならばこの病気をお癒しください。」と祈るようになったというのです。 とこ [続きを読む]
  • 豊かに実を結ぶ
  • 「主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人  その人は流れのほとりに植えられた木。 ときが来れば実を結び 葉もしおれることがない。 その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」 (詩編1篇2節、3節)。 詩編1篇2節、3節は、わたしの心に響く聖句です。 神のみ言葉を求めていく時、主にある幸いを思います。様々なことがあるなかで、主にあるときそこには主のお恵み深い御心を感じます。そして、そこに信仰で理解で [続きを読む]
  • わたしたちの祈りの姿勢
  •  イエスは、ルカによる福音書18章7節、8節で「まして神は、日夜叫び求める選民のために、正しい裁きをしてくださらずに長い間そのままにしておかれることがあろうか。」と言われました。 そうではない「神はすみやかに裁いてくださる」と言われるのです。そのために、不義な裁判官のたとえを話されたのです。 当時、やもめは貧しい者、弱い者の象徴でした。彼女は不正にも虐げられていたので、裁判官に訴えたのでした。とこ [続きを読む]
  • 忍耐して祈る、信仰をもって祈る
  •  イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかしその後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。しかし、あのや [続きを読む]
  • 人間の力が尽きた時に、初めて神の力が働いてくださる
  •  「祈りは聞かれる」(渡辺暢雄著)という本の中に書かれている、345日目に聞かれた祈りのお話しを三浦綾子さんは、「天の梯子」という本の中で紹介しています。 札幌の教会に起ったことでした。 ある一人の信徒と牧師が心を合わせて、市内の北部に伝道所が与えられることをひたすら祈り続けました。 毎朝6時に祈ったというのです。 夏はともかく、冬はストーブも焚かずに、寒さに震えながら祈る。賛美歌を歌い、聖書を読 [続きを読む]
  • 惜しまないでいられようか
  •  私たちは相手を誤解して、その人の意に反して行動したりすることがあります。 またある時は、自分自身のことがよく理解されなかったり、誤解されて苦しむことがあります。 ヨナの働きは成功しました。ヨナは自分の働きを喜ぶべきでした。ヨナは激しく神に異議を唱えました。それは、 ・イスラエル民族の敵が、神の憐みによって助けられることに対する怒り、 ・預言が実現しなかったために、偽りの預言者として非難されること [続きを読む]
  • ヨナの逃亡
  •  旧約聖書ヨナ書1章1節に、「主の言葉がアミタイの子ヨナに臨んだ。・・・『さあ、大なる都ニネベに行って』・・・」とあります。 しかし1章3節を見ると、・・・「しかしヨナは主から逃れようとして出発し、タルシュへ向かった」・・・船に乗ったとあります。 なぜヨナは主から逃げ出したのでしょうか。 ニネベが恐かったのでしょうか。なんとなくイヤだったのでしょうか。 1章を読むと、逃げ出したヨナを神様が捕まえる [続きを読む]
  • 孤立無援の中で神の声を聞く・・・(2)
  •  サウルは王に召されて、神を信じて、圧倒的に強さを誇るペリシテ人との戦いに勝利することができるかどうかの試練でした。 実際の戦いに勝利する前に、信仰の勝利を得ていなければなりませんでした。 神が導いてくださる。私たちと共にいてくださるという、はっきりした確信を持つ必要がありました。 具体的にどういうことかというと、サムエル記上10章8節にある言葉を信じて守り抜くことでした。 「はん祭、酬恩祭をささ [続きを読む]
  • 孤立無援の中で神の声を聞く
  •  私たちの歩みには、雨の日もあれば、嵐の日もあり、それぞれ試練を経験します。  サウルも神に王として召されました。  当時、ペリシテ人に囲まれ、イスラエルびとたちは苦しんでいました。  このペリシテびとを追放して、イスラエルの国を神様にあって安定させること [続きを読む]
  • イエスを見つめることは救い
  •  マタイによる福音書14章28節には、  するとペテロが答えた。「主よ、あなたでしたらわたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」とあります。  今までの不信仰と落ち込んでいた状態から打って変わって、ペテロが大胆にも水の上を歩いてそちらに行 [続きを読む]
  • 弟子たちのために山を降ったイエス
  •  弟子たちは、不信仰のゆえに、イエスのみ心を知らず、またイエスが弟子たちのために祈り、み守っていることも知りませんでした。  嵐の中で舟を漕ぎ悩んでいるときに、イエスが海の上を歩いて来られるのを見て、不信仰で目が曇っていたので、イエスを幽霊だと叫んだので [続きを読む]
  • 弟子たちのために祈るイエス
  •  マタイによる福音書14章23節に、  「群衆を解散させてから、祈るためひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。」と記されています。  マルコによる福音書6章46節には「祈るために山に退かれた」と記されています。    イエスは、何故 [続きを読む]
  • 聖書のみ言葉の力
  •  聖書のみ言葉には、力があり、人の心を変え新たにする力があります。    また、人を慰め励まし勇気を与え、そして希望を与えるのです。  そのような聖書のみ言葉の力を体験をした人は、今まで、世界中で数え切れないほどの人がいるのです。  ローマ人への手紙15章4節 [続きを読む]
  • いと小さき者
  •  ニューヨークの国際貿易センタービルの悲惨なテロの事故によって、2900人以上の人が命を失いました。身元が確認できたのは、僅か400人余の人でした。  身内の人を探し求める姿がテレビで何度も放映されていました。  私の所属している教会のテロの犠牲者について [続きを読む]
  • なぜ、わたしを見捨てたのですか
  •  私たちは試練に陥ったり、重い病に罹ったり、また死に臨むとき、「神に見放された」、「見捨てられた」、時には「呪われている」とさえ思うときがあります。  それは私の一人だけの経験でなく、多くの信仰者の経験を見ても、試練の中で絶望し、神が見えなくなり、不信仰 [続きを読む]