raoron34 さん プロフィール

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raoron34さん: 昭和一桁高齢の日々を生きる
ハンドル名raoron34 さん
ブログタイトル昭和一桁高齢の日々を生きる
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/hanayuritonokoto
サイト紹介文人生の「残り少ない定期券」所有者として、日々思うことを書き残している。
自由文後期高齢者としての日々の生活記録、現実あり、回憶あり、自分史としての資料構成あり、生きて来て印象に残ったことごとの遺言的記録でもある。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供196回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2010/06/22 11:39

raoron34 さんのブログ記事

  • 1974 長女
  • 先日阿倍野ハルカスで有った、親族の会合の集合写真の中に、長女が良く写っている写真が有ったので、写真を拡大して描いて見ました。かっちりとした仕上げでなく、この、もあぁ〜〜〜とした感じの方が長女らしくていていいなあーーーと感じました。この火曜日、長女・初孫・曾孫が来宅した時に、イラスト描きに特別な才能を持っている初孫に普通の紙に描いたままのものを両手で拡げて見せてこれ誰か分かる・・・? と尋ねたところ [続きを読む]
  • 1973 23日ぶり
  • 長女から電話が有り、今自宅へAI(初孫)とHARUMAが(曾孫)来ているので、今日は二人を連れてそちらへ行くけれど、先に買い物へ一緒に行くから、車を表へ停めるので、直接車に乗りこんでほしいと連絡が有りました。先月曾孫を見せに来てくれたのは、26日でしたから、23日ぶりに曾孫と会う事になりました。前回も同様に買い物に行ったのですが、スーパーの中での写真は思いもつかず、撮った事が有りませんでした。今回 [続きを読む]
  • 1972        フェイスブックでの
  • フェイスブックを作って居らっしゃる方は思わぬ人と繋がる経験をお持ちではーーー?と思います。私もそのような経験をさせて頂きました。幾つかの例の内、二件をピックアップして見ました。いずれも身内・親戚の範囲で。亡妻が抱いているのは、家内の一番上の姉の孫です。既に結婚し双子の母親さんです。フェイスブックで名前を発見し,交信しています。私が抱いているのは初孫、長女の長女です。かなり以前にそのフェイスブックの [続きを読む]
  • 1971 旧作二点
  • 光をテーマにした古い油彩二点を下に掲げます。古きブロ友様は既にご覧になったかと思いますが初めてご覧くださる方もいらっしゃると思いますので・・・〜〜〜それぞれ頭の中にはイメージした女性が居ました。下の絵は一番小さいサムホールのカンバスの油彩です。中学校の時の教え子のイメージです。タイトルは確か 「街灯」 だったと思います。大和銀行の大阪日曜画家写真家展に出品すると額縁を付けてくれ、一点一万円で売り出 [続きを読む]
  • 1970       同僚
  • 長い間、大証で共に働いた仲間の女性です。ママさんバレーの選手で明るく活発なお方です。世話好きで今もOB会の幹事を勤められています。先日二次会で、絵に画いて欲しいとの要望が有りました。約束を履行するために描いたのが下の絵です。派手な顔立ちですので、描いて居ても楽しかったです。別嬪に描くからと約束をしていましたが、別嬪になっているでしょうか・・・?絵の方は、次回お会いする時用に葉書版にプリントアウトし [続きを読む]
  • 1969 母校
  • 皆様はご自身の母校の面影をどの程度御記憶でしょうか・・・?それぞれに印象深い学校が有るでしょうがーーー私の場合はどうしても最終学歴校の校舎です。以前にも触れましたが、校舎自体が国の有形文化財に登録されています。六甲台のこんな場所で学べたことは、大いに誇りに感じます。でないと、自分の出身校の校舎を描こうなんて気も起らないと思います。この絵をすごく気に入ったと言って下さった女性画家もおられます!有難い [続きを読む]
  • 1968 北の
  • 私にとっては、ブログでの不思議な御縁からしばしばモデルとして利用させて頂いている北の 当ブログのレギュラー様の多くの方が御存知の 美魔女様です。御本人は最近はブログを休止されて、専らフェイスブックの方でご活躍です。したがいまして当方もフェイスブックを二つも立ち上げて彼女との交流に遺憾なきを期し、映像の追っかけを致しております。フェイスブックは、その名の通り、自分の顔写真を登録しなければ参加出来ませ [続きを読む]
  • 1967   33年の付き合い
  • このブログに頻出する台湾のママ様とは、知り合ってもう33年が経ちます。最初に会った時からお互いに意気投合して、彼女は店の最高の客として私をもてなしてくれました。この間、最初は不安視していた家内も、何度か会うたびにその誠実な人柄を理解して、ママさんも私宅へも従業員を連れて来る状態となり相互に良い友達の関係となりました。家内の訃報を知った時、電話の向こうで泣いてくださった方の一人ともなりました。国籍に [続きを読む]
  • 1966 夏外国・冬国内
  • 旅行関係の書庫で区分してはおりますがほとんどは過去形の思い出話になります。家内を偲ぶ写真の掲載が多くなります。85歳がテレビ画面に登場するのは、此の齢まで入れますよ!という生命保険の広告だけです・・・85歳からの人生は、問題にもして貰えぬ感じです。皆様は、ご自身の85歳をお姿をイメージされた事が有りますか?無関係だと思われるかもしれませんが、9月には86歳を迎えようという私がここに現存しているので [続きを読む]
  • 1965  三孫
  • たった三人の孫でも、一緒に写るという機会はなかなかありません。古い写真の中から、三孫揃い踏みの物を探して見ました。七月最初の更新に使わせて頂きます。私の孫は、三人共女性です。上の写真は左から初孫・中孫・末孫の順です。初孫の婚約を祝った時の宴会だと思います。下の写真は、二枚とも中孫の成人式を祝った時のものです。順序は同じく左から初孫・中孫・末孫の順です。今は初孫は、曾孫(男児)を保育園に入れて働いて [続きを読む]
  • 1964 年金
  • 昨日(6月29日)の朝日新聞の朝刊に年金に関して次の様な記事が載って居ました。我が国は、国民皆保険・皆年金の建前ですから余程の例外事情でもない限り、皆様も関わりを持っていらっしやると思います。この表を見て、どんぐりの背比べの様な微々たる額の相違では有っても私の年代層が一番沢山頂いているのだなと、有難く感じました。妙な所でも、人生、運が強い方なんだとも思いました。でも、厚生年金だけでは心もとないので [続きを読む]
  • 1963      店の後継者
  • 下の写真と絵は、これからはグループで月一回は訪ねる事となった旧台湾のママの店の後継ママさんです。この店の本業だけでは到底やっていけないので、旧大証職員たちの助けで何とか店が持っています。この若いママ本人は、開店までは、よそでアルバイトをしている模様です。本人は能力的にも、意思的にも、ママとしてやっていけそうにはありません・・・台湾のママ様から話しを聞いていたのか、客として初めての私に対しては、絵を [続きを読む]
  • 1962 来宅
  • 定例的には毎火曜日に訪れて曾孫の動画をタブレットパソコンで見せてくれる長女ですが今日は思いもかけず朝から電話が有って午前中に初孫と曾孫を連れて行くからーーーと電話が有りました!そういえばもう長い間、現物の曾孫を見て居ないので嬉しいのですが、ひ孫の方はもう完全に私を忘れているはずです・・・あらかじめ長女に保育園へ行っているからもう大分人慣れしているか?と聞きましたら、逆に顔見知りの肉親特に母親やおば [続きを読む]
  • 1961         気分よく酔う
  • このところ、明日ありと思う心の仇桜 ・・・といった気持ちで毎日を過ごしております。つまりいつ何時行旅死亡人(行き倒れ)になっても不思議でない体調と心理で生きて居ります。蝋燭の火が燃え尽きる前に一瞬輝くそんな気分の毎日です。そんな生き方ですから、昨日は実に良い気分になって帰宅しました。午后5時半に旧台湾のママさんの店に、集合がかかり出かけました。メンバーは大証のOBのグループです。その前に、私以外の [続きを読む]
  • 1960  かわいいもの
  • 今日は長女の誕生日です。夏至当日の生まれで、一年で最も昼の長い時に生まれました。その関係もあってか?50歳も半ばを過ぎた今もなおのんびりと穏やかに暮らしています。ご主人が、東証第一部の上場会社の常務取締役に就任したため本来なら、所謂重役夫人として、何かと気を使う所で、亡妻もその点を大変心配して居りましたが、一切ノイローゼ等にはならず、到って自然態で自分の事もかなり自由にさせて貰い、毎週一度は私の面 [続きを読む]
  • 1959 昔描いた似顔絵
  • 兵庫県の尼崎の市立中学校に3年(美術科)兵庫県の尼崎の市立高等学校に3年(商業科)大阪府大阪市の大阪証券取引所に31年大阪府羽曳野市の施設管理公社に4年以上が私の勤めた記録です。 いわゆる職歴です。 パッとしませんねーーー!最後の職場の在籍中にも、お誘いが有ってスナックなどには良く行きました。でも、相変わらず、飲む方はそこそこにホステス等を描いておりました。割り勘ですから、ほとんど飲まずに絵を描い [続きを読む]
  • 1958 一応は風景画・・・?
  • 下に掲げる絵は、過去に掲載した事が有ると思います。でも、お出で下さる方の半数はご覧になって居られないとも考えられます。画題は 「4Fの病窓から」 だったと思います。油彩で、F20号だったか、かなり大きな絵です。私の場合、風景と言っても、なぜか建物が主体になってしまいます。まあ、これでもジャンルは一応風景だと思い、今回の更新のタイトルとなりました。最近は鉛筆の人物画ばかりで、油彩はすべて旧作です。私 [続きを読む]
  • 1957 のろけ?感謝
  • 亡妻の面影が浮かばぬ日は有りません!三回忌を済ませても、パソコンのTOPへ設定した画面で毎日逢って居ます。誰よりも深い恩を感じる、百年の豊作女房でした!名前は「照子」と申しました。親戚はみんな「てるちやん」と呼んでいました。私は子供が生まれるまで、その名を呼べず、長女が生まれてくれたのでやっと 「まま」 と呼べるようになって本当に助かりました。それまでは家内の事をどう呼んでいたのか、全く記憶があり [続きを読む]
  • 1956  続きです
  • この二人の表情はどうでしょう〜〜〜?不機嫌な顔をしていますねーーー私達夫婦は、盛装・正装?してこんな顔をすることは先ず有りません。お互いがしかめっ面をしてこんな雰囲気になった事は57年2か月の日々の共同生活の中で無理やり思い出しても、そう数はございませんでした。この写真は、長女の結婚記念アルバムの中では無く別途保管していたバラバラ写真の中に有りました。この表情の原因は、前回の 「男親」 (娘よ!) [続きを読む]
  • 1955 男親
  • 芦屋雁之助の歌、「娘よ」の歌詞に「嫁に行く日が来なけりゃいいと、男親なら誰でも思うーーー」という出足の文句が有ります。これを聞いた時、俺は絶対泣くもんか!と当日まで思っていました。でも結婚式当日の式の終りに花婿の父親が締めくくりの挨拶をされた時になんと思いもかけず涙がぼろぼろこぼれるでは有りませんか・・・!これは理屈抜きの感情の発露なんですね〜〜〜人前で涙を見せるなんて我ながら驚きでした。今こうや [続きを読む]
  • 1954 身内の会合
  • 本日は、家内の姉・弟・妹達の関係者と義姉と亡妻が祀られている、骨仏のお寺として有名な一心寺へお参りし、その後、阿倍野ハルカスの14階にある花外楼で会食しました。男性では私が最年長者であるため乾杯の音頭を取ってほぼ3時間程会食しました。話しは弾んだので、義姉と亡妻には、いい供養になったと思います。でも、私は朝5時に目が様ていたのと、もういいと言うほど飲んだのですっかり疲れて、帰宅後即寝、先刻目が覚め [続きを読む]
  • 1953   ご報告
  • このブログのレギュラーの皆様は、私が一日の内で何に一番時間を使っているかを、御存知だと思います。株式市場が開いている時、つまり売買立会が有る日には午前2時間半、午後2時間半はパソコンの前に張り付いております。つまり一日の内5時間は株式のデイトレードをしております。特に気に行ったテレビ番組が有る場合は、数時間テレビを見る場合もありますが、それはほぼ、土日・祝日の場合が多く、結果的には私の主な仕事は特 [続きを読む]
  • 1952 二人で写った
  • 二人で写った最後の写真です。日付は2015年4月27日、家内が亡くなる13日前の写真です・・・場所は大阪市天王寺区の料亭です。57年2か月余りを共に生きた夫婦の最後のツーショットです。まことに感慨深いものがあります・・・−−−〜〜〜!皆様も御夫婦での写真をマメに撮って置かれる事をお奨めします。上の写真では、家内に若干の疲れが現れていますが、下の写真では、むしろ、私の方に死相が現れている様に感じます [続きを読む]
  • 1951    本月1日のこと
  • 先週の木曜日に人生初の体験を二つしました。悪い経験ばかりです・・・一つは両開きのパジャマの上着を羽織って寝そべってTVを見て居ました。左側の襟首に黒いものが動き、一瞬ゴキブリでは・・・?と思った瞬間、内側へ入り込みました。ギヨッとなって立ち上がり、パジャマの上着を脱いで振り払って見ましたら、ゴキブリが落ちて来ました・・・!慌てて、ゴキブリの位置を確認しながらアースジエットを取りに行き、厭というほど [続きを読む]
  • 1950 母と娘
  • これまでも、一卵性母・娘として紹介して参りましたが良く似た親子の写真を掲載致します。数年前のものです。背丈はほぼ変わらぬままですが、今ではやや末孫の方が高くなっている感じです。ただし、末孫娘は体重に置いて遥かに母親を凌駕しとても比較にはならない状況です!でも顔だけは、次女も一人娘(末孫)も肥えませんので良く似たままです。下の写真二枚は、そんな次女とその一人っ子の末孫です。 [続きを読む]