はんきち さん プロフィール

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はんきちさん: 新・はんきちのつぶやき
ハンドル名はんきち さん
ブログタイトル新・はんきちのつぶやき
ブログURLhttp://hankichi.exblog.jp/
サイト紹介文音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供356回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2010/06/27 20:56

はんきち さんのブログ記事

  • もうひとりの浦島太郎
  • 転居したタイミングで、押し入れの奥からLPレコードが入った段ボール箱がいくつか出てきて、かぞえたら数百枚あることが分かった。眺めていたら無性にそれらを再生したくなり、週末に御茶ノ水に足を向けてつらつら眺めているうちに、再生用のアンプや小型スピーカーなどが手元に揃うことになった。LPレコードを聴く前に、まずはCDを再生してみる。そこはかとなくバッハの平均律がふくよかに響いてきて、さすがにヘッドフォンで聴く [続きを読む]
  • 一足早いお花見に向かう場所
  • 今朝もみちのくに向かう道すがら。野暮用で一旦上野駅で下車してみると、そこには巨大なる桜のモニュメント。造花なのだろうけれども、生半可でなく圧倒的だ。桜の下に埋まっているもののことを書いたのは梶井基次郎だったなあと思いながら、下のほうを見ると、あにはからんや、そこにはミニチュアのパンダが遊んでいる図。ああよかったと安心する。一足早いお花見には、上野の山ならぬ、上野の駅に向かうべし。 [続きを読む]
  • 七人の天使に見守られ
  • 今日はお祝いの席に招かれた。七人の天使に見守られて無事に挙式が執り行われ、しあわせというものが、どのような処にもあるのだということを感じ入った。若き二人の馴れ初めの若々しさや、育て上げられたそのことへの感謝の気持ちの自然なる表現に接しているだけで、何故か涙が溢れでる。それはそのまま涙腺から口に入ってきた。混じりけの無い透明なる純粋というものは、こういうものなのだと、深く考えてみる必要もなく伝わって [続きを読む]
  • 仕切り直しをした朝
  • 昨日は、ざわざわ、わさわさとした状況に陥らされていた。思い返せば、こういうことを「翻弄される」というのだと気付いた。弄ばれるほうはたまったものではない。人間とは恐ろしいものでそんなときの憤りの気持ちを向こう見ずにもブログに書き連ねてしまったりもする。翌朝起きてみて、あれまあこんなにも邪な事柄を吐露していたかと、慌てそれを消し込むのだけれども記憶は簡単には無くならない。ジュリアス・シーザーの時代の最 [続きを読む]
  • 非効率な方向に仕事が創られていく不可思議
  • 組織の仕事というものは、放置していると細分化され、そして効率は悪くなる方向であろうとも、そういう方向に流れていく。 それぞれの立場のひとたちは、それぞれの立場の仕事をしっかりと遂行し完遂し守り尽くしたいと、無意識的に指向している。だから大局的に考えたり行動して、最適化、最小化をしていくほうが良くても、そこに向けてのイナーシアが働かない。どうしてもそのような方向に進められない。 社会というものの宿命は [続きを読む]
  • 街角を訪ねたい時間
  • 南千住から三河島、そしてその三河島から上野と乗車していると、「紆余曲折」とはまさにこのことか、と思う。鉄路の向かう方角が、あちらとおもえばこちら、というように変化するからだ。少し調べてみれば、常磐線は建設された当初は田端から水戸だったということで、その後10年ほど経たときに、日暮里から三河島に接続されるルートが出来たそう。それにより実質的に上野から繋がることになる(ただし定義上は、常磐線の起点は日暮 [続きを読む]
  • またもドイツジンからもらったジン
  • ドイツから私のところに訪れてくれるドイツ人は、時折ドイツジンを持ってきてくれる。今回は、Ferdinand's Saar Dry Gin。ルール・ザール地方のジンだそうで、これはとても珍しい。シュペートレーゼという刻印があって、これはもしやドイツワインの甘味処か?と勘繰る。さてその味は・・・?ワイン園に生える香草の薫り高いスピリッツで、それはまさしくドイツの葡萄の樹がその周囲に守って来たボタニカルの香り。美味い!ロンドン [続きを読む]
  • 引っ越しに没頭する
  • 二十年ぶりの引っ越しは堪えた。今まで暮らした家の最後の片付けと掃除まで、しっかり行うだけでも、身体の節々に負荷が入る。ようやく終えて、これからが新居の中のたたずまいを整えるとき。書棚に取り掛かってみて、はて?と思ったのは、やっぱり何年何十年経っても、大切に思う本の順番は変わりないなあ、ということ 。本の並びにこそ、気持ちが表れるものはない。 [続きを読む]
  • 不思議な感覚の喚起
  • これが「郷愁」なんだろうか。あるいは単なる「懐かしさ」なんだろうか。これまで暮らした神奈川の家の外観写真がその地から送られてきて、それらを見た瞬間、胸の奥からじんわりとしたさざ波のような音が伝わってきて、身体じゅうに溢れた。およそ20年。なんだそれだけかと思ったのだけれど、振り返ってみれば、社会人生活の半分以上を、また、人生のおおよそ三分の一をここで暮らしたことになる。初めてその家を観た日。初めてそ [続きを読む]
  • 先人の言葉、こころに響く
  • その本を読み終えて、夢を描き、人を巻き込み、情熱と愛情を以て、清らかに平らかに、正々堂々と周囲に接し、世の中を変えていった経営者の言葉が、ずっと心の中に響いた。「経営首脳の不思議なところは、ミスをしてもその場にはだれにも気付かれずに何年もそのままでいられる点である。それは経営というものが一種の詐欺まがいの仕事にもなりかねないことを意味する。・・・私の考えでは、経営者の手腕は、その人がいかに大勢の人 [続きを読む]
  • 緊張しながら魔界を超えて現世に舞い戻る毎日
  • その名前を聞くたびに、なぜか空恐ろしくなるのだけれど、どうしてもそこを通過しなければならない。綾瀬と北千住の間、そして南千住と三河島の間。それぞれに背筋を縮こませて、過ぎ去ることを耐えていく。あなたは怖くないの・・・?同じ列車に乗っている乗客たちの顔色をうかがう。大丈夫そうなのは何故・・・?お守りを握りしめているかどうか、確かめたくなる。この緊張が無くなることはない。もし無くなったとすれば、それは [続きを読む]
  • 夜に進む気持ち
  • 仕事が終わり、そのあとに進む方角は大事だと初めて分かった。これまでは職住接近だったから、方向性など無いも同然だったのだけれど、通勤となると違うのだと、社会人になって以来数十年してから漸く分かった。それは、東に向かうのはこころもち明るく、西に向かうのは大分やさぐれているということだ。理由は分からない。でも違いは如実だ。 [続きを読む]
  • ハムノート
  • 中学一年生から二年生に上がるころに、アマチュア無線の免許を取った。そのころの思い出が出てきた。買いたかった無線機の外観図をハンドライティングした紙まで出てきて、喉から手がでるとは、こういうことだったんだなあと思った。小遣いも少なく、また高価な機器をねだるわけにもゆかず、いつか世界の人たちと繋がりたいと夢をみながら毎日を過ごしていた。 [続きを読む]
  • 中学時代のレコードリスト
  • 引っ越しの荷物を片付けていたら、とある箱から中学時代以降のレコード購入記録帖が出てきた。初めのほうの音盤は父親保有のもので、それは購入欄に場所の記入がないからそれで分かる。そのあとの微々たる購入数を見るにつけ、あのころの乏しい懐事情が手に取るように蘇ってきた。学校帰りに秋葉原の石丸電気を訪れては音盤を眺めて、いつか手に入れたいものを皮算用していたこと、グラモフォンの音盤の神々しさに圧倒されていたこ [続きを読む]
  • 身辺を潔くするということ
  • 居宅の引っ越しを久しぶりにやってみて、身辺に溜まった様々な物がなんと多いことなのかと愕然とした。勿体ない症候群ではないのだけれど、書籍、CD、押し入れの奥に入っていたLPレコ―ド、写真アルバム、映画や音楽会のパンフレットなどなど、出るわ出るわ。このあいだ書籍やCDの大棚ざらえ処分をしたばかりなのにである。「これからの家訓は断捨離にする」このあいだこのように家人たちにぶちまけた言葉に対して、ノーレスポンス [続きを読む]
  • だって、マタイを聴いていたから
  • 仕事で都内へ往復した。電車はたいそうな混雑で席には座れなかったことを伝えると、「それはたいそう疲れたのでは?」という質問が返ってきた。「いや大丈夫だったよ」と答えると、訝しい顔つきをされた。このひと変なのかしら。久しぶりにゆっくりと連続した時間を持てたのだ。席に座っていては眠ったりして心や頭に入らないし、共鳴して身体をああだこうだ反応させて動かすわけにはいかない。小さな声をだしても不審がられる。次 [続きを読む]
  • 郊外から郊外へ
  • ゆえあって、「東京を外れた西の地」から、「東京を外れた東の地」に転居することになった。思い起こせば幼少期は、自らが生まれた東京の北多摩郡でその前半を過ごし、後半を東京を外れた東の地で日々を過ごした。そして社会人になってからは、この「東京を外れた西の地」に35年ほど住んでいた。これだけ長く住んだ土地に別れを告げるのはどういう思いなの?という問いもしばしばあるわけだけれども、自分のなかでは、ここは社会の [続きを読む]
  • 完全に弛緩した逍遙の深みを極めたい
  • 堀江敏幸の『郊外へ』(白水Uブックス)を読了。久々にパリの街角やその郊外の空気、風景や人々の生きざまに触れた。それにしても堀江さんのフランスにまつわるエッセイや小説は、その濃度が濃い。それも文学の次元だけでなく、地域地勢学、ギリシャ時代や神聖ローマ帝国まで遡る歴史、古今東西の芸術家まて幅広く、気が抜けない緊迫度だ。そうかと思えば、どこまでも街区を歩き続けたり、偶然来たバスに考えなく乗って終点まで向 [続きを読む]
  • しっかりと読めた対談
  • 対談というのは、僕にとって「コミック」並みに苦手な読み物だ。だからできるだけ遠ざけてきた。たぶん、対話の空気や行間を読む、ということが苦手だからかもしれないし、対話のなかに時折入り込む「ははは・・」とか「(笑)」という字面に、ぞっとするような気持ちになるからかもしれない。コミックでも「こっ、これは・・・」みたいな吹き出しが分からない。そんななか『『深い河』創作日記』の付録に入っていた対談・『『深い [続きを読む]
  • 『深い河』創作日記に見える生みの苦悩
  • あれだけの大作家だから、中長篇小説の一つくらい、お茶の子さいさいだろうと思っていた。それが全く違うのだということが分かった。『『深い河』創作日記』(遠藤周作、講談社文芸文庫)。日記を読んでいると、あの作品の構想のみならず、伝えようとしたいこと、登場人物に何を語らせるか、なども刻々と変遷をたどって行く。最終形を僕らは読んでいるわけだが、没になった結末があった。それは暴徒に殴られた大津が亡くなり、それ [続きを読む]
  • 『深い河』における探求
  • ブログ友人の薦めだったが、読んでみて良かった。遠藤周作の『深い河』(講談社文庫)。“「それではお前にとって神とは何なのだ」と修道院で三人の先輩に問われて、ぼくはうっかり答えたことがあります。「神とはあなたたちのように人間の外にあって、仰ぎみるものではないと思います。それは人間のなかにあって、しかも人間を包み、樹を包み、草木をも包む、あの大きな命です」「それは汎神論的な考えかたじゃないか」それから三 [続きを読む]
  • イタリアオペラの間奏曲がマッチした『カルテット』
  • イタリアオペラが苦手で仕方がなかった。だから大学時代の音楽クラブでそれを研究している会派から遠ざかっていたことは不思議でも何でもない。それから幾十年。今週、TBSドラマ『カルテット』の第6話を観ていたら、1stヴァイオリンの巻真紀と夫の幹生の二人に心の隙間、すれ違いが生まれたときにイタリアオペラが流れた。ああ、この曲は・・・・、と思う一方で、その旋律がドラマのそのシーンにぴったりとマッチしているなあと深 [続きを読む]
  • 線香花火のように哀しい『火花』
  • 又吉直樹の『火花』をようやく読んだ。文春文庫。漫才コンビたちの心や生きざまを描いたもので、僕にはあまり接点はなかったのだけれど、自分たちの芸を磨き、それを認めて貰いたいと願う気持ちの純真さに吐息がでた。小説のあとには芥川賞受賞記念エッセイ「芥川龍之介への手紙」が収められていて、それはまさに現代版・太宰治の筆致。もし太宰治が芥川賞を獲得していたら、こんなふうに書いただろうなと思って、微笑んでしまった [続きを読む]
  • 引き際の美・・・『波打ち際に生きる』(松浦寿輝)
  • 芥川賞作家でもある松浦さんは、東大教授を定年よりも7年も早く退官した。その記念講演と最終講義を収めた本が『波打ち際に生きる』(羽鳥書店)だ。鮮やかなまでに美しい引き際において、それまでの軌跡を振り返りながら淡々と述べていく。“波打ち際とは、波が打ち寄せてくる「場」であるわけですが、同時に、絶えず寄せては返しつづける波の運動という「出来事」それ自体なのだと思います。その出来事には一種特有の心もとなさ [続きを読む]