はんきち さん プロフィール

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はんきちさん: 新・はんきちのつぶやき
ハンドル名はんきち さん
ブログタイトル新・はんきちのつぶやき
ブログURLhttp://hankichi.exblog.jp/
サイト紹介文音楽、小説、そして酒を愛する方々との空間です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供331回 / 365日(平均6.3回/週) - 参加 2010/06/27 20:56

はんきち さんのブログ記事

  • シューベルトの室内楽的交響曲とグルジアの無言歌
  • 山田和樹が横浜シンフォニエッタを振ったCDを買い求めた。フランツ・シューベルトの交響曲第5番変ロ長調 D.485と、ヴァージャ・アザラシヴィリの「無言歌」が収められている。このシューベルトはおっそろしく優しくて柔らかくて、厳しさとは無縁に聴き手にそっと寄り添うような演奏。いっぺんに気に入ってしまった。特に素晴らしいのは、第二楽章。弦楽四重奏なのか?と一瞬耳を疑うような静けさと優しさに包まれている。第三楽章 [続きを読む]
  • 騎士団長の如き雷神との出会い・・・『モナ・リザの背中』
  • 吉田篤弘の小説『モナ・リザの背中』(中公文庫)を読了。夢物語を扱ったとても長い作品だった。『不思議の国のアリス』のように場面が次々と移り変わり(もちろん夢のなかの出来事だから)、さらに理不尽さが増している。夢の世界だから当たり前なのだけれど、それに付き合っていくことのしんどさとともに読み進めて行った。ナゼナゼ問答も多数展開される。“「しかし、雨は必ずやむものです」男がそう言った。「ええ、そういえば [続きを読む]
  • 卓球に賭けた日々を想う
  • 昨晩は、大学時代の友人らと卓球バーにて同期会。酒を飲み食事をしながら、卓球ができるというダイニング。半信半疑で訪れたら、しっかりした正真正銘の卓球場で、若き日々の記憶と楽しみの思い出が次々とよみがえる。友人たちのプレイスタイルは今も変わらず、これには本当に驚いた。アキレス腱の一つや二つが切れるかと思ったが大事に至らずに帰還。弱者のスポーツと虐げられながらも頑張った日々の気概は、いまの仕事にも役立つ [続きを読む]
  • 天変地異に晒されて
  • 最早梅雨はどこにあるのかと思うほどの暑い毎日。しかし朝晩は雷雨の応酬に見舞われ、自然が創りだすパワーの無尽蔵さに驚嘆する。大量の雨は山野を切り崩し、濁流とともに生きとし生けるものを、怒濤の如く飲み込み消し去る。雷雨はついに送電網を絶ちきり、日々の生活のなかに全く遠慮もなく切り込んでくる。こういったときに、はっきりと僕らの社会というものが人間たちの手前勝手でもって築き上げられたことを思い知る。思い知 [続きを読む]
  • 地霊に導かれゆくこころ
  • 第50回谷崎潤一郎賞を得たという小説『東京自叙伝』(奥泉光、集英社文庫)を半ばまで読んだ。江戸・東京にさまよう地霊が人や鼠、猫に憑りつき、歴史の荒波に揉まれたり、あるいは重大な事件を生み出していく張本人になっていく。さまざまな事柄が憑りつかれた人や獣によって引き起こされ、それが次の時代の人に受け継がれたり、あるいは時を遡って別の記憶を呼び起こしていく。最後まで読み切ることができないほどの分量で息が途 [続きを読む]
  • 自己主張のあり方について、ようやく腹落ちする
  • 『知性の顛覆』(橋本治、朝日新書)を読了。自己主張というものの意味やあり方について、ようやく腹落ちした。“誰にでも「自己主張」だっだり「自己表明」が出来る。・・・(中略)・・・誰もがみんな自己主張をしたいーー「黙っていると自分が埋もれてしまう」ーーと思っているからなんだろうが、私はやっぱり自己主張というものの本来を、「社会の秩序を乱す不良のするもの」だと思っているので、いつそんなものが当たり前に広 [続きを読む]
  • 現代音楽による伴奏の『ひよっこ』
  • 出張で朝の連続ドラマ『ひよっこ』が観られなかった。毎日の元気の素なので、結構シンドイ一週間だった。ようやっと録画を観終える。今週は「恋、しちゃったのよ」というサブタイトル。7月14日の放映は、慶応大学の学生、島谷純一郎(竹内涼真)と、矢田部みね子(有村架純)が、東京タワーや大学キャンパスにデートする場面。相手のありのままの人間としての姿が好きなのだ、と互いに語り合う場面に感動するとともに、そのバック [続きを読む]
  • 張家港
  • 大陸を疾走する僕はどこを目指すのか楊貴妃の国果てを知らない成安で育ったと言う人も居て孫悟空の場所かなと訊ねたくなった蘇州から来たと聞けば夜曲はどうだったか知りたい無錫旅情上海帰りのリル李香蘭はどうでしたか訊きたくても発語を知らぬ喉が渇く大陸を疾走する僕はどこを目指すのか「張家港」標識があって前世で訪れたという既視感に覆われるそれは玄宗皇帝の幻想■曾ては一面の草原だったろう。いまは近代都市。 [続きを読む]
  • 『サバイバルファミリー』に自分を照らす
  • 出張の機中で映画『サバイバルファミリー』を観る。2016年、東宝、矢口史晴監督。http://survivalfamily.jp/仕事一筋で家庭は全て妻任せの夫・鈴木義之(小日向文世)は、妻(光恵、深津絵里)や息子(賢司、泉澤祐希)娘(結衣、葵わかな) から疎んじられている。そんな或る日、世の中のエネルギーが一斉にシャットダウンされる事象に遭遇する。電気、ガス、水道。これらがないと都会生活は成り立たず、一家は東京から祖父が住む [続きを読む]
  • ペリエを飲む朝
  • 出張に発つまえ、何を飲もうかと考えていて、あれやこれや、喧騒のような相剋から逃れたい気持ちになって、それを手に取り飲み干した。世の中、なにが正しいのか、誰が正しいのかを証明する合戦に陥っているような気がする。 どうこう言い合っていても、世界に生きている皆は、かならず寿命というものがあって、いずれそのうちにこの世からは居なくなる運命にある、ということを忘れてはいやしまいか。自分が正しければ相手も正し [続きを読む]
  • 日向子のマンガは行間が苦しくない
  • 日曜日の新聞の読書欄で歌人の穂村弘さんが薦めていて、思わず買い求めた。穂村さん以外が紹介していたら間違いなく敬遠していただろう。マンガは、コマとコマの移り変わりが苦手だからだ。行間とでも言おうか。『東のエデン』(杉浦日向子、ちくま文庫)。明治維新後の文明開化に晒される日本の日常を描いたもの。とても面白く楽しめた。行間を読む必要が無かった。どうしてかそういうふうに出来ている。コマの移り変わりが自然でそ [続きを読む]
  • 『死の棘』とは別世界の愛と死の序章
  • 島尾ミホが書いた『海辺の生と死』(中公文庫)を読んだ。奄美群島の加計呂麻島の風俗や、そこを訪れる旅芸人たちの姿、そして、島尾敏雄を慕ういくつかの手記は素晴らしかった。この本の序文は島尾敏雄が書いている。そしてまた各篇の冒頭などに入っている挿絵は、息子の島尾伸三が描いていて、それはルドンやビアズリーを彷彿させるタッチだ。文庫本の外カバーの写真も息子によるもの。荒波を乗り越えた一家が総出で作り上げられ [続きを読む]
  • うだるような暑さのなか買い求めた
  • うだるような暑さのなか、食材を冷やす家電製品がいきなり壊れた。知ったのは今日なのだけれど、家人に言わせれば、具合がわるいことはかねがね伝えてきていたよう。それを僕が取り合っていなかったゆえに今日の突然崩壊に至ったのだと、ようやく分かった。しかたなしに新しい機器を買い求めに行く。いまの世の中、5〜6社から様々な容量の製品が売られていて目移りするばかり。どれがよいのかとんと見当がつかなく当惑したが家人は [続きを読む]
  • その絵をどうしても観たくなる小説
  • ベルンハルト・シュリンクの『階段を下りる女』(原題:Die Frau auf der Treppe、新潮クレストブックス)を読了。そこには無いと分かっていながらも、オーストラリアの美術館に、その絵を眺めに訪れたくなった。表紙カバーの内折り側に、次のようなライプツィヒ国民新聞(Leipziger Volkszeitung)の書評が載っている。“彼らの人生において何が実際に可能だったのかは、この機知に富んだ、やさしくてときおり悲しい小説では答え [続きを読む]
  • フルーツトマトを見くびっていた
  • 昨日から出張。晩は行きつけのお店で食事をしながら酒を呑む。献立も夏の料理に変わっているので戸迷うが、暑いときには豚肉が良いと聞いたことを思い出して角煮を頼む。口にしてみると何の抵抗もなく肉が解(ほど)け、しかし軟体ではない絶妙の歯触りだ。少量の和辛子との相性は堪らなく、天女の舞というような精神状態となる。いつものカニグラタンに移る前に、少し野菜を食べたくなり、訊ねてみると今日はサラダの用意が無い。思 [続きを読む]
  • 韓流ドラマへの憧憬
  • 待ちに待った韓流ドラマが始まる。あの女優を観られると思うだけて心昂る。彼女が出ている作品は、悲劇であろうとも清く感じられ、自分の周囲の空気まで綺麗になる。彼女が発する言葉は、柔らかなマシュマロを次々と転がすようで、その音の振動はどんな世界をも美しいものに変える。『師任堂(サイムダン)、色の日記』(2017年)。中世の李氏朝鮮時代の女流画家、申 師任堂にまつわるドラマだ。※サイムダンの肖像は韓国の5万ウォン紙 [続きを読む]
  • まだまだ小津を浅読みである
  • 『精読 小津安二郎 ‐死の影の下に‐』(中澤千磨夫、言視舎)を読了。映画の中身を小説を読むように丹念に解き明かす、ということが出来るようになったゆえの精読とある。ビデオの登場によるものが大きいとしていて、たしかに本を読むかのように再生や巻き戻し、ポーズやコマ送りも出来るこの文明の利器がもたらした遣り様だ。名作の数々が仔細な読み解きや、取材を通して行われていく様は、驚きを通り越して圧巻である。精読の様 [続きを読む]
  • 『死の棘』を観る
  • こんなに原作に忠実に出来るのか、と深く暗い吐息をつきながら観終えた。『死の棘』(松竹、小栗康平・監督、1990年)。何を記載しても無駄に思えるほど、どよんとした大きな水溜まりのなかに放り込まれた感じがするが、それはそのままで良いのだと思った。つまり文句なくの秀作で、何度も見返したい作品となった。このDVDは小栗康平コレクション(駒草出版)のなかに収められていて、別冊で小栗監督と文芸・映画評論家である前田 [続きを読む]
  • 夢物語で俳優たちの生業を観る
  • 今朝の夢は、映画撮影の現場に遭遇する話。故あって、地方の宿に宿泊することになった。そこでは映画のスタッフが定宿にしていて、昼夜問わず撮影が進められている。老若男女の俳優も、それぞれの部屋に分かれて宿泊している。僕の視点は、俳優の日々の動きを追跡するものに変わっている。映画に出演する人たちを、外から眺めるというような感じだ。驚き、かつ嬉しくなったのは、松竹、東映、角川映画などで活躍した映画俳優たちが [続きを読む]
  • 素朴な壁画に癒される
  • 仕事で上野駅をたびたび通過するようになった。桜の季節のすこし前からは、改札口前広場には桜の造木、造花が飾ってあったりしてちょっと和ませる。今週も通過したときに、ふと天井と壁を見やると、そこには素朴なタッチの壁画がある。何度も何度も通っているのに何故気付かないでいたのか不思議なのだが、マティスとゴーギャンと幼稚園児の絵を足して三で割ったような按配の作品で、 それが「自由」という題の 猪熊弦一郎によるも [続きを読む]
  • サンクトゥスによる朝の礼拝
  • だいぶん前のことだけれど、カラヤンが指揮したアダージョ系の楽曲集CDが流行していた時期があった。タイトルも『アダージョ』で数種類出ていて、僕ももちろんそのなかの1枚を持っていた。それは耳を傾けているだけで心が鎮まり、透明さを通して永遠というものにすこし晒されるものだったのだけれど、いろいろな作曲家がとっかえひっかえ出てくるので、それぞれの曲想の違いに応じてシフトギアを少々調整しなければならないところ [続きを読む]
  • 己の感性の高揚を恍惚に変えて生きた男のハードボイルド
  • 先週末から根を詰めてページを繰ってきた小説を読了。『名誉と恍惚』(松浦寿輝、新潮社)。本当は夏休み用に取っておこうと思っていたのだけれど、小説の舞台の場所に出張することになっていて、どうしても気になって読み始めたら止まらなくなって、気が付いたらぐいぐいと戦前のその世界に引きずり込まれていた。惹きこまれていたのではなく、引きずり込まれた。“人種も国籍も貧富の階級もキメラ状に渾然一体となったこの上海租 [続きを読む]
  • 『恋妻家宮本』に心洗われる
  • ほとんど期待もせずに出張帰りの機中で観たのは、阿部寛と天海祐希主演の『恋妻家宮本』(遊川和彦監督、2017年、東宝)だった。→http://www.koisaika.jp/それが半分滂沱の涙に溢れてしまい、またもやキャビンアテンダントの視線を避けるのに大変なことになってしまった。学生時代に結婚し、子供も社会に巣立っていった50歳の夫婦、宮本陽平と妻・美代子に、二人きりの生活が始まっていく。中学校の国語の教師をしている陽平は、 [続きを読む]
  • 女がジャズを好きになるとき
  • いささか出遅れた感はあるが、映画『ラ・ラ・ランド』(2016年)を観た。これは今年になってから観た映画のなかでは自分としては最高のもので、最後のシーンまで楽しめた。そして感涙してしまった。もともと戦前戦後のMGM系ミュージカルが好きだった(それはあの『ザッツ・エンタテインメント』による触発啓発が大きい)ので、たいていのミュージカル映画は好きなのだけれど、この作品は、新しいタイプのミュージカル映画の形を提示 [続きを読む]