プーちゃん さん プロフィール

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プーちゃんさん: いつか迎えに来てくれる日まで
ハンドル名プーちゃん さん
ブログタイトルいつか迎えに来てくれる日まで
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/youchan1201/
サイト紹介文たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2010/07/09 15:46

プーちゃん さんのブログ記事

  • 俺はかみさんと出会うために産まれてきた。
  • 人は皆、幸せになるために生まれてくるんだと思う。人を愛し、人に愛されるために生まれてきて、幸せになるんだと思う。そこに例外はない。そう思いたい。・・・俺の前半生は、不幸だった。毒親、とりわけ母親の撒き散らす毒に冒され、俺も、俺の父親も、俺の妹も苦しんでいた。俺は、そんなモノのために生まれたんじゃない。母親のモラルハラスメントに苦しめられるため、母親のサディスティックな欲望を満たすために生まれたんじ [続きを読む]
  • 俺はプーちゃん
  • 俺の本名は「アライサトシ」という。学生時代の友達も、今の会社の友達も、俺のことを「アラちゃん」とか「アライちゃん」と呼ぶ。会社の部下は、俺のことを「課長」と呼ぶ。だが、かみさんにとって、俺は「プーちゃん」だった。世界でただ一人、かみさんだけが俺を「プーちゃん」と呼んでくれた。・・・平成2年の春、かみさんと俺が付き合い始めた頃、かみさんは俺を「アライ君」と呼んでいた。だが、平成3年4月に同棲し始めた頃 [続きを読む]
  • 結局、そういうことだ。
  • 本題に入る前に。不良オヤジさん、わすれな草さん。いろいろと心配してくれてありがとうございました。体調は回復に向かっていると思います。週が開けても回復していないようなら、別の病院で精密検査を受けるつもりです。・・・かみさんが亡くなった後、俺がさまざまな感情に襲われたことは、これまでのブログにも再三綴って来た。 それらの感情の中には、「怖い」という感情が混じっていた。 だが最近、改めて気づいたことがある [続きを読む]
  • 人間にとって、最も幸せなこと
  • 人間にとって、最も幸せなことって何だろう。人間にとって、一番大切なことって何だろう。それはきっと、自分が最も愛する人のために、自らの命を削ること。それはきっと、自分の一番大切な人のために、自らの命を捨てること。俺にとっても、そうだった。・・・産まれてから今日までの間、俺が一番幸せだったのは、かみさんの闘病中だったかもしれない。言うまでもなく、かみさんの闘病中は、俺にとって、最も辛い日々でもあったの [続きを読む]
  • 哀しみにも意味があるはずだ。
  • かみさんを喪った後の人生。俺の余生。たった一つの俺の光、唯一の俺の生きがい、生きる気力の源。そんなかみさんを喪った後の俺の人生。そこには何か意味があるんだろうか。・・・もし、かみさんに出会わなかったら、俺はどんな人生を送ってきただろうか。毒親の元に産まれてしまい、人間関係が上手く作れなかった俺。家を飛び出し、新聞配達をして大学の学費と生活費を稼いでいた俺。そこまでは分かる。だが、それ以降の人生を思 [続きを読む]
  • かみさんの死と同時に失ったもの
  • いつの頃だったろう。 以前、「自分探し」が流行した時期があった。 「本当の自分」に出会うために、セミナーに通ったり、本を読んだり、あるいは宗教に入ったり。 そんなことが流行した時期があった。 俺は別にそういう風潮を否定しようとは思わなかった。 そういうことに関心を持つ人々を悪く言うつもりもない。 ただ、かみさんと俺は、そんな風潮には全く無関心だった。 ・・・ そもそも「本当の自分」とは何か。 「本当の自分 [続きを読む]
  • 心の空洞に棲むもの
  • かみさんを亡くした哀しみ。心にポッカリと開いた大きな空洞。第三者は時が解決してくれると言う。だが、俺は時間などに解決されたくないと思っている。俺はかみさんを喪った哀しみを無くしたくない。生涯、心に大きな穴を抱えて生きていきたい。第三者から見れば異様だろう。哀しみという負の感情など、さっさと捨て去って、元気に生きていきたいと願うのが人間だ。そう思っている人が多い。・・・なぜ哀しみから解放されたくない [続きを読む]
  • みんな悲しんでいる人が嫌いだ。
  • ある心理カウンセラーのホームページを見た。そこには、「人間は、伴侶と死別して悲しんでいる人の姿を見ていたくない」、「伴侶と死別して悲しんでいる人の姿、苦しんでいる姿を見たくないのが人間という生き物だ」と書いてあった。まさにその通りだろう。このホームページには、以下のようにも書いてあった。周囲の人たちは、「さっさと元気をだせよ」、「生きていれば、今後、良いこともあるよ」、「いつまでも、そんなに悲しん [続きを読む]
  • 世界は幸せな人のためにある。
  • 愛する伴侶と死別して、どんなに悲しかろうと、寂しかろうと、辛かろうと、会社では、負のオーラを放ってはならない。半身を削ぎ落され、心に空洞を抱えていようと、会社では明るく元気に振舞わなければならない。部下たちが冗談を言い合って笑っていれば、一緒になって笑わなければならない。積極的に冗談を言って、部下たちを笑わせてあげなくてはならない。管理職である以上、職場の飲み会には必ず出席しなければならない。率先 [続きを読む]
  • さまざまな死別の光景
  • 40歳を過ぎれば、たくさんの死別の光景を見る。俺だって、これまでに大勢の人と死別してきた。俺の人生の中で、最初に死別したのは、母方の祖父だ。祖父が亡くなったのは、俺が3歳くらいの時だった。祖父は肺癌で亡くなった。確か50歳代だったと記憶している。亡くなる時、俺は、祖母、俺の実母と一緒に祖父の枕もとにいた。泣き崩れる祖母の涙を、俺が拭ってあげたことを覚えている。祖父は俺を可愛がってくれたが、祖父の死は、 [続きを読む]
  • 心のどこか奥底で
  • 心のどこか奥底で、俺はかみさんが生き返ると思っているのかもしれない。一晩眠って、朝起きたら、翌日にはかみさんが生き返っている。心の奥底で、俺はそう期待しているのかもしれない。朝目覚めた瞬間、「あっ…、容ちゃんがいない…」と気づく。「せっかく一晩寝たのに、容ちゃんは生き返ってない…」、そう感じて絶望的な気持ちになる。そもそも、亡くなった人が生き返るわけがない。そんなことは分かっている。それなのに、か [続きを読む]
  • 俺のことなんか、どうだっていい。
  • 会社の本社ビルの中を歩いていると、時折、かつての同僚に出くわすことがある。かみさんが元気だった頃、俺と一緒に困難業務をこなしてきた“戦友たち”であり、かみさんの通夜・告別式のとき、お香典や供花を出してくれた人たちだ。彼らは、久しぶりに会った俺の顔を見ると、「奥さんが亡くなったばかりの頃から見れば、少し元気そうに見える」という趣旨のことを言う。俺の元上司であろうと、俺の元部下であろうと、あるいは友人 [続きを読む]
  • 手をつなごう。
  • 容ちゃんと手をつなぎたい。容ちゃんの手を握りしめたい。容ちゃんの温かい体温に触れたい。容ちゃんのやわらかい肌に触れたい。…女性の場合、幼少時には親に手を引かれ、小中学生や高校生、大学生になっても友達と手をつないで歩いていたりする。そこに不自然さはないし、気持ち悪くもない。だが一方、男性は女性に比べ、他人と手をつながなくなる年齢が早い。ガキのころは親と手をつないでいたかもしれないが、小学生にもなると [続きを読む]
  • 憂鬱な日々と眠りの中の安息
  • 毎日が憂鬱でしかたがない。かみさんが元気だった頃、あれほどテンションの高かった俺(かみさんは俺よりもテンションが高かったけど)が、今では慢性的な抑鬱状態だ。生きていることが面倒くさくて、早く老人になりたいと願いつつ、日々を送っている。そんな俺にも安息が訪れる。それは眠っている間だ。眠っている間だけは、かみさんの死も、かみさんの不在も、俺の意識には上らない。悲しみからも、寂しさからも自由になれる。だ [続きを読む]
  • かみさんと俺みたいだ。 (再掲)
  • ごく稀にだが、テレビでこのCMを見かける。このCMが始まると、俺はテレビに釘付けになってしまう。このCMに出てくる夫婦。夫役はリリー・フランキーさん、妻役は深津絵里さん。この夫婦、まるで、かみさんと俺みたいだ。 夫は会社員。会社では、職場のリーダー、管理職を務めているように見える。一方、家では妻が家事をこなしてくれている。俺たち夫婦と同じだ。CMの中の妻が仕事を持っているのに対し、うちのかみさんは専業主婦 [続きを読む]
  • 後悔と罪悪感 (5)
  • 1月6日の金曜日、午前3時半すぎに目が覚めた。いつもの中途覚醒だ。その後、再び眠りに就くことができたが、その間、俺は夢を見た。俺はテーブルの前に座っていた。そして俺の向かいには、かみさんと、どういうわけか俺の実父(俺が16歳の時に突然死した)が座っていた。俺はテーブル越しに、かみさんと実父を罵っていた。自分がどんな言葉を吐き出していたのかは覚えていない。だが、俺のキツイ言葉を聞いて、かみさんが傷ついて [続きを読む]
  • 記念日反応 〜年末年始の希死念慮〜
  • 記念日反応は、亡くなった人の祥月命日や月命日だけに起こるとは限らない。また、亡くなった人の誕生日や結婚記念日だけに起こるとも限らない。ゴールデンウィークや夏休み、クリスマス、そして年末年始など、世間が華やぐ時期にも起こり得るのだそうだ。・・・2016年12月28日。仕事を終えた俺は、かみさんの実家に向かった。羽田空港から新千歳空港へ、そこから快速に乗って、かみさんの実家に到着したのは午後11時近かった。そし [続きを読む]
  • 思慕 〜かみさんに会いたい〜
  • 俺はいつだって、かみさんに会いたい。俺はいつだって、かみさんの手を握り、かみさんの髪に触れ、かみさんを抱きしめたい。それができないなら、せめて一緒に笑っていられるだけでいい。かみさんが元気だった頃。会いたい、抱きしめたいという想いは純粋だった。そこに余分な感情の入り込む余地などなかった。会社から帰ればいつでも会えたし、いつだって抱きしめることができたからだ。だが、今は違う。会いたい、抱きしめたいと [続きを読む]
  • 独居老人の想い
  • 今回の記事に書いた「独居老人の想い」。一般化しすぎると、お叱りを受けるかもしれない。あくまでも、俺の身の回りにいる「独居老人の想い」を綴ったものであり、決してすべての独居老人が同じ想いだと強弁するつもりはない。・・・俺の周囲にいる独居老人たちは、ずっと独身だったわけではない。皆、元々は配偶者がいた。中には子どものいる人もいる。なのになぜ「独居」になったのか。それは言うまでもない、配偶者が先立ったか [続きを読む]
  • この残酷で不条理な世界
  • 多くの人々にとって、この世界は優しくて、暖かい。みんな笑顔で、幸せな人生を謳歌している。だが、一部の人々に対しては、世界は別の表情を見せる。一部の人々にとって、この世界は不条理で、残酷で、理不尽だ。一部の人々の人生は、辛くて苦しいことばかりで、悲しみに満ち溢れている。生きている間に、悲しいこと、苦しいことが、たくさん襲いかかってくる。その悲しみや苦しみから逃れるために、自ら死を選ぶ人もいる。だが、 [続きを読む]
  • 複雑性悲嘆 (8) 〜焦燥〜
  • これまでにも何度か書いてきたが、2015年2月、俺は「複雑性悲嘆」と診断された。ちなみに診断したのは、俺が通院しているメンタルクリニックの主治医ではない。某医療系の大学で准教授を務めている臨床心理学の博士だ。ちなみに「複雑性悲嘆」とは、「死別から6か月以上(1年以上と言う臨床心理士も少なくない)にわたって激しい悲しみが持続する」と同時に、「社会的、職業的な役割が果たせなくなり、日常生活に支障をきたしてし [続きを読む]
  • 元旦の儀式 (再掲)
  • 2010年。かみさんが亡くなった年だ。この年の正月。例年通り、かみさんと俺は、北海道にあるかみさんの実家に遊びに来た。かみさんは元気だった。本当に元気で、楽しそうだった。癌になっているなんて、これっぽっちも感じることはできなかった。かみさんに誘われるまま、俺たち二人は、札幌の街を散策したり、ラーメンを食べに行ったりした。また、かみさんと義母、2人の義弟と俺は、5人で一緒に「年越しそば」や「おせち料理」に [続きを読む]
  • 悲しみとともに歩む。
  • 世界で一番大切な人を喪えば、誰だって悲しい。その悲しみは、あまりにも激しくて、遺された者の心と身体を切り刻み、生命力を減退させる。愛する人の死とともに、半身が削ぎ落とされ、心にはポッカリ大きな穴が開き、周囲の世界が自分から遠ざかっていく。幸せで、平穏で、笑顔の絶えなかった日々は足元から崩れ落ち、いくら泣き叫んでも、もう二度と幸せだった頃には戻れないことを知って絶望する。悲しみは大きな質量を持ち、心 [続きを読む]
  • 容子の生きた証
  • かみさんと俺との間には、子どもがいない。このことは、過去の記事の中でも何度か触れたと思う。子どもを作らないということは、かみさんと俺が相談して決めた。もうずいぶんと昔のことだ。そうは言っても、その後もずいぶんと悩んだものだ。20歳代、30歳代の頃は、時折、「やっぱり子ども作ろうか?」などという話題が出た。かみさんと二人で散歩をしている時などに、子どもを連れた夫婦とすれ違うと、やっぱり羨ましく感じたもの [続きを読む]
  • 「良いお年を〜」と言われても…
  • 12月28日は会社の御用納めだった。終業時間後、俺の所属する部の管理職だけで飲み会(打ち上げ)をやろうということになった。メンバーは部長が1名、課長が俺を含めて7名。合計で8名。だが、先日の記事に書いた通り、俺は夜の飛行機で北海道(かみさんの実家)に向かわなければならない。俺は飲み会(打ち上げ)を欠席した。・・・終業時間が過ぎて、俺は執務室を出ようとした。出口には、飲み会に出席する予定の管理職がたむろし [続きを読む]