プーちゃん さん プロフィール

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プーちゃんさん: いつか迎えに来てくれる日まで
ハンドル名プーちゃん さん
ブログタイトルいつか迎えに来てくれる日まで
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/youchan1201/
サイト紹介文たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供345回 / 365日(平均6.6回/週) - 参加 2010/07/09 15:46

プーちゃん さんのブログ記事

  • 人間は誰だって…
  • 2月22日の水曜日。精密検査の結果を聞くため大学病院に行った。診察の予定時間は9時ジャストだったが、結局30分ほど待たされて、診察室に入った時には9時半を過ぎていた。担当の医師は、肝臓の専門医。優しそうな人だった。・・・病名は「肝硬変」。画像検査(CT)の結果によれば、肝臓がかなり肥大しているそうだ。また、脾臓に腫瘍が見つかったが、医師によれば、おそらく良性だろうとのことだった。合併症については、「胃や [続きを読む]
  • 死の恐怖が消えた 〜すべてを受け容れた瞬間〜
  • かみさんが亡くなってから、俺はアルコールに溺れてきた。一日当たり、焼酎をストレートで5合(900ml)も飲んでしまう。その他に、ウィスキーやブランデーを飲んだりもしてきた。かみさんを喪った悲しみから目を逸らしたい、かみさんのいない寂しさをごまかしたい、カラッポで虚しい人生から逃げ出したい、そんな気持ちで酒を飲み続け、数年が経った。・・・そんな生活を続けてきたからだろう。年末くらいから、様々な症状が出て [続きを読む]
  • 権力への意志 〜人間は誰だって、井の中の蛙だ〜
  • 冒頭からこんなことを言うのもなんですが、念のためにお伝えしておきます。今日からブログ復活!というわけではありません。…わざわざ「ポスト構造主義」の成果を引用するまでもなく、「人間は誰だって、井の中の蛙」だ。もちろん俺も「井の中の蛙」だし、決して鳥瞰することも、俯瞰することもできはしない。人間は、生まれ持っての素質、生育環境や教育、その後の様々な体験を経て、誰もが独自の「フィルター」を持つようになる [続きを読む]
  • Find The Way
  • 今日からブログ復活!というわけではありません。現在も体調不良は続いています。病院で精密検査を受けましたが、結果が分かるのは2月22日。結果次第では入院することになるかもしれませんし、余命を宣告される可能性もあります。それはそれとして、今回はみなさん(アンチ・プーちゃんは除く)に聞いて頂きたい歌があったので動画だけ貼り付けさせて頂きました。メロディも綺麗なのですが、できれば歌詞に集中して聞いてみてくだ [続きを読む]
  • 遺族が渇望するもの
  • かみさんが元気だった頃、俺はいわゆる「唯物論者・唯脳論者」だった。人間は死んだら灰になる。人間は死んだら無になる。死後の世界など無い。「あの世」など無い。そう信じていた。一方で、かみさんは、スピリチュアルなことに多少の興味を持っていたようだ。江原啓之氏が頻繁にテレビに出ていた頃、かみさんが俺に言ったことがある。「私、スピリチュアル・カウンセリングに興味があるんだよねぇ」今振り返って思えば、かみさん [続きを読む]
  • 一日で最も哀しい瞬間
  • 夜、眠っている間は、現実から逃避することができる。過酷で悲痛な現実。かみさんがいない、寂しい現実。眠っている間だけは、そういう現実から目を逸らすことができる。一日のうちで、最も安堵できる時間、過酷な現実を忘れることのできる時間。それは眠っている時間だ。・・・だが、眠りはいずれ覚める。眠ったまま逝ってしまえれば楽になるとは思うものの、やはり眠りは覚めてしまう。眠りから覚めると周囲を見渡す。そして気づ [続きを読む]
  • 右側の空虚な空間
  • かみさんはいつも俺の右側にいた。ソファーに座って二人でテレビを視ているとき。二人で並んで散歩をしているとき。カウンターに座って寿司や天ぷら、ラーメンなどを食べるとき。かみさんはいつも俺の右側にいた。・・・もともと俺は、誰かと二人で並んで歩くとき、相手の右側を歩く習性があった。この習性は、俺が大学3年生のとき、かみさんと付き合い始めても変わらなかった。だが、かみさんにも同じ習性があったようだ。誰かと [続きを読む]
  • かみさんの49日法要の日のこと。読経の後、お坊さんにかみさんの闘病中の写真を見てもらった。明るい笑顔のかみさん、俺に向かってVサインをするかみさん。そんな写真ばかりだ。お坊さんは聞いた。「入院中の写真ですか?」俺は答えた。「ええ。癌だと分かっていたのに、明るい表情でしょう?」お坊さんは答えた。「それはね。絆です」このことは以前のブログに書いたかもしれない。・・・「それはね。絆です」この言葉の意味する [続きを読む]
  • 「良い人生だった」と言いながら死んでいけるか?
  • かみさんが癌と診断される前年、かみさんの伯母が亡くなった。死因は肝細胞癌だった。伯母は亡くなる少し前、「あんまり良い人生じゃなかったな・・・」とつぶやいていたそうだ。そのことは、頻繁に見舞いに行っていたかみさんから聞いた。伯父はずいぶん前に亡くなった。病弱な伯父だったそうだ。病に苦しんでいた伯父は、伯母に八つ当たりばかりしていたらしい。伯母にとって、伯父との結婚生活は、決して幸せなものではなかった [続きを読む]
  • もうすぐ春が来る。
  • 春は桜の季節。桜だけじゃない。様々な花が芽吹き、自然の豊かさを実感させられる。人間も、自然の豊かさ、植物の生命力に影響されるのだろうか。なんだか前向きで、今年度も頑張るぞ!という気にさせてくれる。かみさんが元気だった頃、それが俺にとっての春だった。・・・以前のブログにも書いたが、かみさんが癌だと発覚したのは、平成22年4月26日の夕方だった。平成22年の春。この年から、俺にとって、春の意味合いが変わった [続きを読む]
  • 俺はかみさんと出会うために産まれてきた。
  • 人は皆、幸せになるために生まれてくるんだと思う。人を愛し、人に愛されるために生まれてきて、幸せになるんだと思う。そこに例外はない。そう思いたい。・・・俺の前半生は、不幸だった。毒親、とりわけ母親の撒き散らす毒に冒され、俺も、俺の父親も、俺の妹も苦しんでいた。俺は、そんなモノのために生まれたんじゃない。母親のモラルハラスメントに苦しめられるため、母親のサディスティックな欲望を満たすために生まれたんじ [続きを読む]
  • 俺はプーちゃん
  • 俺の本名は「アライサトシ」という。学生時代の友達も、今の会社の友達も、俺のことを「アラちゃん」とか「アライちゃん」と呼ぶ。会社の部下は、俺のことを「課長」と呼ぶ。だが、かみさんにとって、俺は「プーちゃん」だった。世界でただ一人、かみさんだけが俺を「プーちゃん」と呼んでくれた。・・・平成2年の春、かみさんと俺が付き合い始めた頃、かみさんは俺を「アライ君」と呼んでいた。だが、平成3年4月に同棲し始めた頃 [続きを読む]
  • 結局、そういうことだ。
  • 本題に入る前に。不良オヤジさん、わすれな草さん。いろいろと心配してくれてありがとうございました。体調は回復に向かっていると思います。週が開けても回復していないようなら、別の病院で精密検査を受けるつもりです。・・・かみさんが亡くなった後、俺がさまざまな感情に襲われたことは、これまでのブログにも再三綴って来た。 それらの感情の中には、「怖い」という感情が混じっていた。 だが最近、改めて気づいたことがある [続きを読む]
  • 人間にとって、最も幸せなこと
  • 人間にとって、最も幸せなことって何だろう。人間にとって、一番大切なことって何だろう。それはきっと、自分が最も愛する人のために、自らの命を削ること。それはきっと、自分の一番大切な人のために、自らの命を捨てること。俺にとっても、そうだった。・・・産まれてから今日までの間、俺が一番幸せだったのは、かみさんの闘病中だったかもしれない。言うまでもなく、かみさんの闘病中は、俺にとって、最も辛い日々でもあったの [続きを読む]
  • 哀しみにも意味があるはずだ。
  • かみさんを喪った後の人生。俺の余生。たった一つの俺の光、唯一の俺の生きがい、生きる気力の源。そんなかみさんを喪った後の俺の人生。そこには何か意味があるんだろうか。・・・もし、かみさんに出会わなかったら、俺はどんな人生を送ってきただろうか。毒親の元に産まれてしまい、人間関係が上手く作れなかった俺。家を飛び出し、新聞配達をして大学の学費と生活費を稼いでいた俺。そこまでは分かる。だが、それ以降の人生を思 [続きを読む]
  • かみさんの死と同時に失ったもの
  • いつの頃だったろう。 以前、「自分探し」が流行した時期があった。 「本当の自分」に出会うために、セミナーに通ったり、本を読んだり、あるいは宗教に入ったり。 そんなことが流行した時期があった。 俺は別にそういう風潮を否定しようとは思わなかった。 そういうことに関心を持つ人々を悪く言うつもりもない。 ただ、かみさんと俺は、そんな風潮には全く無関心だった。 ・・・ そもそも「本当の自分」とは何か。 「本当の自分 [続きを読む]
  • 心の空洞に棲むもの
  • かみさんを亡くした哀しみ。心にポッカリと開いた大きな空洞。第三者は時が解決してくれると言う。だが、俺は時間などに解決されたくないと思っている。俺はかみさんを喪った哀しみを無くしたくない。生涯、心に大きな穴を抱えて生きていきたい。第三者から見れば異様だろう。哀しみという負の感情など、さっさと捨て去って、元気に生きていきたいと願うのが人間だ。そう思っている人が多い。・・・なぜ哀しみから解放されたくない [続きを読む]
  • みんな悲しんでいる人が嫌いだ。
  • ある心理カウンセラーのホームページを見た。そこには、「人間は、伴侶と死別して悲しんでいる人の姿を見ていたくない」、「伴侶と死別して悲しんでいる人の姿、苦しんでいる姿を見たくないのが人間という生き物だ」と書いてあった。まさにその通りだろう。このホームページには、以下のようにも書いてあった。周囲の人たちは、「さっさと元気をだせよ」、「生きていれば、今後、良いこともあるよ」、「いつまでも、そんなに悲しん [続きを読む]
  • 世界は幸せな人のためにある。
  • 愛する伴侶と死別して、どんなに悲しかろうと、寂しかろうと、辛かろうと、会社では、負のオーラを放ってはならない。半身を削ぎ落され、心に空洞を抱えていようと、会社では明るく元気に振舞わなければならない。部下たちが冗談を言い合って笑っていれば、一緒になって笑わなければならない。積極的に冗談を言って、部下たちを笑わせてあげなくてはならない。管理職である以上、職場の飲み会には必ず出席しなければならない。率先 [続きを読む]
  • さまざまな死別の光景
  • 40歳を過ぎれば、たくさんの死別の光景を見る。俺だって、これまでに大勢の人と死別してきた。俺の人生の中で、最初に死別したのは、母方の祖父だ。祖父が亡くなったのは、俺が3歳くらいの時だった。祖父は肺癌で亡くなった。確か50歳代だったと記憶している。亡くなる時、俺は、祖母、俺の実母と一緒に祖父の枕もとにいた。泣き崩れる祖母の涙を、俺が拭ってあげたことを覚えている。祖父は俺を可愛がってくれたが、祖父の死は、 [続きを読む]
  • 心のどこか奥底で
  • 心のどこか奥底で、俺はかみさんが生き返ると思っているのかもしれない。一晩眠って、朝起きたら、翌日にはかみさんが生き返っている。心の奥底で、俺はそう期待しているのかもしれない。朝目覚めた瞬間、「あっ…、容ちゃんがいない…」と気づく。「せっかく一晩寝たのに、容ちゃんは生き返ってない…」、そう感じて絶望的な気持ちになる。そもそも、亡くなった人が生き返るわけがない。そんなことは分かっている。それなのに、か [続きを読む]
  • 俺のことなんか、どうだっていい。
  • 会社の本社ビルの中を歩いていると、時折、かつての同僚に出くわすことがある。かみさんが元気だった頃、俺と一緒に困難業務をこなしてきた“戦友たち”であり、かみさんの通夜・告別式のとき、お香典や供花を出してくれた人たちだ。彼らは、久しぶりに会った俺の顔を見ると、「奥さんが亡くなったばかりの頃から見れば、少し元気そうに見える」という趣旨のことを言う。俺の元上司であろうと、俺の元部下であろうと、あるいは友人 [続きを読む]
  • 手をつなごう。
  • 容ちゃんと手をつなぎたい。容ちゃんの手を握りしめたい。容ちゃんの温かい体温に触れたい。容ちゃんのやわらかい肌に触れたい。…女性の場合、幼少時には親に手を引かれ、小中学生や高校生、大学生になっても友達と手をつないで歩いていたりする。そこに不自然さはないし、気持ち悪くもない。だが一方、男性は女性に比べ、他人と手をつながなくなる年齢が早い。ガキのころは親と手をつないでいたかもしれないが、小学生にもなると [続きを読む]
  • 憂鬱な日々と眠りの中の安息
  • 毎日が憂鬱でしかたがない。かみさんが元気だった頃、あれほどテンションの高かった俺(かみさんは俺よりもテンションが高かったけど)が、今では慢性的な抑鬱状態だ。生きていることが面倒くさくて、早く老人になりたいと願いつつ、日々を送っている。そんな俺にも安息が訪れる。それは眠っている間だ。眠っている間だけは、かみさんの死も、かみさんの不在も、俺の意識には上らない。悲しみからも、寂しさからも自由になれる。だ [続きを読む]