プーちゃん さん プロフィール

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プーちゃんさん: いつか迎えに来てくれる日まで
ハンドル名プーちゃん さん
ブログタイトルいつか迎えに来てくれる日まで
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/youchan1201/
サイト紹介文たった一人の家族、最愛の妻を癌で喪った。独り遺された男やもめが、暗闇の中でもがき続ける日々の日記。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供337回 / 365日(平均6.5回/週) - 参加 2010/07/09 15:46

プーちゃん さんのブログ記事

  • ありがとうが言えなくて…
  • あれはいつのことだったのか、はっきりとは覚えていない。たぶん平成20年前後のことだろう。平日のある日、俺が会社で仕事をしている間、かみさんは一人で池袋に遊びに出かけた。当時の池袋には、デパートの「三越」があり、かみさんはショッピングを楽しんだようだ。その際、時計屋に入り、かみさんはフランス製の腕時計を買った。俺にプレゼントをしてくれようとしたのだ。かみさんはきっと、「この腕時計を買ってあげたら、プー [続きを読む]
  • 祥月命日をめぐって (2)
  • かみさんの祥月命日がやってきた。あれから7年。俺には7年も経ったという実感がない。1日という時間はとても長い。毎日を乗り切ることがとても苦しい。淋しくて、虚しい時間は、長く感じられるってことなんだろう。それなのに、7年という月日はあっという間に過ぎ去ってしまった。何を生み出すこともなく、何を残すこともない7年間だった。ただ哀しくて、ただ淋しくて、カラッポの7年間だった。1日はとても長いのに、7年は [続きを読む]
  • 最愛の人の「遺体」
  • かみさんが死んだ。その瞬間、世界は足下から崩壊し、俺は深い奈落の底に落ちた。周囲と俺との間に見えない壁ができた。すべてが現実感を失い、スローモーションに見えた。俺の心の中に、大きな穴が穿たれた。目の前には、かみさんの遺体があった。お義母さんは泣きじゃくっていた。俺は茫然とかみさんを見つめていた。かみさんは微笑を浮かべ、全身から美しい光を放っているように見えた。…医者にとって、遺体は「物」に過ぎない [続きを読む]
  • 再び「ひとりぼっち」
  • 6月24日の土曜日。菩提寺において、かみさんの祥月命日の法要を行った。言うまでもないが、法要の施主は俺だ。その他に、義母と二人の義弟が北海道から上京し、参列してくれた。義母たちは、6月23日の金曜日に東京に来て、我が家に宿泊している。今日 (6月25日) の昼頃の飛行機で、北海道に帰る予定だ。…かみさんがいた頃はいつだって、家の中にはかみさんの気配があった。かみさんの発する賑やかで明るい雰囲気が、俺は好きだっ [続きを読む]
  • 何を見ても想い出すのは、大好きなキミのこと
  • 家の中を見回す。ダイニングには、パイン材のテーブルと4脚の椅子。全部、かみさんが気に入って買ったものだ。リビングには、テレビやパソコン、ソファーやちゃぶ台。これもみんな、かみさんが気に入って買ったものだ。寝室には、2つのベッドとミニコンポ。これらも、かみさんが気に入って買ったものだ。バルコニーには、テーブルと2脚の椅子。これだって、かみさんが気に入って買ったものだ。バルコニーからは運河が見える。た [続きを読む]
  • 二人で一緒に見た光景
  • いつでもダルくて疲れてる。鬱がひどくて落ちている。そのくせイライラしてもいる。俺の内部がザワついている。ザワつきの源が何かは知らないが、身体の中に手を突っ込んで、かきむしりたくなる。俺は心身ともにマトモじゃない。かみさんの命日が近いこともあるだろう。俺の心に土足で踏み込んでくる奴や、「死別村の村長」が俺を支配しようとしたこともあるだろう。だがそれだけじゃない。かみさんと一緒に見た光景。かみさんと二 [続きを読む]
  • 人生って辛いなぁ…
  • 全身がとてもダルい。身体が鉛のように重たい。まるで30kgくらいの荷物を背負って生活しているみたいだ (ちなみに俺は、高校生の一時期、山岳部に所属していたため、重たい荷物を背負った時の感覚は記憶に残っている) 。朝からダルかったとしても、昼間になれば元気になるとか、夕方になれば楽になるなら御の字なのだが、そういうわけにはいかない。ダルくて起床するのもしんどいくせに、時間が経つにつれてダルさは増していき、 [続きを読む]
  • 中途覚醒の地獄
  • かみさんが亡くなってから約1か月の間。俺は夜間に熟睡することができなかった。布団に入って目を閉じるのに、眠りに落ちることができなかった。ひょっとしたら、ウトウトする瞬間もあったのかも知れないが、熟睡感を得ることはなかった。毎晩、泣いていた。泣きじゃくり続けて朝を迎えた日が何度もあった。眠ることさえできれば、その間だけでも過酷な現実から逃げられる。ほんの少しでいい、熟睡したい。俺は心療内科の扉を叩き [続きを読む]
  • 分かっているから涙が出てくるんだ。
  • 梅雨に入ったせいか、天気の悪い日が多い。昼間であっても、電気を灯けなければ家の中は暗い。夜のように真っ暗であれば、気分も落ち着くのだが、中途半端な暗さは、かえって心をザワつかせる。まるで狭い牢獄の中に閉じ込められたみたいだ。周囲の壁が、俺に迫ってくるみたいだ。閉塞感、圧迫感がハンパじゃない。心が重たい。鬱がつらい。潰れてしまいそうだ。外出すれば、多少の解放感を得ることはできる。だが、そこは家族づれ [続きを読む]
  • もう立ち直った?と聞かれたら
  • どこにだって、下世話な奴はいる。どこにだって、伴侶を亡くした者の心を覗きたがる奴はいる。かみさんの命日が近づいているからだろうか。奴らは「もう立ち直った?」とか、「もう元気になった?」と聞きたがる。単なる社交辞令なのか、それとも好奇心なのかは知らないが、いずれにしても、奴らは俺を心配しているわけではない (そもそも俺は、奴らに心配して欲しいなんて思ってない。放っておいて欲しいと思っている) 。どうやら [続きを読む]
  • 悲しみに言葉を与えよう。
  • シェイクスピアの戯曲「マクベス」に、次のような一節がある。悲しみに言葉を与えよ。語られない悲しみは、膨らみすぎた心にささやいて、心を打ち砕くことを命じる。・・・40年以上も生きていると、俺だって、人並みに悲しいことは経験した。その中でも、とりわけ辛かったのが、毒親からの虐待だ。その虐待による深い心の傷は、様々な悲しい体験の源になった。だが、それらの悲しみは、かみさんが癒してくれた。かみさんが傍にいて [続きを読む]
  • 権力への欲望 〜死別村の村長〜
  • かみさんが亡くなってから知り合った人たちがいる。みんな、伴侶やお子さんを喪ってしまった方々だ。最初は某SNSを通じて多くの人とつながった。また、死別カテのブログを読ませて頂き、コメントを書かせてもらったことが「きっかけ」で、親しくしてもらっている人もいる。それらの関係は、とても穏やかで、争いも諍いもなく、現在でも続いている。その後、俺がブログを始めると、さまざまな経緯でたくさんの人々とつながること [続きを読む]
  • 祥月命日が近づいている。
  • 6月27日はかみさんの祥月命日だ。6月23日の金曜日、北海道からお義母さんや義弟たちが、かみさんのために上京してくれる。6月24日の土曜日、俺はお義母さんや義弟たちと一緒に菩提寺へ行く。お経をあげてもらい、お焼香をして、墓参りをするのが目的だ。その後、かみさんが好きだった鰻屋で会食をする予定だ。…かみさんの祥月命日が近づいている。俺にとって、世界で一番大切な人が死んだ日だ。そのせいだろうか。ここ最近、落ち [続きを読む]
  • 本当の孤独
  • 家に引きこもっている時。俺は完全な孤独だ。誰にも見られないし、誰とも話せない。誰とも関わることができないし、誰の意識の中にも俺は存在しない。そんなとき、俺の心は消えてしまいそうになる。本当に消えてしまえば楽になれる。だが、消えそうで消えない心を抱えているのは、あまりにも辛い。表現しがたい不安、対象のはっきりしない不安に脅える。身体の奥底が震える。薬 (抗不安剤のセルシン) を飲んで、抵抗したりもするの [続きを読む]
  • 希死念慮の変遷
  • 俺が希死念慮を抱くようになったのは、いつ頃だったんだろう。はっきりとは覚えていない。かみさんが亡くなった直後は、喪主を務めることで精一杯だった。かみさんの告別式が済むと、病院への支払いや様々な手続きに加え、49日法要の準備にも追われた。49日が過ぎると、俺は「祈りの場」を作ることに夢中になった。かみさんの写真をA4サイズに引き延ばし、たくさん印刷して、リビングの壁全体に貼ったり、遺骨ペンダントを買った [続きを読む]
  • 容子ちゃんが笑ってた。
  • 6月12日の未明。俺は久しぶりにかみさんの夢を見た。夢の中、かみさんは死に頻していた。苦しんではいなかったものの、もうすぐかみさんは逝ってしまうということが、俺には分かっていた。なんとかしなければ…どうにかして、容ちゃんを助けてあげなければ…なにがなんでも、容ちゃんを守ってあげなければ…俺は苦悩した。そして必死だった。あらゆる手段を試みた。それでも容ちゃんを救えない。最後には、俺の命をあげようと思っ [続きを読む]
  • かみさんは世界を肯定していた。
  • 比べれば、世界は「地獄」だ。比べれば、惨めになってしまう。だったら比べなければいい。自分の運命を、自分の置かれた環境を、自分の「今ここ」を受け容れる。「今ここ」が、どれほど過酷で悲痛だったとしても、それを肯定する。そんなことができたなら、少しは世界も生きやすくなるんだろう。…自分と周囲の人々とを比べてしまう。直属の上司 (部長) は俺より10歳以上も年上だが、奥さんは健在だ。俺の部下の半分以上は俺より年 [続きを読む]
  • 消滅
  • ひとつだけ確かなことがある。俺が「この世」にいる限り、絶対にかみさんには逢えないってことだ。それは仕方がない。逢いたくて、逢いたくて、とっても逢いたいけれど、どんなに願ったって、俺はかみさんに触れることはできない。だがせめて、「あの世」でかみさんを抱きしめたい。俺が死ぬとき、かみさんに迎えに来てもらいたい。そして俺は、かみさんと「ひとつ」になって、「あの世」で悠久の時を過ごしたい。だが、どうなんだ [続きを読む]
  • 無理をすること
  • かみさんが死んじゃった。世界で一番大切な人が死んじゃった。俺にはもう、何もない。だが、どんなに悲しかろうと、どんなに淋しかろうと、どんなに苦しかろうと、明るい態度や表情を崩すわけにはいかない。相当な無理をしている自覚はあるし、上司 (部長) からは「無理しすぎなんじゃないか?」と心配してもらったりもしているが、自分の部下たちを「悲嘆」に巻き込むわけにはいかず、俺は「元気で明るい課長」を演じている。無 [続きを読む]
  • かたづけられない女
  • 専業主婦だったかみさんは、家事の天才だ。料理はプロ級に上手い。洗濯だってしっかりやってくれる。そんなかみさんにも、苦手な家事がひとつだけあった。それは「かたづける」こと。かみさんは、いわゆる「かたづけられない女」だった。掃除をしないわけではない。埃がたまるのは嫌いだったらしく、週に1、2回は床掃除をしてくれた。そのおかげで、足元はいつでもピカピカだった。だが、床のあちこちに物が散乱している。部屋の [続きを読む]
  • 祈りは届かない、願いはかなわない。
  • 「思いは必ず実現する」とか「祈りは必ず届く」とか「願えば必ずかなう」とかそんな言葉をよく目にする。だが、これは嘘だ。絶対に嘘だ。・・・かみさんが癌と診断され、俺が医師からかみさんの余命を聞かされたあと俺は祈り続け、願い続けた。かみさんを守ってほしい、かみさんを助けてほしい、かみさんを死なせないでほしい…容ちゃんは絶対に死なない、容ちゃんは絶対に治る、俺が容ちゃんを守る…また容ちゃんと一緒に幸せに暮 [続きを読む]
  • 世界はこんなにも残酷だ。
  • かみさんが亡くなってから数年が経ち、最近ようやく「仮面」を被ることが上手になってきた。どんなに悲しかろうと、どんなに辛くて苦しかろうと、それらの感情を圧し殺す。感情を抑圧することで、人の精神が歪んでいくということは、精神分析学の常識だという説もあるが、社会で生きざるを得ないのなら、悲嘆を圧し殺すことも必要なんだろう。おかげで仕事は順調だ。人間関係も良好だ。悲しみは依然として俺の中にあり、内面を傷つ [続きを読む]
  • 肉体という名の「牢獄」
  • 哀しい。とっても哀しい。激しさはないものの、あまりにも深くて大きな哀しみだ。心が沈み込んでしまって動かない。身体を起こすのも億劫だ。どうやら哀しみは、大きな質量を持っているらしい。哀しみが重力に引っ張られているかのようで、心と身体が重たくて鬱陶しいのだ。そのくせ落ち着きがなくて、ザワザワしている。何かしなきゃ…とは思っても、何をする気力も起きやしない。心と身体が弛緩してしまい、真っ暗闇の中で、虚空 [続きを読む]
  • 人生で一番つらいこと
  • 年度末の3月31日のこと。4月1日付けで異動が決まった俺に、部下全員が挨拶に来てくれた。「課長!お世話になりました!」この言葉に戸惑いを感じてしまった。「お世話になったのは、俺の方じゃん…」と思ったのだ。ひととおりの挨拶と雑談が終わると、部下たちは自分の席に帰って行った。だが、ただ一人、俺のそばを離れようとしない部下がいた。課長補佐(女性)だ。俺はしばらくの間、彼女と雑談した。ふと、彼女が優しい笑顔を浮 [続きを読む]
  • 白昼夢
  • 目が覚めた状態で空想に耽ること。眠っているわけではないのに夢を見ているかのような、ストーリーのある現実味を帯びた映像を見ること。これを「白昼夢」という。中学生や高校生の頃、俺は頻繁に白昼夢を見ていた。自分の置かれた現実を否定したくて、白昼夢に溺れていたのだ。そんな癖がなくなったのが、いつ頃だったのかは覚えていない。現実に満足していれば、人間は白昼夢に溺れたりはしない。現実を肯定していれば、人間は白 [続きを読む]