ALEX さん プロフィール

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ALEXさん: Boots strap
ハンドル名ALEX さん
ブログタイトルBoots strap
ブログURLhttp://ameblo.jp/polyglotism/
サイト紹介文小さな外国語スクールの代表者が発信する日常的なエッセイ。 好奇心と知性的な笑いを心がけている。
自由文2009年暮れよりはじめて、
どこまで続くかな?

おっ、まだ続いている!

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供355回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2010/08/06 10:00

ALEX さんのブログ記事

  • 何ごとも厳しい試練を乗り越えてこそホンモノ
  • 『荀子』といえば中国古典の優れた政治思想書という表現をされる書。集録されているのは教訓であり処世術でもある。その中でも日本人に愛される言葉は「大略篇」の27にある一節。「 欲富乎。忍恥 矣。傾絶矣。絶故舊矣。與義分背矣」これは、「富を欲するのであれば、まず、恥を忍べ。こればかりは完全に行なうべし。すなわち、故旧を絶て。義と背を分てよ」もう少しわかりやすく言えば、お金持ちになろうとするならば、恥という [続きを読む]
  • どうしたらいいんでしょうね?ブログのパクリ掲載
  • またまた、危惧していたことが起こってきた。当方のブログは、アメブロのSSL 化の関係で「コピペ禁止措置」ができなくなり、容易にコピペできる状態になってしまい、そんな状態から2ヶ月が経った。やっぱり当方のブログをコピペしたブログがいくつか現れるようになってきた。それらを調査すると決まって同じスタイルのブログに行き当たる。まず、日本語が微妙におかしい。そして、わがブログをパクって語尾やキーワードにリンクが [続きを読む]
  • 人が見る夢は、いい夢が多い?それとも...?
  • 「♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか〜」と、ソクラテスは古代ギリシャの偉大な哲学者として歌われるが、そのソクラテスに著作はほとんどない。『ソクラテスの弁明』や『クリトン』『パイドン』はみんな弟子であるプラトンの手によって書かれたもの。そのプラトンが、「ソクラテスほどの偉人は他にはいない」と言い切るのだからよっぽど"Great" どという事になる。持つべきものは良き理解者の「弟子」。古代ギリシャの時代は豊かな [続きを読む]
  • 「鏡よ鏡」果たして何が映し出されるのか?
  • 人は「鏡」に神秘的なものを感じてきた。鏡には多くのものが映し出され日本人は絵巻のようにも感じ、歴史小説などを「鏡もの」と呼んだ。映し出すことに類似を感じたようだ。一方、西洋の多くの宮殿には決まって鏡ばりの部屋がある。鏡は豪華さと神秘を兼ね備える意味を持っていた。白雪姫では王妃が魔法の鏡に「世界で一番美しい女は?」と鏡に問い、アリスが鏡の国に行ったり、鏡は、その向こうに世界を持っていた。ジャン・コク [続きを読む]
  • 「旬」は到来したけど、店頭には至らず
  • 「 一富士二鷹三茄子(なすび)」は、初夢の縁起物として言われるものだが、元々は、初茄子が高騰して「高い」の意味で言われた言葉だった。これは、高いものを挙げれば、「一番に来るもの、それは富士山。二番目は、愛鷹(あしたか)山(=これは富士山の近くにある高い山)。では、三番目に高いもの?それは初茄子」というジョークだったようだ。江戸時代は、需要と供給の消費経済が進んできていた時代。初鰹・初鮭・初茄子・初松茸など [続きを読む]
  • ことの「正義」は何によって決まるのか...?
  • ギリシャの哲学者・プラトンが著した『国家』には、「正義について」という副題がついている。人はそれなりに正義に則り、正義らしいものを目ざして生きているが、実際のところ、永遠普遍の正義というものがない。昨日までもてはやされていたものが、急に逆のものに変わった例は数え切れないほどある。「贅沢は敵だ!」が「贅沢は素敵だ!」に変わる。国によって地域によって時代によって正義は変わる。この書は全10巻にも及ぶ書 [続きを読む]
  • 別次元の思考回路を働かせてみせる
  • 随分前に「水平思考」という言葉が流行った。エドワード・デノボというアメリカ人学者が流行らせたもの。これは、一つの「思考の転換のすすめ」といったもの。そこに挙げられていた例の一つに、「ある商人が、金貸しから金を借りていた。それを返済できないで困っていたところに金貸しがやってきた。金貸しは、債務者であるオヤジに娘が居るのを見ると、一つの取引を持ちかけた。「ワシの持っているこの革袋の中に黒い石と白い石を [続きを読む]
  • ちょっと苦味が利いた、いいお味?
  • 「医食同源」などという言葉がある。これは”普段の食事”こそ重要という意味。古代中国では、日常の食事を上薬(最上の薬)とし、中薬は保健的に飲むもの。下薬は病気になってから飲むものとされる。我々の薬の概念は下薬となる。こういった上薬、すなわち、古い日本の食に関する文化を担ったのが”禅宗”だった。禅宗の中でも曹洞宗の開祖・道元は食の宝典と呼ぶべき『典座教訓』を書き残している。これこそ、食の玉手箱といったと [続きを読む]
  • いつかそんな日が来ることを偲びつつ「忍ぶ恋」
  • 『葉隠(はがくれ)』は江戸時代、武士の心得として書かれたもの。著者は佐賀の鍋島藩士である山本常朝。正確には、彼が口述したものを書き取り編纂したもの。この書に出ている言葉の中で一番有名なのは、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の一節。この一節は、よく知られているが、実際に読んでみて、この部分の記憶がない。むしろ、心に残ったのは『忍ぶ恋』として知られる一節。すなわち「恋の至極は忍ぶ恋と見立て申し候。逢 [続きを読む]
  • 小説のモデルをアレコレ穿鑿するのは面白い
  • わが好きな作家のひとりである織田作之助に『可能性の文学』と題するエッセイがある。これは、想像力の可能性について書いたもの。小説とは、架空の産物。いかに頭の中で作り上げ表現していくかを説いていた。そこでは、自分の小説も、すべて架空と言い切っていたが、彼の小説の研究者によると、全てにわたってモデルがあると語っていた。実際には、それらしいモデルが居るもののようだ。檀一雄は、家族に自分の小説を読むことを禁 [続きを読む]
  • 騙(だま)しのテクニックは、相手を知ること
  • オレオレ詐欺に対して「ダマされたフリをして警察に届けなさい」というコトがよく言われる。ダマされたフリをする方法は、詐欺師を捕まえる有効手段になるようだ。世の中にダマしたり、ダマされたりはよくある話。ダマす相手より、一枚上手をいけば、ころりとひっくり返るというのが、この種の特徴。落語に『猫の茶碗』と題するネタがある。このネタを簡単に要約すると、「田舎回りをしている道具屋が、ある茶店でお茶を飲んでいた [続きを読む]
  • とんだ性癖で、身を滅ぼすことがある
  • 「厄年」というものがある。その歳あたりになると、何らかの不調があり、災厄がふりかかるとされるもの。特に男性の42歳。女性の33歳は、大厄とされる。この「厄」は、大陸からやってきた陰陽道の説いたもの。最初は公家、続いて武家、その後、庶民に広がったとされる。落語などで、「歳は幾つ?」と訊かれて「厄(やく)だ」と応えると、「ほ〜っ、『百(ひゃく)』とは若く見える」などというトンチンカンな問答がある。言った本 [続きを読む]
  • 雄弁にしゃべるよりは、沈黙の方に軍配?
  • 日本の諺として「沈黙は金」というのがある。そして、それに続く言葉として「雄弁は銀」とある。合わせると「雄弁に語るよりは、沈黙していた方が値打ちがある」という意味。この表現、イギリスでは19世紀の思想家トーマス・カーライル(Thomas Carlyle)の言葉 "Speech is silver, Silence is golden" として広く知られている。ところが、この言葉は、彼の説く所によれば彼自身の言葉ではなく、また、遠くギリシャやローマの時代 [続きを読む]
  • 「クルマ」の過去、そして未来を考える
  • 5月3日、京都で葵(あおい)祭の幕開けを告げる「流鏑馬(やぶさめ)神事」が行なわれたというニュースが出ていた。この葵祭の正式名称は「賀茂祭」。起源は古く、6世紀に遡ると言われている。祇園祭が庶民のまつりとされるのに、この「賀茂祭」は貴族が取り仕切る祭。この主役は「勅使代」となる。『源氏物語』九帖「葵」にエピソードとして出てくる。左大臣であった光源氏が、この「勅使代」となる話、いわば祭りの主役。このとき [続きを読む]
  • 「夢」の中身は、決められないが...
  • フランスの詩人ポール・ヴァレリーの『夢』に対する記述に「夢とは、自身が不在の間にしか観察できない現象だ。夢を見るという動詞は、現在形を持たないと言っても良いだろう。「夢を見る」など現在形で表わすのは修辞上の綾に過ぎない。なぜなら、「夢」について語っているのは目覚めている者だからである」と出てくる。もう少しわかりやすくいえば、「夢を見ている」という状態に時には、自分自身というものがなくなっている。そ [続きを読む]
  • 何とかならないか? 人騒がせな「一匹」
  • 四字熟語には、かなり言い得て妙というものがある。たとえば、「隔靴掻痒(かっかそうよう)」なる言葉がある。これは、足が痒(かゆ)くなって、靴の上から掻くと、本当の痒いところにズバリ当たらず、かゆみがおさまらない、というところから、はがゆくもどかしいことの意味に使われる。また、「多岐亡羊(たきぼうよう)」なる四字熟語がある。これは「コトの本筋を見失うのは愚かなことだ」という意味に使われる。この熟語には故事が [続きを読む]
  • 「験(げん)担ぎ」のおまじない色々ござる
  • 中華料理店の入り口などに「逆さ福」の文字が、赤い台紙に貼られているのを見ることがある。もちろん、これは験(げん)担ぎ。中国の風水から来ているようだが、「福」の字が逆になっているのは、「福」が天から真っ逆さまに降ってくるという意味合い。また、商店街などを歩くと、お店の奥に一億円などと書かれた模造紙幣が逆向きに貼られて居る場合もある。これも同じような発想。同様な使い方として、アメリカの南部あたりでは、自 [続きを読む]
  • 行く春を惜しみつつ過ごすひととき
  • 穏やかな春の日があたりをつつんでいる。寒さが続いていたが、ようやく、春を迎えたような気がするこの頃。今日は、港の見えるホテルラウンジでのJazz Live。回廊にはゼラニウムが揺れているJazz Vocal が響いている今日のお伴は、スコティッシュ。すなわち、スコッチウィスキー。スコットランドのキャンベルタウンからはるばる海を渡ってきた逸品。このキャンベルタウンは、一つの悲運を背負っている。長い歴史を持ち、職人ワザで [続きを読む]
  • 「手」が、ひそかに語り合う「愛の物語」
  • 「掌(てのひら)」のことを「たなごころ」という。「たな」は「手」を表す言葉で、「ごころ」はすなわち「心」。この言葉は「手の心」を意味している。たしかに、何も語らぬのに手ほど雄弁に語るものはない。男にとって伸びやかで、か細く見える女性の手は魅力的に映る。低血圧のせいなのか低体温か、はたまた末梢まで潤沢に血液が通わないのか、概して女性の手の方が冷たい。それゆえ、往年の名優・長谷川一夫が女形を演じるときは [続きを読む]
  • 夢のお告げを信じる?信じない?
  • 「夢のお告げを信じるか、信じないか?」これは非常に哲学的問題。鎌倉時代の武士、すなわち、かの『滑川』で知られる青砥藤綱(あおとふじつな)は時の執権・北条時頼が、夢のお告げで自分を重用するということを聞き知り、「夢によって人を用いるというのならば、夢によって人を斬ることもあり得る。功なくして賞を受けるのは国賊と同じである」と言って任命を辞したという話がある。この話、一理ある。やっぱり、夢に振り回される [続きを読む]
  • 恐怖体験と襲ってくるトラウマ再び
  • タイトルの「恐怖体験」とは、一年あまり前のこと。「自分自身が書いたブログ記事が、コピペされて他人のブログに並んでいる」。それまでも、薄々そのような感じには気づいていたが、一つ二つならありうるだろうと思っていたが、調べてみると、そんなどころではない。追及すると100や200単位のコピペブログが見つかった。記事にすると、1,000や2,000。コトによると、もっと、もっと。なんと、わがブログ記事が、よそ [続きを読む]
  • すべては、「終わり」から始まる
  • 映画監督フェデリコ・フェリーニは、自分の映画には、いわゆるフィナーレはない、と表現している。この真意は、一つのドラマが終わったとすれば、それは次への出発であり、すべてのものには、決して「終わり」はないというとことらしい。松尾芭蕉の句に、今ごろの季節を詠った、「行春(ゆくはる)や鳥(とり)啼(なき)魚の目は泪(なみだ)」というのがある。この俳句、一目見ただけでは、この言わんとするところが見えてこない。そこで [続きを読む]
  • 「ちゃきちゃきの江戸っ子」に対する考察
  • 「ちゃきちゃきの江戸っ子」などという表現がある。これは、純粋のお江戸生まれをいう言葉。それも一代だけではなく最低三代にわたって江戸生まれでなければ「ちゃきちゃきの江戸っ子」の称号は名乗れないというものらしい。もともとは嫡々(ちゃくちゃく)という言葉が、訛って「ちゃきちゃき」というようになった。かつての軍記ものと言われる『保元(ほうげん)物語』『平治(へいじ)物語』の時代。すなわち、平氏や源氏が擡頭してき [続きを読む]
  • 五感が交錯する、また悦ばしからず哉
  • ニューサイエンスの申し子と言うべきライアル・ワトソンは動植物など生物学に精通し、『生命潮流』『シークレット・ライフ - 物たちの秘められた生活』などの著書がある。それらは、非常に示唆的な内容を含んでいる。彼は、ロンドン動物園で重責を担ったり、フィールドワークとして世界を回ったりしていた。そういった中で書かれた『未知の贈りもの』と題する著書は、インドネシアの一つの小さな島ヌス・タリアンで過ごした体験が [続きを読む]
  • 『デルフトの眺望』に描かれた「雲」
  • 17世紀のオランダの画家フェルメールの絵画作品に対する愛好家はかなりいる。ことによると、日本全体が彼のファンと思えるほどの熱狂を示したりする。そんな人気画家だが、彼の作品としては30から36程度の作品数しかない。意外に寡作。そんな彼の作品の中でも、やはり気になるのは『デルフトの眺望』。最近は、フェルメールの作品展は人気で、作品がこぞって日本に来ることがあるが、『デルフトの眺望』は、やってこない。『 [続きを読む]