なんたろ さん プロフィール

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なんたろさん: 周縁自体(なんたろ日記)
ハンドル名なんたろ さん
ブログタイトル周縁自体(なんたろ日記)
ブログURLhttp://nantaro3.blog119.fc2.com/
サイト紹介文名古屋在住の日本キリスト教団無任所教師の日記です。時事、キリスト教ネタ、日記等を記しております。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2010/08/20 21:02

なんたろ さんのブログ記事

  • 『平和への犠牲』(マタイ福音書9:9〜13))
  • 『平和への犠牲』(2017/8/6)マタイによる福音書 9章 9〜13節平和聖日の課題 日本において8月は戦争の記憶抜きに、語ることは出来ません。今日、8月6日にヒロシマ原爆記念日、8月9日にはナガサキ原爆記念日、そして8月15日には、終戦記念日として、様々な追悼式典が行われます。日本基督教団としても多くの教会において、8月第一週の礼拝を平和聖日として守られます。いわゆる太平洋戦争、15年戦争、第二次世界大戦の終戦 [続きを読む]
  • 『誰が種を蒔いているのか』(ルカによる福音書8:4〜15)
  • 『誰が種を蒔いているのか』(2017/7/16)ルカによる福音書 8章 4〜15節聖書の読まれ方と解釈すること今日の「種蒔きのたとえ」は、結構に頻繁に読まれる箇所であります。またイエスは、いくつかの「種」を用いたたとえをおっしゃっています。主なモノとして、今日お読みしました「種を蒔く人」のたとえ、「成長する種」のたとえ(マルコ4:26-29)、これはルカには納められていません。そして、「からし種」のたとえ(ルカ13: [続きを読む]
  • 『癒やしにつながる祈り』(マルコ福音書9:14〜29)
  • 『癒やしにつながる祈り』(2017/7/2)マルコによる福音書 9章 14〜29節律法学者と弟子たちの議論 14節最初に「一同」とありますが、先の9章2〜13節には、イエスとペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子たちが山に登って、イエスの姿が変わる記事がありましたが、その続きとして読ませるためにマルコが記した編集句でありましょう。14節をお読みします。「一同がほかの弟子たちの所に来てみると、彼らは大勢の群衆に取 [続きを読む]
  • 『罪の重さと愛の大きさ』(ルカによる福音書 7:36〜50)
  • 『罪の重さと愛の大きさ』(2017/6/18)ルカによる福音書 7章 36〜50節罪とは何か ―ユダヤ人にとって― こんな想像をしてみてください。キリスト教の神さま、またはイエスの愛の大きさを示すとして、どの「逸話」や「たとえ」を紹介するでしょうか。旧約聖書、新約聖書には、数多くのお話は数多くあります。しかし、イエス様や神さまの愛の大きさを表すのに、ふさわしいお話とふさわしくない話があるでしょう。例えば、ア [続きを読む]
  • 『神を生かすも殺すも』(ルカによる福音書 7:18〜35)
  • 『神を生かすも殺すも』(2017/5/28)ルカによる福音書 7章 18〜35節イエスとヨハネ 今日の箇所、バプテスマのヨハネとイエスさまが比較された形で記されています。バプテスマのヨハネは、イエスに洗礼を授けた預言者でありますが、すでに捕らえられており、牢屋に繋げられた状況の中に置かれています。7章18節19節をお読みします。「ヨハネの弟子たちが、これらすべてのことについてヨハネに知らせた。そこで、ヨハネは弟 [続きを読む]
  • 『キリスト教的過去・現在・未来』(マルコ福音書9:2−13)
  • 『キリスト教的過去・現在・未来』(2017/5/14)マルコによる福音書 9章 2〜13節イエスは何者か 福音書は、イエス自身が、何者であるのか、どのような存在であるのか、を記している文書であります。イエスは、キリスト(救い主)であり、メシアであり、神の子であり、ダビデの子であります。これらの言葉は、「イエスは○○である」という形で、なされます。しかし、これらの言葉は、イエスに基づく場合もありますが、人の言 [続きを読む]
  • 『神の涙という矛盾』(ヨハネ福音書11:28-37)
  • 『神の涙という矛盾』(2017/5/7)ヨハネによる福音書 11章28〜37節感情の連鎖先日、SNS(Twitterやfacebook)にこのような文章を載せました。「ちょっと前のお話。仕事で、自動車の運転をすることが多い日々です。道路には、いろいろなモノが落ちています。軍手、長靴、パイロン、ゴミ袋、言葉に出来ないモノ…など。しかし先日、目にしたモノはいろいろと想像を膨らむものでした。なんと、花束。いわゆる、葬儀や結婚式などのお [続きを読む]
  • 『律法の垣根を越えた信仰』(ルカ福音書 7:1-10)
  • 『律法の垣根を越えた信仰』(2017/4/23)ルカによる福音書  7:1〜10ユダヤにおけるローマ帝国軍 福音書にはどのような異邦人が登場するでしょうか。確認できる人を上げてみたいと思います。シリア・フェニキアの女(Mk7:24-30/Mt15:21-28)、ローマ総督だったピラト、そして、この百人隊長に代表されるローマ帝国の兵士たちであります。ローマ兵という存在。一般のユダヤ人にとっては、もっとも身近な異邦人であったでし [続きを読む]
  • 『内面における黄金律』(ルカ福音書 6:37〜42)
  • 『内面における黄金律』(2017/3/19)ルカによる福音書 6章37〜42節イエスの黄金律の特徴 今日の説教題、「黄金律」という言葉が含まれています。そして、キリスト教的には、イエスが語ったルカによる福音書6章31節の言葉、「人にしてもらいたいと思うことを、人にしなさい。」が黄金律として知られている言葉であります。しかし、ただ単に黄金律といっても、イエスの言葉だけのことではない捉え方もあります。古くは紀元前 [続きを読む]
  • 『共感共苦共同体』(ローマ12:9-21)
  • 『共感共苦共同体』(2017/3/12)ローマの信徒への手紙 12章9〜21節哀しみの記憶 2011年3月11日に起こった東日本大震災から、昨日で、ちょうど6年の時が過ぎました。時の流れの中において、徐々に悲しみの記憶が薄れていくということ、また過ちの過去というものが薄れていくことが感じます。しかし、身近な人、家族を亡くした人などにとっては、なかなかその記憶が薄れる、ということはないでしょう。またその中で、震災遺 [続きを読む]
  • 『キリストはどのような存在なのか』(マルコ福音書8:27〜33)
  • 『キリストはどのような存在なのか』(2017/2/19)マルコによる福音書 8章27〜33節救い主とは何者か ここ何年か、追いかけている学者さんで、安冨歩(あゆみ)という方がおられます。最初に私が手に取った著書は『ハラスメントは連鎖する』というものでした。彼は東大の教授で、元々は経済学の専門家で、『満州国の経済』というテーマで経済学の関係の賞を取って、様々な著書を記すようになりました。ですが最近は、女性装を [続きを読む]
  • 『隣人愛のジレンマ』 ルカ福音書10:25〜29
  • 『隣人愛のジレンマ』(2017/2/12)ルカによる福音書 10章25〜29節愛には3種類ある キリスト教における愛の説明をするときにこのような言い方を耳にされたことがあるのではないでしょうか?新約聖書が書かれているギリシャ語において「愛」は三種類あります「エロス」と「フィレオー」と「アガペー」です。そして、「フィレオー」は一般的な人間の愛、「アガペー」が神の愛である、という説明です。ちなみに、「エロス」 [続きを読む]
  • 『脱自己中心的律法主義』(マルコ福音書7:14-23)
  • 『脱自己中心的律法主義』(2017/1/29)マルコによる福音書 7章 14〜23節初めに 子どもたちと「わたしが絶対に勝つジャンケン」をしました。律法にしても、他のどのような法律にしても、ジャンケンでも、自分なりのルールや捉え方を加えると、「なんでもあり」になりますよね。でも、実際に、私たちは、キリスト教徒としても、世の中の法律とは言わずに、良識や常識にしても、自分なりの解釈なり捉え方を加えて、生きてい [続きを読む]
  • 『人と神それぞれの愛の形』(ルカ福音書6:27-36)
  • 『人と神それぞれの愛の形』(2017/1/22)ルカによる福音書 6章27〜36節日本における愛の受容 日本語における「愛」という言葉は、キリスト教が入って「愛」という言葉を広げる以前の「愛」は、男女間の愛、好色(色を好む)、「強い欲望」など、どちらかと言えば、否定的な感情として、捉えられてきました。しかし、キリスト教における「愛」の観念が入ってきますと、このように変わってきました。これは広辞苑における愛 [続きを読む]
  • 「パンとパン種の違い」(マルコ福音書8:14〜21)
  • 『パンとパン種の違い』(2017/1/8)マルコによる福音書 8章 14〜21節一つの船に乗る弟子たち 今日の箇所の直前8章13節をお読みします。「8:13 そして、彼らをそのままにして、また舟に乗って向こう岸へ行かれた。」とあります。文脈から今日の箇所が置かれている状況を捉えてみたいと思います。8章1節から10節には、4000人に食べ物を分け与えたという箇所があります。「5000人の共食の記事」(マルコ6:30-44)がよく知ら [続きを読む]
  • 『ヨセフにとってのクリスマス』(マタイ福音書1:18-25)
  • 『ヨセフにとってのクリスマス』(2016/12/18)マタイによる福音書 1章 18〜25節正しい人ヨセフ 「ヨセフにとってのクリスマス」という説教題を付けました。今日は、ヨセフの視点に立ってイエスの誕生、父ヨセフにとってに子イエスついて考えてみたい、と思います。今日お読みしましたマタイ福音書において、イエスはヨセフというダビデの家系の者を父として生まれたということが強調されています。ヨセフは、マリアが結婚 [続きを読む]
  • 『沈黙の声に聴く』(列王記上19:1-12)
  • 『沈黙の声に聴く』(2016/12/11)列王記上 19章 1〜12節エリヤの問い エリヤは、イスラエル民族の王国が南北に分裂していた時代、紀元前570年から550年頃、北側の北イスラエル王国において活動しました。今日の箇所の前の部分、列王記上の18章には、預言者エリヤとバアル神との預言者の対決の場面が記されています。首都サマリアは、ひどい干ばつに襲われ、酷い飢饉に陥っていました。それをエリヤは王国全体のヤハウェ神 [続きを読む]
  • 「時の徴を見極める」(マタイ福音書24:36-44)
  • 「時の徴を見極める」(2016/11/27)マタイによる福音書 24章 36〜44節ノアと裁きの関係 今日の最初の箇所、マタイ福音書24章36節をお読みします。(P.48)「 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。」」 裁きの時は、誰にもわからず、ただ神のみが知っているということです。またこの裁きがいつ来るのかという課題、様々な捉え方がされています。例えば、パウロは、 [続きを読む]
  • 『キリストとメシアの同床異夢』(マルコ福音書7:31〜37)
  • 『キリストとメシアの同床異夢』(2016/11/20)マルコによる福音書 7章31〜37節イエスは、メシアでありキリストである イエスは、キリスト教という文脈の中においては、三位一体の「子」としての神であります。そして同時に、新約聖書ならび福音書においては、ギリシャ語でいうところの「キリスト」この言葉は救い主を意味します。そして、ヘブライ語でいうところの「メシア」この言葉は、油注がれた者という意味ですが、「 [続きを読む]
  • 『救いを得た者の歩み』(マルコによる福音書10:46−52)
  • 『救いを得た者の歩み』(2016/11/13)マルコによる福音書 10:46〜52エルサレムへの道の途上で 今日の箇所は、バルティマイという目の不自由な人が登場します。エリコという町。エルサレムからおおよそ20Kmの距離にある町です。そして、イエスと弟子たちがどのような状況の中にあったかと言えば、いよいよエルサレムに近づいていく中で、弟子たちの心はある思いで盛り上がっていた、と考えられます。同じ10章の少し前の [続きを読む]