けん さん プロフィール

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けんさん: ぶらり歴史旅一期一会
ハンドル名けん さん
ブログタイトルぶらり歴史旅一期一会
ブログURLhttp://poreporetraveler.blog96.fc2.com/
サイト紹介文戦国武将にまつわる史跡と近代建築をテーマに全国各地色々巡っているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供140回 / 365日(平均2.7回/週) - 参加 2010/08/22 16:46

けん さんのブログ記事

  • 山長菓舗(兵庫県明石市)
  •           JR・山陽電車明石駅からまっすぐ海のある南へ向かう途中銀座通りにある山長菓舗。数年前に店構えは明るい洋菓子店へと大きく変わりましたがパティシエの息子さんで7代目、6代目の奥様に伺ったところ200年はゆうに超えているとのことでしたので明石で現在も営業している和菓子屋の中では1・2を争う古いお店になりそうです。洋菓子は店内、6代目の作る和菓子は改装前の古い店舗時代と同じ店頭で木箱に入れられて [続きを読む]
  • 空印寺(福井県小浜市)
  •               元々は若狭守護武田氏の平時の居館のあった場所に藩主京極忠高が父高次の牌所として泰雲寺を建立、京極家転封後に小浜藩主となった酒井忠勝が父忠利の霊骨を移して建康寺と称し、酒井忠直が父忠勝7回忌が行われた寛文8年に伽藍を増築し現在の空印寺と名を改めています(曹洞宗)。           本堂           八百比丘尼入定の地人魚の肉を食べたことで不老長寿を得るも夫などに [続きを読む]
  • 石窯パンの郷こころ(福井県小浜市)
  •            老舗和菓子屋の店舗を改造した石窯でパンを焼くパン屋さん。京都の手作り市や弘法市などにも出店しているそうなのでご存知の方もおられるかと思います。            先代まで和菓子屋だけに陳列棚などに和菓子の木型がいい感じに飾られています。            お店で購入したパンは2階で食べることができます。その2階もいい感じです。           2階から見た1階店舗 [続きを読む]
  • 小浜聖ルカ教会(福井県小浜市)
  •         小浜湾へ流れる南川川岸沿いにある小浜聖ルカ教会。明治30年に建てられたものを昭和初期に改造した教会で1階部分はレンガ造りとなっておりその上に礼拝堂が載る形になっています。      明治30年に建設された煉瓦造の教会堂を昭和6年に改造し,煉瓦造の1階部に木造の礼拝堂が2階にのる形とした建物。改造時の設計はバーガミニー,施工は奈良の大木吉太郎である。両者は聖公会の教会を多く手がけたが, [続きを読む]
  • 小浜城(福井県小浜市)
  •            現在は小浜神社が鎮座する場所が小浜城跡で石垣などの遺構が残されています。関ヶ原の戦い後に大津より加増された京極高次は最初若狭守護武田氏や丹羽長秀らの居城であった後瀬山城に入りますが山城と不便なため、慶長6(1601)年より新たに海に面した北川と南川河口の三角州に新たに築城を開始します。京極家が松江転封後も新たに小浜藩主となった酒井家に工事は引き継がれ寛永19(1641)年に完成、明治維 [続きを読む]
  • 高台寺(京都市東山区)
  •           秀吉の正室高台院(北政所ねね)が夫秀吉の菩提を弔うため家康の援助によって慶長11(1606)年に創建された寺で、創建当初は曹洞宗でしたが寛永元(1624)年に建仁寺の三江紹益を中興開山に招聘し臨済宗建仁寺派の寺となっています。 [続きを読む]
  • 大雲院祇園閣(京都市東山区)
  •                             普段は非公開ながら京都夏の文化財特別公開で9月30日まで一般公開されている祇園閣。正式名称は大雲院という浄土宗系単立寺院で信長の嫡男で本能寺の変で同じく自害した信忠の菩提寺として正親町天皇の勅命で天正15(1587)年に創建されたのが始まり、その後秀吉の政策で移転し昭和47年に現在の場所である大倉喜八郎(大倉財閥創業者)別邸に移転してきています。有名 [続きを読む]
  • スタバ京都二寧坂ヤサカ茶屋店
  •        京都産寧坂重伝建地区内に6月30日にオープンしたスタバ京都二丁寧坂ヤサカ茶屋店の建物は宝暦年間に桝屋喜兵衛により家敷地として開拓され、明治末年に藤井音次郎氏が洗練された意匠の貸座敷・借家群として宅地開発し、そのうちの1棟として建築されました。大塀を持つ貸席用途の和風邸宅で、昭和期からは「たて山」として平成17(2005)年まで営業され、現在は彌榮自動車株式会社が所有し重要伝統的建造物群保存地区 [続きを読む]
  • 京都産寧坂重伝建地区(京都市東山区)
  •           八坂神社、法観寺、清水寺などの門前町として古くから賑わった地域で、産寧坂から二年坂辺りは一階を店とする虫籠窓の町家、茶店がならび、二年坂から高台寺辺りは大正時代以降の二階建数奇屋風の町家が見られるなど特色ある町家、塔頭が周辺の緑と歴史的風致を形成している(文化庁文化遺産オンラインより) [続きを読む]
  • 朝霧堂(兵庫県明石市)
  •           JR・山陽電車明石駅から南へ海に向かう通り(通称銀座通り)や旧山陽道沿いには江戸・明治・大正時代創業の和菓子屋さんが複数点在しています。大正2年創業の朝霧堂もその中のひとつで明石を代表するお菓子である丁稚羊羹を作るお店の一軒ですが、特に強いのが餅菓子です。現実、杵付き餅や赤飯などもたくさん扱っており、京都のおまん屋さんのような位置付けのお店と言えるでしょうか。明石では珍しいうい [続きを読む]
  • 家邊徳時計店(京都市中京区)
  •                     京都市内中心部にある赤煉瓦造りの印象的な建物です。コンデジだとこの範囲しか写らなかったので機会あれば次回は一眼レフで撮影したいと思います。国登録有形文化財街路に北面して建つ煉瓦造2階建の店舗建築で,内部には金庫室や螺旋階段がある。1階は3連アーチを飾り,2階をセットバックさせる。エンタブレチュア,隅石に加え,豊かな装飾細部を随所に配す。三条通の近代的な町並景 [続きを読む]
  • 河井?次郎記念館(京都市東山区)
  •           土と炎の詩人と呼ばれた河井寛次郎氏の旧宅で現在は資料館として一般公開されています。河井寛次郎はこの邸宅で作品を作っていたため陶房や登り窯も備えており写真の主屋など4件が国の登録有形文化財となっています。陶芸家河井寛次郎の居宅兼工房として建設、寛次郎自身の設計と伝える。主屋は寄棟造妻入で出桁造の建築に千本格子や矢来など京都の町家の意匠を取り入れ、囲炉裏付の板敷広間の空間構成や古色 [続きを読む]
  • 長光寺(兵庫県明石市)
  •          養老元(717)年に行基が開いたという天台宗の古刹です。かっては海からも見える鶴松という樹齢600年近くになる立派な松の木が庫裡裏にありましたが昭和に入り残念ながら枯れてしまっています。                   寺は淡路島を望む播磨灘に面した屏風ヶ浦の断崖上にあります。行基が寺を開いた場所は浸食され現在は海の底になっているようです。この界隈は良質な土が取れることからたくさん [続きを読む]
  • 常楽寺(兵庫県明石市)
  •             永禄5(1562)年に釈休和尚が小庵を開いたことに始まる臨済宗妙心寺派のお寺で、正徳2(1712)年に妙心寺の末寺となっています。御本尊後ろに安置されている弁財天像や寺宝の釈迦涅槃像は秘仏となっており涅槃像は年に一度だけ公開されます。  本堂には厨子に収められた明石藩主松平日向守信之の位牌が安置されています。藩内の新田開発を奨励した信之により寺近くにある森田村も発展を遂げ森田住吉神社 [続きを読む]
  • 山内ビル(大阪市西区)
  •                     昭和8年に法律事務所として建てられた鉄筋コンクリート造り地上4階地下1階の建物で、戦後すぐから有名洋食店だったグリル青楓(2004年閉店)がかつて入っていたビルです。法律事務所として建設された事務所建築で外壁は褐色タイル貼り。一階東端の入口を花崗岩で縁取り二階の窓台装飾を垂らしてアーチの中心飾りとする。一階中央及び西にも同様なデザインの窓を設け二・三階の縦長窓の縦 [続きを読む]
  • 不室屋隣の洋館(石川県金沢市)
  •           麩で有名な不室屋さん。          そのすぐ隣に何とも古めかしい洋館があります。結構気になっている人も多いようなのですが詳細などはほとんど分かりませんでした。★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。にほんブログ村    当ブログを補完するFacebookページを始めました。よろしければご覧ください!→ぶらり歴史旅一期一会(fb版)  [続きを読む]
  • 金沢市尾張町の建物(石川県金沢市)
  •           旧松田文華堂初代は加賀藩人持組で藩家老職も務めた今枝内記家に仕えていましたが武士を辞めて染物屋に転じそこから刷毛、そして筆を扱う文具屋へと業態変えしていったそうです。           現在は廃業していますが週末にはミニ美術館のような形で見学できるそうで奈良の古梅園の墨の看板などが飾られています。廃業した現在も週2回ぐらいのペースで小さな資料館として一般公開されているそうです [続きを読む]
  • 壽屋(石川県金沢市)
  •           もと羽二重問屋の商家として使用されていたものを昭和8(1933)年精進料理専門の料亭を営むため購入し、さらに昭和10年に隣家を組み入れたものです。建物は、間口6間(10.9m)・奥行11間(19.9m)、切妻造・平入3階建てです。玄関を入って左手の奥に向かって店の間・座敷・仏間と配された部分は藩政期のもので、他は明治以降の増改築によるものと思われます。外観は間口1.5間の玄関を中央に左右いずれにも木 [続きを読む]
  • 京極スタンド(京都市中京区)
  •        昭和2年に十銭食堂として創業、今も昼間の開店から酒が気軽に飲める店なので飲み屋のイメージがありますが和洋中メニュー豊富で定食も充実しているので食堂としても利用できるお店です。内装も大理石のカウンターやテーブルなど創業時のもので一種資料館のようなレトロ感溢れるお店です。               洋風カツ丼老舗の大衆洋食店ではカツハイライといわれるメニューとほぼ同じもの。お店のホーム [続きを読む]
  • 大極殿本舗(京都市中京区)
  •           明治18年の創業当初は山城屋の屋号でしたが2代目が長崎で修行し京都で始めてカステラを焼き売り始めたお店として知られています。茶房併設の栖園は築140年の町家建築。この建物は京都市歴史的意匠建造物の指定を受けています。            カステラ          カステラの包装紙は大正時代に売り出した頃のものを復刻したもの。大正5年よりカステラを焼いているそうです。        [続きを読む]
  • 聖光寺(京都市下京区)
  •        浄土宗鎮西派のお寺で寺伝によれば当地には平安時代後期に仏師康慶の居宅があったそうで、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長の草庵があったと言われています。弁長は8年ほど法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられています。元久元(1204)年に弁長の帰郷に際して康慶がその離別を悲しみ、弁長自身の真影を草庵に奉安し聖光庵と名付けたことがこの寺の始まり。その後戦乱などで何度か焼失し天正6( [続きを読む]
  • 宮脇賣扇庵(京都市中京区)
  •           文政6(1823)年に初代が近江屋新兵衛の株を買い取り創業し、文人墨客と深い交流のあった3代目新兵衛の時代の明治20年に画家富岡鉄斎が賣扇桜という京の銘木にちなんで屋号を名付けています。京都市歴史的意匠建造物の指定を受けている店舗の天井画には明治35年に富岡鉄斎・竹内栖鳳など京都画檀の蒼々たるメンバー48人によって扇の絵柄をあしらったもので、それ以外にも北大路魯山人の作品など多数の美術品な [続きを読む]
  • 建仁寺(京都市東山区)
  •        建仁2(1202)年鎌倉幕府2代将軍源頼家が寺域を寄進し臨済宗開祖である栄西が建立した臨済宗建仁寺派の総本山ですが、創建当初はまだ天台・真言の勢いが強かったため天台・密教・禅の三宗兼学の道場でした。その後一時期火災で境内が焼失し荒廃するも東福寺を開山した円爾弁円が入り再興、正元元(1259)年に宋の禅僧蘭渓道隆(鎌倉建長寺開山)が入寺してから純粋な禅道場となっています。室町時代に入ると幕府は京都五 [続きを読む]