けん さん プロフィール

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けんさん: ぶらり歴史旅一期一会
ハンドル名けん さん
ブログタイトルぶらり歴史旅一期一会
ブログURLhttp://poreporetraveler.blog96.fc2.com/
サイト紹介文戦国武将にまつわる史跡と近代建築をテーマに全国各地色々巡っているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供150回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2010/08/22 16:46

けん さんのブログ記事

  • 大極殿本舗(京都市中京区)
  •           明治18年の創業当初は山城屋の屋号でしたが2代目が長崎で修行し京都で始めてカステラを焼き売り始めたお店として知られています。茶房併設の栖園は築140年の町家建築。この建物は京都市歴史的意匠建造物の指定を受けています。            カステラ          カステラの包装紙は大正時代に売り出した頃のものを復刻したもの。大正5年よりカステラを焼いているそうです。        [続きを読む]
  • 聖光寺(京都市下京区)
  •        浄土宗鎮西派のお寺で寺伝によれば当地には平安時代後期に仏師康慶の居宅があったそうで、その後園に浄土宗第二祖聖光房弁長の草庵があったと言われています。弁長は8年ほど法然上人の許に通い、浄土宗の法灯を受け継いだと伝えられています。元久元(1204)年に弁長の帰郷に際して康慶がその離別を悲しみ、弁長自身の真影を草庵に奉安し聖光庵と名付けたことがこの寺の始まり。その後戦乱などで何度か焼失し天正6( [続きを読む]
  • 宮脇賣扇庵(京都市中京区)
  •           文政6(1823)年に初代が近江屋新兵衛の株を買い取り創業し、文人墨客と深い交流のあった3代目新兵衛の時代の明治20年に画家富岡鉄斎が賣扇桜という京の銘木にちなんで屋号を名付けています。京都市歴史的意匠建造物の指定を受けている店舗の天井画には明治35年に富岡鉄斎・竹内栖鳳など京都画檀の蒼々たるメンバー48人によって扇の絵柄をあしらったもので、それ以外にも北大路魯山人の作品など多数の美術品な [続きを読む]
  • 建仁寺(京都市東山区)
  •        建仁2(1202)年鎌倉幕府2代将軍源頼家が寺域を寄進し臨済宗開祖である栄西が建立した臨済宗建仁寺派の総本山ですが、創建当初はまだ天台・真言の勢いが強かったため天台・密教・禅の三宗兼学の道場でした。その後一時期火災で境内が焼失し荒廃するも東福寺を開山した円爾弁円が入り再興、正元元(1259)年に宋の禅僧蘭渓道隆(鎌倉建長寺開山)が入寺してから純粋な禅道場となっています。室町時代に入ると幕府は京都五 [続きを読む]
  • 鹿島本館(福岡市博多区)
  •        博多の総鎮守である櫛田神社門前で今も旅館業を営む鹿島本館。建物は大正末期〜昭和初期に建てられた数寄屋造の和風建築で、福岡市内で初めて国の登録有形文化財となっています。表門及び塀管理棟玄関部の前に位置し,前面道路からやや退いて塀重門風に門柱を立てる。門柱と桟瓦葺の袖塀の小屋根との間には柄振板を挟み込む。塀は,南袖塀から南方に延び,管理棟宿直室前庭を囲む真壁造,桟瓦葺の屋根塀で,小壁に連 [続きを読む]
  • 森からし蓮根店(熊本市中央区)
  •           熊本独特の郷土料理の一つに辛子蓮根があります。蓮根の穴に辛子などを練りこんだものを詰め外側には黄身の衣を付けて揚げたもので、蓮根の断面が細川家の家紋九曜星に見えることもあって明治に入るまで藩主細川家のための門外不出の料理でした。その辛子蓮根をこの世に初めて出したのが新町地区にある森からし蓮根店。藩賄方だった初代平五郎が病弱だった藩主細川忠利のために増血効果がある蓮根を使った料理 [続きを読む]
  • ながさき鯨カツ弁当
  •           昔ながらの駅弁業者の駅弁事業からの撤退が相次いでいますが、新たな業者の参入も相次いでいます。長崎駅のながさき鯨カツ弁当も新たに誕生した駅弁のひとつ。製造しているくらさきは4代続く鯨肉の老舗で以前は長崎市築町で鯨料理専門店も出店されていました。現在は移転し、姉妹店割烹とんぼで鯨料理を提供されています。包装紙は歌川國芳の「宮本武蔵と巨鯨」という浮世絵が使われています。        [続きを読む]
  • 文明堂総本店(長崎県長崎市)
  •                               長崎電気軌道大波止電停の目の前にある重厚なランドマーク的な建物がカステラで有名な文明堂総本店の本店です。木造瓦葺で破風などもあるためかなり歴史のある建物に見えますが強制疎開や原爆の被害もあり、現在のこの店舗が建てられたのは戦後なんだそうです。            ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。 [続きを読む]
  • 福砂屋(長崎県長崎市)
  •           個人的に全国に展開しているカステラのお店の中では一番美味しいと思うのが寛永元(1624)年創業の福砂屋なんですが、長崎市船大工町にある本店の建物は明治時代に建てられたもので白壁に大きな格子が非常に目に焼きつきます。福砂屋の登録商標マークは蝙蝠ですが(カステラの箱などにも描かれています)、中国では蝙蝠は慶事・幸運のしるしだそうで古くより中国と結びつきの深い長崎のお店らしいと言えるでし [続きを読む]
  • 青松(宮崎県宮崎市)
  •            ホテルスカイタワー2階にあるお食事処青松で夕食。宮崎の郷土料理チキン南蛮定食を注文しました。ホテルの宿泊客は割引やウエルカムドリンク1杯サービスがあります。ご飯もおかわり出来たようですがおかずも豊富なのでこれで満腹。          肉はもも肉でしょう、肉厚でジューシーな鶏天にたっぷりのタルタルソースが合います。翌朝のバイキングでもチキン南蛮が出されていましたが肉質はまったく [続きを読む]
  • JR日南線日向北方駅(宮崎県串間市)
  •           宮崎市内からJR日南線に揺られて2時間半、日向北方駅に到着しました。木造駅舎どころか簡単な待合室程度の駅舎しかない無人駅ですが、ここまではるばる来た目的は秀吉の九州征伐の際に島津とともに最後まで抵抗した戦国武将秋月種実の菩提寺西林院を訪れるためでした。          国の天然記念物である都井岬の御崎馬と猿の観光案内板が設置されていますが都井岬へは串間駅からの方がバスやタクシー [続きを読む]
  • 井上松味堂(宮崎県日南市)
  •           このお店は現在の当主で4代目と言うことなので、100年近くの歴史はあるでしょうか。現在の地に移ってきたのは戦後だとか。店構えに派手さは全くなく地元密着と言った感じがしてきます。          お店はやはり地元密着店らしくお菓子は朝生菓子が中心で、お煎餅などは仕入れているようです。ただ今回はなぜだかカステラを食べたい心境だったのでカステラを購入。贈答用の箱入りのものもありましたが [続きを読む]
  • 日南市油津の建物(宮崎県日南市)
  • 2012年に訪れた日南市油津。同じ日南市でも飫肥は城下町ですが油津は古くより港町として発展した地区であり、現在は広島東洋カープの春季キャンプ地としても知られているこの地区には和風建築が大半の飫肥とは違い多くの近代建築が残っています。今回紹介するのは和洋様々ですがすべて国の登録有形文化財に登録されている建物です。同じく国登録有形文化財の杉村金物などは2012年にすでにアップしておりますので油津で検索いただけ [続きを読む]
  • 鳥居下公民館(宮崎県日南市)
  •           大正2(1913)年に旧鹿児島銀行日南支店として建てられた建物で、前回の旧飯田医院と同じく飫肥城下に明治以降に建てられた3件の洋風建築のうちのひとつです。現在は公民館として活用されており公文式教室などとして利用されているよう。鹿銀記念館でもあるようですが現在も記念館として公開されているのかまでは分かりませんでした。             ★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用 [続きを読む]
  • 旧飯田内科医院(宮崎県日南市)
  •           飫肥城下で明治以降に建てられた近代建築様式の建造物は3棟だけでしたが、そのうちの一軒が大正11(1936)年に建てられた飯田医院(守永家洋館)です。守永家洋館(旧飯田医院)は、大正11年(1936)建築で、木造2階建て、正面玄関を付け、左右対称で均整がとれている。正面にのみ外壁に天然スレートを使い、他の三方は下見板張りで仕上げている。医院として建てられ、1階は受付、待合室、内科、外科の診察室 [続きを読む]
  • JR日南線飫肥駅(宮崎県日南市)
  •           今回がまさかの3度目の訪問となった日向の小京都飫肥。その入口駅で飫肥城の櫓門などを意識した?感じの木造駅舎です。ただ日南線自体列車本数が少なく飫肥城下とも微妙に離れているため、観光客というよりは飫肥駅界隈に複数の高校などがあるため学生中心の利用者といった感じです。私が初めて飫肥を訪れた時、女子高生が顔馴染みになっているようで駅長さんと少し談笑していた光景がほのぼのとしていて印象に [続きを読む]
  • JR日豊本線清武駅(宮崎県宮崎市)
  •        現在は市町村合併で宮崎市となった旧清武町の代表駅。近くには宮崎大学医学部など複数の大学・短大がある文教地区で一部特急も停車しますが駅が到着する時以外は駅周辺はひっそりとした印象。一応駅員の配置されている業務委託駅です。駅舎は木造駅舎ですが新しく、和風というよりはウエスタンな雰囲気な趣き。                駅舎とは跨ぐ線橋で結ばれた島式ホーム。             ★ [続きを読む]
  • 文永寺跡 飫肥藩主伊東家僑墓(宮崎県宮崎市)
  • 長年の仇敵である島津家と国境を接している清武は飫肥藩の重要拠点であり家老など重臣を地頭として配置していました。文永寺は飫肥藩主伊東家の菩提寺報恩寺の末寺である臨済宗の寺でしたが廃仏毀釈で廃寺となり、現在は歴代藩主の僑墓や重臣、清武に住んでいた飫肥藩士の墓が残されています。             飫肥藩主伊東家僑墓藩主の墓のある報恩寺のある飫肥までは遠くて行けない清武の飫肥藩士が [続きを読む]
  • 山田越前守有信の供養塔(鹿児島県霧島市)
  •                          山田越前守有信は島津家の重臣で日向の伊東家救援の名目で遠征してきた大友家の大軍を相手に僅かな兵と居城である高城へ篭城し結果大友家大敗の遠因を作り(耳川の戦い)、秀吉の九州征伐でも耳川の戦いと同じく寡兵で高城に篭城して抵抗、島津義久の説得により開城するまで城を守っています。その武勇を秀吉より賞賛され天草4万石余りの直参大名に取り立てようとしますが辞退 [続きを読む]
  • JR肥薩線吉松駅(鹿児島県湧水町)
  •           現在は肥薩線の駅であると同時に都城とを結ぶ吉都線の始発着駅でもある吉松駅。その昔は鹿児島本線と日豊本線の分岐駅であり、それ以外にも山野線や宮之城線といった支線も担当する吉松機関区が構内に置かれ旧吉松町の人口の3割が国鉄職員とその家族といわれるぐらい鉄道と共に栄えてきましたが鹿児島本線は海ルートになり、宮之城線や山野線が廃止された現在はローカル線の主要駅といった雰囲気で昭和の国鉄 [続きを読む]
  • JR肥薩線矢岳駅(熊本県人吉市)
  •           山線といわれる肥薩線内で最も高い標高536.9mに位置する矢岳駅。この駅も明治42(1909)年の開業当時の木造駅舎で集落とはかなり離れている大畑駅とは異なり、駅から数百メートルの場所に小さいながらも集落があり、そこに矢岳駅駅長官舎(国登録有形文化財)もあるようです。 [続きを読む]