okukensamba さん プロフィール

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okukensambaさん: 少数派の安らぎの森
ハンドル名okukensamba さん
ブログタイトル少数派の安らぎの森
ブログURLhttp://okukensamba.blog54.fc2.com
サイト紹介文少しでも多くの方々に心の安らぎを、との思いから作ったブログ上の森です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2010/08/24 13:17

okukensamba さんのブログ記事

  • 歩み寄り
  • 生きていると、避けたいけれども、避けては通れないことに、残念ながら出合ったりする。例えば、苦手な人と話をしなければならない時などである。凄く上から目線な態度、しゃべり方なので、できれば話したくない。けれども話をして、事を前に進めなければならない。内心では、その態度としゃべり方は一体何という怒りの気持ちでいっぱいである。だけどその気持ちは押し殺し、下から目線で接して、100%相手の言いなりにならないよう [続きを読む]
  • 教 え
  • 考えに考えて、考え抜いてやった結果と、人のほとんど考えずにやった結果が同じだったりすると、何だ、考え過ぎてバカみたいと思う。決して考え抜いたことは、バカみたいではないのだろう、と思うけれども、そう、その結果は、そこまで考え抜かなくても良かったのだよ ということを、教えてくれているようには思う・・・?? [続きを読む]
  • 生きる意味
  • 自分はこのために生きているのだろうか生まれて来たのだろうか と生きる意味を何となく分かっている人もいる。けれどもほとんどの人が、自分の生きる意味が分かっていないことが多い。或いは、全部ではないが、一部では気付いている、という場合もあるかもしれない。生きているうちに、その意味が分かるかどうか分からない。しかし一つ分かっていることは、意味が分からず気持ち悪くても、意味が分かるか不安でも、探求して生き続 [続きを読む]
  • いろんな道
  • 居場所として居心地が良いのは良いことだけれども、そこが自分の家や部屋、ステップアップのための一時的な場所であるならばそれは良くない。居心地が良すぎて、そこから旅立ち難くなってしまうからである。と言って、居心地が悪いのもまた辛い。だからそこから旅立つ、向上心だったり勇気を忘れないようにすれば良いのかもしれない。例えば、大学進学を目指しながら、或いは就職浪人をしながら、アルバイトをしていて、そのアルバ [続きを読む]
  • 変 化
  • 先日、朝のそこそこ混んだ電車に立って乗っていた。次の駅に着き、電車が止まると、ちょうど私が立っていた扉位置近くのホーム上には、50人位の小学3年生位の生徒達と、体育会系ぽいジャージ姿の30歳位の男性教師の姿。「えっ ここにあの子達が乗って来るの」と心の中で思った。それでなくても、車内はそこそこ混んでいた。そこそこ混んでいたものだから、生徒達は電車に乗り込むのに手間取った。すると、男性教師がホーム上 [続きを読む]
  • 人は見た目が何%?
  • 最近、知り合った人に、会って話をすると、凄く明るくて朗らかで、ポジティブな感じの人がいた。話の中でブログをやっていることを知ったので、見てみると、会った時の印象とは全然違う、凄くナイーブでネガティブな内容の文章が書かれていた。当たり前のことかもしれないけれど、人は見た目では分からないものだなぁ もしかしたら私も、そうした印象を持たれることがあるかも と思った。 [続きを読む]
  • 淘 汰
  • これがこうなっているのは、嫌で辛いなぁ。こうではなく、別のこんなふうであれば良いのに、と思うことがある。どうしてもそれが嫌で辛く、その影響を直接受ける時は、その機会があれば、改善を私の方から訴えることもある。けれどもそのほとんどは、辛抱してしまうか、私が言うことではなかったりする。いろんな人がいて、いろんな考えがあるのだから「仕方ない」とも思う。すると気が付くと、私が思った通りではないにしても、そ [続きを読む]
  • 気持ちの切り替え
  • 生きていると、いろんなイヤなことや辛いこと、ショッキングなことがある。それらのことで落ち込み、それらのことを更に考えてしまうと、その落ち込みはどんどんと深くなって行く。そして場合によっては、もう死にたい気持ちにまでなってしまう。だからそうなってしまう前に、少しのショックを受けて落ち込むのは仕方ないこととして、落ち込み込まない??少しの落ち込みでストップ?? する。気持ちを切り替える。切り替えられる [続きを読む]
  • 他力のおかげ !?
  • 風邪の症状が酷い時、病院に行って、もらった薬を飲んだら良くなった。この場合、ほとんどの人が風邪が良くなったのは、医者と薬のおかげ=他力のおかげと思う。けれども実際は、そこには自力による、自ら治ろうとする自然治癒力も働いている。一方、人が自らの力で何かを成就した時、人は自力でそれを成就したと考える。けれども正確にはその途中には、他の人の力や何らかの力=他力が働いており、それらのおかげがあってのことだ [続きを読む]
  • 損して得取れ
  • 「損して得取れ」と言う。その通りだと思う。例えば飲食店などで「えっ、この値段で、こんなにいっぱいあるの このクオリティ (ポジティブな)」だと、また来よう という気になる。けれども時々、「損せず得取れ」という、最初から損しないように配慮した、姿勢も見掛ける。先程の飲食店の例で言えば、「えっ、この値段で、これだけの量 これだけのクオリティ (ネガティブな)」だと、もう今度は来なくてもいいかなぁ という気になる [続きを読む]
  • 体の声
  • 少しの疲れが溜まった位では、なかなか体の声に耳を傾けることができない。けれども風邪などで、体の調子を崩した時、ようやく体の声に耳を傾けられるようになる。体も大変であるし、体の声も悲鳴になるからである。いつもそうなってからようやく、体の声に気付くのであるが、これからは体の調子を崩す前に、体の声に耳を傾けられるようにしたい、と思う。が、その前に、体の声が悲鳴になる前でも、体の声を聞き取れる耳を養わなけ [続きを読む]
  • 誤解の解き方
  • 誤解されると辛い。だからその誤解を解こうとする。けれども解けない。残念ながら誤解は、その誤解する人が私のことを信頼してくれていないことから生じることがほとんどである。だから信頼されていない私がいくら誤解を解こうとしても、なかなか解けない。その誤解している人が信頼する人が、それは誤解だよ、と言ってくれると解けたりする。或いは、誤解であったことが、時と共に明るみになった時である。それと私が、信頼される [続きを読む]
  • 価値観の操作
  • 同じ価値観であれば良いが、もし価値観が違ったとしても、価値観は無理に押し付けるものではない。押し付けてはならない。同じ価値観の部分が多ければ多い程、それだけ一緒にいられるが、その部分が少なければ少ない程、一緒にいられる時間は短くなる。もちろんそれぞれに違う価値観を歩み寄り、近付けることにより、一緒にいられる時間を増やしていく、ということも可能であろう。ただ無理をし過ぎてそうすれば、やがては一緒にい [続きを読む]
  • 回 避
  • あなたは自分のことが、邪魔な存在だと思われているかも 或いは、嫌な存在だと思われているかも と思ったことはありませんか残念ながら、私はあります。だからそのように思われないように気を付けている。だけどそうであっても、そう思われていると感じる時はある。気を付けているのに、そうなってしまうのだから、それはもう仕方がない。皆に気に入られるなんて、不可能なのだから・・・けれども、できる限り多くの人にそう思われ [続きを読む]
  • 自分なりに・・・
  • ある人と自分とを比べてしまい、自分は劣っているかも と思う。また逆に、ある人と自分とを比べて、自分の方が勝っているかも と思う。ある点では劣り、ある点では勝る。当たり前のことである。しかし本当は冷静に考えてみると、そう思える何の根拠もない。それにそうだとしても、それが何になるのだろうか何の意味もない。だから比べて一喜一憂する必要なんてない。でももしそう思ってしまうのなら、それを教訓にして、強化してい [続きを読む]
  • ストップ??
  • 電車で人身事故があると、迷惑が掛かる。特に朝は、である。けれど次の瞬間に思う。誰かが亡くなったのだ?? 私も気を付けなければ?? と・・・不謹慎かもしれないけれど、辛いことが重なり、時々死にたいような気持ちになることがあるが、そのような事故があると、その気持ちにストップを掛けてくれたりする・・・?? [続きを読む]
  • うぬぼれ !?
  • 最初は書きたいと思い、始めたブログ。やがて日常生活でいろんなことがあり、ブログの更新が困難な状況になり、ブログの更新をどうしようかなぁ と思う時がやって来る。別に更新をしなくても、誰かが困る訳ではない。そう考えると、更新しなくても良くなる。けれどもこれまでに、コメントをしてくれたり、拍手をしてくれたり、遊びに来てくれた人がいてくれたことを思うと、そのような関係を続けたいと思うし、ブログを更新し続け [続きを読む]
  • 評 価
  • 自分の評価は、自分で決めるものではない。人によって決められるものである。しかし、いくら評価に値しても、残念ながら、その評価が認められないことは確かにある。そのような時は辛いけれど、認められるまで、評価に値する行為をし続けるしかない。忍耐力が続く限り・・・続かなければ、それはそれで仕方がないのかもしれない・・・ [続きを読む]
  • 格闘の日々
  • 世の中には、周りの人のことなど全然気にせず、自分の思うように好きなようにしている人がいる。その一方で、周りの人のことを気にして、遠慮して、人に合わせてばかりで、全然自分の思うようにしていない人がいる。自分の思うように好きなようにして、周りの人の反感を買いたくない。といって、人に気を遣い過ぎて、全然自分の思うように好きなようにできないのも疲れる。自分勝手にもならず、遠慮し過ぎて疲れ過ぎもしないよう、 [続きを読む]
  • 幸せの見極め
  • できるだけ、楽して生きたい楽して生きられることは、幸せなことだからだだからついつい、楽さを求めてしまう。けれども、楽して生きるために、面倒なことや苦難なことを避けて生きることが、本当に幸せな生活へと繋がっていくのだろうか とも思う。どんな面倒なことや苦難なことにでも、頭を突っ込む、ということはしなくても良いだろうが、やりたいと思うこと、将来のため、自分の成長のためになることは、面倒でも苦難でも、や [続きを読む]
  • 2017年 最初のご挨拶ブログ
  • 皆さん、明けましておめでとうございます 2017年、最初のご挨拶ブログです。 昨年は私のブログに遊びに来て頂きまして、本当にありがとうございました。本年も私のブログを、どうぞよろしくお願いします。私もまた、皆さんのブログに遊びに行かせてもらいます本年が、皆さんと私にとって、良い年になりますことを、願っております今年も私の年賀状を公開しちゃいます。 今年も絵柄付き年賀状にしました。やっぱ り絵柄付きは楽 [続きを読む]
  • 難易度の調整 !?
  • 人間は修行のために、この世に生まれて来ている、という。その真偽は分からないが、そうだとして、いくら修行だと言っても、これは過酷過ぎるんじゃない と思える修行がある。その一方で、えっ、これも修行 と思える位、易しい、それどころか大歓迎な位なこともある。耐えられるように、上手い具合に難易度が、調整されているのだろか と思えたりする。 [続きを読む]
  • 小休止の場
  • 不満がない訳ではないが、ここなら居続けられるかもしれない。だからひょっとしたら、ここは安住の地なのかもしれない、と思う。するとやがて事情が変わり、そこに居られなくなってしまう。そこでここは、安住の地ではなく、小休止の場だったのだと、気付く。ここが安住の地なのだろうか と思った時は、旅の終わりに少し淋しさを感じたりしたが、また旅に出ることが決まると、それはそれでまた不安な気持ちになる・・・?? [続きを読む]
  • 孤独病
  • 普段は孤独病は鳴りを潜めているが、何かの加減で時おり顔を出す。そしてどうしようもなく、寂しい孤独な気分になる。結局、私は一人なんだ誰も私のことを分かってくれないと思ってしまう。いろんなことがあり、しばらくすると、また鳴りを潜める。そしてまた、何かの加減で顔を出す。一生、上手く付き合っていくしかないのかもしれない。 [続きを読む]
  • 結果的に・・・
  • もうダメかもしれないと思いつつも、諦めずに続けていると、何とか上手く行くことがある。そんな時は、諦めずに続けて良かった、と思う。けれども、諦めずに、諦めきれずに続けても、ダメなことはある。そんな時は、もっと早く頭を切り替えれば、被害や時間の無駄も小さくて済んだのに、と思う。粘るか、早いうちに切り替えるか、難しい選択である。が、私はどうも、粘ってしまう傾向にある。粘ると言うと良く聞こえるかもしれない [続きを読む]