唯心 さん プロフィール

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唯心さん: 書画家・岩波唯心 書斎の片隅から…。 
ハンドル名唯心 さん
ブログタイトル書画家・岩波唯心 書斎の片隅から…。 
ブログURLhttp://yuisinn01.way-nifty.com/blog/
サイト紹介文難病の中で書と墨絵を書いて生きていますが、美術や病気、自然などについて綴りたいと思います。
自由文5歳で絵の師につき、8歳で書の世界に入りました。
プロとなってから網膜色素変性症に原因不明の脳出血で右半身不随。
左腕を利き腕にかえて復活するも次には現時点の医療では治せない心臓病が2つ発症。
それでも筆を揮っていれば、人生楽しいのです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供11回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2010/08/27 16:35

唯心 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 恨み節。
  • にほんブログ村 戦うオヤジ お騒がせをしております。 脊椎専門の科がある病院へはやはり紹介状が必要となるので、今日、隣の市にある整形外科へ行ってきましたが、結果、3時間待ち、やっと診察となって一連の経過を説明。そしてそそくさとレントゲン検査をして一言。 「あー、老化です。湿布、出しときますが、痛み止め、いりますか」と終わりました。帰宅前に整骨院で治療を受け、痛みを少しでも和らげるよう、幅のある包帯で固 [続きを読む]
  • 背骨一本。
  • にほんブログ村 美術ブログ6月20日に起きた背骨の痛み。そしてそれが背筋挫傷であったということは今月の6日に書いた通り。だが未だに収まらず、悪化の一途を進んでいると言うべきか、行くところまで行ってしまったようである。来る日も来る日も整骨院で治療を受けても痛みが退かず、そこへ別の痛覚が肩甲骨の上部、脇腹、胸、肋骨の下部へ転々と巡るようになってしまい、実(まこと)逃げる鰻を捕らえるような格好となっていた。 [続きを読む]
  • 夏目漱石生誕一五〇年に寄す。(二)
  • にほんブログ村 美術ブログ昨日の続きで… 橋本栗渓の愛媛県尋常中学における在職期間は不明だが、同僚には夏目漱石がおり、漱石の「坊ちゃん」に登場する「漢文先生」のモデルであった。 漱石がそこで務めたのは明治二十八年の一年間だけだが、「坊ちゃん」を著したのは明治三十九年のこと。かつて漢学を志し、また正岡子規との交流の中でそれを培われた漱石には、三つ程上の橋本栗渓とは通ずるもがあり、隔地にあっても交誼は続 [続きを読む]
  • 夏目漱石生誕一五〇年に寄す。(一)
  • にほんブログ村 美術ブログ昨年は夏目漱石没後一〇〇年ということでそれに合わせて書きたかったことがあったものの、作品の仕上がりが遅くなって機を逃していたが、数ヶ月過ぎたといえど今年は生誕一五〇年。それに乗ればいいだろう。 私は近現代の小説はまったくと言っていいほど読まず、ただ僅かに牧水や山頭火、暮鳥などを好み、小説となれば進んで読んだのは芥川龍之介くらい。 世の慣いである夏目漱石のものは高校一年の授業 [続きを読む]
  • デザイナーではありませんが…。
  • にほんブログ村 戦うオヤジもう傷病のことは書くまいと思いながら、話の成行き上、やはり書かざるを得ませんかね。6月20日の火曜日、起床すると背骨に妙な痛みが走ったものの捨て置けば、昼近くに悪化。その日は丁度スケッチに山へ登るつもりだったのですが、今にも空は泣きそうな雲行き。中止したため山行を整骨院行きに変更。診断は「背筋挫傷」。片麻痺のまま再起し、絵筆を持ったのはもう十二年程前ですか、それから殆ど休むこ [続きを読む]
  • 一作に一代 (四)
  • にほんブログ村 空いてしまったが続きを。 また突(つつ)く作業が毎日続くことになったが、一月も初旬から中旬に変わる頃、窓から射し込む日の光が眩しく、筆の穂先の突(つ)く先を晦ませるようになったので、晴れている日はカーテンを四分の三程引き、曇天と雨天の日は半分程引いた。一月になってからは整骨院へは行っていない。穴蔵(あなぐら)と化した作業場で背中を丸め、机に顔を付けて突(つつ)いているが、動きは指先だ [続きを読む]
  • 一作に一代 (三)
  • にほんブログ村一日空けて続きを。 営々(えいえい)と突(つつ)き、来る日も来る日も営々と突く。 部屋に響く音は、柱時計の時を刻む針の動きと、己の心拍だけ。 営々と突き、来る日も来る日も営々と突く。 突(つつ)き、突き、一日を終えて顔を上げ、どれ位の捗(はかど)りかと見れば、三平方センチメートル。 四月下旬、無間(むけん)地獄に落ちた所まではいかないが、狭隘な塗り終えた部分と、浩蕩(こうとう)と広がる手 [続きを読む]
  • 一作に一代 (二)
  • にほんブログ村昨日の続きを。 下絵ではどこまで描き、どこで切るかと悩んだ。古典的日本画やその元である中国の絵画では「間(ま)」もしくは「気韻(きいん)」と呼び慣わし、鉄則ではないが、バックに色を重ねても空間を空けるのが常。 野葡萄と多種の一葉(ひとは)一葉、一枝一枝が主張しながらも静黙し、眼目の果実を際立たせている。 惑い、鉛筆を動かす手を休めて答えを出せば、旧弊を破るも己の世界。どれ [続きを読む]
  • 一作に一代 (一)
  • にほんブログ村今年も明日で五月の中旬。早く、ブログから遠ざかっていたというべきか、口を噤(つぐ)むことが多かった理由、つまり作品制作の顛末、足掻(あがき)きを書く。 一昨年の五月。個展の開催中、画廊の照明を点け、看板を出して御越し下さる方々を待つ束の間、並べた作品群を一目して観取した。 「もう、絵だけに戻れるかもしれない」と。そして個展の始末が付き、直ちにと、胸は早鐘を打っていたが骨折騒ぎ [続きを読む]
  • 黒船来航。
  • にほんブログ村今回、完成した作品の顛末はまた後日とし、先週の二十四日に起きた珍事と言うべきか、変事の話しを書く。 私は自分の生活を観(み)、必要と思うものだけを所持し、時流がどうであれ不必要な物は身辺置かない性分であり、その方が気楽であった。携帯電話、当世ガラケーと言われる物で「らくらく」という修飾語が付く器物を持ち、最低プランの一番安いコースを使っていたが、一日中、家の中で作品を描き、また山 [続きを読む]
  • ようやく一点目。
  • にほんブログ村大分のご無沙汰です。石高道(いしだかみち)を辿り続け、今日、個展に向けた作品の第一作目を完成させる。気付けば一年と五ヵ月近く。 最後に印を捺したのは一三時四〇分頃。折しも禊雨(みそぎあめ)だろうか、大粒の雨が落ちて直ぐに止み、青空に日差し射す。今夜は飲む。 野暮のことは言わず、聞かずに飲む。事の顛末はまた日を改めて…。 [続きを読む]
  • 遺伝もしくは血(三)
  • にほんブログ村今回はさほど長引かずに済んだようで、安堵しつつ最後へ。祖父母は勿論のこと身内は寺に疎く、何故か私だけが三十年と少しの時間を親しくさせている。その初めに聞いたのだが、出版界の岩波と私の岩波は江戸の半ば頃に根別れをしたようだ。彼の岩波茂雄は昭和二十一年(六十五歳)一月に雑誌『世界』を創刊。二月に文化勲章を授与され、四月に脳出血で逝去。比ぶべくもないが私は脳出血により死の淵を彷徨って戻って [続きを読む]
  • 遺伝もしくは血(二)
  • にほんブログ村中半ですが、昨日の続きを。岩波となり、自分でも驚き、身内でも「お前は誰の子だ」と言われる位、真っ先に顔付きが変わっていった。姓を改め、一年経とうとする頃には仏画の修練を進めており、その中で師から様々な人と引き合わせられることとなったが、中には数人、岩波書店の岩波茂雄と交わった方がおり、師が私の名を告げようと口を開くよりも早くそれを制し、驚きながら「岩波…さん…。岩波茂雄さんですよね。 [続きを読む]
  • 遺伝もしくは血(一)
  • にほんブログ村今週の頭、六月二十七日に用があり、寸刻、信州の諏訪にある菩提寺へ行った。ところで寺の境内域内になる門前の片隅に、手入された草が青く、僅かに空いた場所がある。横から見れば分かりにくいのだが、一旦外へ出てそこを正面から見ればすぐに標石が目に入り、そこがある人間の始まりと気付く。標石に刻まれた文字は「岩波茂雄先生生誕之地」。私が偉くなったのでもなく、まして生まれた場所なぞ誉められたものでは [続きを読む]
  • 新しいホームページが出来ました。
  • にほんブログ村仕事上ホームページが必要となり、空いた時間を縫いながらぼつぼつと一日五分、また或る日は十分、更には数日も手を付けられず、ようようと出来ましたので御笑覧下されば是幸い。(左上、小生の写真の下を 願います)しかし私の作品の性質上、描き上げれば数ヵ月かけて乾かし、次いで表具師に渡して「裏打ち」という作品の裏に和紙を貼る作業をして頂き、丈夫かつ皺やたるみのないものとする。それが終わって [続きを読む]
  • 虫に注意
  • にほんブログ村※注意気味の良い写真かもしれませんが、カメムシの一種で体長約2?ほどの「ヨコヅナサシガメ」です。本来インドから中国にかけて生息していたのですが、1930年代頃、貨物に紛れて九州に入ったといわれ、1999年代には関東、そして現在は北関東、また新潟まで広がっていますが、今年は例年になく何故か多く目にとまります。ところでこのヨコヅナサシガメに毒はありませんが、噛まれると尋常ではない痛みに襲われ、実 [続きを読む]
  • お詫び。
  • にほんブログ村昨年の個展が終わった後、再びブログに駄文を連ねようと思いながら、またそのつもりでした。しかしどうも会期中にありもしない地図を描いていたようで、案の定始末が付けば、骨折の騒ぎはありましたが直ぐさま茫々漠々とした荒れ野に足を踏み入れ、果ては痴(し)れ者となっております。今は作品の確度を深めて進展して行きたい。一層、嘘を廃したい。その一心ですが、小生の描く絵の技法は遣(や)り直しが効かないため [続きを読む]
  • 枯葉に思う。
  • にほんブログ村今日、薬を貰いに病院へ行った。駅を降りて少し歩くと人通りの喧騒を避け、狭い路地に入れば大きな欅がはらはらと葉を散らし、忘れられた柚子の木に実がたわわに生っていていた。しばらく進むと空家があり、ふとそちらの方を見るともなく見ると生垣の枝は切り揃えられていたが、一ヶ所だけ櫛の歯が欠けたような間(あわい)があり、そっと庭を覗けば主もなく、誰も見る人もなく庭一面に赤々と椛(もみじ)の葉が撒き [続きを読む]
  • 巡り来て。
  • にほんブログ村しばらく鳴りをひそめ、捨て草となって絵筆を握っていた。今春末の5月に開いた個展ではバックを塗らず、モチーフのみに色を乗せた作品を並べたが、それは描き始めた当初で己に課した約束事であり、正直なところを言えば造作無い。眼が持つかどうか不安だっただけのこと。だが作品製作も終盤を迎える頃にはそのような闇も消えて、微かな光が見えていた。今日、素地の和紙も見えぬ、バックもモチーフもすべて彩色を施 [続きを読む]
  • 銭!
  • にほんブログ村今朝、向かいにあるコンビニへ行こうと玄関の扉を開けて一歩踏み出そうとした時、コガネムシ(コガネムシの一種、アオドウガネ)がずんぐりとした体を重そうに、ゆっくりと歩いていた。時間もなかったので取り敢えずカメラを持ち出し、「コガネムシは金持ちだ〜…」と鼻歌混じりでその姿を撮っていると、コガネムシの横に丸いものが落ちているのに気付いた。撮り終えてその丸いものを拾い上げて見ると、10円玉。コガ [続きを読む]
  • 霊芝
  • にほんブログ村ここのところ身辺落着かずに過ごしており、ブログに投稿したのはいつのことだったかと、今朝キーを打つ。日々雑感、野火止用水のことをと以下。少しばかりの変わらぬ武蔵野台地を残し、数百年の変遷を過しながら私の栖(すみか)の前を野火止用水が流れているが、目にするその風景は楽しくあるも、一抹の悲しみを抱く。水路への転落、大型ごみの投棄、動植物の保護等を防ぐために腰より少し低いフェンスを延々と設け [続きを読む]
  • アスリート系芸術家
  • にほんブログ村今日も整骨院へリハビリと治療に行ってきたが、新しい骨細胞が出来たせいで指はまだ腫れているものの、包帯は外れた。来月1日から仕事を再開してもよいとのこと。そこで山行はいかがと問えば、最初は里山で慣らしてからという仰せなので、9月1日は仮初の山人となることにした。ところでまた御叱りを頂くのは必定。そこで申し上げれば里山でもディズニーランド化した高尾山でも剱岳(登ったこともないが)山は山。高 [続きを読む]
  • 終戦記念日の慣(ならい)
  • にほんブログ村仮に戦(いくさ)が終わったという終戦記念日にだけ、本棚から出して風を通す古ぼけた本があり、またページに挟んでいた二枚の小さな紙を出して静かに見詰める。私が22歳の秋に、銀座の松屋で催されていた古書展で本を二冊求め、帰宅後にその内の一書、北村沢吉著「儒教概論」を読んでいると、ページをめくる微かな揺すれに文庫本を一回り小さくしたような大きさの紙が床に滑り落ちた。拾い上げれば一枚ではなく、時 [続きを読む]
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