三田 ゆき さん プロフィール

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三田 ゆきさん: 木の床には木の家具が
ハンドル名三田 ゆき さん
ブログタイトル木の床には木の家具が
ブログURLhttps://ameblo.jp/woodfurniture/
サイト紹介文2010年に買った中古マンションをリノベして、床を無垢板に。この床に合わせた手ごろな家具をご紹介します。
自由文ナラの無垢の床を意識してレンジ台を探したつもりだったのに、天板と背板が合板〜!フツーのフローリングなら違和感のない合板家具を、無垢の床に置いた時のせつなさときたら、とほほ・・・状態でした。この失敗をいかし、他の家具は、木質と(手ごろな価格に)こだわって探しました。遊びに来てださ〜い!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供314回 / 365日(平均6.0回/週) - 参加 2010/09/26 21:59

三田 ゆき さんのブログ記事

  • 「学生を戦地へ送るには」
  • 学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む [ 佐藤 優 ]価格:1728円(税込、送料無料) (2017/8/20時点)題名だけ見たら、うっかり勘違いしてしまいそうな本ですが、「学生を戦地へ送るには」と考えた、哲学教授 田辺元によって、戦前、京都大学で開かれた講義を書き起こした「歴史的現實」のロジックを、佐藤氏が2015年箱根で2泊3日の合宿をして検証していった本です。 不勉強な私は、先の大戦で、高学歴の学生を [続きを読む]
  • 築地本願寺 5
  • 築地本願寺、本堂に上がる正面の階段の右側にある入り口です。こちらが、寺務所側。 伊東忠太氏は、ばらばらに建てられてる事の多かった(今も多い)、お寺の様々な建物を廊下で繋いで1つにすることを考えて、このような建物を設計されたそうです。 入り口には郵便受もついています。先日の排気口同様に、お寺チックな装飾がついています。カワイイ。 入り口を入ったところ。人が上っている階段に昨日のグロテスク君がいます。 [続きを読む]
  • 築地本願寺 4
  • 築地本願寺に入って両側にある、階段には、伊東忠太さんらしい動物たちが。朱雀のこういうクルクルとしたデザインは、忠太さんならではのもの。本願寺で頂いてきた解説ペーパーによると、鳥は南を守護する霊獣なんですね。鳥は特別な力を持つといわれる蛇を襲うことから、蛇に負けない強い力をもつと信じられてきたのだそうです。   倉方先生によると、牛や馬も、忠太さんのデザインはもっとクルクルしていたはずだけど、実在す [続きを読む]
  • 築地本願寺 3
  • 担当の方に、廊下の奥にある衝立の先へも案内して頂きました。 廊下の消火栓のケースも中々かわいくてパチリ。 シンプルな階段の隣にあったのが、控室(貴賓室)です。 それ程広くないため見学者で一杯になってしまって、これ以上引いた写真がなく、全体が分り難いと思いますが、 帰り際に、窓側から撮った写真を見て頂くとわかるように、前室(柵のむこう)と控室(柵の手前)になっていました。 先生によるとパルメット紋(唐 [続きを読む]
  • 築地本願寺 2
  • 昨日まで、福岡へ帰省しておりました。お休みを予告してなくてすみません。実は、出発の前日の夕方4時半頃、インターフォンが鳴り、モニターに映った見知らぬおじさんに「はい?」と答えたら、走って逃げた!ので、空き巣狙いかもしれず、長期に家を空けることをオープンにするのは止めようと思ってのことでした。 皆さまもお気を付け下さい。*************************** 築地本願寺見学の続きです。あちこちお寺を見学してい [続きを読む]
  • 築地本願寺へ
  • 私のお気に入りの建築家、伊東忠太さんのナゾな建物、築地本願寺ツアーへ参加してきました。そしたらビックリ。前庭の部分が写真のとおり、大規模な工事中でした! 仕方ないので、前回行った時の写真で、全体像をご紹介。 オリンピックに向け、この左側の部分に、カフェをつくったり、納骨堂のようなものを作ることになっているのだそうです。 今回は、伊東忠太氏を卒論のテーマにした倉方先生と、築地本願寺所属の研究者さんの [続きを読む]
  • 建築家、走る
  • 本郷にある、隈研吾さん設計のカフェ、 廚(くりや)菓子 くろぎ 。昨年9月の東大見学の時に、「1回来てみよう」と思ってたのに、すっかり忘れておりました。隈さんの建物は不思議で、1目見た時は「とんがってるな〜」と思うのですが、「この空間ですごしてみたいな」と思わせる魅力があります。 先日、東京国立近代美術館のミュージアムショップで、隈さんの本をみつけたので読んでみました。 建築家、走る (新潮文庫) [ 隈 [続きを読む]
  • 市川さんぽ 7
  • 弘法寺から、もう少し奥へ進むと、いきなり洋館が現れてびっくり!市川市木内ギャラリーです。 約1万坪といわれた敷地の中に、明治45(1912)年〜大正3(1914)年にかけ、当時、貴族院議員だった木内重四郎氏によって建てられた和洋館並列型の洋館部分のみが残っています。 玄関は、塔の下にあり、写真の中の電柱から左に、中庭を囲んで、口の字型にこの4倍位の建物があったようです。 先生によると、再築する時に、どちら向 [続きを読む]
  • 市川さんぽ 6
  • 長い階段が見えてきました。一瞬、ひるむ段数です(笑)。ここまでずーっと解説を聞きながら歩いてきてるので、私より年配者が多い参加者は無言で上ります〜。 仁王門に到着。明治の大火で燃えなかったものの1つだとか。こちらは、弘法(ぐぼう)寺。 元々、奈良時代に、行基が手児奈の霊を供養するために建立した求法寺がはじまりとされ、平安時代に空海が伽藍を構えて弘法寺に改称したと伝わっているそうです。その後、天台宗 [続きを読む]
  • 市川さんぽ 5
  • ちょっと、中断しておりましたが、市川さんぽの続きです。こちらは、亀井院。市川には手児奈の伝説というのがあります。 あの万葉集にも出てくる、伝説の悲話だそうで、諸説あるようですが、先生に伺ったのは、とても美しい娘がいて、沢山の求婚者が現れたけれど「私の身は一つしかありませんので、一人にしか答えられません」と気に病み、投水自殺してしまったというもの。 このお話、現代女性から見ると、つっこみドコロ満載で [続きを読む]
  • 早稲田大学坪内博士記念 演劇博物館
  • 昨日も涼しかったので、早稲田大学校内にある、坪内博士記念 演劇博物館へ行ってきました。以前、キャンパスツアーに参加した時に、「いつか中を見学に来よう!」と思っていたのに、気付いたら、2年半位経っちゃってました。    あわてて行ってきたのには、もう1つ理由があって、来年2018年が演劇博物館創立90周年ということで、来週の月曜から、来年3月まで閉館になってしまうと知ったからです。   丁度、テレビ ドラマ博 [続きを読む]
  • 日本の家 1945年以降の建築と暮らし 展へ
  • 昨日は涼しかったので、急に思い立って、竹橋の東京国立近代美術館へ。日本の家 1945年以降の建築と暮らし 展 へ行ってきました。 戦後、焼け野原になった日本で、大量に必要となった住宅のニーズに答えるべく、どのような形の「家」が作られるようになったのか、それらが発展して、工場で箱をつくって運び、それらの組み合わせで家をつくる発想に結び付いた様子を動画で紹介されています。 あの有名な、黒川紀章氏による「中銀 [続きを読む]
  • 市川さんぽ 4
  • 料亭「白藤」さんでランチを頂いて来ました。ザ・和食でございます。 建築史の先生を囲んでのご飯になると、ついつい先生の幅広い知識を引き出そうと、質問攻めになってしまう(笑)ので、この後のお刺身を撮り忘れちゃいました。あはは。 こちらのお椀物のお出汁が「さすが料亭〜!」な深みのある味わい。お豆腐のように見えている白いものは、お魚のすり身でした。 お魚も美味しかったんですが、みょうがの下にみえているのは [続きを読む]
  • 市川さんぽ 3
  • 市川に残る料亭2軒のうちの1軒、「白藤」さんにやってきました。 建築史の先生、昨日の料亭「大松」さんが閉店してしまったので、「まずい!あと2軒しか残ってないのに!」と、今回の企画をたてたそうでしたが、こちらは、佇まいがまだまだ現役な感じでした。 間口は狭いのに、敷地は奥まで深い構造。なんでも、店舗は京都の方から移築したものなのだそうです。 通された離れは、この奥にありました。 まだまだ現役の風情 [続きを読む]
  • 市川さんぽ 2
  • てくてく歩くと、京成線の線路が見えてきました。その向こうにあるのがこちら。昭和4年築、旧京成電気軌道社員倶楽部。 現在の京成電鉄の福利厚生施設として造られた建物だったそうですが、その後、葛飾瓦斯(現 京葉ガス)本社となり、現在は個人宅になっています。・・・ガス会社の本社には手狭な気がするけど、個人宅としては広いです。 京成電車の駅から見下ろしたところ。綺麗にメンテナンスされていました。 次に訪ねた [続きを読む]
  • 市川さんぽ 1
  • 先日、建物講座で、「市川さんぽ」に参加してきました。写真は、市川 I-linkタウンいちかわの45階展望台からの眺めです。この日は生憎の天気でしたが、遠くは横浜まで見えるんだそうです。 写真に写っている蛇行した川は江戸川で、向こう岸は、東京都江戸川区。右側に見えている緑の多い台地の裾まで、古代は東京湾の一部だったとか。真間(まま)という言葉は、「崖」を意味していたそうで、そこからも、ここまで海だったことを [続きを読む]
  • 復興記念館
  • 同じ敷地にあるのが、昭和6年に開館した復興記念館です。当初は、東京都慰霊堂内につくられるはずだったそうなのですが、市民からの寄贈が予想以上に多かったこと、1929年の帝都復興展覧会の展示物の大部分が寄贈されたため、こちらを建てることになったのだそうです。 残念ながら、こちらまで建物保存作業がされてなく、忠太怪獣の顔が欠けたまま・・・。 前足の感じとか、本当にかわいらしい。 この子は顔が残っています。 [続きを読む]
  • 東京都慰霊堂 4
  • 昨日ご紹介したトリちゃんは、すっかりリニューアルされて、屋根で睨みをきかせないで、羽を広げています(笑)。 伊東忠太さんらしい意匠は少ないのですが、まるで「美女と野獣」の野獣のような子を発見しました!こういう宝探しが、忠太さんの建物を見てまわる楽しみなんですよね。 屋根部分にも何かがいます(笑)。 こちらは、裏側の塔部分。すっかり綺麗になっていました。 こちらは、前回来た時には気付いてなかった部分。 [続きを読む]
  • 東京都慰霊堂 3
  • PCの調子は悪いし、今週は外出が続くし・・・朝、記事を書いてたら間に合わないってことにやっと気づきました。すみません。 こちらは、慰霊堂のドア。とても凝ったデザインになっています。 でました!忠太さんお得意の謎の生物がガブリ!と電球に噛みついてます(笑)。堂内の掲示によると、日本建築の意匠と、西洋教会堂の構成が融合したものになっていて、各所に特徴的な霊獣が見られると紹介されています。 振り返った正面 [続きを読む]
  • 東京都慰霊堂 2
  • 慰霊堂の入り口です。提灯のようなデザインの照明がついていて目をひかれます。 ・・・すみませんPCの調子が悪くて、全然画像処理ができず、ギリギリになっちゃって。これから本業の方でセミナーをいくつかハシゴしてきますので、ここまでしか書く時間がなく・・・申し訳ないです。 行ってきます! [続きを読む]
  • 東京都慰霊堂 1
  • 今回、両国へ行ったのは、横網町公園の中にある、東京都慰霊堂を訪ねるためでした。前回行った時は、修復工事中だったんです。近々、建物講座で築地本願寺へ行く予定なんですが、その先生に、「もう、修復工事は終わってましたよ」と教えてもらったので来てみました。 前回は、この状態でしたから(笑)。 慰霊堂の手前に、幽冥鐘があります。 この梵鐘は、関東大震災で被災した方を追悼するため、中国の仏教徒から寄贈されたもの [続きを読む]
  • 大家さんのDIYがっこう-収納編
  • 昨日は、友達に誘われて、「大家さんのDIYがっこう」のイベント、収納編へ参加してきました。 テキトーな性格なので、具体的にどんなことをするのか、よく分からないまま参加したのですが、石膏ボードの下地をみつける器具の実際の使い方を見せてもらったり 固定するにはどういう器具がいいのか ボードの裏側がどんな風になるのか・・・などなど見せてもらい、次は、実際に棚を作ってみる!という内容だった! こんな本格的な [続きを読む]
  • 回向院
  • 先日、両国へ行ったので、回向院(えこういん)へ行ってきました。こちらは、江戸時代、史上最悪の惨事となった明暦の大火で、犠牲者10万人以上、遺体の多くが身元不明だったことから、四代将軍徳川家綱がここに「無縁塚」を築き、永代供養のために建立したのが回向院です。 そんな歴史のお寺さんなので、古い建物を想像してたんですが・・・ ・・・思ってたのと違〜う(笑)。でも、かっこいい。 正直、どこにご本尊様がいら [続きを読む]
  • 府中郷土の森博物館 15
  • 府中郷土の森博物館の敷地内には、小川が流れていて、夏は目に爽やか。 その先にある、やや うっそうとした(笑)萩の道を進むと、もう一軒の古い農家があります。 こうして見ると、こちらも農家としては大きな建物だったのかも。 こちらは、手前に大きな板張りの間があり、奥が畳になっています。 こちらは、旧 越智家の建物で、稲城市から府中に移築されてきたもの。寄棟造りの屋根と広間を中心とした部屋割など、古い形式を [続きを読む]
  • 府中郷土の森博物館 14
  • 久しぶりに、自分で自分の写真を見て、「うわっ!紫陽花って、こんなに可愛かったんだ」って思ってしまった一枚。 ・・・自己満足でスミマセン。 先日の町役場の裏は、紫陽花が満開になっていました。 白とグリーンの組み合わせは、爽やか。 そこに、ピンクが混ざると、華やか。この紫陽花の一角の先にある古い農家はジミだったので(笑)、ちょっと、紫陽花を先にご紹介しました。といっても、農家の建物としては、かなり立派 [続きを読む]