kumabe さん プロフィール

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kumabeさん: パニックびとのつぶやき
ハンドル名kumabe さん
ブログタイトルパニックびとのつぶやき
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/skypaniroom
サイト紹介文昨年、「僕とパニック障害の20年戦争」を出版しました。それを土台とし、大幅に加筆して掲載しています。
自由文高校3年の時にパニック障害を発症し、今年で22年目です。1980年代の終わりからこれまでに至る過程を描いています。パニック障害を抱えながら生きるということはどういうことなのかを出来るだけ具体的に書いていこうと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供232回 / 365日(平均4.4回/週) - 参加 2010/10/17 00:19

kumabe さんのブログ記事

  • 昭和の清原・平成の藤井 天才新人たちへ
  • 30年以上前、清原がホームランを打つごとに、一般紙が一面で取り上げました。それと同じように今まさに、藤井君が勝利を重ねるたびに、一般紙が一面で取り上げます。この2人は天才新人の代表格といって間違いはないと思われます。清原選手の場合、最初はプロのスピードについていけず、本格的に打ち出したのはオールスター後でした。最終的な成績は、3割4厘31本塁打。勿論、いまでも高卒選手としての最高本塁打記録です。そ [続きを読む]
  • 紫陽花
  • 紫陽花は雨に良く似合うだからこの季節を好んで咲くのだろうそうだみんな好き勝手にやればいい好きな時に、好きな場所で咲けばいいんだ何がそれを阻む社会か、他者か、病気や障害かそれとも自分自身の弱さか それでも多くの人は理想との距離感に力なく笑いながら好きでもない時に好きでもない場所で辛うじて花を咲かそうとしているせめて少しでも自分らしくと 寂れた街での壮絶な生活紫陽花のような自由はない人通りも絶えた、豪雨 [続きを読む]
  • 昭和生まれの曲がり角、自分自身の曲がり角
  • 最近、特にスポーツの世界を見ていると感じるのですが、昭和生まれが厳しい戦いを強いられるようになってきました。昭和の最後に生まれた63年組、つまり昭和生まれとしてはいちばん若い人たちですが、例えば体操の内村選手。絶対王者の座を守っているものの、おそらく体はぼろぼろで、若い白井選手らを迎え撃たねばなりません。例えば、マー君こと田中将大投手も防御率6点台。全盛期には考えられない数字です。もはや時代は、藤 [続きを読む]
  • 水と空
  • あなたは水のような人だ泥と交われば泥水となり砂漠と交われば希望にもなるただし、あなたそのものは無色透明で声高に自らの居場所を叫ぶことはないだから人はあなたを忘れがちになるかけがえのないあなたのことを あなたは空のような人だくるくると色を変えながらも浮かべているものは変わらない下界のねたみや祈りは空の耳に届くのだろうかうつむいてばかりいてはいつになってもあなたには会えないね 雨が降ってきた子守唄を口ず [続きを読む]
  • トシちゃん効果でアクセス数が・藤井VS瀬川
  • 昨日、田原俊彦さんをブログで取り上げたら、アクセス数が飛躍的にアップしました。やはり田原さんのファンは熱烈ですね。苦しい時に応援してこそのファンだと思います。それと私と同じように30代で干されてからの田原さんに「トシちゃん、腐らずにがんばってるな。立派だな」という考えを持っている人も多いのではないかと思いました。トシちゃんといえばザ・ベストテン。では久米さんのニュースステーション風に、次は出来るだ [続きを読む]
  • 病院へ・トシちゃん
  • 4週間ぶりに病院へ行ってきました。率直に言って、難しさを感じます。僕が病気になったのは28年も前で、今の先生は、自分の担当になって1年にも満たない。おそらく真実は、ごくごく一部しか伝わっていないと思います。とりあえず今回は、倦怠感、店を休業していること、若い頃に比べ、孤独感が強くなったことを話しました。先生は僕の言葉に沿って薬を処方する。どちらかというと、気分を高める薬を新たに出されました。まあ、 [続きを読む]
  • 天才・宇多田の陰に倉木麻衣の大記録
  • 半年ほど前に書いた「大人になるにつれ、かなしく」がいまだに読まれていることを嬉しく思います。さて、本題に入ります。だいぶ前になりますが、4月に発売された倉木麻衣の41作目のシングルが、オリコン週間ランキングで5位にランクされました。これで41作連続のベストテン入りだそうです。デビュー曲からこれまですべてが、10位以内に入っているという事になります。勿論、ソロアーティストとしては前人未到の記録を更新 [続きを読む]
  • 休業して思ったこと
  • 6月のはじめから店を閉めています。経営状態が良くなく、その建て直しのため、1ヶ月をめどに閉めたのですが、なかなか遅々として進みません。体が思うように動かないもどかしさ。ただ、この一週間、特に昨日、気付いたのですが、体のだるさを我慢して作業をしているうちに、ゆっくりですが、少しずつだるさがとれ、集中力が増していった感覚がありました。パニック障害になって28年、不安神経症、それに伴ううつ状態、薬の眠気 [続きを読む]
  • 駒花(終)
  • 少しずつ、秋は深まりつつある。空は、青く澄み渡っていた。私の目の前には、海が広がっている。人気のない美しい海。10年近く前、一人暮らしを始める私に、先生が買ってくれた真紅のワンピース。今日、初めて身に纏っている。やっぱり、少し恥ずかしい。私は童心に帰り、サンダルを脱ぎ捨てて、砂浜の感触を確かめる。それから仰向けになって、思い切り、手足を伸ばした。このまま、空に吸い込まれてしまいそうだった。夏のひり [続きを読む]
  • 駒花(53)
  • 私の予想に反して、菜緒は盤上のみに集中している。視野が狭くなっているといってもいい。こうした時の菜緒は、互角か、優勢を意識しているのである。もしかしたら、終局の輪郭も、ある程度描いているのかもしれない。長年、彼女と向き合っていて、嫌でも分かる様になってしまった。初めて対戦した時、私は中学2年、2つ年下の菜緒はまだ小学生だった。童顔の菜緒には、あの頃の面影が、まだ残っている。菜緒は自信に満ちた手つき [続きを読む]
  • 駒花(52)
  • 2勝2敗で迎えた桜花戦最終局。勝った時のことは、考えていない。しかし、もし負ければ覚悟を決めていた。将棋はこれまでにして、最愛の人に会いに行く。先生に会いに行く。 将棋館の外は、よく晴れていた。振り駒の結果、私が先手となった。やはり最後は、自分らしく攻め将棋でいきたい。まだ菜緒は、このシリーズ、本調子ではないようだった。私が菜緒の本当の力を引き出す。そして勝ってみせる。 私の駒が激しく前進する。菜緒 [続きを読む]
  • 駒花(51)
  • 時々、私は将棋館内の保育施設に足を運ぶ。少し離れた場所から、小さい子供たちを見るのが好きだ。「さおりちゃん」麻衣さんが近づいてきた。相変わらず美しい。将棋館の中に保育施設が作られたのは麻衣さんの尽力が大きかった。「こんにちは。あの右端に居る女の子、菜緒の子ですよね」菜緒はすでに結婚し、2歳の女の子の母親だ。「何だか、菜緒ちゃんをそのまま、小さくしたみたいだね」「そうですね」私は目を細めた。「さおり [続きを読む]
  • 駒花(50)
  • 先生宅を後にして、私と糸井君は、かつて、先生によく連れて行ってもらった、近所の蕎麦屋に入った。私たちが出入りしていた頃のご主人は、すでに引退して、店を息子さんに譲っている。当たり前だったはずの風景が、音も立てずに、ひとつ、またひとつと消えていく。「懐かしいでよね、ここの蕎麦屋」「そうだね。先生は天ぷらそばが好きだった。それと、ここの先代のご主人に、天女さまって言われたんだ。初めて天女のタイトルを取 [続きを読む]
  • 駒花(49)
  • 桜花のタイトル挑戦が決まり、3人の研究会もこの日で、いったん中断という事になった。といっても、約束の森村宅には私と糸井君の2人だけ。田口さんは菜緒に気を使ったのかは知らないが、急に参加できなくなったと連絡があった。 懐かしいリビングで、私は糸井君と将棋盤を挟んで向き合う。「3番勝負やりませんか?」糸井君が提案した。「うん、いいよ。2勝先取で」「はい」私が先手で勝負を始めた。糸井君とは、それほど多く [続きを読む]
  • 駒花(48)
  • 研究会の回数を重ねるにつれ、私は自分の将棋を取り戻しつつあった。「さおりさん本来の将棋に戻りましたね」田口さんを圧倒する将棋を見て糸井君が言った。「いいところなく負けるって、悔しいですね。でも、さおりさんの本当の力が知れてよかったです」「みずきちゃんは菜緒派だもんね」私は嬉しさの照れ隠しで、皮肉を言った。「いえいえ、私はさおりさんに憧れて女流棋士になったんですから」「そうだったっけ?」「ええ。小さ [続きを読む]
  • 駒花(47)
  • 私は、仲のいい後輩の棋士である、田口みずき女流一級を誘い、糸井君に指導してもらった。田口さんは私より10歳近く年下で、最初に集まった時はまだ高校生だった。場所は将棋館、あるいは森村先生の自宅を訪ねていくことも多かった。その時は奥さんが面倒を見てくれた。 私と田口さんの対局を糸井君が見守る形で行われた。たいてい、2局指して1勝1敗といった所だった。勝負を終えると、盤面を戻し、糸井君が二人の悪手や甘手 [続きを読む]
  • 駒花(46)
  • 将棋に生きると決めたはず自分が、森村先生の死によって、唯一の生存の拠りどころが色褪せてしまった。死んでも生き続ける人もいれば、死んだように生きている人もいる。まさに私が後者だった。 ひとつの転機は、森村先生の3回忌の時だったかもしれない。もう一度先生に会いたいと思った。死後の世界などには、ほとんど興味を持ったことがない。信じてもいない。どうすればと考えるうち、もう一度だけ、将棋に真っ向から取り組む [続きを読む]
  • 駒花(45)
  • 先生が亡くなり、目標を失った私は、勝ったり負けたりの、凡庸な棋士に成り下がった。何のために指しているのか分からない。勝った嬉しさも、負けた悔しさも、以前とは比べ物にならないほど薄くなってしまった。女流3冠を達成した菜緒の背中など、全く見えなかった。菜緒はどんな世界を見ているのだろう?そもそも何故、私は将棋を指しているのだろう。これだけ情熱を失いながら。父親ばかりではない。見知らぬ人々からも「結婚で [続きを読む]
  • 駒花(44)
  • 通夜や告別式で顔を合わせた、将棋関係者の面々には気を使われた。私が桜花戦最終局を間近に控えているからだ。先生と仲のよかった同年輩の棋士仲間などは、私の顔を見るなり、今にも泣き出しそうな顔をしている人もいる。「大変な時だけど、気をしっかり持つんだよ」というような言葉が多く並んだ。本当にかけたかった言葉は「桜花のタイトルを取って、森村を喜ばせてあげてくれ」なのだという事も、痛いほど伝わってきた。 私の [続きを読む]
  • 駒花(43)
  • 菜緒へ挑んでいる桜花戦は、第3局に敗れ、1勝2敗。後がなくなった。第4局の3日前、私は先生を見舞った。眠っていた。パイプ椅子に腰掛けた奥さんが「さおりちゃん、ごめんね。話せる状態じゃないよ」と私に椅子に座るよう促す。奥さんは私よりも、病状を詳しく知っている訳だから、具体的にあと何日ぐらい持つのかという事まで知っているのだと思う。「先生、行ってきますね」私は先生の耳元で声をかけ、病室のドアへ向かった [続きを読む]
  • 駒花(42)
  • 先生は体調を崩し、入院してからも、病院から対局場所へ向かった。やがて、それもままならなくなり、休場届を提出し、治療に専念という形になった。この頃には、どちらかといえば太めの体形だった先生の面影は消え、日々やせ衰えていた。おそらく、先生はもう長く生きられないことを悟っていたと思う。 その頃の私は、菜緒に随分と水を開けられてしまっていた。手の届かない存在になりつつあった。具体的には、タイトル戦で戦って [続きを読む]
  • 駒花(41)
  • 菜緒との初めてのタイトル戦から、ちょうど8年が過ぎた。そしていま、菜緒と桜花の称号を賭け、争っている。矢沢菜緒桜花に私が挑戦する構図は、8年前と変わりない。 8年前、私は女流三冠に手を掛け、菜緒との初タイトル戦に臨み、フルセットの末、敗れた。しかし、4連覇中の天女戦で、桜花戦で防衛を果たし、勢いに乗って挑戦してきた菜緒をフルセットの末、下した。これで天女戦5連覇となり、私は永久天女の資格を手にした [続きを読む]
  • 駒花(40)
  • 時間を少し余している菜緒が、数分考え、落ち着いて指す。対する私は、程なく、持ち時間を使いきり、秒読みの中、感覚で慌ただしく指す。しかし、局面は菜緒の優位が消え、形勢不明となった。手の動きこそ、落ち着いてはいるものの、菜緒の表情はこわばり、やがて落胆へと変わりつつあるようだった。私は優勢を意識した。しかし、それを意識したとたん、冴えていた感覚が急速に鈍った。50秒、1、2、3、4。盤面が見えない。頭 [続きを読む]
  • 駒花(39)
  • 昼食休憩を挟んで、さらに10分ほど考え、ようやく菜緒は指した。思いもよらない手だった。それと同時に、苦し紛れの手にも見えた。私はさほど時間を要さず、局面を進めた。午前中の菜緒の表情はヒリヒリしたものから、苦しそうに歪んでいき、そして、午後からは落胆、諦めの色に変貌させていく事が私の狙いだった。しかし、菜緒の眼は次第に力を取り戻し、ついには爛々と輝き出した。それと反比例するように、私の心には迷いが生 [続きを読む]
  • 駒花(38)
  • 互いに矢倉の堅陣を組み上げ、先手の菜緒が、歩を突いて仕掛けた。私は受けてたった。奇策は用意していない。過去の直接の対局、菜緒の最近の棋譜はよく調べたが、奇策で勝てる相手ではない。ただし、俗手を積み重ねていても、勝ちは見えてこないだろう。この一局のどこかで、菜緒が青ざめるような一手を指せるかどうかが、勝負を決すると考えている。 駒がぶつかり合ってから、互いの考慮時間が長くなる。私が36手目を指し、現 [続きを読む]