オリバー さん プロフィール

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オリバーさん: オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 新着ブログ
ハンドル名オリバー さん
ブログタイトルオリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 新着ブログ
ブログURLhttp://ogccl.blog10.fc2.com/
サイト紹介文オリーブ園クリスチャン古典ライブラリーの新着メッセージを紹介
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供319回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2010/12/30 15:56

オリバー さんのブログ記事

  • キリストの十字架〜七重の解放の基礎 (2)
  • 二.内住する罪の支配する力からの解放 ロマ六・六 十字架は人を修復するのではない。人を終わらせるのである。キリストが死なれたのは私のためだけでなく、私としてでもある。彼が死なれたのは私から何かを取り除くためだけではないし、罪によってその中にもたらされた何らかの状態から私を贖うためだけでもない。代表者として、完全かつ決定的に、私を十字架に連れて行くためでもあったのである。 それゆえ、神の見方によると [続きを読む]
  • キリストの十字架〜七重の解放の基礎 (1)
  •  新約聖書の中にはカルバリに関する二つの独特な観点がある。福音書では外面が示されている――キリストの敵どもの計略、キリストの逮捕、彼らの偽りの証し、裁判での嘲り、死の判決、群衆、憎しみ、兵士たちの卑しい行い、鞭打ち、唾を吐くこと、呪い、イエス・キリストをローマの十字架に釘付ける行為、流血、これはみな「磔殺」という言葉で要約できる。これは第一に人類の罪の行為である。 しかし書簡では、われわれは異なる [続きを読む]
  • 主・御座・祭壇・人 (4)
  • 祭壇 この幻はまだ完結していません。そこに十字架、祭壇があります。そして祭壇の上に二つのものがあります。清めのための血があり、また火があります。ここでは血と御霊が共に働いています。何のためでしょう?神の栄光に対する妨げを全て取り除くために他なりません。三節の句がこの問題全体への鍵であることを、あなたは御存知だと思います。私たちの翻訳では「全地は彼の栄光に満ちている」というように述べています。しかし [続きを読む]
  • 主・御座・祭壇・人 (3)
  • 人 次に人です!この御座を前にして彼の方に目を向けるのは、ほとんど恐れ多いことです。彼は尻込みしているように思われます。この対比はあまりにも著しいため、誰もあえてこの人に言及しようとしないでしょう。それでも彼はそこにいます。主の啓示・除幕の前に、この御座の前にいます。この人はひれ伏しており、滅びるばかりです。愛する人よ、この人に関する次の点に注意してください。この点は恵みの働きのまさに本質です。す [続きを読む]
  • 主・御座・祭壇・人 (2)
  • 御座 これと関係する第二の点は御座です。「御座に座しておられる」。「私は御座に座しておられる、高く上げられた主を見た」。これは、御自分の民の使命に関する神の絶対的主権です。これがこの個所の要点だと思います。この個所が示しているのは大能者である主だけではありません――私たちは皆これを理解・認識しています――それだけでなく、ここのこれらの御言葉により、ある偉大な使命が今や水平線上に現れるのがわかります [続きを読む]
  • 主・御座・祭壇・人 (1)
  • 聖書朗読:イザヤ六・一〜八宮を占有される主 よく見ると、これらの節の際立った点は、第一に、主、高く上げられてその裾が宮を満たしている主御自身であることがわかります。そして、愛する人よ、私たちの心はこれに大いに同意・肯定して、「そうです、そこからすべてが始まるのです」と言います。すべては、高く上げられてその裾が宮を満たしている主御自身と共に、そこから始まります。そうでない限り、私たちは何も持つことが [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(8) 完
  • 真の基礎とその結果 最後に繰り返し強調して言いたいのは次のことです。まず第一に、自分たちがキリストを命として、自分の命として受け入れたことが確かでなければなりません。「神の無代価の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠の命です」。この賜物を受けたら次に、前進しつつ、「永遠の命を握りなさい」という勧めを思い出す必要があります。なぜなら、すべてがとても暗くて恐ろしい耐え難いものになって、死を受け [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(7)
  • 苦難によって完成される霊的備え しかし次に、神がヨセフの苦難の中におられたことがわかります。神の主権の御手の下で苦難が必要だったことがわかります。苦難は王座のために彼を備えるものだったのです。もし苦しむなら治めるようになります。これはたんなる苦難の事実のためではなく、苦難が私たちの内で成し遂げることのためです。ヨセフの苦難は偉大なことを成し遂げて、王座のために彼を整えたのです。 彼は仕える方法を学 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(6)
  • 選びの器に対するサタンの憎悪 これにはそれよりも更に深い何かがあると思います。ヨセフがキリストの型であり、それに何の疑いもない以上、彼の宿命はキリストのように王座に至ることでした。しかし、その王座を渇望する他の者がいました。この者は、この王座への大志を抱く人に対する状況を無茶苦茶なものにし、この王座に召された人々の生涯を何としても苦難と苦しみの生涯にしようと立ちはだかります。この光景全体の背後の影 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(5)
  • 真のビジョンの効果 次に何が続くのでしょう?苦難、拒絶、屈辱です!しかし、これは今述べたことと矛盾していませんし、父親の愛の否定でもありません。主イエスが十字架の道を行かれたことは、彼に対する神の愛に決して反するものではありません。まったくそんなことはありません!なぜヨセフは苦しんだのでしょう?ヨセフはどのように苦しんだのでしょう?最初に、彼は自分の兄弟たちから憎まれました。彼は兄弟たちの憎しみを [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(4)
  • 選びの器の神に対する独特な関係 しかし、ヨセフは父親に特別に愛されていたことに注意して下さい。ヨセフの試練について取りかかる前に、これを確立しておくといいでしょう。「主は愛する者を訓練し」、サタンは常にこれに反対します。私たちが困難、苦難、屈辱、拒絶の中にある時、「主はお前を愛していないのだ」という声が常に耳元にあります。ですから、ヨセフは父親に特別に愛されていたことに注意するといいでしょう。なぜ [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(3)
  • 王座と真の宿命 これがヨセフにしっかりと臨まなければなりません。これらの様々な段階に沿ったこの命の働きは、これらの様々な事柄を自然に神の子供の現実としますが、すべて一つの宿命、一つの目標に向かって進んでいます。この命の法則は、私たちの中で自由な道を与えられるなら、私たちを王座にもたらします。その結果は王座であり、神と共に統治することです。しかしどのようにしてでしょう?苦難、謙卑、拒絶によってです。 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(2)
  •  ヨセフがこれらの先立つ事柄をすべて体現していたことは極めて明らかです。次は何でしょう?次に彼はこれらのものを完遂します。苦難を通して統治に至り、拒絶を通して高揚に至り、低くされることを通して王座に至ります。ああ、愛する人よ、もし主イエスの命が私たちの中で自由な道を得るなら、それはこれらのものをすべて生み出します。この命は、自然にすべてが主に至る道を取ります。この命は、何が主からであり何がそうでな [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヨセフと命の法則(1)
  • 聖書朗読:ローマ八・二、一七、ピリピ三・一〇 さて、キリスト・イエスにある命の霊の法則の七つの働きの最後のものに来ることにします。私たちは、創世記のアダムからヤコブに至る人々によって私たちのために描写されているこの働きの諸々の段階を辿って来ました。そして今、最後の七番目であるヨセフに来ることにします。ヨセフは先立つ六人全員の集大成であり、この六人はヨセフにあって命の最終的豊かさにもたらされます。  [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(14)
  • 重要な学課 この実際的意義をあなたたちがどれだけ理解しているのか私にはわかりません。おそらく多くの疑問を抱えているでしょう。しかし、これは少なくとも一つのことを私たちに教えていると思います。それは、キリストにある満ち満ちた命に向かって進むには、主の民は霊的関係を持たなければならない、ということです。キリストの肢体たちの間にこのような関係――それにより秩序ある方法でキリストが増し加わる機会が生じます [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(13)
  •  そこで次に、すべては御子に関する神の御旨にかかっていること、そして、すべては「神の御旨はどのように実現されるのか」ということを鑑みて支配されていることがわかります。神が良しとされる方法は、キリストの増し加わりを第一として考案された方法です。それ以外のものはすべて神によって排除されます。秩序は技法ではありません。偶然ではありません。キリストの増し加わりのために確立された天的秩序の現れです。あるいは [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(10)
  •  次に、彼の服従から何と豊かな実りが生じたことでしょう。「一粒の麦が地に落ちて死なないなら……」。これは服従ではないでしょうか?その反対は何でしょう?私は死ぬことを拒みます、自分の命を捨てることを拒みます、自分の魂を手放すことを拒みます。私は自己に、自分のものにしがみつきます。「一粒の麦が地に落ちて死なないなら、それは一粒のままです。しかし死ねば(つまり、自分自身を明け渡せば、自分の命を手放せば、 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(9)
  •  もっとよく見るなら、これらの特徴はどれもキリストご自身のパースンの中に見いだされることがわかります。ああ確かに、御父に対するキリストの服従から私たちはどれほど恩恵を受けていることか!どんな恩恵を受けているのでしょう?このおかげで、一方では、キリストによる神の全ての啓示を私たちは与えられています。御父へのキリストの服従により、キリストによる神の啓示が現れました。「子は自分からは何もすることができま [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(6)
  • キリストの増し加わりがこの神聖な秩序の唯一の目的である 第一に、この秩序、教会におけるこの神の天的な秩序は、キリストの増し加わりの法則によって支配されています。 神の定めによって何が起きるにせよ、その目的はただ一つ、すなわち、キリストの増し加わりです。教会における天的秩序の一部として神が定められたものはみな、これを目的としています。私がこれから述べようとしている言葉には多くの意味がありますが、それ [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第七章 ヤコブと命の法則(続き)(5)
  •  そこで今、コリント人への第一の手紙に向かうことにすると、最初に導入されているのはこの世であり、二番目が人、天然の人です。他方、三番目が諸々の関係や人の関わり合いです。そこで、このコリント人への第一の手紙はすべて、矯正するための手紙であることがわかります。それはこの世に触れ、人に触れ、人間関係に触れます。これはみな矯正的です。それでは、この手紙はもっぱら何を取り扱っているのでしょう?この手紙の関心 [続きを読む]