オリバー さん プロフィール

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オリバーさん: オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 新着ブログ
ハンドル名オリバー さん
ブログタイトルオリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 新着ブログ
ブログURLhttp://ogccl.blog10.fc2.com/
サイト紹介文オリーブ園クリスチャン古典ライブラリーの新着メッセージを紹介
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供318回 / 365日(平均6.1回/週) - 参加 2010/12/30 15:56

オリバー さんのブログ記事

  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(11)
  •  そして、私たちはこの命の道の中にあります。それはこの信仰の道です。私たちは敵意が存在する地点を超えて着実かつ確実に進んでいると、私は信頼しています。私たちの心の中に神への敵意はあるでしょうか?神に失望しているでしょうか?神のことを腹立たしく思っているでしょうか?苦々しい気持ちや、遠慮があるでしょうか?そのようなものが何かあるでしょうか?そのようなものがもしあるなら、それは私たちの内に働く死の働き [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(10)
  • すべてのすべてである神 さて、この命の法則のすべての面をまとめました。命の御霊の法則とは何でしょう?それはどこでどのように働くのでしょう?最初から最後まで主御自身がすべてである、というこの立場に基づいて働きます。主御自身がすべてとなること、これがこの問題の核心です。「あなたの国、あなたの親族、あなたの父の家から出て行きなさい」。出て行きなさい――この地上のものに関する野心、たとえそれが神に関するも [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(9)
  • 遅延や一見矛盾のように見えるものを神は用いられる さて、第三に、アブラハムの事例では、一見死の道のように見えるものに沿って命が働いていることがわかります。この一見死の道のように見えることには二つの意味があります。すなわち、遅延という神の道と、矛盾という神の道です。神はアブラハムに息子を約束されましたが、約束して立ち去ってしまい、この問題を何年も放っておかれました。約束の成就が遅れたことは、神を信じ [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(7)
  •  往々にして、子供、幼稚園児、信仰の初歩的段階にある、あまり圧迫に耐える力がない人々に対して、神はすぐに結果を与えてしるしを顕わさなければなりません。成熟のしるしは通常、外側の顕現やしるしが差し控えられるようになって、神ご自身のためにただ神と共に歩むよう要求されるようになることです。神が外面的事柄を差し控えられるようになることが、神の学校を卒業したしるしです。これは、この命に野心を抱いているかどう [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(6)
  • 心を試すこと さて、アブラハムの第二の問題は、この地上における、神の事柄に関する野心の問題です。この問題は私たちを看破します。遂にアブラハムは先に進みました。諸々の関係に関する限り、天然の影響は少なくなりました。そして、彼は進み続けて約束の地の中に入りました。大願が成就しました。そのために彼はすべてを手放し、このことのために彼は信仰によって踏み出したのです。彼は約束の地の中に入りました。それは彼が [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(5)
  •  さて、もちろん、こう述べるには注意が必要です。なぜなら、独立の悪について私たちは多くの事を述べているからです。私が全く別の領域の中で話していることが、お分かりになるでしょう。これをはっきりさせたいと思います。まず第一に、霊的独立の性質を帯びているものはすべて間違っています。私が述べているのは主の民の間でのことです。それは神の団体的法則――これはまた命の法則でもあります――を破ります。また、私は霊 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(4)
  •  新生によって神の子供の内にあるこの神聖な命は神の命であり、それ以外の何物でもありません。この命を他の何物とも関わらせることはできません。これが他の物と共に働くことはありません。これが働くのはただ神と関係があるときだけです。神の御思い、神の御心、神の御旨と関係があるときだけです。この命は神の完全な御旨に私たちをもたらします。そうである以上、この命は全く神のためでなければならず、それ以外の関係はすべ [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(3)
  • 命の賜物は神からであり、全く神のためのものである 第一に、これはただ神と一緒に出て行く問題でした。これがいわゆる「アブラハムの召し」に関する神の意味だと思います。「主はアブラムに言われた、あなたの国、あなたの親族、あなたの父の家から出て行きなさい」(創一二・一)。あなたの国、あなたの親族、あなたの父の家!神の主権により、アブラハムは命の器となるべく選ばれました。型として、絵図としてです。この命、い [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第四章 アブラハムと命の法則(2)
  •  しかし、外に出て復活の立場に達することは、外に出て信仰の立場に達することを意味します。ノアは復活を象徴し、アブラハムは信仰を象徴します。「あなたはそこを出なさい」!命そのものが信仰の命です。生活方法について述べているのではなく、命そのものが信仰の命であると言っているのです。信仰――神の御子の信仰――は命です。もちろん、これは深遠な発言ではありません。これがいかに単純で初歩的であるかは、これを裏返 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(10)
  • ノアの証しは本質的に復活を含む さて、しめくくらなければなりません。ノアについて注意すべき二つの点があります。彼は義人であり、神と共に歩んだ、と述べられています。義人として、彼はアベルの特徴を持っていました。アベルは義人であるとの証しを得ました。また、神と共に歩んで、彼はエノクの特徴も持っていました。エノクは神と共に歩みました。このどちらもあなたを直ちに復活の立場にもたらして、ノアが何を象徴してい [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(11)
  •  しかし、そうであっても、霊的に外に出ているにもかかわらず、依然としてそのような状況に取り囲まれて、それによって悩まされ、煩わされ、天然の命によって圧迫されているわけですが、これには多くの忍耐が必要です。「忍耐によって、あなたたちは自分の魂を勝ち取るでしょう」。 もう一度強調させて下さい。これは復活の立場の上にあることを意味します。これがローマ六・三〜八を読んだ理由です。それが示しているのは死を通 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(9)
  •  さて、これがノアの時代の状況の顕著な特徴でした。そして神が最も忌み嫌われるのは混合です。神ご自身が御言葉の中で混合に立ち向かうことを示しておられます。神にとっては、光があり闇があり、死があり命があります。神が御旨を達成される時、命の水の川は水晶のように透明であり、何の暗さも見あたりません。新エルサレム、聖なる都は碧玉のように澄んでいて透明です。これはみな神にしたがっています。「神は光であって、神 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(8)
  • 区別の喪失に反対する証し人であるノア さて、もう少し詳しくノアのことを調べることにします。ノアの時代の顕著な特徴の一つは、清いものと清くないものとの間の区別の喪失でした。創世記六章二節に神秘的な記述があります。「神の子らは人の娘たちを見て(中略)選んだ者を妻に娶った」。最後の句「彼らは選んだ」はとても示唆的です。この記述の最初の部分の説明に立ち入ることは慎重に避けつつ、その上辺を解釈することにしま [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(7)
  •  自分の霊的生活に常に問題を抱えていた農夫の話を聞いたことがあるでしょう。その問題は、サタンが常に彼のところにやって来て、「お前は赦されておらず、キリストにある真の信者でもない。お前は本当に救われているわけではない」と彼に言うことによって引き起こされたものでした。ほぼ毎日、この訴えによって彼は落ち込み、ついに生活に耐えられなくなりました。ある日のこと、この訴えとその下で落ち込む惨めな気持ちのために [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(6)
  • 真実な安定した立場の重要性 さて、天然の命を拒否することを前提とする復活の立場を離れるなら、必ず直ちに命は阻まれて、死がそれに乗じます。私たちは天然と手を切って、天然の立場を自分の希望、確信、信用、期待の立場とすることを止めなければなりません。私たちは一度限り永遠にこれに決着をつけなければなりません。しかし、自分自身の天然とのこの恐るべき戦いを終わらせてこの問題に決着をつけるには、どれほど長い時間 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(5)
  •  いわゆる神への奉仕においても、私たちは自分自身の情熱、自分自身の熱心さ、自分自身の熱意で奉仕して、奉仕に打ち込んでいるのであって、神の御霊の力と活力――神に仕えるのはただこれによってでなければなりません――で奉仕しているのではないかもしれません。さて、「聖霊が私たちを捕らえる時、私たちは物事に打ち込まなくなる」と言っているわけではありません。確かに、聖霊が私たちを捕らえるとき、聖霊は私たちを用い [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(4)
  • 天然の魂の命は偽りの命である ここで前の黙想で述べたことを再び強調しなければなりません。カインはとても宗教的な人です。彼なりのやり方でとても信心深い人であり、神を礼拝の対象として理解・認識していました。自分の労働の成果である畑や木々の実を見渡した時、彼はおそらく最善のものを摘み取り、最も完全なものを選び、何が神に相応しいのかに関する自分の最高の判断にかなう供え物を献げました。私たちはそのことのゆえ [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(3)
  •  さて、ノアのもとに来る時、私たちは普遍的死の状況を見ます。死が視界のほとんどを占めます。それにもかかわらず、ノアの事例を支配しているのは積極面です。これを悟ることがとても大切です。ノアの場合、全てが水の中に沈んだにもかかわらず、最も重要なのは死の面ではありません。ノアの場合、支配的なのは命の面、積極面です。 ペテロが述べていることを再び示すことにしましょう。「ノアの時代に箱船が用意されつつあった [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第三章 ノアと命の法則(2)
  • 良い良心の基盤 今、命の法則の働きを説明するために、神によって用いられた三番目の人物であるノアに移ることにします。この人々の一人たりとも、他の者たちや残りの者たちから切り離したり分けたりできないことは、すでに見ました。彼らはみな重なっており、成長して他の人に至り、また、他の人から成長します。私たちは実際のところ一本の鎖、七つの輪からなる鎖の中にいることがわかります。この書を手に取る時、死の道のこの [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第二章 アベルと命の法則(12)
  • 照らしの必要性 しかし、理解力は照らされなければなりません――「あなたたちの心の目が照らされて」――理解力は照らされなければなりません。それはカインの道――それは魂の道であり、たとえ神に対して熱心で、神を認めていたとしても、魂は依然としてすべてを自分に引き寄せます――の代わりに、霊にある命が生じるようになるためです。カインはそうであることを認めようとしなかったでしょう。魂の命は、すべてを自分自身に [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第二章 アベルと命の法則(11)
  •  こう言ったからといって、一瞬たりとも誰も勘違いしないで下さい。霊の水準――そこではすべてが神から発し、自分自身からのものは何もありません――に生きる時、決して何もしなくなるわけではありません。全く何の働きも、何の活動もなくなる、と多くの人々が考えています。唯一の違いは活動の種類です。活動が減るのではなく、別の活動をするようになるのです。それは別の活動であり、その結果、神のために自分で推進した活動 [続きを読む]
  • 「キリスト・イエスにある命の霊の法則」第二章 アベルと命の法則(10)
  •  さて、前に述べましたが、私たちは信者や不敬虔な者を包括する領域よりも遥かに狭い領域の中にあります。愛する人よ、進み通して前進し続ける命、神の印影でありしるしである命、神から出た神に受け入れられる命とは、霊の道筋に沿う命です。死は、形式、礼拝、神認識、宗教といった外見上似通っているものをすべて持ち合わせていたとしても、死以外の何物でもありません。目標に達することはできませんし、進み通すこともできま [続きを読む]