河野真樹 さん プロフィール

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河野真樹さん: 河野真樹の弁護士観察日記
ハンドル名河野真樹 さん
ブログタイトル河野真樹の弁護士観察日記
ブログURLhttp://kounomaki.blog84.fc2.com/
サイト紹介文専門紙記者・編集長として約30年活動してきた法曹界ウォッチャーがつづる弁護士の付き合い方、生態、裏話
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2011/01/03 10:37

河野真樹 さんのブログ記事

  • 伝わっていない司法試験「選抜機能」の危機
  •  千葉県弁護士会の及川智志会長が9月13日付けで、今年の司法試験結果を受けた声明を発表しています。合格者数を1000人以下とすることと、予備試験合格者数を不当に制限しないことを政府に求める、という基本的な要求は、2012年以来、毎年、司法試験結果を踏まえて、同会会長が声明として発表してきた内容と変わりません。ただ、今年の会長声明には、この要求の前に、次のような内容が加わっています。  「当会は、平成29年司法 [続きを読む]
  • 弁護士「心得違い」論に対する姿勢
  •  今回の司法改革が、この国の弁護士について浮き彫りにしたものの一つとして、弁護士に対する「心得違い」論の根深さがあるように思えてなりません。端的にいえば、弁護士の姿勢批判というべきもので、弁護士自身の姿勢転換の決断ひとつで、事はどうにでもなる、社会が利益を得る方向で改善し得る、という見方です。 そもそも「改革」は、マスコミの取り上げ方も含めて、そうした期待感を煽るものであったことは事実であり、さら [続きを読む]
  • 「改革」自己目的化への視線
  •  法科大学院関係者の中からは、相変わらず、制度存続のために、もっと便宜が図られていい、という論調が聞かれます(「法科大学院『本道』をめぐる現状認識と自覚の問題」)。そして、法科大学院の撤退に注目する大新聞も、これを批判的に取り上げてはいません。 最近も、朝日新聞が法科大学院の相次ぐ募集停止に注目しながら、司法試験合格実績が低い未修コースを実績校に絞ったり、大学法学部と大学院の連携を強める検討が始まっ [続きを読む]
  • 破壊された関係をめぐる無理への認識
  •  個人経営型の法律事務所が、当たり前のように新人弁護士の受け皿になり得ていた時代には、それなりに分かり易く、無理のない両者の関係が存在していました。経営弁護士が新人弁護士に期待したのは、自分が獲得した仕事を忠実にこなす労働力であり、新人はあくまで給料を与える労働者でしたが、そこには基本的に二つの認識があったようにみえました。 一つは新人が新しい仕事を獲得するのは所詮期待できないし、それは無理という [続きを読む]
  • 「改革」と弁護士処遇をめぐる誤解
  •  一時代前の多くの弁護士たちには、基本的に自分たちが社会から処遇されないなどいうことは考えられなかったと思います。少なくとも、正当に処遇されないかもしれないという不安感は、たとえ報酬に対する依頼者の不満に接することがあったとしても、希薄だったのではないでしょうか。 それは、この「改革」に対する彼らの当初の受けとめ方のなかでも、変わらなかったようにみえました。弁護士の間では、いわゆるこれまでの自分た [続きを読む]
  • 「町弁」衰退がいわれる「改革」の正体
  •  いわゆる町弁(マチベン)の衰退がいわれ続けています。業界内でも、その将来性についての悲観的見方は強まる一方にみえます。「改革」の増員政策の影響が直撃したのが、この町弁であるという見方も、いまや弁護士のなかでは一般的です。増えても需要は増えない「改革」の結果は、この仕事で従来主流だった個人開業型の弁護士モデルにとって、最も酷な経済環境をもたらした(「『自由業』弁護士の終焉」)。そして、その中からは、事 [続きを読む]
  • 「改革」が曖昧にした弁護士業と商業主義
  •  弁護士の業務広告の「解禁」が注目され出したころ、ある広告業界の人間が、これに懸念の声をもらしたのを覚えています。「弁護士・会は大丈夫だろうか」と。もともと全面禁止されていた弁護士の広告が、1987年に「原則禁止・一部解禁」となったときも、2000年に「原則解禁」となったときも、広告業界では、これに注目し、そこにビジネスチャンスがないかを模索する動きがありました。 しかし、当初、同界関係者からは、ほどなく [続きを読む]
  • 変わらない弁護士報酬「不評」から見えるもの
  •  相変わらず、弁護士会外の人間からは、弁護士報酬の高さについて不満の声を聞きます。ネットなどで情報にアクセスでき、弁護士側もかつてに比べれば情報開示に積極的になっているわりに、一般的には依然として相場観のようなものが形成されていない、ということは、以前も書きました(「弁護士報酬をめぐる不安感と不信感」)。  額の高さの不満には、どうして安くならないのかという根本的な疑問が張り付いています。弁護士の数 [続きを読む]
  • 議論すべきことを遠ざける「改革」推進派論調
  •  「弁護士報酬お布施論」といわれても、知らない弁護士はいまや多くなっているようです。「ミスター司法改革」といわれた、故・中坊公平弁護士が提唱し、その後、弁護士会のなかでも、現実離れ論の代表格のような扱いをされてきた論です。当初の「改革」論議そのものを知らない弁護士が増えているなか、それが言われたという事実を知らないのは当然ですが、はじめから弁護士は専門サービス業であると認識して、この世界に来た人か [続きを読む]
  • 法科大学院関係者の「印象操作」から見えるもの
  •  ある職業の養成過程がどんなに充実しているとうたっても、その職業自体に魅力がなければ、その過程を人が目指さなくても当たり前です。養成過程とその職業は、一体となって、そのことを考えなくてはならないはずです。養成過程の負担がその職業につくメリットを上回ることも、養成過程を存続させるために、職業自体の現状を考慮しないという発想も、本来、出て来ないはずと思えます。そして、今回の「改革」をめぐる法科大学院制 [続きを読む]
  • 「実現可能性」から逆算されていない弁護士像
  •  かつての司法改革論議について、触れた話をすると、以前から弁護士会のなかには、「いまさらそんなことをいっても仕方がない」といった反応をする人たちがいます。要は、「改革」路線は既に選択されてしまったのだから、これからどうすべきかを問題にすべきであって、過去を振り返るのは建設的ではない、というのです。 趣旨は分かりますし、こうした論調に納得される方もいるようですが、やはり不思議な感じがしてきます。選択 [続きを読む]
  • 弁護士の「地位」と失われつつあるもの
  •  「弁護士の地位」という言葉から、今、弁護士会内の多くの会員は、まず、どういうことを思い浮かべるのでしょうか。「改革」の増員政策によって、弁護士がこれまでにも増して、競争や淘汰を意識するようになるなか、経済的に恵まれている、高い社会的地位に、これまでのようにあぐらはかけない、という自省に向う脈略で、この言葉をとらえる人はやはり少なくないように思います。 しかし、思えば、一時代前まで、この言葉は、主 [続きを読む]
  • 弁護士の「労働者」性というテーマ
  •  弁護士の「労働者」性という、おそらく一般的には理解しにくい議論が弁護士会内にあります。理解しにくい、というのは、議論の内容そのものというより、なぜ、それが議論の対象になるのか、というところにあるように思います。 こうした問題が、これまでも弁護士側で議論される場合のキーワードは常に「職務の独立」あるいは「自立性」というものでした。それは、組織内弁護士のあり方や、労働者派遣の対象化をめぐる議論でも、 [続きを読む]
  • 専門資格業「岩盤規制」改革の失敗体験
  •  加計学園問題で注目される形になった獣医学部新設、獣医師養成というテーマに、弁護士増員政策、法科大学院制度創設といった司法改革が被せられて語られ始めています。正確にいえば、被せられているのは、それらの「改革」の失敗体験です(「郷原信郎が斬る 獣医学部新設は本当に必要なのか〜『法科大学院の失敗』を繰り返すな」) 。 両者は一見して共通する課題を抱えています。例えば、需給見通し、教員確保、あるいは地域に [続きを読む]
  • 企業内弁護士への期待感と「弁護士余り」の関係
  •  2001年当時は66人だったが企業内弁護士が、今年4月時点では約30倍の1927人となり、弁護士全体の5%近くを占めるようになった、という記事を、6月22日付けで共同通信が配信しています。増員政策を伴った、今回の「改革」で、この現象は確かに特筆すべきものかもしれません。ただ、この配信記事も、ここ数年の、この現象に関するメディアの取り上げ方同様、お決まりといっていい次のような括り方をしています。 「『弁護士余り』 [続きを読む]
  • 「国民的基盤」論の危い匂い
  •  司法改革や、弁護士会のあり方をめぐって、法曹界の議論のなかで、度々登場してきた「国民的基盤」という切り口には、共通したある匂いを感じてきました。それは、さも正当な、大前提として語られるこの言葉のなかに、現実の国民の意思のようなものが、現実的にどこまで汲み取られてるのかが見えない、その危さの匂いです。 そもそも「民主主義国家」であるわが国では、朝野を問わず、「国民」を冠した政策決定や主張には、当の [続きを読む]
  • 激増政策の中で消えた「法曹一元」
  •  日弁連が組織として、司法試験合格者年間3000人を目指すという「改革」の法曹人口激増方針を受け入れることになった2000年11月の臨時総会決議について、当時を知る弁護士のなかには、これを「歴史的」という言葉を冠して語る人がいます。ただ、言うまでもないかもしれませんが、これには多くの場合、皮肉なニュアンスが込められています。その後の弁護士業と法曹養成を劇的に変えてしまう大失策を、この時、日弁連が堂々と選択し [続きを読む]
  • 「改革」が変えつつある弁護士の姿
  •  話題になっている青山学院大学法務研究科(法科大学院)の来年度からの学生募集停止について、三木義一学長が発表した一文には、次のような下りがあります。 「本学法務研究科は、2004年度に設置され、いわゆる法科大学院の一つとして、これまで数多くの司法試験合格者を輩出してまいりました。しかしながら、法曹の増大に対応した社会環境が十分に整わなかったこと等のために、法科大学院受験者の減少が続いてきました」 三木学 [続きを読む]
  • 「改革」推進者の中の現実感
  •  弁護士界外の人のなかには、今回の「改革」で弁護士たちが自らの保身のために、増員政策に一貫して徹底的に反対し続け、現在に至っている、というイメージを持たれている人が依然として多いことに気付かされます。なぜ、そういうことになっているのか、といえば、結局、「改革」の経緯を知らない人にも、「保身のため」という想定にはリアリティがある、ということではないか、と思います。 数が少ない、自分たちの生存に有利な [続きを読む]
  • 「左傾」とされた日弁連の本当の危機
  •  産経新聞が、予告していた通り、日弁連の「政治偏向」に焦点を当てた連載企画「戦後72年 弁護士会」の第2部を5月18日から5回にわたり掲載しました(「日弁連『偏向』批判記事が伝えた、もうひとつの現実」)。「左傾のメカニズム」と題し、2016年会長選、対外的意見表明のシステム、国家秘密法反対運動への司法判断、資金と会費、日本弁護士政治連盟を取り上げて、日弁連が「左傾化」しているとして、これでもかと危機感を煽って [続きを読む]
  • 「いらない」論の深層
  •  今、弁護士会からは、さまざまな「いらない論」が聞えてきます。司法修習、法科大学院、弁護士自治・弁護士会強制加入、そして、その意味も含めた日弁連・弁護士会まで。改めて言うまでもありませんが、さまざまな異なる意図や方向性を持った、これらに対する不要論は、今回の司法改革が結果的に生み出したという点では、共通しています。そして逆に、それらの立場を大きく分けているのは、弁護士会内にある「改革」に対する肯定 [続きを読む]
  • 法学部生の意識から見る法曹志願者減の現実
  •  2月13日に開催された中央教育審議会の第78回法科大学院特別委員会で、興味深い資料が配布されていました。法務省と文科省が昨年9月から10月にかけて、2015年の司法試験合格者数上位20校の法科大学院設置を置く大学の法学部生を対象に実施した志望に関するアンケート調査(有効回答数5071人)の結果です。 調査の目的には、「法曹志願者の減少に関する要因等を把握し、今後の施策の検討に活用する」ことがうたわれています。いわば [続きを読む]
  • 日弁連「偏向」批判記事が伝えた、もうひとつの現実
  •  4月4日から産経新聞が「戦後72年 弁護士会」という企画記事の連載を始めました。「第1部 政治闘争に走る『法曹』」は同日から8日まで連日、5回の連載で、毎回1面と3面(5回目だけ3面のみ)に分け、それなりのスペースを割いており、この企画に対する、力の入れようがうかがいしれるところです。 この第1部のタイトルを見ただけで、この企画が何を言いたいのか、想像できる方が、少なくとも当ブログをご覧頂いている方のなかには [続きを読む]
  • 法科大学院制度にしがみつく虚しさ
  •  西南学院大学法科大学院の今年度の入学者が、遂に前年を12人下回る3人にまで落ち込んだことが話題になっています。2004年開校時の実に17分の1です。同大学院の入学者は2007年の63人をピークに下降していましたが、それでもなんとか二桁をキープしていました。受験者数も回復することなく、今年度は41人と開校時の約9分の1でした。18人が合格していますが、8割以上の人が併願している他校に行ったか、進路を変更したということに [続きを読む]
  • 弁護士「資格」必須度というテーマ
  •  今回の司法改革で生み出された法科大学院を中核とした新法曹養成制度の発想について、かつて法知識の集中型モデルであると指摘した学者がいました。それは、専門家以外に法知識が分布せず、素人とプロの壁がはっきりしている世界であり、企業にも、中央官庁にも法知識を兼ね備えた優秀な人材がいる、これまでの日本の拡散型モデルとは、基本的に異なるものを目指したのだ、という見方です(「『事後救済型社会』と法科大学院の選 [続きを読む]