ぜっきあいず さん プロフィール

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ぜっきあいずさん: 銀『塩』鐵道の夜
ハンドル名ぜっきあいず さん
ブログタイトル銀『塩』鐵道の夜
ブログURLhttp://imahamayatomi.at.webry.info/
サイト紹介文愛する蒸機達が国鉄線上から姿を消して35年の節目2011年に始める、想い出の銀塩鉄道写真の旅。
自由文誰からもホメてはもらえそうにない初代の怪しいハンドルネームは、国鉄蒸機終焉時のあの抜け殻のような自分自身を自虐的に表したもので、大学鉄研当時のニックネームでした。このblogはその前後約四十年の写真を公開しています。blog二年目からは、鉄チャン的にはごくありきたり(?)なハンドルネームにしてみました。どうぞお気軽にご来訪&コメントをお願いします!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供128回 / 365日(平均2.5回/週) - 参加 2011/01/03 15:27

ぜっきあいず さんのブログ記事

  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 完 -
  • 随分長く滞在したかのような印象を持たれたかもしれないが、40年以上前の懐かしい「彼の地」との再会の旅は、実はたった数日間だけの、慌ただしい旅だった。その最後の夜、離道前日の宿泊地は千歳にした。ご他聞に漏れず、軟弱にも空路帰途に就くためだが、もうひとつの理由はふと成吉思汗を食べたくなったから。千歳ほどの街なら、それほど苦労せずに見つけられるだろうと思ったのだ。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 追分(4)-
  • 41年前のキューロクとの惜別の夜を振り返りたかったこともあるが、追分に宿泊したのには、もうひとつ理由があった。D51241との再会・・・あの年の12月、241号機は特別意識はしていなかったし、むしろ最後まで残ったナメクジ70号機や、苗穂工場最終出場機603号機を好んで撮影していた。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 夕張 -
  • 蒸機終焉直前の最後の数日間、まるで何かに憑かれたかのように通い詰めたのが夕張だった。そんな特別な思い入れと思い出のある夕張が、10年程前の市の財政破綻に始まって、昨年には異例の廃線逆提案と、ここのところ暗い話題でしか全国版ニュースに登場しないのには、胸が痛む。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 鹿ノ谷 -
  • 鹿ノ谷も、重厚な木造の跨線橋が印象的な駅だった。その跨線橋を渡ると夕張鉄道の蒸機の庫があったはずで、初めて渡道した昭和50年3月ならギリギリ間に合っていたのに、結局訪れることもないまま、春の訪れを待たずにキューロクどころか夕張鉄道そのものが、姿を消してしまった。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 沼ノ沢 -
  • 沼ノ沢は、北炭真谷地専用線の事が記憶に残っている駅だ。42年前のあの日、夕張線では煙モクモクのありきたりの走行写真しか撮れず、自己嫌悪気味になって沼ノ沢に来てみると、何やら駅前に人だかりができていて騒がしい。何事かと聞いてみると、専用線で映画のロケが行われているという。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 幌内(2)-
  • 人の気配が感じられない炭住跡を目の当たりにしたり、暗い印象が拭えない幌内。しかし、ちょっぴり嬉しい発見もあった。旧幌内支線は結構な急勾配のはずなのに、いつの間にやらほぼ全区間をトロッコで往復運転体験ができるようになっている。もちろん冬期は不可、雪のない時期に再訪するとしよう。 [続きを読む]
  • 彼の地は今… SRT101北帰行 - 栗丘(4)-
  • 美しく弧を描いたレイアウトの栗丘を往き交う蒸機達の姿は今も印象に残っているが、栗山トンネルの崩落が駅の様相を一変させてしまったのだろう、交換駅としての機能を失った下りホームは跨線橋が封鎖されて渡ることさえできず、その惨状は目を覆わんばかり・・・ [続きを読む]