jhm さん プロフィール

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jhmさん: I shall be released
ハンドル名jhm さん
ブログタイトルI shall be released
ブログURLhttp://jhm1998.exblog.jp/
サイト紹介文函館のどこかを撮っています。たまに旅先の写真も撮ります。時々毒を吐きます。
自由文函館よ、世界に届け。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供217回 / 365日(平均4.2回/週) - 参加 2011/01/04 10:29

jhm さんのブログ記事

  • とても限定的な、とても弁天町的な台風被害
  • 今朝、姿見坂と大黒通りの角に面する市営住宅前のの様子を撮影しました。市内ではもっと大きな被害もあったかと思いますが、仕事の関係上、時間的に撮れたのはこれだけでした。あぁ、近くのバス通りの空家の屋根のトタンもめくり上がっていましたが、それは撮らないでおきました。いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つの お願いします。(笑) にほんブログ村 [続きを読む]
  • 私の所持品
  • えー、芸能人でも著名人でもない私が私物を自ら公表するのは、とても馬鹿げていることなのですが、本日の台風の影響で、本日やらなければならなかった仕事がとても閑散とした状態になったため、ちょっとした時間つぶしと写真撮影の練習のためにスーツから所持品を取り出して撮影してみました。何の意味もないただの暇つぶしの成果ですので、どうか「この人何か勘違いしているんじゃないの?」とは思わないでください(笑)最初写真 [続きを読む]
  • 君たちは輝いている
  • 西部地区は観光客がいっぱいだ。観光客は休みとって、ちょっとお出かけ用の服を着、カップルや友人同士・家族などで西部地区にやって来る。平凡で融通のきかない仕事から離れて自分の住んでいない街に旅に出る。これほど解放された時間はないだろう、みんなキラキラしているだから西部地区は若々しい。君たちの姿を毎日のように見ていると、自分も旅に出たくなる。だから私も旅に出るようになった。来てくれてありがとう。君たちが [続きを読む]
  • 銀座と函館西部地区
  • 既にご報告した通り、私はお盆休みに東京に行き、その大半を銀座で過ごすことになった。と言っても、ほぼただ街をぶらぶらするだけの「銀ブラ」状態だったのですが、函館に帰って来てからふと思ったことがあった。それは、そのブランド店舗名に銀座という文字が入っているケースがとても多いということだった。私がまとめてお土産を買った「松屋」の紙袋にも「MATSUYA GINZA」という文字があった。街を歩いても「〇〇銀座」という [続きを読む]
  • 樽で23年、瓶で17年のマッカラン
  • 「ごん」を出た後、狸小路を東方面(駅前通り方面)向かって、5丁目から4丁目への横断歩道を渡ったところで南側(右側)少し歩くと「3・4ビル」というビルに入った。目的は5か月ぶりの「ドゥ・エルミタアヂュ」だった。実はその前の「ごん」でけっこう出来上がっていたのだったが、まだホテルに帰るのは早いし、ちょっとだけ寄って行こうという軽い気持ちで行ったのだった。その店がある階がありがたい。ビルの最上階10階にある [続きを読む]
  • くせになりつつある「蕎麦とお料理 ごん」
  • ゴッホ展の前夜、夕方札幌に着いてしばらく休み、食事に行こうとホテルを出て歩き始めると、自然と狸小路7丁目方面に向かっている自分がいる。この狸小路7丁目付近には美味しいお店がけっこうな密度で点在している。その中のひとつが「ごん」だ。そして、この時もついつい札幌に滞在3回連続で「ごん」に行ってしまった。もうくせになりつつある。その理由が上の写真だ。普通の料理店であれば刺身用の新鮮そうな魚介類をカウンター [続きを読む]
  • ファン・ゴッホ展
  • 北海道近代美術館のゴッホ展に行って来た。ゴッホの多くの作品を一度に見るのはこれが初めでだった。そして自分が感じたことは、ゴッホは本当にこれらの作品を描きたかったのだろうか?ということだった。自らの命を絶つまで、ひょっとしたら本当に描きたかったのは違うものなのではなかったのか、という疑問を持った。その中でも、「アルルの寝室」は自分の気持ちを素直に描いた傑作であったと思ういつもお読みいただきありがとう [続きを読む]
  • 夏の人たち
  • いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つの お願いします。(笑) にほんブログ村 [続きを読む]
  • 弁天町でのライブ
  • 29日夜、弁天町の「HAKODATE BAND WAGON」でタトゥーファミリーライブがあった。このバンド、全員私より年上のメンバーにも拘らず、溢れ出てくるパワーは私の何十倍もあったそれは、昔(約40年以上前)函館で自然発生的に発生していたパワーだった。それを最初に(と私が想像している)人前で演じたのがタトゥーファミリーの白倉さん兄弟だった。当時誰もが競って演じていた泥臭いブルース系のロック。その函館のアマチュアミュー [続きを読む]
  • 珈琲だけの店 カフェ・ド・ランブル と エアポートラウンジ
  • GINZA SIXを出て新橋駅方面に向かった。午前中、歩くのに不必要なものはロッカールームに預けて、少しでも身軽にしていたため、それを回収するのに新橋駅に行かなければならなかったのだ。だが、空港に向かうのにはまだ早い。単なる暇つぶしを考えるくらいの心身の余裕もなかった私は、東京に来る前に知人に聞いた「ランブル」という珈琲店を思い出した。早速検索して場所を確認したら銀座8丁目であった。8丁目なら新橋駅のすぐ近 [続きを読む]
  • 私にとっての銀座、そしてGINZA SIX
  • 2泊3日の東京旅行の最終日の朝、私は泥のように眠っていた。前夜は12時頃に寝たにも拘らず、目が覚めたのは午前9時頃だった。足の痛みのためにそれをかばうように歩いていたため、歩き方のバランスが崩れ全身が疲弊していたのだろうか。深い眠りに入ってしまったようだ。朝食の受付が9時半までであったため、最終日のホテルでの朝食は諦めた。急いで用意するほどの元もなく、それならゆっくり室内にあるドロップ珈琲を飲み、ゆっく [続きを読む]
  • PM11時から11時30分までの銀座通りと夜景
  • スタア・バー・ギンザを葉山の方と一緒に出たのは午後11時少し前だった。私は歩いてホテルまで帰ると、電車に乗る彼と途中で別れて銀座通りを歩いた。並木通りのどこかで(どこなのかはよく覚えていない)別れて、4丁目から銀座通りに向かうと和光が見えた。もちろんそれを知ってでの進路変更だったのだが、いつまでも変わらずそこままの姿でいる建物を見ると、そこに底辺にある力を感じるからだ。そして、どこか少しホッとする。 [続きを読む]
  • スタア・バー・ギンザ
  • 東京に行く前に、シェアーズ・ヒシイの入村さんから聞いて行ったお店。彼の話では日本バーテンダーズ協会の会長が経営しているお店だということだが、そういう前知識が不要であるとお店に入った瞬間感じた。恐らく、銀座でバーを作るのならこんな感じにしなければならないから当然のようにそうした、とでも言いたそうな、昭和の初期のバーを彷彿させるバーだった。2000年開店の、この世界でまだ新しい部類に入りそうですが、店内は [続きを読む]
  • 東京駅と昼のホテルのロビー
  • 皇居外苑を後にすると、昨日お付き合いいただいた葉山の方と、私が宿泊しているホテルのロビーで待ち合わせすることになったため戻ることにした。しかし、お伝えいた通り、足に異変が生じていたため、たった2駅ほどだが電車で戻ることにした。もちろん一番近い駅は東京駅だった。信じられない話かもしれないが、私は東京駅に降りたことがない。また東京駅から乗ったこともなかった。利用するのは乗換の時だけだった。だから駅構内 [続きを読む]
  • 夜の神楽坂の料理店と午前1時の銀座のホテル
  • 鎌倉を後にして都内に戻り、宿泊先のホテルで私のチェックインしてから我々は神楽坂に向かった。何十年も昔、どういう経緯でここに来たのかは憶えていないが、その時は料亭の街なのかなというイメージを持っていたのだけれど、近年お洒落なスポットとなってからは、メインストリートは岩優る飲み屋街になっていた。でも我々の目的地はそのメインストリートから小路に入った奥にある料理店だ。元々おでんをメインとした「こんぶや神 [続きを読む]
  • 葉山「ラ・マーレ」と鎌倉
  • 羽田空港に着くと京急線で真直ぐ逗子へ。改札口を抜けるとそこにはいつも私のことを陰ながら見守ってくれている大切な人(女性ではない)が迎えに来てくれていた。その方のご自宅にちょっとだけ寄り、すぐに連れて行ってもらったのが「ラ・マーレ」だった。この時はお茶だったが、ランチは3000円から5000円するようだ。葉山の海が見える席に座ると、北海道の海に面しているお店とは全く違う香りをそこらへんに漂わせてくれているよ [続きを読む]
  • 東京への空の旅の始まりと終わり
  • 人に話すと、「えっ!」と驚かれてしまうことが多かったのですが、飛行機の旅は約20年ぶりくらいでした。おまけにもっと驚かれたのは東京の街をうろつくのは何と30年近くぶりだったのでした。ですから今回飛行機に乗って東京に行こうと決めるのにはちょっとした思い切りが必要でしたが、でもそれを考えた時迷っても時間が過ぎゆくばかりだと行くことにしました。そして離陸して高度が高くなっ時に写真におさめたかった雲の上の青空 [続きを読む]