RYO さん プロフィール

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RYOさん: 金森戦記外伝-歴史私記
ハンドル名RYO さん
ブログタイトル金森戦記外伝-歴史私記
ブログURLhttp://ameblo.jp/heavenryofukuto/
サイト紹介文金森戦記の管理人のブログです。
自由文飛騨の歴史、金森長近、金森氏の歴史紹介サイト「金森戦記」の管理人のブログです。日常や城・寺社仏閣・甲冑・時代まつりなどを掲載します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供151回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2011/02/10 12:51

RYO さんのブログ記事

  • 【武具】田峰城の甲冑
  • 武具の記事です。今回は、前の記事の田峰城に訪れた時に飾ってありました。武具の紹介です。関東の北條系の紙甲冑教室ベースですが、なかなか彩りがよくて同じスペースに飾ってあった鉄製の現代甲冑よりも見映えがよかったので掲載しました。↑なんと寄贈のようですが、製作者&寄贈者が「菅沼さん」です。ご子孫かもしくは同性の方でしょうか? 狙ったようで、思わずクッっと笑ってしまいました。田峰城の城主、田峰菅沼家は、「 [続きを読む]
  • 【史跡】田峰城
  • 史跡めぐりの記事です。今回は、奥三河、愛知県北設楽郡設楽町にある田峰城です。いろいろな建物が推定復元されて中世城郭の雰囲気が楽しめます。田峰城(だみね)田峯城は、田峯菅沼氏累代の本城で、文明2年(1470)菅沼定信が築城しました。天正3年(1575)、城主・菅沼定忠は「長篠の戦い」で大敗した武田勝頼を田峰城に迎え入れようとしましたが、留守居の親族・菅沼定直が入城を拒絶したため、わずかな手勢での逃避行を強いら [続きを読む]
  • おんな城主 直虎 ダイジェスト展(新城市)
  • 鉄砲隊の練習日の日に、愛知県新城市設楽原古戦場資料館で開催された「おんな城主 直虎 ダイジェスト展」を見てきました。織田信長という名称すら登場しない桶狭間の戦いが瞬殺で終り、衝撃でしたが、最近は、家康が岡崎城に帰還してからは、鵜殿氏や上ノ郷城など三河地方の耳慣れた城や地名などが登場していますので楽しんでます。↑チラシ。このダイジェスト展では、ドラマ用衣装をはじめ、小道具、出演者の直筆サインなどを展 [続きを読む]
  • 【2017】practice in sitagahara
  • 本年度最初の甲冑着用にて愛知県新城市設楽原古戦場資料館で火縄銃演武の練習会がありました。梅が咲き並び春を感じながらも、微妙に風が強く寒かったです。↑設楽原古戦場資料館にて。ここはいわいる日本合戦の転換期の重要な戦い、長篠・設楽原の戦いの主戦場なので聖地というべき地です。テンションは上がりますね。↑本年は、直虎展も開催されていました。新城市の鳳来寺は、井伊直政が勉学に励んだお寺で直虎も訪れた地なの [続きを読む]
  • 【おでかけ】HARUKAZE
  • おでかけの記事です。春風の気持ちいい天気のいい日だったので、近所の東山動植物へ散歩へ行ってきました。梅を見に行きました。東山動植物は、本年度で80周年というメモリアルな年です。桜も綺麗なので、来月も附近を散歩するのが楽しみです。一ヶ月前は、鳥インフルエンザで閉園になっていましたが、今は無事、再園して沢山の人で賑わっていました。まさか近所が鳥インフルエンザの感染エリアになるのは、ビックリしました。 [続きを読む]
  • 【武具】金小札白糸素懸威胴丸具足
  • とりあえずネタ不足ですが、ブログ放置も心もとないので甲冑の写真でもあげときます。今回は、前田利家の金小札白糸素懸威胴丸具足です。現代甲冑のレプリカですが、それでも金鯰尾兜がインパクトある具足です。金小札白糸素懸威胴丸具足天正12年(1584)の末森合戦の時、前田利家が着用したものと伝えられて恩賞として奥村永冨に与えたものの一つ。兜高は67.5センチあります。現代甲冑では二枚胴具足となっていますが、本物は小 [続きを読む]
  • 【史跡】千村氏陣屋
  • 史跡めぐりの記事です。ちよっとマイナーですが、前回の記事、久々利城の麓にある千村氏陣屋です。現在は、可児郷土歴史館となっています。千村氏陣屋(ちむらし)慶長8年(1603)、関ヶ原の戦功で千村良重が、土岐・可児・恵那郡に4千4百石で入封。久々利に陣屋を構えました。千村良重は、木曽氏の一族で木曽義昌・義利に仕えていたが、慶長5年(1600)、小山の陣に参陣し家康に仕えた。千村氏は、尾張徳川義直付となり、在地領主 [続きを読む]
  • 【史跡】久々利城
  • 史跡めぐりの記事です。今回は、岐阜県可児市にある久々利城です。最近、城の曲輪の木々を伐採したためとても遺構がよくわかるようになってかなり見所のある史跡になりました。久々利城(くくり)城は美濃守護・土岐氏の庶流、久々利氏の居城で永禄8年(1565)、東美濃に侵攻した織田信長は金山城主として森可成を置き、久々利氏はその配下となりましたが、「本能寺の変」で信長が討たれると、久々利頼興ら国人衆は森長可に対して一 [続きを読む]
  • 【史跡】茨木城
  • 史跡めぐりの記事です。今回は、大阪府茨木市にある茨木城です。高槻に行った時、隣町の茨木市にも立ち寄って茨木城を訪れました。城跡付近は、道が狭く、車だと難儀しそうな場所でした。茨木城(いばらき)城は、室町期、茨木氏の城でしたが、茨木氏が、荒木村重と戦って滅び、茨木城はこの戦いで軍功をあげた中川清秀が城主となりました。賤ヶ岳の合戦で中川清秀が討死にすると、茨木城は豊臣秀吉の預かり城となりました。城主は [続きを読む]
  • 【史跡】高槻城
  • 史跡るぐりの記事です。今回は、大阪府高槻市にある高山右近ゆかりの地、高槻城です。最近、右近といえばカトリックの「福者(ふくしゃ)」に認められましたね。高槻城址(たかつき)城は、永禄12年(1569)に和田惟政が城としての基礎を固め、天正元年(1573)に高山右近が町屋を城内にとりこんで堅固な城郭を築きました。また右近は熱心なキリシタンで、キリスト教を手厚く保護し、天主教会堂を拠点に布教をすすめてたと伝えられてい [続きを読む]
  • 小牧山城発掘調査現場
  • 濃尾平野にも雪が降りましたが、2月11日、土曜日は、小牧山城の発掘現地説明会だったようですが、私は翌日に小牧山城を訪れて発掘現場を見ていました。10年前は、発掘現場は木々が多い茂り城の形状が分かりにくかったのですが、今は、伐採されて、永禄6年(1563)に織田 信長が築いた小牧山城の姿が徐々に明らかとなってきています。 ↑小牧山城の配布の冊子。小牧山城は、信長在住が4年と短く、美濃攻略の臨時の城と思わ [続きを読む]
  • 【史跡】小牧山城
  • 史跡めぐりの記事です。今回は、愛知県小牧市にある小牧山城です。織田信長が築城して小牧長久手の戦いで、徳川家康と豊臣秀吉が争った三英傑のゆかりのサラブレットな城です。近くの城址でよく通りますが久しぶりに行きました。発掘調査が進行中で城の全貌が明らかになっていきますね。(1)本丸と模擬天守、(2)復元土塁、曲輪、(3)本丸石垣残石、(4)本丸全景、(5)模擬天守風の資料館、(6)永楽銭の旗、(7)居館跡、土塁この城は、 [続きを読む]
  • 【武具】古代の鎧 短甲
  • 武具の記事です。この間、歴史秘話ヒストリアで「スクープ!1500年封印された感動メッセージ」で群馬県渋川市、榛名山の麓で発掘現場で鎧を装着し、火山に相対して四つんばいの姿勢で見つかった人物の謎究明の番組でしたが、古代・古墳時代の鎧の紹介があったので興味深い面白い番組だったので、古代の鎧のレプリカを掲載しますね。短甲(たんこう)短甲とは、弥生〜古墳時代で用いられた鎧。番組内で発掘されたは小札の挂甲( [続きを読む]
  • 【史跡】有岡城
  • 史跡の記事です。今回は、摂津の兵庫県伊丹市にある有岡城です。黒田官兵衛が幽閉された城で有名ですね。駅前の演劇施設、AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)に行った際についでに徘徊しましたが、大雨でいい写真が撮れませんでした。有岡城(ありおか)城は、天正2年(1574)、織田信長の武将荒木村重は,伊丹氏にかわって伊丹城に入城して有岡城と改めて大改造をおこないました。城だけで侍町と町屋地区をも堀と土塁で囲んだ惣構(そ [続きを読む]
  • おんな城主 直虎
  • 皆様は、大河ドラマ「おんな城主、直虎」みてますか!! 私は、面白いのかよく解りませんが、不もなく淡々と見てます。当面は、今川の転機となる桶狭間の描写が楽しみですね。お隣の静岡県が舞台なので浜松は、よく行った場所なので、暖かくなったら再訪したいですね。↑浜松城内で開催された昨年の家康公まつりの「直虎」の劇。本年も開催されてまた劇も再演されるかもしれませんね。↑浜松城内にあった登り旗。本年は、大々的にP [続きを読む]
  • 【武具】烏帽子形兜仏胴具足
  • ブログのネタがないので撮影可だった武具の写真を紹介します。烏帽子形兜仏胴具足(えぼしなりかぶとほとけどうぐそく)仏胴とは一枚の鉄又は革板をもって前胴・後胴を構成し表面を塗りつぶして一枚板のようにみせた形式を仏胴と言う。胴及び烏帽子形兜には、寄せ掛け輪違い紋が見られる。この烏帽子形成兜には江戸初期の面影がうかがえる。これと同じ具足はいろいな所で拝見していますが、とてもかっこいいですでね。寄せ掛け輪違 [続きを読む]
  • 【武具】前田土佐守の具足
  • ブログのネタがないですね。(困)正月に実家の高山から日帰りに金沢に行った時に立ち寄った前田土佐家資料館で展示されている「黒漆塗黒糸威二枚胴具足」の写真の紹介です。この具足好きなので、金沢に行った時には、よく立ち寄ってみます。この資料館は、展示の仕方が上手なので好きな資料館です。黒漆塗黒糸威二枚胴具足前田土佐家家祖 前田利政所用。兎の耳をかたどった変わり兜の当世具足。全体を黒一色で統一して兜と胴の最下 [続きを読む]
  • 【おでかけ】本源寺 森忠政墓所
  • おでかけの記事です。今回も津山市のお寺で、津山の城下町を築いた森忠政の墓所のある本源寺です。本源寺(ほんげんじ)本源寺は、足利尊氏が安国寺のひとつとして美作国神戸村に建てたのが始まりといわれています。慶長12年(1607)津山藩主森忠政により万松山龍雲寺に名を改められ、現在地に移転されました。森忠政の50回忌にあたる天和3年(1683)、本源寺に名を改められました。境内には、森忠政ら津山森家累代の墓があります。(1 [続きを読む]
  • 【おでかけ】妙願寺 妙向尼菩提寺
  • おでかけの記事です。今回も岡山県津山市です。津山の城西側にある森忠政の生母、妙向尼の菩提寺の妙願寺です。妙願寺(みょうがんじ)石山戦争和睦の際、織田信長から妙向尼(森忠政の母)に提案された条件で建立されるたそうです。もとは森家の旧城下の美濃金山にあり、森忠政の津山入封を機に元和3年(1617)に現在の地に創建されました。妙向尼の絵画と古文書が岡山県指定重要文化財。(1)妙向尼の像、(2)山門、(3)本堂、(4)鶴丸 [続きを読む]
  • 【日本100名城】津山城
  • ■所在地 岡山県津山市 ■遺構 櫓、天守台、石垣、曲輪、堀 ■城のタイプ 平山城 ■築城者 森忠政津山城は、関ヶ原の戦いの後、美作一国18万6,500石を領して入封した初代津山藩主・森忠政が、鶴山に築いた平山城です。森忠政は、本能寺で戦死した森蘭丸や長久手の戦いで戦死した森長可の末弟ですが、森家の家督を継いで、美作に壮大な城址を築城しました。森家が三代続き、改易となると、松平宣富が津山10万石で入封して [続きを読む]
  • 【おでかけ】津山城東町並み保存地区
  • おでかけの記事です。今回は、津山市で国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている旧出雲街道沿いに立ち並ぶ情緒漂う町並みです。津山城東町並み保存地区城下町津山の東の玄関口に位置し,旧出雲街道に面している。茶屋,豆腐屋,紺屋,塩屋などの商人や鍛冶屋・大工・左官などの職人の家が並ぶ町人町でした。鈎手状に曲がった道や昔の名前そのままの路地など,城下町らしいたたずまいが感じられます。豪商の屋敷を公開した [続きを読む]
  • 【日本100名城】岡山城
  • ■所在地 岡山県岡山市北区丸の内 ■遺構 天守、櫓、門、石垣、堀、■城のタイプ 平城 ■築城者 宇喜多秀家 岡山城は、慶長2年(1597)、豊臣五大老の一人・宇喜多秀家が築城しました。三重六階の堂々たる天守閣は織田信長の安土城天主閣を模して築かれたと伝えられ、全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台をしています。関ヶ原の戦いの後は、小早川秀秋が入り小早川家が断絶となると池田忠継が入り、鳥取の池田家との入 [続きを読む]
  • 岡山行ってきました。
  • 本年の最初の城攻めは、美作国、津山城でした。久しぶりに森家ゆかりの地のひとつ津山でした。18切符で岡山入りしましたが、さすがに朝5時半起き、津山到着14時だったのでヘヴィでしたね。そのため日照時間も少なく日曜は雨だったのでいい写真がとれませんでした。↑津山城の天守台にある想像図。あまりでかい破風って下品なので破風のない層塔式天守好きなので、結構好み。破風は主張しない程度さりげなくあるのがいい。早くここ [続きを読む]
  • 【2016】安祥文化のさとまつり その2
  • 前の続きです。安祥文化のさとまつりその2です。石舞台での火縄銃演武の様子のレポです。今回は、先方の依頼もあり、火縄銃の実演の時間が約30分と長丁場でした。↑最初の前列、後列の一斉↑隊を3つにわけて続けて撃ち続ける組放ち↑組放ちの全様子。前列は、しゃがみぱなしなので足が辛いですね。↑個人演武。一人で撃つので緊張しますね。自分の無我の境地で撃ちたいですね。↑個人演目。追い放ち。↑最後の一斉追い放ち。これ [続きを読む]
  • 【2016】安祥文化のさとまつり その1
  • 開催地 愛知県安城市安城 ■開催日 2016年11月20日(日)■主催者 安城市教育委員会 ■参加者 鉄砲衆・陣方9名安城市と矢作川流域(西三河)の歴史が学べる生涯学習拠点、安城歴史博物館を中心にして、安祥文化さとまつりが開催されました。安祥城址公園において、火縄銃の実演、こども武者行列、和太鼓の演奏、棒の手・三河万歳の実演などが催されました。みたらしだんごやポップコーンなど模擬店もあります。↑安祥文化のさと [続きを読む]