天正寺 さん プロフィール

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天正寺さん: 生きる力・勇気・志??「ブッダの言葉」を中心に
ハンドル名天正寺 さん
ブログタイトル生きる力・勇気・志??「ブッダの言葉」を中心に
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/tensho-ji
サイト紹介文大阪の禅寺・天正寺住職のブログです。人間が本来もっている自由で活発な心と体を探究していきます。
自由文禅僧(大阪 天正寺住職)で、元臨床心理士です。京都大学の大学院で臨床心理学を学んだ後、本格的に仏道修行するために出家しました。フロイトや精神分析も研究し、一冊本も出しています。ブッダの元々の教えと思われるアッタカヴァッガを特に研究しています。呼吸や身体を柔軟にするための方法は長年研究してきました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2011/02/21 21:52

天正寺 さんのブログ記事

  • 一番大切なことは?
  • 天正寺で、坐禅会をメインに活動していますが、そこで一番大切に思っていることを書きます。天正寺に来る人が、事業主か雇われている人(従業員)か、会社の社長か部長か平か、公務員か民間か、大きい会社か小さい会社か、学生か、フリーターかニートか無職か、なとのことは、全く問題にしません。それらは、すべて、社会的立場、肩書き、いわば「衣」です。「衣を脱げ(その社会的立場を捨てろ=辞職しろ)」と言うつもりは全然あ [続きを読む]
  • 一番大切なことは?
  • 天正寺で、坐禅会をメインに活動していますが、そこで一番大切に思っていることを書きます。天正寺に来る人が、事業主か雇われている人(従業員)か、会社の社長か部長か平か、公務員か民間か、大きい会社か小さい会社か、学生か、フリーターかニートか無職か、なとのことは、全く問題にしません。それらは、すべて、社会的立場、肩書き、いわば「衣」です。「衣を脱げ(その社会的立場を捨てろ=辞職しろ)」と言うつもりは全然あ [続きを読む]
  • 「落ち着いた心」を目指すこと
  • 「落ち着いている心の状態を目指すのが仏教」でしょうか?もしそうだとしたら、仕事をしている時よりも、風呂にはいったり、コーヒーを飲んだり、親しい友人と一緒にいる時のほうが、はるかに心が落ち着いていますね。これって、仏教かどうかとなんの関係もないような気がしますが、どう思われますか?「風呂につかっている時はお釈迦さまの心に近く、病気で苦しんでる時や、仕事でアクセクしてる時はお釈迦さまの心から遠い」のだ [続きを読む]
  • 「禅定」に関して
  • 禅定とは、「今ありのままを見つめる」とか、「心を静める」とか、「無になる」とかの実践の意味で用いられている言葉かと思われます。(具体的には、例えば、呼吸を数える数息観など)禅宗(正確には臨済宗)で大事にしている、いわゆる禅宗四部録の中に「坐禅儀」というものがあります。そこに「禅定」に入ることが大事だと、繰り返し説かれています。六百数十字の短い文章ですが、その中に「12回」も、「定」の文字が用いられて [続きを読む]
  • 私の人生最大の「依りかかり」「顛倒」
  • お釈迦さまは、一番古いお経アッタカヴァッガで、繰り返し「依りかかり」のことを語っています。「依」の問題を繰り返し語るのは、臨済禅師も同様です。「依」の問題が、仏教でも禅でも根幹の問題です。この旅で、「依」の問題が、私自身の態度の盲点になっていたことを、これまでより痛感しました。「衣(社会的地位、肩書)」や「道具(パソコンや車)」や「方法(運転やパソコンの技術や身体技法等)」が、「依りかかり」とイコ [続きを読む]
  • 「こんな杯(酒)飲みたくない」に関して
  • 「この(不味い酒or毒の入った)杯を取り下げてくれ」という思いに関して:「杯(Cup)」は、「ワールドカップ」とか「〜杯」のように、優勝(した人やチームに与えられる美酒を入れる杯)を競って争う大会自体を指す意味で用いられています。「杯」自体は容器ですから、美味しい酒が入る場合もありましょうが、不味い飲み物も入るでしょうし、ソクラテスが飲んだような「毒」が入る場合もあるでしょう。美味しい酒(飲み物)を飲 [続きを読む]
  • 祈り
  • 「この杯は取り下げてほしい(つらいこの状況を変えてほしい)。だけど、私が望むことでなく、あなたが望むことが成りますように」祈りが人生で一番大事だということ、この思いは、30年前から何も変わらない。なぜ祈りが一番大事か、30年前より、今のほうが明確に言える。天からの恵み、Grace(恩恵)を、普通にしていると(祈りがないと)、歪めて無駄にして、自分を害し、人を害してしまうからだ。この30年の間に、呼吸法とか瞑 [続きを読む]
  • 人生、迷ったとき
  • 人生、迷った時、どうするか?こちらを選ぶか、あちらを選ぶか、あるいはその間やあれこれを超えた道がないか、このようなことで迷ったり、流されたり、決断したりしながら、(まごまご)生きているのが、私(たち)の通常のあり方でしょう。小さな迷いの例を出せば、日本の禅の修行道場だと、朝、「お茶」の一択で選択の余地がないのですが、ニューヨークの禅の修行道場だと、「お茶かコーヒーか」の選択があります。一瞬で決めな [続きを読む]
  • いい子でいなさいね(Be the good girl you always have to be)
  • 「坐禅(禅定)」とか「瞑想(ありのままを見る等)」とか、「ありのままを感じる身体技法」とかで、私には長年、一つの大きな疑問があった。(良い子の方は、以下、読むのをお勧めしません。)例えば、学校の勉強するとか、受験対策の勉強するとか、規則をまぁ守るとか、これらは、まぁ理由も納得できるし、そこそこに私はやってきた。 だけど、「呼吸を数えてなさい」とか、「お腹の膨らんだ凹んだの感覚を心で見つめなさい(感 [続きを読む]
  • 本当に切実なことは?
  • 人生で一番、緊急で、切実なことは何か、考えたことありますか?本当に大事なこと(古人はこれを「道」と呼びました)に無頓着になり、道から離れれば離れるほど、刹那的で表面的になりがちです。単に、苦をさけ、快を求めるだけに陥りがちです。(私自身、いともたやすくこうなりがちだと痛感しています。)どういう心の状態(境地)になったかとか、どの考え(禅だ、仏教だ、何やかや)や方法が正しいかとか、あれやこれやでウロ [続きを読む]
  • 人間が生きる姿勢の「ベスト・マニュアル」
  • ウィリアム・ジェイムズの本を読んでいたら、実に見事な「マニュアル」が述べられていた。私自身、このマニュアルに従って生きていけばよいと確信できるほど、素晴らしいマニュアルなので、みなさんにも紹介します。原文から重要な箇所をひろって引用します。(Talks To Teachers On Psychology)The best manuals of religious devotion…  The maxim : Let our feelings go, and pay no regard to them whatever. Let your emot [続きを読む]
  • パルテノンを前にして思うこと(続)
  • パルテノンを前にして思うこと(続):身体の問題も同様だ。私は、小細工、作り事、応急処置的なこと、つまり、その場しのぎばかりしてきた。どこかで聞いた話や、流行っている話を、自分なりの試行錯誤でアレンジして、ああだこうだとやってきた。身体技法や呼吸法とか瞑想法とかで、これが仏教(禅)の方法だとか何とか。私は、そのような「応急処置的方法」が悪いとは、全然思っていない。(例えば、激しい痛みの時に、痛み止め [続きを読む]
  • 私の人生最大の問題
  • (パルテノンを前にして思う)私の人生の最大の問題:それは、対症療法的、応急処置的な生き方、つまり、その場しのぎ的な生き方ばかりしてきたことだ。確かに、その場しのぎ100%の生き方でも、受験勉強してどっかの大学や大学院に入るとか落ちるとか、何か資格とるとか、その場しのぎ的論文を書いて大学の先生になるとか別の就職をするとか、決まりきった文句や仕方を覚えて僧侶になったりは可能ではある。「これにどういう意味 [続きを読む]
  • 「苦難は、学ぶ機会であり、そして恵みだ」と思った。
  • ぎっくり腰とディオニュソス。妙な組み合わせですが、私が、「いかに(人生)立つか」「いかに坐るか」に真剣に取り組むことを促してくれたのは、この二つです。ぎっくり腰になったおかげで、その痛みにより、「これまでの姿勢が悪い」と気づかされました。ぎっくり腰が完治しないうちは、知らず知らず悪い姿勢ていると、「痛み」が姿勢の悪さ、自分自身で辛苦を作り出していることを教えてくれます。「もしも、ぎっくり腰になって [続きを読む]
  • 艱難の中にあって「立ち上がる」こと
  • 先の私のフェイスブック投稿で、ある方からのコメントで次のようにありました。「我艱難をも愛する 艱難は忍耐を生み 忍耐は練成を生む 練成は品性を生む 品性は希望を生む 希望は人を決して裏切らず」 この言葉に、どれだけ勇気付けられたかわかりません。 (コメント引用ここまで) 私もこの「ローマ人への手紙」5章の一節に励まされることが多いです。艱難は避けたいと望み、快楽を求めるのが、私たちの普通の心でし [続きを読む]
  • 人生最大のメリット(素晴らしさ・恩恵)とは?
  • 人生最大のメリット(素晴らしさ・恩恵)は何でしょう?(ヨギボーの上で思ったことを書きます)「もうダメだ」「もう立ち上がれないかも」などと思ったことありますか?挫折や苦難・苦境は必ずやってくるでしょう。逆境・苦境は、いっけんすると、それはデメリット(マイナス)に思えます。ですが、その苦境の中で立ち上がるところに、人生最大のメリットがあると私は信じています。苦境こそは、天性(天からの恵み)が最大限に [続きを読む]
  • 「持ち前」って何?
  • 「持ち前って何?」と質問があったので、私が思うところを述べます。別に学術的な見解とかでなく、私個人が思うところです。目安として、生まれる前(胎児時代)から持っているもの、生まれた時もう持っているものは、「持ち前」と呼べるように私は思います。具体的には、手足、心臓・内臓・筋肉とうの身体。血や息の流れ。手足で的確に(自分を害さない仕方で)蹴ったり推したりできること。大きな響く声を出すこと。やる気や好奇 [続きを読む]
  • 私の夢、私の願い
  • 私の夢、私の願いも、今苦しんでいる人や、将来が不安な人が、「自分もまだ立ち上がれる」「自分の足で立とう」と思って立ち上がってもらうことです。縁あって出会った人たちと共に、この志を励ましていくことを私の人生としたいと思っています。写真は、今朝(12月17日)の読売新聞の広告から。 [続きを読む]
  • 溌剌たる生活。真剣な姿勢。
  • どんな人間でも、一番尊いのは、その人が真剣になったときの姿である。どんなにであろうと、ギリギリの真剣な姿には、一指も触れることのできない厳粛なものがある。なにかのまねであったり、つくりものであったりしたならば、そんなものは人間ごとであっても仏道ではない。仏道とは、いろいろな働きをする以前の、もとの自分になることなのである。どこまでも作りものを作らないで進んでゆく、その溌剌たる生活こそ真実なものであ [続きを読む]
  • 12月1日(木)10時からのテレビ
  • 12月1日(木)午後10時から、BS11(イレブン)で、「京都国宝浪漫」の「銀閣寺」の回の再放送があります。毎月1回、銀閣寺主催の「講話と坐禅」をしに行っています。基本は第一日曜の午前10時から11時半。9月の「講話と坐禅」の際、京都テレビの取材が入りました。私の坐禅指導の様子も少し放映されます。(私もまだ見てないのですが)ご関心ある方、ぜひご覧ください。https://www.kbs-kyoto.co.jp/tv/kokuho/2016/1107.htm [続きを読む]
  • 溌剌たる生活
  • 作りごとを超えた真実の生活をしたいと思いませんか?そのように生きたいと思います。( 以下、『沢木興道聞き書き』講談社学術文庫からの引用)次から次へと変わってゆくものを追っかけて一生ふらふらしていたのでは、それこそ一生を空しくしてしまうものである。どこまでも作りものを作らないで進んでゆく、その溌剌たる生活こそ真実なものである。道元禅師の只管打坐は処世術でも技術でもない、人格の真実である。無常というこ [続きを読む]
  • カースト社会を生き抜くために
  • 小学校低学年でもクラスに「カースト(階級)」がある。カーストの最下層は特にたいへんだ。「ヒマこいた意地悪集団」から、田んぼにつき落とされて笑われたりする。「空気を読んで」一緒に笑っていたとしても、同じようにつき落とされて笑われてしまう。女子中高生でも、どのカーストに属してるかが大問題だという。どのような結婚をするか、あるいはしないかもカーストに関わる。お母さんになったらなったで、「ママさんカースト [続きを読む]
  • 私のクセ、お釈迦様から学んだこと、生きる方針
  • ◎私のクセ(現状)、お釈迦様から学んだこと、その上での生きる方針を書きます。 明日16時からの天正寺での『ブッダの言葉』出版祈念の会でも、お釈迦様から学んだことと、天正寺での方針を明確にお話しします。ご関心ある方はお越しください。●私のクセ(現状)。・普通にしていると知らず知らず自分のクセに従っている(クセを追ってしまっている)。私の主なクセは次の3つ。1.歪んで坐るクセ。(歪んだ足、歪んだ腰で坐る [続きを読む]
  • 信じて存在しているということ
  • 「役を信じて、そこに存在しているという絶対性」俳優の平幹二朗さんの追悼文(演出家の栗山民也さん)、今日の産経新聞からです。本当に信じて存在していることが、「絶対性」、相対的なすごさを超えた圧巻の迫力を生むのだと思います。「ブッダの言葉」が、すさまじい迫力に充ちているのも、「この教えが絶対にすごい」とか、「この境地が絶対にすごい」などを脇へのけて存在していることの迫力だと私は思っています。(仏教信者 [続きを読む]
  • 『ブッダの言葉』出版されました
  • やっと、『ブッダの言葉』を出版することができました。この本には自信があります。私がすごいのでなく、元のお釈迦さまの言葉が本当にすごいからです。「これは本当にお釈迦さま 御自身が語った言葉だ」と心から思える言葉 (が 大部分)です。「一切の断定を放てば、人は世の中で確執を起こすことがありません。」何と力強い言葉でしょう!さらには、「般若(深い智慧)も放て」とお釈迦さまは言います。その理由もお釈迦さまは [続きを読む]