嵯峨野の青竹 さん プロフィール

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嵯峨野の青竹さん: 今週の話題から
ハンドル名嵯峨野の青竹 さん
ブログタイトル今週の話題から
ブログURLhttps://ameblo.jp/pandausagi37/
サイト紹介文テーマは「歴史と旅」です。日々の街歩きや小旅行から得たヒントを公開していきたいと思います。
自由文最新号は、「杉下右京は、寅さんを超えた!」
一つ前号は、「日本国債の格下げ」
もう一つ前号は、「神楽坂で花粉症予防」です。

宜しくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供302回 / 365日(平均5.8回/週) - 参加 2011/03/10 14:54

嵯峨野の青竹 さんのブログ記事

  • 當麻寺/西南院
  • 「當麻寺」の塔頭「西南院」です。 「関西/花の寺/第21番霊場」、「仏塔古寺18尊、第8番霊場」などなど、美しい花で覆われた寺院です。 季節がずれているかもしれませんが、そのまま掲載します。 由緒を述べますと、當麻真人国見が麻呂子親王により草創された万法蔵院を、白鳳12年に、百済の恵灌僧正を導師に迎え、當麻寺としたとき、裏鬼門の守り寺院として創建されました。 東西両塔が見える、絶好の位置にあります。 [続きを読む]
  • 當麻寺(本堂エリア、東西塔)
  • それでは、當麻寺の本堂、金堂、講堂および東塔、西塔を順に見ていきます。「国宝」が多く、”撮影禁止”の箇所も多々ありますので、ご承知下さい。 當麻寺は”白鳳末期から天平初期”に創建されましたが、二上山を背にした広い境内に、国宝・重文の貴重な堂宇が建ち並んでいます。 塔頭も、これまで見ました「中之坊」、「千仏院」など”綺麗に整備され、美しい花々を楽しめる”見応えある塔頭が多いのが特徴です。 ●本堂(国宝 [続きを読む]
  • 「銀座大志満」の夏メニュー
  • 當麻寺の途中ですが、「銀座大志満(加賀料理)」の夏メニューをご紹介します。銀座5丁目のコアビル9階です。 いつも、綺麗なお花が迎えてくれます。 食前酒(こけもも酒)先付:焼き茄子の利休寄せ    胡麻豆腐の上に焼き茄子が お造り盛り合わせ(烏賊、まぐろ、きびなご)    きびなごは、鹿児島産でした 治部椀   お好みで、「ふかひれの湯葉茶巾と夏野菜」も選択出来ます 焼き物   鰆の生姜味噌焼、 [続きを読む]
  • 當麻寺/千仏院
  • 広い境内に多くの塔頭がある當麻寺です。その一つ「千佛院」です。 ”石庭付き回遊式特別庭園”と碑があります。 池泉回遊式の美しい庭園があり、良く整備されています。 ”東塔”が借景となっています。 [続きを読む]
  • 當麻寺中之坊(その2)
  • 當麻寺の”筆頭僧坊”で”代々別当(住職)の住房”の「中之坊」です。真言宗の別格本山で、中将姫縁のものが多く拝観出来ます。 かつて、弘法大師が、中之坊実弁を弟子として「真言密教」を伝え、以後、當麻寺は「真言宗の霊場」となりました。 本堂(中将姫剃髪堂)です。 奈良時代に中将姫が剃髪した「授戒堂」で、建物は、桃山時代の再建です。中将姫が”守り本尊”とした「導き観音(十一面観音)」が、ご本尊です。 [続きを読む]
  • 當麻寺中之坊(その1)
  • 「當麻寺」の魅力の一つに「中将姫伝説」があります。 ”中将姫”は藤原豊成の娘で8世紀の人です。豊成は藤原南家の祖”武智麻呂”の長男で右大臣。”中将姫”は継母の冷たい仕打ちに”世の無常”を感じ、当寺で出家しました。 ひたすらに修行する姫の前に”比丘尼”が現れました。そして美しい尼と共に姫に”曼荼羅”の織り方と意味するところを教えました。比丘尼は「阿弥陀如来」、尼は「観音菩薩」でした。 この伝説の「曼荼 [続きを読む]
  • 當麻寺への道
  • ”天平の古塔そびえる古刹で、中将姫縁の花の寺”といったところでしょうか。見処も、想像以上に多いお寺でした。 住所は「葛城市當麻」。寺院の名称は「當麻寺」。近鉄の駅名は「当麻寺」です。「当、當」の字で、駅名は”新字”ですが、駅名以外は”旧字”を使う習慣のようです。 駅から700m。ほぼ1本道です。 この道を、真っ直ぐ行きます。 仁王門です。 塔頭も多く、境内は、広々としています。 [続きを読む]
  • 自由が丘のパワースポット「熊野神社」
  • 今や東横線随一の繁華街となった”自由が丘”ですが、繁華街の真ん中に”鬱蒼としたパワースポット”があり、人気を呼んでいます。 「那智熊野神社」から勧請された古社です。 ご利益がありそうです。 この方は”栗山久次郎”さんといい、”自由が丘の祖”と呼ばれています。 「谷畑村」と呼ばれていた一寒村を、区画整理し、少しづつ繁栄させるべく努力し、遂には、今の「自由が丘」を作り上げた方です。 [続きを読む]
  • 九品山唯在念仏院浄真寺
  • 参道を進めば、”爽やかな涼風”が吹いているような気がします。境内は整備されており、由緒も正しく、季節毎に参拝したくなる素晴らしい寺院です。 正式名称は「九品山唯在念仏院浄真寺」といいますが、東急の駅名は「九品仏」です。 ”九品仏(=九体の仏像)”が並ぶ”壮観さ”が味わえるのは、「浄瑠璃寺」と当寺院だけといわれています。 開創である”浄土宗/珂碩上人”が、延宝6年(1678)に”奥沢城跡”を幕府から賜り、 [続きを読む]
  • 円泉寺(太子堂)+林芙美子旧居跡
  • 「太子堂」と通称されて、この辺りの地名にもなった「円泉寺」です。 文禄4年(1595)と言われていますが、賢慧(けんえ)という僧が奈良の久米寺から”聖徳太子像”を持って東国へ下り、当地に宿泊していました。 その夜、太子が”夢枕”にたち、「此の地に留まるべし」と告げられました。 賢慧は”夢のお告げ”に従い、翌年には、「本堂」や「太子堂」を建立したと言われています。 まずは「本堂」に参拝します。 [続きを読む]
  • 三宿神社
  • 芸能人に”一番人気”の世田谷区/三宿の”鎮守”「三宿神社」です。中世は「多聞寺」という寺院がありましたが、江戸時代末期に”廃寺”となり、その境内(跡地)に明治初期に創建されました。 多聞小学校との名称に”多聞寺”の名残があります。 祭神は「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」で、毘沙門天が祀られています。 [続きを読む]
  • 池尻稲荷神社
  • 池尻大橋駅近くの「池尻稲荷神社」です。 大山街道筋にありますが、高速道路の直ぐ下に位置していることもあり、鬱蒼としています。 この井戸(「涸れずの井戸」)は、赤坂一ツ木から池尻までの間では貴重な飲み水として重宝されました。 [続きを読む]
  • 西宮成田山+円満寺
  • 「西宮神社」の隣りに、良く似た寺院が並んでいます。 此方(向かって左)が「西宮成田山」。ご本尊の「不動明王」は成田山新勝寺「御本尊」の分身で、昭和34年に、新勝寺の荒木貫主の”ご開眼”によるものです。 向かって右は(同一敷地ですが)「円満寺」です。三門に”燈籠”があるのが”特徴”です。 ご本尊は「薬師如来」。高野山真言宗の”別格本山”です。 此方は「円満寺の本堂」です。 此方は「成田山ご本堂」で [続きを読む]
  • えびす様総本山「西宮神社」(その2)
  • 毎年1月の「十日えびす」では、100万人を超える参拝者で賑わう「えびす社総本山/西宮神社」です。普段は、ひっきりなしに参拝者は有るものの、境内が広いので、比較的閑散としています。 伊勢神宮”遥拝所”です。 ”水がある風景”が楽しめる庭園です。 ”えびす神”は、もともと”漁業神”です。「十日えびす」では、マグロに硬貨を貼り付けて願い事を祈念します。 摂社・末社も、沢山あります [続きを読む]
  • えびす様総本山「西宮神社」(その1)
  • 福の神として全国的に信仰されている”えびす様”の総本山「西宮神社」です。毎年、1月9日から11日までの「十日えびす」では、100万人を超える大変な参拝者を集めます。 創建年代は不詳ですが、平安時代に編纂された「伊呂波字類抄」に「えびす」の記載があることから、その頃には、既に”鎮座”ましましていたと推定されます。 ”えびす様”は、元来は、「海上渡来の漁業神」ですが、商業の発展に伴い、「市神・商業神」とな [続きを読む]
  • 川端龍子没後50年記念展(山種美術館)
  • 「超ド級の日本画」と副題が付いています。 龍子は、常に”日本画の常識”を突破しようと模索していました。そして、「会場藝術」と揶揄されるや、それを逆手に取って、「美術展覧会に相応しい”超ド級の”藝術画」を次々と発表しました。 スケールの大きな、迫力満点な龍子の作品は、「昭和の狩野永徳」と評され、大正から昭和前期の画壇に旋風を巻き起こしました。 父親との確執から、自らを「龍の落とし子=龍子」と名付け、ま [続きを読む]
  • 旧三井家下鴨別邸
  • 三井家11家の共有の”別邸”として”三井北家(総領家)第10代当主/三井八郎右衛門高棟(たかみね)”により大正14年に建築された「旧三井下鴨別邸」です。当時、木屋町三条上ルにあった三井家の”木屋町別邸”が「主屋」として移築されました。 下鴨神社の真南に位置しており、最近まで、「京都家裁所長の官舎」に使用されていました。 大磯にあった実際に住まいする”別邸”とは異なり、此の地にあった「三井家の祖霊社である” [続きを読む]
  • 秀次の菩提を弔う「瑞泉寺」
  • 「浄土宗/慈舟山瑞泉寺」。 京都でも有数の繁華街”三条河原町”や”先斗町”から直ぐのビルに埋もれるように存在しています。綺麗に整備されていて、角倉了以が”悲劇の主人公/豊臣秀次”の菩提を弔うために建立した寺らしい風情を保っています。 秀次は、秀吉の実姉/ともの子ですから、秀吉の甥(養子)にあたります。後継ぎのいなかった秀吉により「関白」にされましたが、”秀頼の誕生”により疎外され、高野山で切腹させら [続きを読む]
  • ボストン美術館の至宝展(東京都美術館)
  • 世界屈指の”美の殿堂”「ボストン美術館」が誇る古今東西の至宝80点が東京都美術館へ集結しました。 古代エジプト美術、中国美術、日本美術、フランス美術、地元のアメリカ美術、版画・写真、現代美術の7分野に分かれて展示されていますが、50万点もの収蔵作品数を誇り、「美の百科事典」とも称される”世界最大級の私立美術館”の神髄がはっきり理解出来る美術展となっています。(10月9日まで)。 ≪第1章:古代エジプト美術 [続きを読む]
  • 宇治2017
  • 「平等院鳳凰堂」の改修工事後、未だ拝観していなかったので、宇治へ出掛けました。萬福寺拝観の足でしたので、到着はお昼前でした。 宇治橋の辺りは、いつも、気持ち良い風が吹いています。 宇治川の”先陣争い”が偲ばれます。”いけづき”と”するすみ”という名馬の争いでした……。 「宇治十帖」の関係で、式部像が建立されています。 この道は、「県神社」の参道です。 老舗茶舗の「上林」の記念館がありました。 [続きを読む]
  • 黄檗山萬福寺(その2)
  • 日本”三禅宗”の一「黄檗宗」の大本山「萬福寺」です。流石に”見処”が多々あり、拝観に、午前中一杯掛かってしまいました。   *三禅宗:臨済、曹洞、黄檗。 ●斎堂:食堂のことです。 有名な「開版(かいぱん)」です。斎堂前にある”魚板”で、”木魚の原形”でもあります。時を報じる役割を持っています。 眠らない魚は”不眠不休”意味し、口からは、”煩悩珠”を吐き出しています。 ”塔頭”や傘下の寺院が、全 [続きを読む]
  • 黄檗山萬福寺(その1)
  • 禅宗に3宗あります。「臨済宗」、「曹洞宗」、「黄檗宗」の3宗ですが、その「黄檗宗」の大本山が、この「萬福寺」です。開祖は”隠元禅師”で、寛文元年(1661)に開かれました。 修行は厳しく、礼儀も”中国風”。読経も、黄檗唐音で発生し、日本語の使用は禁止されています。 境内は”凛とした”空気が張り詰めており、中国という国は、本来は、このような”規律正しい凛とした”国だったのだなと思えます。 久し振りの参拝で [続きを読む]
  • しっとりとした情緒漂う”法善寺横丁”
  • ”道頓堀”が、けたたましいまでの喧騒と巨大看板ばかりが目立つようになった半面、1筋入った「法善寺横丁」は、しっとりとした”大坂らしい情緒”漂う”良い雰囲気”のエリアです。 ♪♪包丁1本 晒に巻いて♪♪ と歌いたくなる雰囲気です。 夜になり、灯りが灯ると一層”情緒”が出てきます。 ”水掛け不動”に参拝します。 織田作之助の小説「夫婦善哉」そのままです。 名曲「月の法善寺横丁」の歌碑です。 「 [続きを読む]
  • 道頓堀「今井」
  • とみに”喧噪”の度合いが酷くなってきた「道頓堀」ですが、此処「今井」だけは、昔の”味とサービス”を守っています。 ●日替り膳(わらび餅付) ●きつね+小鉢  きちんと”出汁”をとった正統派”きつねうどん”です。 ”わらび餅”も美味です。 食後の”路地散策”も愉しいです。 [続きを読む]
  • 氷室神社(奈良国博前)
  • 奈良国博の直ぐ前、バス停の名前にもなっている「氷室神社」です。 天然氷を夏まで”氷室”にて貯蔵しますが、その”氷室”を守る神様をお祀りしています。 鳥居の”朱色”が眼に鮮やかです。 ●表門 朝廷に氷を献上する「献氷祭」が此処で行われ、4?9月(夏期)の間、宮中に”氷”が搬入されました。「氷室」は、春日山原生林の奥にあったといわれています。 ”氷占い”用の”神聖な氷”です。 ”舞殿(拝殿)”です [続きを読む]