たつや さん プロフィール

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たつやさん: いにしえララバイのブログ
ハンドル名たつや さん
ブログタイトルいにしえララバイのブログ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/hs_anriver
サイト紹介文いにしえララバイのブログは、古代歴史小説と日本の起源をテーマにした古代史の記事を掲載しています。
自由文たつやのいにしえララバイのブログ以外の4つのブログ。
ソフトコレクションのブログ(ソフトの紹介)
http://blog.livedoor.jp/tf_collect/
たつやの料理教室(レシピ集)
http://ameblo.jp/tf-cook/
たつやのブログ(たつやのコメント)
http://blogsyahoocojphsanriver.blogspot.com/
たつやの私的情報室(インターネットの機能等の紹介)
http://blogs.yahoo.co.jp/fujimakitatuya

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2011/03/12 11:47

たつや さんのブログ記事

  • 古代の天災についての考え方
  •  最近、日本で起きた九州北部豪雨災害をテレビの映像で見ていますと日本という国は、古代から天候の異変によって災害が多発してきた国なのだと思います。台風、地震、火山災害と各地で起こり、それに対処している日本人の英知は海外の人々に称賛されています。この事は、古代日本人から永遠と受け継がれてきた国民性。現在では、その国民性を「絆」という言葉で簡単に表現していますが、その歴史的背景には深い意味が含まれている [続きを読む]
  • 日本神話から見たお田植え
  •  去年栽培した籾を水に漬け発芽したら、米苗代を作り、種まきして苗ができて、梅雨の季節に、田んぼに農業水路から水を流し、その米苗を植える。これがお田植えですね。この作業は、日本に稲作が入って来たころから永遠を続いています。田んぼに水が入ると水路のような水辺で生育していたカエルが1月から3月頃に繁殖して、カエルの卵はオタマジャクシになり、水田に流れ込みます。その水田にいるオタマジャクシを食べるためにカラ [続きを読む]
  • すしの文化圏
  •  日本の食文化の代表的なものに寿司があります。現在では、回転寿司チェーンが各地にあり、欧米にはスシ・レストランも見られますね。この寿司として確立したのは、江戸時代文政年間で、酢と醤油が大衆に普及し、上方では箱寿司が、江戸ではにぎり寿司が発生しました。関西の人は、にぎり寿司を箸で食べるのは、箱寿司の習慣が現在でも残っているからですね。巻き寿司の発祥は上方で、いなり寿司は江戸で、これらも文政年間に。わ [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第3章 渾渾沌沌 第5節
  •  良祐と俊樹が、今日の授業の日本民族学を終え、教室を出た。 「俊樹、これからどうする。」 「良祐はどうするつもりだ。」 「たつや先生のところに行こう思う。」 「では、一緒に行くか。蘇我氏や物部氏のことも気になるし。まずは、学生食堂で腹ごしらえ。」 学生食堂で良祐は、気になることを俊樹にはなしかけた。 「たつや先生の神武天皇の話、日本神話の話をされましたが、その前は邪馬台国の話もされたのだ。それで、 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第3章 渾渾沌沌 第4節
  •  ゴールデンウィークも終り、良祐は大学の日本語言語学の授業を受けていた。今日の授業の内容は、古代日本人の発音記号の説明で、母音が8種類あるという話で、何か退屈そうな様子でした。 「良祐、ゴールデンウィークボケか。何か眠たそうだね。」 「神武天皇のことで頭が一杯で。」 話かけてきたのは、大学に入学以来の友達で、同じゼミを選択した松井俊樹でした。 「俊樹、たつや先生の部屋に一緒に行かないか。」 「この [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第3章 渾渾沌沌 第3節
  •  青柳良祐は、ゴールデンウイークには糸島の自宅にいた。たつやに神武天皇のことを報告すると言ったが、さて何から調べたらいいか、迷っていた。そして、高校の恩師である高橋先生を訪ねることにした。 「やぁ、青柳君、久しぶりだね。東京での学生生活はどうだい。」 「何とか、アルバイトもしながら過ごしています。」 「確か、青柳君は文学部の史学科を専攻しているようだね。」 「はい。3年になってゼミで日本人起源論を [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第3章 渾渾沌沌 第2節
  •  たつやは糸島の人達の神武天皇の逸話に興味を示し、糸島に出向いてその話を地元の方から聞きたい衝動がおこってきた。そして、良祐にたつやが知っている神武天皇の話を続けた。 「りょう君の町、糸島のお年寄りの方のお話を聞かせてくれませんか。」 「うろ覚えなのでハッキリとは言えませんが。糸島半島の海岸線に芥屋の大門があり、そこで神武天皇が海に浸かって、体を海水で清めたそうです。それで、東征を決意したそうです [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第3章 渾渾沌沌 第1節
  •  校庭に桜が咲き、木々にも新芽が出て青々としてきた頃、毎年のようにゼミに新しい顔ぶれが。たつやのゼミにも。最初にたつやの部屋に現れたのは、福岡県出身の青柳良祐でした。 「先生、おはようございます。先生の古代史の講義がおもしろくて、先生のゼミを選びました。私、青柳良祐と言います。」 「では、りょう君だね。地方から来たのかね。」 「ぼくは、福岡の出身で。」 「博多っ子ですか。奴国の人達の子孫ということ [続きを読む]
  • 琅邪郡と弁韓と邪馬台国の関係
  •  数十年前、古代史で邪馬台国ブームがあり、邪馬台国に関する書籍がたくさん出版された。卑弥呼はスターのように扱われ、邪馬台国の位置に対する論争が盛んで、九州説と近畿説に分かれ、ヤマト王権との関わりも問題視された。結局、ブームが過ぎ去り、邪馬台国の正体は、現在でもはっきりしていないのが現実です。 邪馬台国自体は、魏志倭人伝にも掲載されていますので存在していたのは確かで。卑弥呼の帯方郡に難斗米と都市牛利 [続きを読む]
  • 漢字と大和言葉
  •  日本語は、海外の人から世界で一番難しい言語だと言われています。日本でも各地に方言があり、その地域でしかわからない言い方があるので、その地以外の人がその地の話し言葉を聞いているとチンプンカンプン。例えば、同じ関西に在住していても、大阪弁、京都言葉など、「ニワンス」で「ニアンス」のように少しずつ違っています。それが、文章にすると「ニュアンス」とちゃんとした日本語の文章になる。ニュアンスというのは、感 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第4節
  •  たつやとさとしが出雲の話で一息終えたとき、ケイコがドアを開けた。 「あけましておめでとうございます。」 「ケイコさん、いいときに来たね。今、さとしくんと出雲の話をしていたところです。」 「出雲。私、出雲大社に初詣をして帰って来たところです。」 「へぇ、良縁を求めて、縁結びの神様にお参りしてきたのかい。」 「いやだ。先生。先日、先生が教えてくださった吉備の米の話。一度調べようと思って、岡山に。そし [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第4節
  •  たつやとさとしが出雲の話で一息終えたとき、ケイコがドアを開けた。 「あけましておめでとうございます。」 「ケイコさん、いいときに来たね。今、さとしくんと出雲の話をしていたところです。」 「出雲。私、出雲大社に初詣をして帰って来たところです。」 「へぇ、良縁を求めて、縁結びの神様にお参りしてきたのかい。」 「いやだ。先生。先日、先生が教えてくださった吉備の米の話。一度調べようと思って、岡山に。そし [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第3節
  •  古事記にしても出雲国風土記にしても歴史根拠は乏しいが、さとしの卒論には日本の神話のことも書かれており、古書もある程度の参考になっているようだった。 「先生、ヤマト王権と出雲の関係は、古事記や出雲国風土記を読めばある程度わかるのですが、どうも鉄器と関係深い出雲民族は、どのように日本に来たかはわかったのですが、どこから来たかがまだわからないのですが。」 「青銅器の銅鐸が、西日本で発見されていますが、 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第3節
  •  古事記にしても出雲国風土記にしても歴史根拠は乏しいが、さとしの卒論には日本の神話のことも書かれており、古書もある程度の参考になっているようだった。 「先生、ヤマト王権と出雲の関係は、古事記や出雲国風土記を読めばある程度わかるのですが、どうも鉄器と関係深い出雲民族は、どのように日本に来たかはわかったのですが、どこから来たかがまだわからないのですが。」 「青銅器の銅鐸が、西日本で発見されていますが、 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第2節
  •  たつやの対馬暖流の話を聞いていたさとしは、出雲民族が朝鮮半島から丸太舟に乗って出雲の国にたどり着いたことを確信した。しかし、今から5,500年前から4,000年前に栄えた三内丸山の地にも、朝鮮半島北部から海流に乗って、集団ではなく、年月をかけてその都度、東北の青森県の海岸にたどり着いた人達が、三内丸山で永住し、或いは、故郷を求めて、日本海の海岸沿いに南下した人もいたかも知れない。そのようなことにさとしは気 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第2節
  •  たつやの対馬暖流の話を聞いていたさとしは、出雲民族が朝鮮半島から丸太舟に乗って出雲の国にたどり着いたことを確信した。しかし、今から5,500年前から4,000年前に栄えた三内丸山の地にも、朝鮮半島北部から海流に乗って、集団ではなく、年月をかけてその都度、東北の青森県の海岸にたどり着いた人達が、三内丸山で永住し、或いは、故郷を求めて、日本海の海岸沿いに南下した人もいたかも知れない。そのようなことにさとしは気 [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第1節
  •  「先生、出雲の卒論ができました。ゼミで発表する前に見て頂こうと。」 さとしはたつやの部屋を開けるなり、嬉しそうな顔をして挨拶もせずにいきなり、たつやに話しかけた。 「さとしくん、できたのか。どれどれ見てみましょう。」 「先生の意見をお聞かせ頂いて書き足したいと思います。」 「題名は、『出雲での交わりと鉄器文化』か。なかなか面白そうだね。」 たつやは、さとしの卒論をさっと目を通した。さとしは釘いる [続きを読む]
  • たつやの古代旅日記 第2章 潜移暗化 第1節
  •  「先生、出雲の卒論ができました。ゼミで発表する前に見て頂こうと。」 さとしはたつやの部屋を開けるなり、嬉しそうな顔をして挨拶もせずにいきなり、たつやに話しかけた。 「さとしくん、できたのか。どれどれ見てみましょう。」 「先生の意見をお聞かせ頂いて書き足したいと思います。」 「題名は、『出雲での交わりと鉄器文化』か。なかなか面白そうだね。」 たつやは、さとしの卒論をさっと目を通した。さとしは釘いる [続きを読む]
  • クリスマスと冬至の話
  •  日本では、クリスマスがイエス・キリストの誕生日であると誤解されています。実際に、イエス・キリストの誕生はいろいろな説がありますが、新約聖書にはイエス・キリストの誕生日に対する記事はありません。また、西暦1年がイエス・キリストが生まれた年。これも事実ではないようです。共和政ローマの最高神祇官・独裁官・執政官ガイウス・ユリウス・カエサルが紀元前45年1月1日から使用している太陽暦、ユリウス暦によって西暦1 [続きを読む]
  • クリスマスと冬至の話
  •  日本では、クリスマスがイエス・キリストの誕生日であると誤解されています。実際に、イエス・キリストの誕生はいろいろな説がありますが、新約聖書にはイエス・キリストの誕生日に対する記事はありません。また、西暦1年がイエス・キリストが生まれた年。これも事実ではないようです。共和政ローマの最高神祇官・独裁官・執政官ガイウス・ユリウス・カエサルが紀元前45年1月1日から使用している太陽暦、ユリウス暦によって西暦1 [続きを読む]
  • 漆の話
  •  冬が近づく晩秋になれば、紅葉が始まり、落葉が街のあちこちで見掛けます。この落葉をもたらす落葉樹林で、この落葉樹林の林床に生えているのが、落葉高木と言って、春先に花を咲かせ、夏までの間に光のエネルギーで地下の栄養貯蔵器官や種子に栄養素を蓄え、10月頃に果実を実らせ、葉は紅葉し、晩秋に落葉に、その後は春まで地中の地下茎や球根の姿で過ごす。温暖で水分に不足しない環境にある日本には、落葉高木の種類がたくさ [続きを読む]
  • 漆の話
  •  冬が近づく晩秋になれば、紅葉が始まり、落葉が街のあちこちで見掛けます。この落葉をもたらす落葉樹林で、この落葉樹林の林床に生えているのが、落葉高木と言って、春先に花を咲かせ、夏までの間に光のエネルギーで地下の栄養貯蔵器官や種子に栄養素を蓄え、10月頃に果実を実らせ、葉は紅葉し、晩秋に落葉に、その後は春まで地中の地下茎や球根の姿で過ごす。温暖で水分に不足しない環境にある日本には、落葉高木の種類がたくさ [続きを読む]
  • 太陽と易の話
  •  太陽には、表面を観測した時に黒い点のように見える部分、黒点が存在し、周囲よりも弱い光なので黒く見える。この黒点が暗いのは、その温度が約4,000°Cと普通の太陽表面温度(約6,000°C)に比べて低いためで、太陽の黒点が多い時は地球では寒冷化が進み、少ないと温暖化になる。黒点は数の少ない、黒点極小期には南北の緯度30度付近に現れ、次第に数を増しながらやがて黒点極大期の緯度15度付近に多数出現する。黒点は太陽の磁 [続きを読む]
  • 太陽と易の話
  •  太陽には、表面を観測した時に黒い点のように見える部分、黒点が存在し、周囲よりも弱い光なので黒く見える。この黒点が暗いのは、その温度が約4,000°Cと普通の太陽表面温度(約6,000°C)に比べて低いためで、太陽の黒点が多い時は地球では寒冷化が進み、少ないと温暖化になる。黒点は数の少ない、黒点極小期には南北の緯度30度付近に現れ、次第に数を増しながらやがて黒点極大期の緯度15度付近に多数出現する。黒点は太陽の磁 [続きを読む]
  • 人身御供と饅頭の話
  •  現在では、人身御供(ひとみごくう)のようなことはなくなりましたね。人身御供は、日本でも古代から、災害の気紛れな自然に対する畏怖のため、人身を捧げる行為や王の死の葬儀に伴う生き埋めの行為が整然と行われていました。『古事記』によれば、スサノオが母、イザナミの国(根の国)に行きたいとイザナキに訴えて、高天原から追放され、出雲の国の鳥髪山(現在の船通山)に降り立つ。そして、箸が流れてきた川を上ると、美し [続きを読む]