二宮政吉 さん プロフィール

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二宮政吉さん: クリスチャンとして死ぬこと
ハンドル名二宮政吉 さん
ブログタイトルクリスチャンとして死ぬこと
ブログURLhttps://ameblo.jp/shinashena/
サイト紹介文いのちと愛について考えていきたい
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供17回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2011/03/21 22:21

二宮政吉 さんのブログ記事

  • 恩師、十年の後に、現れる
  • みなさん、礼拝ご奉仕お疲れさまでした。マサキチは、今日の礼拝では、とても恵まれました。本当は、今日のブログタイトルを「東北勢よくがんばった!盛岡大付、仙台育英、あんたたちは偉い〜」としたかったんすが実は、恩師が、十年ぶりにマサキチの教会に来られ、説教と聖餐式をしてくださったもんで、急遽ブログタイトルを「恩師、十年の後に、現れる〜」へと変更させてもらいました。なんせ、十年ぶりなもんで緊張しました。説 [続きを読む]
  • 民主主義と信仰
  • っちわっス!最近、安倍政権の支持率が急落しとるわけです。7月2日に行われた都議選では、自民が大敗しました。その敗因は、安倍政権による、自民党議員内お友達優遇(靖国思想・日本会議の洗脳押し付け)、どう見ても現天皇はアンチ日本会議のようですけどね〜。また稲田防衛大臣は完全に洗脳されとります。どことなく暗いイメージ、無表情、平気で嘘をつく等、かつてのオウム真理教信者の精神状態に近いものがります。また、昭 [続きを読む]
  • 牧師の甘え12<貧乏暇無し、枕するところ無し>
  • お疲れさんです。マサキチ牧師先生は、公衆電話からの相談は受けんことにしとる。でないと、切りが無い。だが、今日の夜、マサキチの誕生日祝いで外食中相手先が携帯番号でかけてきとったので、すかさず、出てしまった。「はい、もしもし、ホニャララ教会の牧師、ヘノヘノもへ字と申します。」「牧師先生ですか〜?」「しまった〜」 まいった〜きっと公衆電話の人だわ〜と思いつつ、 「あ、あの〜、声が小さくて聞こえんのですが [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(76)<4.痛みを超えた聖化>
  • こんばんわ〜ではさっそく、前回からの続きなんすが、ナルシスト的信仰観について、述べていきます。キリスト教の世界では、信仰のエリートの存在とはむしろ、教会を内部から崩壊させてしまう要因でもあると思ってます。何故なら、信仰心が強い人ほど、むしろ、聖化が分かっていないように伺えるからです。信仰心だけなら、何もキリスト教を信じる理由とはならんし、仏教のような自然宗教の類いでも何でも構わんのであって、牧師で [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(75)<4.痛みを超えた聖化>
  • 日曜のご奉仕、お疲れさまです。人間の痛みには、色々な痛みがあって、ロキソニンだけでは飲んでも取れない神経的痛みなどがある、そんこと知ってながら、ロキソニンなどを飲んだりもする、飲まないよりはましだからだ。我慢し続けると意識が朦朧となり、仕事でミスばっかし・・・けど、・・・反対に痛みを我慢すれば、学ぶこともあるんです。たとえば、・・・、精神的苦痛とは、肉体的苦痛よりも、もっと辛いだろうなあと思わされ [続きを読む]
  • 心の恩師(オリバーさん)
  • みなさん日曜のお勤め、お疲れさんです。マサキチは、本当に、弱っちい自称牧師です。唯一の誇りは、教団の任用試験を受けて、合格したことです。そのほかは、何も誇れるものがありまへん。日々痛みに耐え、忍耐を学んでいる最中っす。ある意味、牧師とは、全ての職種の人を救いに導く必要があるわけですから、スーパーマンでなければ、やっていけないと思っとります。ですが、実は、マサキチも、スーパーマンなんす。とは言っても [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(74)<4.痛みを超えた聖化>
  • 聖書信仰とは初期からギリシャ思想の影響をもろに受けてきてしまったわけです。そこで問題となるのが二元論であります。二元論(ソクラテス・プラトン・アリストテレス)が何故、悪なんだろか?それは、二元論そのものが悪なのではなく、 二元論に弄ばれた哲学が、聖書の救済を説明することができへんから否定せざるを得なかったんです。 つまり、・・・ギリシャ思想では人間とは、 完全な愛を自分自身に持っていないので、常に完 [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(73)<4.痛みを超えた聖化>
  • 痛いのに、手術できへんのだ。ほんと気が滅入る〜けど、痛みや不安からマサキチは色々と学ばされているのだろう。少し、フライング気味ではるが、ブログ再開しなければ・・・。まだ、無理かもしれんけど・・・痛みに耐えてるだけじゃ、ますます、苦しくなる。何かした方が、気が紛れるし、だから、ブログ再開したいのだが〜できるならしたいっす。そんでもって、とりあえずは、継続している聖化について書こうと思った。さて、聖化 [続きを読む]
  • 現在
  • 現在、ブログを更新できない状態が続いています。ブログを辞めたわけではありません。現在は、大変な祈りの中にあります。そのために、今、しばらくは更新を控えたいと思っています。        Joh.6:47-58                   マサキチ [続きを読む]
  • 不信仰の蔓延(33)<神・自然・人間>
  • 中世以前のキリスト教社会の神・自然・人との関係は、次のような図で表現できます。 人間とは、自然の一部に過ぎず、その自然とは、神の支配の中にあったわけです。この統制の取れた三重マル秩序は、本質とか普遍という言葉で、表現できます。本質としての自然とは、常に人間を支配コントロールして、神が、その本質(普遍)を司っていたわけです。そのマルく収まっていた中世以前の関係に対して、近世以降はどうなっていったかと [続きを読む]
  • 主を畏れることの大切さ
  • マサキチが神学校に入学した時に、恩師に言われた忠告を思いだしました。それは、「半面教師的に学んではいけないよ。」という忠告であった。批判力旺盛なマサキチの性分を見抜いての恩師の忠告であったのでしょう。けど、悪い点とは、良い点を発見する手掛かりになることも事実です。たとえば、光そのものを発見するには、太陽や日の光の中にいても、なかなか、その本質を理解することは難しいわけです。けど、・・・もしも、光と [続きを読む]
  • 不信仰の蔓延(32)<教会(神)から個人(人)が分離>
  • 今まで、面倒見てもろうてた牧師なんすが、逃げられてしもうたかもしれません。ちょっと、言いたい事言い過ぎたかもしれん〜またもや、マサキチは、見捨てられてしもうたわけっす。情けない。少々、正直に言い過ぎたんかもしれんが、世の中は、もっと厳しいと思う・・・・牧師は、簡単に傷つき、簡単に、去ってしまう傾向がある。去らないでほしかった。去ったらエホバちゃまだよ〜。それに比べると、マサキチの恩師は、すごかった [続きを読む]
  • 記録まで
  • おはようございます!今日、全身麻酔で手術です。毎回、緊張します。手術後は、毎回吐いてしまいます。今回吐く前に、状態が安定することを願ってます。それでは(((・・;) [続きを読む]
  • 牧師の甘え11<教会管理者の社会的責任・後編>
  • 前回からの続きなんすが、そこで、大切なことは、牧師自身の人間理解の卓越性(学び)だと思っとる。精神疾患を患っているクライアントとは、決して、悪気がなくても、平気で、嘘をついてしまうものです。演技性精神疾患とでも言っておきます。ですが、牧師は、あのクライアントは、偽善(虚偽)が存在するから、まず、悔い改めなければならない・・・的牧会では、非常にまずいと思っているんです。つまり、牧師とは、キリストとの [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(72)
  • マサキチは、最近疲れ気味です。だから、不平も言いたくなるんでがんす。今、面倒見てもろうている牧師なんすが、信仰心が篤く、信頼できるタイプの人間で何より助けられています。ですが、その先生にも欠点があるわけです。それは、言葉における配慮が足りない点であります。たとえば、信仰心の弱い信徒の前で、聖書を読まない人は、無信論者と同じであるとか、・・・賛美を歌うことによって励まされている精神疾患を患っている若 [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(71)<3.罪との関係>
  • (2)罪のぶり返し 3) 聖化と人間の意志・・・13外で仕事しとたら台風さに負けて、きゃっぱしたじゃー!意味:「外で仕事してたら台風にやられて、靴がずぶぬれになってしまったわ〜」一応、南部弁のつもりなんすが、・・・難しいっすさて・・・キリスト教と、他の宗教の違いを表現するに、たとえば、イスラム教やユダヤ教では、長い髭を蓄えたり、豚肉を食べなかったり・・・するわけです。それに対して、キリスト教は、ど [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(70)<3.罪との関係>
  • (2)罪のぶり返し 3) 聖化と人間の意志・・・12マサキチの母教会なんすが、ほんとうに多くのたましいが救われた教会だったんすが、何よりも、当時、日本で一番多くの献身者(牧師や宣教師)を送り出した教会であったんではなかろうか・・・その献身者の一人に、マサキチの名も連ねとるのだ。けど半面、信仰告白をして、義と認められたはずの多くのたましいが、礼拝に来なくなってしまったのも現実です。教会から去った結果 [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(69)<3.罪との関係>
  • (2)罪のぶり返し 3) 聖化と人間の意志・・・11皆さんは、マサキチのやつが、カルヴァンを筆頭に、神の主権陣営を痛烈に批判したからには、さぞかし、自由意志を絶賛するんではないかと、思ったんじゃなかろうか〜けど、・・・その自由意志とは、結局は、神の主権陣営と同じ決定論から抜け出せんし、本当の個人の自由など、存在せんことが分かったわけです。つまり、マサキチは、神の主権陣営でも人間の自由意志陣営でも同 [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(68)<3.罪との関係>
  • (2)罪のぶり返し 3) 聖化と人間の意志・・・10さて、その人間の意志なんすが受動的な意志なのか、それとも、能動(主体)的な、いわゆる自由意志と呼ばれるところの意志なのかでは、大分、救済時の捉え方も、また、その後の信仰生活においても、相違が出てくると思われます。そもそも信じるとは、絶対的に依存的であり、つまり、受動的であって、人間の能動的な自由意志の役割はないように思えます。自由意志の自由とは [続きを読む]
  • 聖化を考えよう(67)<3.罪との関係>
  • (2)罪のぶり返し 3) 聖化と人間の意志・・・9みなさん、おひさしてました〜引き続き、聖化と人間の意志について言いたいこと言っていきます。日本企業の競争力低迷の原因の一つに、ソフト開発力の遅れがあるわけです。そのソフト開発とは、小保方さんや、当時のホリエモンのような、頭の柔らかい若者の奇抜な発想(着想)が必要とされるわけです。ですから、日本人企業のような、全体主義的で年功序列的な、古臭い体質に [続きを読む]
  • 母の救い・・・
  • 5月29日に、母が救いを受け入れるお祈りをすることができました。実は、牧師としては、個人的な家族の話を、どの辺まで、ブログで公開し、または、直接、関係者に、話すべきか、迷いました。 何故なら、牧師にとって、真の家族は、教会だからです。 参考⇒牧師の甘え<家族編> でも正直、嬉しいです。 とりあえず、長年礼拝に参加していた母が、ようやく救いを受け入れるお祈りを、ささげげることができたこと、記録しとかん [続きを読む]
  • 牧師の甘え10<教会管理者の社会的責任・前編>
  • マサキチの神学校時代の話なんすが、実習先の奉仕教会で、ある男性教会員が、礼拝に対して、いい加減な態度を取られた為に、その人に、マサキチは、暴言を吐いたことがあるわけっす。「あんたは礼拝に出席する資格はない〜礼拝に出席すべきではない」その教会員は、土曜日の夜の内にボス(主観牧師)に苦情の電話を入れました。「マサキチ研修生から、明日の礼拝に出るなと言われたんですけど〜」日曜の礼拝後、ボスからマサキチに [続きを読む]
  • つぶやき2<永遠のいのち、天国>
  • 永遠のいのちは、キリストの愛に繋がることがなければ、持てないのだろうか?誤解しないでくれ、マサキチは、キリストの愛(アイオーニオス)を受け止めているつもりだ。神様は、永遠の存在者・・・という事実だ。キリストとの合一により、私たちが、神の愛を知ることは、父なる神を知ることに等しい。だが、このような霊的な見解だけではなく、もっと理性的見解として、永遠のいのち(天国)に希望を持つことができないだろうか? [続きを読む]
  • つぶやき1(贖いへの渇望)
  • 神様を信じることがとても苦手で、どうしたら信仰の対象である神様を信頼することができるのか思い悩んでしまう人がいます。哲学的に言うなれば、信仰を経験(感性:五感)的に捉えようとしているのでしょう。ヨハネの福音書3章に出てくるニコデモの信仰がこの経験論に迷い込んでしまったパターンと言えるでしょう。だが、経験(五感)によっては必ずしも神様を信頼していることへの確信には至らないのです。当時、多くのユダヤ人が [続きを読む]