dyh さん プロフィール

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dyhさん: 釈迦仏教の根本思想について
ハンドル名dyh さん
ブログタイトル釈迦仏教の根本思想について
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486
サイト紹介文時と共に神話と空想の背後に隠されてしまった史的人間釈迦の根幹を探る...
自由文現在、世の中には、数多くの種類の仏教が存在するが、本来、最初にあった仏教は一つであるはずなのに、何故に仏教は、多様化していったのか?本ブログは、多くの先入観を排除することによって、時と共に神話と空想の背後に隠されてしまった史的人間釈迦の根幹に迫るのである。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供2回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2011/03/26 08:53

dyh さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 改正版『般若心経』ブッダの言葉
  •     観世音菩薩という真理(ダルマ)を探求する一人の男がゴータマ・ブッダ(釈尊)の元を尋ねて来た。観世音菩薩は見るからに慇懃(いんぎん)な顔つきをしていた。しかし彼は安らぎに満たされたブッダの穏やかな表情を見て非常に驚いた。観世音菩薩はゴータマ・ブッダに言った。  「ゴータマ・ブッダさま、あなたは苦しみの輪廻の輪から脱却した偉大なる方です。私はあなたにお会いするために西の国からはる [続きを読む]
  • 遠藤周作『沈黙』
  •  久々に記事を書きました。 記事の主題は、遠藤周作氏の小説「沈黙」です。 最近、本作品を原作としたハリウッド映画がすでに上映されていて、その映画を見られた方もたくさんおられるでしょう。  本ブログのこの記事は、この記事の読者が、原作か映画か、あるいはその両方を見られたということを前提として書いたもので、そういった事情をあらかじめ了解いただきたいです。 早速ですが、本作品の舞台の中心は、17 [続きを読む]
  • ギリシャの島に行って来ました
  •     最近ギリシャに行っていて、少し前に帰ってきました。  実際にギリシャには初めて行ってみて、経済破綻しかけている国とは思えないほど人々は明るくて治安もかなりよかったです。  それと、エーゲ海の島にも2島行きました。  信じられないくらい綺麗かったです。  いろんな人とたわいもない話をしながら、とても学ぶものがありました。 [続きを読む]
  • 悟りと死後の行方について
  •    涅槃寂静の境地に至った沈黙の聖者たるブッダ(釈尊)は、自らが死んだ後、どのようになると捉えていたのでしょうか?本ブログ第15章の中で既に述べたように、仏教最古の経典パーラーヤナ・ヴァッガの中に、これらの問いに対してブッダの明確なる解答が語られています。バラモンの尊者ウパシーヴァは、ブッダに次のような質問しました。 あなた(ブッダ)は死んだ後に、意識が持続するのですか、しないのですか?そして [続きを読む]
  • 釈尊には説くべき見解は何もない
  •   今日はブッダの涅槃寂静の境地についてその核心に触れる部分をできるだけ簡単な言葉で話してみようと思います。まず最初に、ブッダの理法について最も重要なことを言います。ブッダの究極の境地には、実は、仏教という見解はありません。もちろん、そこには仏教哲学や宗教的ドグマもありません。仏教と称した「これのみが絶対に正しいという見解」もありません。究極に言えば、八正道も四諦説も十二支縁起説もありません。 [続きを読む]
  • ブッダの根本とは
  •     釈迦仏教において、苦の終滅(=涅槃寂静の体現)のために最も重要なことは何でしょうか?それは、他者との対立や争いを回避することだと思います。なぜなら、人の苦しみの大部分は、他者との関係によって生じるからです。この原因が何なのかが本当にはっきりと分かったなら、他者との対立や争いはなくなるだろうと思います。そこで、他者との争いや対立を回避するためには、一体どうすればいいでしょうか?仏教を [続きを読む]
  • ブッダが説かなかったこと
  •     苦を終滅させるために最も重要なことの一つを話しましょう。 それは、正覚に導くために「ブッダが説いたこと」と「ブッダが説かなかったこと」の違いとその何たるかを明確に知ることです。 「ブッダが説いたこと」、つまり苦が滅尽した涅槃寂静の境地を今ここに具現させるための方法は、実はアッタカ・ヴァッガとパーラーヤナ・ヴァッガという経典の中にすべて語られています。 そして、「ブッ [続きを読む]
  • 苦の終滅を体現しました
  •  当初、公表するつもりは全くなかったですが、avaさんの勧めもあって、私の神秘体験をここにできるかぎり詳しく記そうと思います。   その体験をしたのは、たしか今月の8日の午後2時前後だったと思います。 正直に言って、私は瞑想の熟達者ではありません。 そもそも、私には、最初から瞑想に対する執着はほとんどありませんでした。 そのとき何となくたまたま10分程度の短い瞑想をやっていました。 突然ものすごい強 [続きを読む]
  • 違いを認める
  •   ブッダの理法の核心とは、それを敢えて一言で言い表すとするなら、それは、見解や主張から解き放たれることである、ということだと思う。実を言うと、仏教というものに対して、既存の先入観を持った読者たちに、私が、一言「ブッダの理法の核心とは、見解や主張から解き放たれることである」と言っただけで、その内容を理解すること(あるいは信じること)は難しいと思うので、私は、敢えてその詳細を経典の言葉を引用しな [続きを読む]
  • 第23章 アショーカ王による「破僧の定義」の変更について
  •       原始仏教聖典(パーリ・ニカーヤ)の中には、待機説法という言葉では到底説明がつかないような真逆の教えが経典内に混在している。 一例を挙げて言うなら、修業完成者は前世や来世を見通すような超能力(神通力)を保持している、という説明と、修業完成者は前世や来世を見通すような超能力(神通力)などは全く保持していない、という説明などが、それである。(後者については、『相応部経典』第2集・第1篇 [続きを読む]
  • 注目の教典『テーラガーター』
  •    初期仏教の中でも、特に比較的新しい層の経典の中には、「三明」(宿命通・天眼通・漏尽通)というものが記されている。「三明」(三種の明知)とは、過去世を見通す能力を含めた超能力であり、少なくとも後代の仏教徒の中には、悟った人には、そういった能力が備わっていたと考えていた人たちがいたのだろう。しかし、初期経典の中に、そういった捉え方を打ち消すべき、具体的に説かれた詩句(ガーター)が存在する。古 [続きを読む]
  • 原始仏教と人間の欲について
  •   原始仏教聖典では、修行者に対して、欲は滅すべきものである、と説かれている。原始仏教では、一体どうして、欲は滅すべきものである、と説かれるのだろうか?原始仏教とは、意図する理由もなく、盲目的に禁欲主義に徹することそれ自体を究極の目的とするものなのであろうか?多くの非仏教者は、おそらくは、それらのことについて疑問を抱く違いない。それらの疑問に対する解答は、意外にも、実は仏教者自身にも詳しく語ら [続きを読む]
  • スマ長老の著作を読んで
  •     古代インドにおいては、ごく一部の思想家を除いて、霊魂不滅説と輪廻転生説とが説かれ、それが信じられていたと思う。原始仏教経典が書かれた時代に、多くの仏教徒たちは、人が死んだ後の生まれ変わりをどのように考えていたのだろうか?これに関して、パーリ語のサンユッタ・ニカーヤ(相応部経典)の中に、興味深い記述がある。サンユッタ・ニカーヤによれば、人間が死んだ後にまた人間に生まれてくる可能性は極 [続きを読む]
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