yuki さん プロフィール

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yukiさん: くぐる鳥居は鬼ばかり
ハンドル名yuki さん
ブログタイトルくぐる鳥居は鬼ばかり
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/sadisticyuki10
サイト紹介文青森県は津軽を中心に、坂道・神社・歴史的建造物等々を紹介しております。
自由文自由気ままに…
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供424回 / 365日(平均8.1回/週) - 参加 2011/04/15 17:37

yuki さんのブログ記事

  • 常光寺 (野辺地町寺ノ沢)
  • 曹洞宗日照山常光寺。報恩寺(盛岡市)末寺。寛永9年(1632)日戸内膳の開基と伝えます。野辺地城時代に城主であった日戸内膳行秀の菩提寺となり境内には墓碑が建立されています。天保元年に延命地蔵尊が建立されています。石川啄木は岩手県盛岡市にある常光寺が生誕の地であり、野辺地の常光寺には伯父である葛原対月和尚が住職だったこともあり、3度も野辺地を訪れているそうです(明治37年時19歳・明治39年時21歳・明治40年時22 [続きを読む]
  • 常光寺 (野辺地町寺ノ沢)
  • 曹洞宗日照山常光寺。報恩寺(盛岡市)末寺。寛永9年(1632)日戸内膳の開基と伝えます。野辺地城時代に城主であった日戸内膳行秀の菩提寺となり境内には墓碑が建立されています。天保元年に延命地蔵尊が建立されています。石川啄木は岩手県盛岡市にある常光寺が生誕の地であり、野辺地の常光寺には伯父である葛原対月和尚が住職だったこともあり、3度も野辺地を訪れているそうです(明治37年時19歳・明治39年時21歳・明治40年時22 [続きを読む]
  • 神明宮 (野辺地町)
  • 昔、廻船問屋の田中津右左門という豪族がおり、常に敬神厚く、町の発展を祈願するために屋敷に内神として、伊勢神宮内宮の御魂分けを受けて祀りましたが栄枯盛免し、田中氏は遂に一家断絶。南部藩の都合により社地を転々とした後、元禄2年に市中氏子中にて受け継ぎ、野辺地代官所に近い現在地に改めて天照皇大神の分霊を勧請と伝えます。藩主御巡幸の節は参拝し社運も隆盛し野辺地代官も庇護。旧社殿は天保8年に建替。明治6年4月13 [続きを読む]
  • 神明宮 (野辺地町)
  • 昔、廻船問屋の田中津右左門という豪族がおり、常に敬神厚く、町の発展を祈願するために屋敷に内神として、伊勢神宮内宮の御魂分けを受けて祀りましたが栄枯盛免し、田中氏は遂に一家断絶。南部藩の都合により社地を転々とした後、元禄2年に市中氏子中にて受け継ぎ、野辺地代官所に近い現在地に改めて天照皇大神の分霊を勧請と伝えます。藩主御巡幸の節は参拝し社運も隆盛し野辺地代官も庇護。旧社殿は天保8年に建替。明治6年4月13 [続きを読む]
  • 曹洞宗 正法寺 (十和田市切田)
  • 曹洞宗鎮護山正法寺。御本尊は釈迦如来。山門。楼門で間口2間奥行2間で、南北に向拝が設けられています。木鼻は龍、蟇股は南が松に鶴、北が波に玄武。こちらの方々が出迎えてくれました。これはきっと転車台の跡だ!(違います)石灯籠一対(平成元年7月吉日)。本堂。承和年中(834-847)慈覚大師が奥羽教化の途次、高清水において観音像を刻み、それを本尊として清水山正法寺を開いたと云われていますが、歴史事実に基づいたもの [続きを読む]
  • 曹洞宗 正法寺 (十和田市切田)
  • 曹洞宗鎮護山正法寺。御本尊は釈迦如来。山門。楼門で間口2間奥行2間で、南北に向拝が設けられています。木鼻は龍、蟇股は南が松に鶴、北が波に玄武。こちらの方々が出迎えてくれました。これはきっと転車台の跡だ!(違います)石灯籠一対(平成元年7月吉日)。本堂。承和年中(834-847)慈覚大師が奥羽教化の途次、高清水において観音像を刻み、それを本尊として清水山正法寺を開いたと云われていますが、歴史事実に基づいたもの [続きを読む]
  • 忘れじの満来 (弘前市)
  • 昭和56年創業。当初は富野町で開店、後に末広に移転。富野町付近は学生が多いことから、リーズナブルかつボリューム満点のメニューで人気となりました。特に満来飯、かに玉、特製らあめんなどを注文する人が多かったように感じます。移転後はほとんどの方が満来飯を注文していたイメージですが、その他にも満来めん、味噌飯、中華飯などを注文する方をよく見かけました。個人的には味噌らあめんやチャーハンも大好きでした。店主の [続きを読む]
  • 忘れじの満来 (弘前市)
  • 昭和56年創業。当初は富野町で開店、後に末広に移転。富野町付近は学生が多いことから、リーズナブルかつボリューム満点のメニューで人気となりました。特に満来飯、かに玉、特製らあめんなどを注文する人が多かったように感じます。移転後はほとんどの方が満来飯を注文していたイメージですが、その他にも満来めん、味噌飯、中華飯などを注文する方をよく見かけました。個人的には味噌らあめんやチャーハンも大好きでした。店主の [続きを読む]
  • 八坂神社 (十和田市八斗沢)
  • 千里平・十美岡地区付近。近くに千里平集会所があります。由緒等不明。一般的には御祭神素戔嗚尊、神仏分離前は祇園社で牛頭天王。本殿。棟札「(表面)奉齊金田一八坂大神奉分霊之社、國土平和・村内安全・五穀成就・村内繁栄(裏面)維時昭和26年4月吉日奉遷、十美岡氏子一同敬白」がありました。ブログ村ランキング参加中 [続きを読む]
  • 八坂神社 (十和田市八斗沢)
  • 千里平・十美岡地区付近。近くに千里平集会所があります。由緒等不明。一般的には御祭神素戔嗚尊、神仏分離前は祇園社で牛頭天王。本殿。棟札「(表面)奉齊金田一八坂大神奉分霊之社、國土平和・村内安全・五穀成就・村内繁栄(裏面)維時昭和26年4月吉日奉遷、十美岡氏子一同敬白」がありました。ブログ村ランキング参加中 [続きを読む]
  • 阿闍羅山竜神宮 (小十和田池 / 大鰐町)
  • 阿闍羅山は他界信仰の山であると同時に水神信仰の山でもあります。阿闍羅山大権現から竜神宮へ。かつてここには鳥居が建っていました。現在は倒れたままです。ここから15間ほど下ります。細い山道です。うわ、細い道なのに…気持ち悪い蛙が道の中央に陣取って動きません…蛙苦手…しかも大きい…足元注意です。そっと跨いで…池到着。小十和田池と竜神宮。竜神宮は草創不詳。昭和52年の再建。一番休みでも紹介しましたように、阿闍 [続きを読む]
  • 阿闍羅山竜神宮 (小十和田池 / 大鰐町)
  • 阿闍羅山は他界信仰の山であると同時に水神信仰の山でもあります。阿闍羅山大権現から竜神宮へ。かつてここには鳥居が建っていました。現在は倒れたままです。ここから15間ほど下ります。細い山道です。うわ、細い道なのに…気持ち悪い蛙が道の中央に陣取って動きません…蛙苦手…しかも大きい…足元注意です。そっと跨いで…池到着。小十和田池と竜神宮。竜神宮は草創不詳。昭和52年の再建。一番休みでも紹介しましたように、阿闍 [続きを読む]
  • 阿闍羅山大権現 (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』『行者・二番休み(大鰐町)』『行者・三番休み(大鰐町)』三番休みから上ってくると最初に見えてくるのが一の鳥居。これが一の鳥居なのか、現在これだけが残っているのは不明ですが。笠木部分は下に落ちてました。ここから少し登れば到着です。阿闍羅無線中継所が目印。あじゃらいただきの森トレッキング案内看板。トトロン迷宮の森には入りたくないですねぇ…方向音痴だ [続きを読む]
  • 阿闍羅山大権現 (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』『行者・二番休み(大鰐町)』『行者・三番休み(大鰐町)』三番休みから上ってくると最初に見えてくるのが一の鳥居。これが一の鳥居なのか、現在これだけが残っているのは不明ですが。笠木部分は下に落ちてました。ここから少し登れば到着です。阿闍羅無線中継所が目印。あじゃらいただきの森トレッキング案内看板。トトロン迷宮の森には入りたくないですねぇ…方向音痴だ [続きを読む]
  • 行者 ・ 三番休み (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』『行者・二番休み(大鰐町)』水分補給して、おにぎり食べて、ろいやるふぁーむのヤギたちに餌をあげたら三番休みへ向かいます。道中はゴルフ場内を通る舗装された緩やかな遊歩道なのでかなり楽です。行者(三番休み)…『阿闍羅山が津軽山岳信仰の中心であったころ、ここに修験の行者堂があり、行者が山の霊力を身につけるため「籠もり行」をする行場であったと言われてい [続きを読む]
  • 行者 ・ 三番休み (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』『行者・二番休み(大鰐町)』水分補給して、おにぎり食べて、ろいやるふぁーむのヤギたちに餌をあげたら三番休みへ向かいます。道中はゴルフ場内を通る舗装された緩やかな遊歩道なのでかなり楽です。行者(三番休み)…『阿闍羅山が津軽山岳信仰の中心であったころ、ここに修験の行者堂があり、行者が山の霊力を身につけるため「籠もり行」をする行場であったと言われてい [続きを読む]
  • 行者 ・ 二番休み (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』一番休みから二番休みまでのコースが一番の難関です。案内看板のルートはいまいちわかりにくいです。よって近くのスキー神社に参拝し、スキー場の斜面を進むことにします。ジャイアントスクリーン、神沢バーン、前平バーンはいずれも最大斜度34度で、神沢バーンはあの三浦雄一郎さんがパラシュートブレーキによる直滑降の練習をした斜面らしいです。ジャイアントスクリーン [続きを読む]
  • 行者 ・ 二番休み (大鰐町)
  • 『阿闍羅行者修行の径・一番休み(阿闍羅山 / 大鰐町)』一番休みから二番休みまでのコースが一番の難関です。案内看板のルートはいまいちわかりにくいです。よって近くのスキー神社に参拝し、スキー場の斜面を進むことにします。ジャイアントスクリーン、神沢バーン、前平バーンはいずれも最大斜度34度で、神沢バーンはあの三浦雄一郎さんがパラシュートブレーキによる直滑降の練習をした斜面らしいです。ジャイアントスクリーン [続きを読む]
  • 阿闍羅行者修行の径 ・ 一番休み (阿闍羅山 / 大鰐町)
  • 大鰐温泉スキー場(阿闍羅山)です。阿闍羅行者修行の径シリーズ!さて、阿闍羅山に修験道が入ったのは平安時代後期、天台密教の修験者によります。阿闍羅山はその麓を狐森・牡丹森・大高森・ツクシ森など、「モリ」の付く名前の山や丘に囲まれています。これらが山ではなく森と呼ばれているのは山岳信仰(山中他界信仰)に関係していると考えられます。昔は死者を村から離れた山の上に埋葬し、霊が籠もる「もりの山」「もや山」と [続きを読む]
  • 赤倉神社 (大鰐町)
  • 大鰐温泉スキー場のワンダーフィールドコース内にあるちょっとした森林。ここに赤倉神社が鎮座します。由緒不明ですが、赤倉信仰です。スキー客の安全を祈願する神社とも思ったのですが、境内からは溢れんばかりの水が湧いており、そのことに関連しそうです。ゲレンデの中央にあって、ここにだけ水がいっぱい溢れ出ていて何か不思議。入口は川もしくは池のようになっている為、苔だらけの石橋を渡ります。ゲレンデの斜面に沿って少 [続きを読む]
  • スキー神社 (大鰐町)
  • 大鰐温泉スキー場に向かいます。大鰐町出身の油川貞策大尉が地元青年団の働き掛けを受けて、中隊を引き連れてコースを整備。大正11年末に阿闍羅山にスキー場が完成。多くの全国大会が開かれる競技スキーのメッカ。多くの五輪選手を輩出しています。スキー神社が鎮座している阿闍羅山中腹を目指します。ファミリーゲレンデ(最大斜度12度)と呼ばれる初級コースですが歩くのは辛いです(笑)スキー揚での怪我防止のため昭和10年1月24 [続きを読む]
  • 上宇鉄稲荷神社 (外ヶ浜町三厩)
  • 三厩字水汲沢と三厩上宇鉄の境くらいに鎮座。御祭神は保食神。文政7年の神社書上帳には宇鉄村稲荷宮の名が見えます。この後くらいに元宇鉄・上宇鉄と神社が分かれたと思われます。上宇鉄地区には漁師たちにより弁天様が祀られています。最初弁天宮、稲荷宮の社地を寄付したのは網元の秋田太郎兵衛と伝えます。弁天様の御神体は最初のものが盗まれており、現在のは福沢善四郎宅で祀っていたもの。弁天様の例祭は上宇鉄稲荷神社の例 [続きを読む]
  • 七百馬頭観世音神社 (六戸町犬落瀬)
  • 七百集落(犬落瀬七百)の東南に七百馬頭観世音堂が鎮座しております。七百集落の産土様。境内入口には立派なセメントの大鳥居が建ちます。下田家が代々世襲して管理。昭和36年に拝殿新築、昭和51年3月に増築しています。内陣と外陣は格子戸で仕切られており、固く鎖で錠がかけられています。これは何度か御神体が盗まれているためです。現在の御神体は陶製の旧御神体を模倣して、五戸の彫刻師川村宗次郎が昭和56年12月10日に作っ [続きを読む]