つじけい さん プロフィール

  •  
つじけいさん: はっさくな日々。
ハンドル名つじけい さん
ブログタイトルはっさくな日々。
ブログURLhttp://ameblo.jp/tsuzikei-hassaku/
サイト紹介文アレクサンダーテクニークを学びながら三人の子育て・介護・表現活動(演劇など)をしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供23回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2011/05/06 19:12

つじけい さんのブログ記事

  • アレクサンダー・テクニークを学びたい女性へ2016~ 第10回 
  • <正解を求めない宿題>前回でた「宿題」をやってみた感想が、参加者の方からでました。 ○宿題をすることで無意識があがってきた。常に緊張していることがわかった。○「決めて何かをやる」ということが苦手なので、いつもやらないことをやってみると発見があった。○書くと自分の傾向がわかりやすかった。○書くのが新鮮だった。 「アレクサンダー・テクニークは気づきのワークです。自分の「緊張」や「こわばり」にも [続きを読む]
  • 「咳」と「考え、感情」との関係
  • この一週間何度かブルース先生のクラスがありました。テーマは「どうしたら私たち(アレクサンダー・テクニーク教師)は「人全体」にアプローチすることができるか?」。 「人全体」にアプローチすることは、ただ表面的な姿勢などを直すこととは違う。表に現れる姿勢や仕草などのパターンは思考、言葉のパターンと密接に結びついている。どれか一つにアプローチするときも、それら全体の関係性を思っていろいろなことを試し [続きを読む]
  • 1月20日明日「町家deバザール」にて体験講座あります。
  • 明日1月20日(金曜)地下鉄鞍馬口駅からすぐのcafe seedで「町家deバザール」あります。私は15:00〜16:30でアレクサンダー・テクニーク体験ワークショップをさせてもらいます。スコーン、フランス料理講師の方のお惣菜、ハーブ講師の方直ブレンドハーブティなどの美味しい物販、ステンドグラス、果肉植物の物販、書小物・水彩画のワークショップなど盛りだくさんです。お時間ある方はのぞいてみてください☆ 時 [続きを読む]
  • 嫌な思い出が、頭をぐるぐるするとき。
  • 洗濯物をしていたら突然、人に嫌なことを言われたときのことを思い出した。悔しい。腹立つ。何回もその光景がぐるぐるする。いいかげんやめたいのに、やめられない。どうしたもんかなあ。ふと「今、それいわれてる?」と自分にきいてみた。手を見てみたら、洗濯物があった。外は天気がよくて、気持ちいい風が吹いていた。なんかいってきた人はもちろんいなくて私は一人で物干し場にいた。ただそれだけだった。それがわかったとたん [続きを読む]
  • もちあげない抱っこ
  • 先日、7ヶ月のK君、お母さんのYさんと一緒にレッスンをしました。抱っこについて、やりたいとのこと。抱っこは、一番のスキンシップだから、できるだけしてあげたい。でも、移動する時とか、自分の都合で抱く時が多い。ほぼミルクだから、肌が密着する時間が少ないと思う。抱っこする時に、持ち上げているので腕がパンパンになり、すぐにおろしてしまう。だんだん重くなってきたので、疲れてくるとだっこできない。のだそう。お子 [続きを読む]
  • 何をするときも五感は統合して使われる。
  • ラジオ「おはようパーソナリティどうじょうようぞうです」で、「食べ物の味と音の関係」を実験してました。ティッシュで耳栓してから、じゃがりこを食べると「さくさく感がなくなって、石をかんでるみたい」らしい。私も耳栓しておかきを食べてみた。確かにだいぶ違う!耳栓すると、自分の口の中の音しか、かんでいるガリガリいう音しか聞こえない。「ぱりっ」とか「サクっ」という軽やかな音は、外で反響している音なんだなあ。軽 [続きを読む]
  • 体全体でコミュニケーション
  • 姿の勢い2016、師匠新海みどりの年に一度のワークショップが6月25、26日の土日に梅小路公園「みどりの館」で開催されます。今回は『アレクサンダー・テクニークの学び方』をテーマに、1.自分の知覚に気づく  2.自分の知覚を表現する3.姿の勢い―身体の中に動きや勢いがあることを経験する4.新たな言語表現、身体全体を通したコミュニケーションを体感するといった内容の二日間です。コミュニケーションときくと [続きを読む]
  • 舞台上の私も、生活する私も同じからだ
  • 「舞台上の自分」と「生活している自分」は全然違う感じがする。また特別な、違うものにしておきたい気持ちもある。もちろん、緊張感は全然違う。でも身体の機能は同じだ。だって身体は一つだから。舞台上でしている動きやクセは、度合いの違いがあるにしろ、何らかの形でやっぱり生活の中にもある。バイトしているとき、友達と話しているとき、歯を磨いている時なんかのときでも。そのリンクを認めて実感できたことは、私にはとて [続きを読む]
  • あがる時は、足がついている床を思い出す
  • 今日はPTAバレーボールの練習でした。試合形式で練習するとき、少しあがります。体育館の高い天井、遠くて広いむこうのコート、ああだめだ。のまれてしまう。この感じ、暗い楽屋から舞台に出るときに急に世界が広くなるときと似てる。舞台の、劇場の空間が広い。天井が高い。お客さんの頭の上の空間も広い。ああやばい。そんなことなんでもないよ、と思いこもうとしたりもした。でもそれだと違う緊張を生んでしまうことも多かった [続きを読む]
  • 全員がリーダーで全員がフォロワー
  • 片桐ユズルさんに英語、翻訳、アレクサンダー・テクニークなど、これまでの仕事を振り返りながら、参加者が聞いてみたいことをその場で聞きながら、応答で紡ぐ「片桐ユズルに聞く」の会の中でのこと。「ユズルさんのところに、若者が集まってきてましたね。ユズルさんは、人を集めて一緒になんかしよう、なんていったりする人じゃないのにどうしてですか?」という質問。「あれだな、ゆりかもめ。2時3時になると、そわそわしたや [続きを読む]
  • 私の居場所は私のからだの中。
  • 「自分の居場所」について思う時がある。世の中で、仕事で、自分の所属するコミュニティーの中で、家庭の中でなど。私は学校を卒業して、ずっとバイトと芝居をしていたから世の中的にあまり居場所がない気がしていた。同窓会の時も、まだフリーターは認知されてなかったし役者として活躍しているわけでもないし名乗りようがなく居心地が悪かった。何となく、「世の中で認知されている名前の何か」になっていないといけない気がした [続きを読む]