catherinesaori さん プロフィール

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catherinesaoriさん: キリストとともに
ハンドル名catherinesaori さん
ブログタイトルキリストとともに
ブログURLhttp://shelline-oblate.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文聖書と祈り、そして聖ベネディクトについての、しぇるりんのつぶやき
自由文聖書をただ読む、理解するだけではなく、聖書を通じて神と語り合う、それが霊的読書(レクチオ・ディビナ)の祈りです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供107回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2011/05/21 10:17

catherinesaori さんのブログ記事

  • 主のご復活に想う:閉ざされた部屋に来られたキリスト
  • その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたを遣わす。」(ヨハネによる福音書20:19〜21)お元 [続きを読む]
  • 主のご復活に想う:主キリストとマグダラのマリア
  • さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが [続きを読む]
  • 主のご復活に想う:主イエス、聖母マリアと出会う
  • お元気ですか。しぇるりんです。♪( ´θ`)ご復活、おめでとうございます。四旬節と聖週間の祈りと観想のみ恵み、感じられましたか。私はイースターまでに、あるお金に関係のある通知が来るなら、今まで納付できなかった教会維持費とイースター献金をします、とお約束していました。そしたら、ちゃんとイースター前に通知書が本当に来たんです、二つとも。だから、マリアさまを通じてイエスさまにお約束した通り、献金と維持費を [続きを読む]
  • 聖週間からイースターへ
  • (皆さん)あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けた私たちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者のうちから復活させられたように、わたしたちも新しい命を生きるためなのです。もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるなら [続きを読む]
  • 聖週間と「イザヤ書」
  • 主である神はこう言われる。神は天を創造して、これを広げ、地とそこに生ずるものを繰り広げ、その上に住む人々に息を与え、そこを歩く者に霊を与えられる。主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼びあなたの手を取った。民の契約、諸国の光としてあなたを形づくり、あなたを建てた。見ることのできない目を開き捕われ人をその枷から闇に住む人を牢獄から救い出すために。(イザヤ書42:5-7)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^) [続きを読む]
  • 四旬節におもう:枝の主日を迎えて
  • その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に。」イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。「シオンの娘よ、恐れるな。 見よ、お前の王がおいでになる。ろばの子に乗って。」(ヨハネによる福音書12:12〜15)お元気で [続きを読む]
  • 四旬節におもう:それぞれの門出の時に
  • 初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。万物は神によって成った。成ったもので、ことばによらず成ったものは何一つなかった。ことばの内にいのちがあった。いのちは人間を照らす光であった。(ヨハネによる福音書1:1〜4)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)4月となり、新しい学級、学校、職場などに進級、進学、就職、転職された方、新しい場所に転居された方、またお仕事を退職された方など、さま [続きを読む]
  • 四旬節におもう:主の死を想い、自分の死を想う
  • 次のことを心に留めよ。死は必ずやって来る。しかし、陰府の定めはお前に示されていない。生きている間、友人には親切を尽くしておけ。できるかぎり手を差し伸べて、援助せよ。1日だけの幸せでもそれを逃すな。良い楽しみの機会を見過ごすな。お前の苦労して得たものは、他人の手に渡り、汗の結晶も、くじで分配されてしまうではないか。(シラ書お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)主キリストは、私たちの罪のゆるしのため、十字 [続きを読む]
  • 四旬節におもう:主の十字架と「謙遜」
  • 兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。(コリントの信徒への第一の手紙2:1~2)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)日本語で「謙遜」は、明鏡国語辞典によれば「へりくだること。自慢したり、高ぶったりせず、控え [続きを読む]
  • 四旬節におもう:旅立ちの時、希望の時
  • その後、イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て「わたしに従いなさい」と言われた。彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。(ルカによる福音書5:27~28)お元気ですか。しぇるりんです。(T ^ T)春三月ともなると、進級、進学、卒業、就職、転勤など、さまざまな人生の小さな、または一生にたった一度の転機を迎える方も多いでしょう。ある日、電車に乗っていた時のことです。隣に座った高校生 [続きを読む]
  • 四旬節におもう:人間的な善悪と超自然的な善悪の違い
  • ところが、各地を巡り歩くユダヤ人の祈祷師たちの中にも、悪霊どもに取りつかれている人々に向かい、試みに主イエスの名を唱えて「パウロが宣べ伝えているイエスによって、お前たちに命じる」と言う者があった。ユダヤ人の祭司長スケワという者の七人の息子がこんなことをしていた。悪霊は彼らに言い返した。「イエスのことは知っている。パウロのこともよく知っている。だが、いったいお前たちは何者だ。」そして、悪霊にとりつか [続きを読む]
  • 四旬節におもう:まことの償い、キリストの祝福
  • 「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全きものとなりなさい。わたしはあなたとの間に契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」アブラムはひれ伏した。神は更に語りかけて言われた。「これがあなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。あなたは、もはやアブラムではなく、アブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである…」(創世記17:1b-5)お元気ですか。し [続きを読む]
  • 四旬節におもう:性虐待被害者のための祈りと償いの日
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)日本のカトリック司教団は、四旬節第二金曜日を「性虐待被害者のための祈りと償いの日」と定めました。性虐待被害者は大勢いますが、個人的な理由で虐待被害を公に出来ない人の方が多いと思います。もちろん性虐待被害の被害者の多くは女性ですが、男性、男児の被害者もいます。こういった性虐待行為は、お互いへの人間性への関心を持つ以前の、極めて幼い性衝動を相手を傷つけても、殺しても [続きを読む]
  • 四旬節におもう:四旬節の祈り、償いと回心をめざす
  • 四旬節は新たな始まりであり、復活祭という確かな行き先、すなわち死に対するキリストの勝利に向かう道です。この四旬節は、わたしたちに回心を強く求めています。(2017年四旬節の教皇メッセージより。)お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)四旬節というと主キリストのご受難、ご苦難と死を想う季節とあって、何やら暗いイメージを持ってしまいがちです。主は、父なる神を心から信頼し、聖霊のたまものの中で、わたしたちの罪の [続きを読む]
  • 四旬節におもう:今年の四旬節のマイテーマを決める
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)2017年の四旬節第一主日が過ぎました。前回、「祈り、観想、想い、行い、怠りを悔い改め、主に心を向ける」には、自分なりに一定の方向に「こっちだ!」と決めるほうが、主の御心にかない、私も霊的な安らぎを得ることで、家族や周囲の人々とも主が示される愛やいつくしみを分かち合えるのだというお話をしました。ただ漠然と「自分がどこにいるのか分からないし、どっちにどう行ったら良いか [続きを読む]
  • 四旬節におもう:聖性いま昔
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)さて、2017年の今年も四旬節が始まりました。四旬節は、主キリストの苦難と十字架に想いを馳せ、私たちそれぞれの十字架と重ね合わせて、主のご受難の道行きを主とともに過ごす季節です。ここ数週間、私の大好きなアシジの聖フランシスコの聖なる姉妹、聖クララ伝を寝る前に読んでいます。カトリック教会がトリエント公会議に向かう曲がり角でもあった12世紀後半には、豪商の息子であった聖 [続きを読む]
  • 2017年の四旬節のはじめに
  • そして、金持ちが陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先に水を浸し、私の舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中で苦しんでいます。』しかしアブラハムは言った。『子よ、思い出して見るがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反 [続きを読む]
  • 映画「沈黙ーサイレンス」見て来ました
  • 岡田三右衛門は当時の習慣として仏教式で火葬されましたが、その魂に何があったのかは神だけがご存知です。(ラストシーンより)お元気ですか。しぇるりんです。♪( ´▽`)やっとのことで「沈黙ーサイレンス」観て来ました。3時間近い本格的な映画は久しぶりです。そして、火刑の際に生きたまま火あぶりにするなどのシーン以外はほぼ実写で、芝居、演出、効果などが自然を最大限に活かしているのがとても印象的でした。それぞれ [続きを読む]
  • 一部のカトリック司祭らの性虐待問題について
  • もし、ある人が自分の相手である娘に対して、情熱が強くなり、その誓いにふさわしくないふるまいをしかねないと感じ、それ以上自分を抑制できないと思うなら、思いどおりにしなさい。罪を犯すことにはなりません。二人は結婚しなさい。しかし、心にしっかりとした信念を持ち、無理に思いを押さえつけたりせず、相手の娘をそのままにしておこうと決心した人は、そうしたらよいでしょう。要するに、相手の娘と結婚する人はそれで差し [続きを読む]
  • 男と女の深い淵とキリスト教的価値観
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)ここ十年ばかり思うのが、日本の男性は「男性の世界観、脳の中に引きこもり」、日本の女性は「女性の世界観、脳の中に引きこもり」対話が成立しない方が多いようだ、ということ。キリスト者として、私たちは人種や文化の差だけではなく、男性と女性の考え方、感じ方の違いも含めて「同じ神の被造物として互いの違いを分かち合い、違いの中に豊かさを見いだすこと」も、21世紀の福音宣教の課題 [続きを読む]
  • 宣教会セルヴィー・エヴァンジェリーの新しさ
  • あなたの会には創立者がいますか、と訊ねられると私たちは決まって困惑します。私たちの会には「この人が創立者」という「誰か」を特定できないのです。私たちの多くははじめ、第二バチカン公会議に前後してスペインに設立された「前の宣教会」の会員でした。その会員の何人かが、小教区の教会や司教さまに「私たちは司祭、奉献者と平信徒が平等な立場で福音宣教する会をつくりたい」という霊的で内的な導きを受け、それぞれの場で [続きを読む]
  • ユスト高山右近の列福式とインターネットメディアの役割
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)2017年2月7日、大阪城ホールで行われた、ユスト高山右近の列福式が行われました。しぇるりんは、体調不良もあってライブストリーミングで参加しました。ユスト高山右近の霊的な歩み、その聖性への想いについてはまた後日ゆっくり辿りたいと思います。今回は、動画配信などのインターネットメディアと福音宣教の役割について、考えて見ましょう。今回のライブストリーミングで印象的だったのは [続きを読む]
  • 「さあ出かけよう」福音宣教へ!
  • お元気ですか。しぇるりんです。(^ ^)21世紀の福音宣教ということで、「セルヴィー・エヴァンジェリー、カトリック宣教者の会(以下、S・E宣教者会)」で取材して参りました。S・E宣教者会に関しては、スペイン語のHP情報しかないため、日本ではあまり知られていないからです。↓東日本大震災の時の釜石ベースキャンプにて(S・EのHPよりお借りしました。)まず、2017年2月12日から始まる「さあ出かけよう」企画についてお聞きしま [続きを読む]
  • 第二バチカン公会議と21世紀の福音宣教
  • 神は無限に完全、他によることのない至福そのものであって、ただいつくしみの計画から、ご自分の至福ないのちにあずからせる人間を自由に創造されました。したがって、いつ、どこでも、人間に親身に気を配り、呼びかけ、人間が全力を尽くしてご自分を求め、知り、愛することができるよう助けておられます。…この呼びかけが世界中に響きわたるよう、キリストはご自分で選んだ使徒たちに福音を告げ知らせる任務を与え、彼らを派遣さ [続きを読む]
  • 《ながさきのコルベ神父》と日本
  • 「第一次世界大戦の時、ポーランドに沢山の孤児が出ました。孤児を一番助けたのは日本の赤十字です。三千人も助けました。そのとき、ポーランド人ははじめて日本の国を知りました。ポーランドの司教さまは、日本の国のために祈るよう勧めました。コルベ神父さまは、日本人に聖母マリアさまを知らせたいと思いました。長崎の早坂司教さまは、日本人で初めての司教さまです。早坂司教さまのことをポーランドの『けがれなき聖母の騎士 [続きを読む]