園遊舎主人 さん プロフィール

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園遊舎主人さん: 園遊舎主人のブログ
ハンドル名園遊舎主人 さん
ブログタイトル園遊舎主人のブログ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/koichiro1945
サイト紹介文温故知新。 日本の自然に学ぶ。
自由文ドイツ人のランドスケープ・アーキテクトに日本のガーデニングを紹介した時、江戸期以前のガーデニングは参考にしていたが、近年のガーデニングには目もくれなかった。花についても同様。
オランダのキュウケンホフ公園の猿まねやイングリッシュガーデン擬、日本産の花の利用が少ない、わざわざ西欧から見に来る価値のないものが多すぎる。
外国人に、これが日本の新しいガーデニングと言える庭や花の増えることを期待して。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供62回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2011/06/01 06:34

園遊舎主人 さんのブログ記事

  • 庶民の心を掴む遊びの仕掛け人
  • 江戸庶民の楽しみ 11★庶民の心を掴む遊びの仕掛け人以下の一部に問題となる語句・表現があるが、元資料やその背景を鑑み、そのまま使用している。・天和四年(1684年)一月、中村座『酒呑童子大江山鬼退治』四世勘三郎隠居して、中村伝九郎と改め舞台を勤める。 三月、中村座『門松四天王』市川団十郎鳴神が大当たりする。 七月、吉原へ勧進・巡礼・乞食などが入ることを禁止する。 七月、出家・山伏・行人・願人らが徘徊しての [続きを読む]
  • ★歌舞伎芝居草創期
  • 江戸庶民の楽しみ 10★歌舞伎芝居草創期・延宝六年(1678年)一月、堺町でからくり・子供芸を興行する。 一月、松本丹後守邸で土佐少掾、繰り『八島』上演する。 三月、大和守邸で鶴屋播磨の一座など上演する。 六月、山王権現祭礼される。 八月、茶屋女を規制(給仕の女は二名まで、衣服は布木綿に限るなど)する。 ・延宝七年(1679年)二月、振売商人を制限、新規振売禁止する。 四月、市村座で「西行法師の狂言」一世一代とし [続きを読む]
  • ★盆踊りと伊勢踊り
  • 江戸庶民の楽しみ 9★盆踊りと伊勢踊り・寛文十一年(1671年)三月、村山又三郎が日本橋葺屋町に村山座を設立する。 十一月、大和守、山村座へ見物に遣わす。 ○堺町に江戸孫三郎が繰座興行する。 ○大和守邸で操り『浄瑠璃御前』狂言『入間川』他上演する。・寛文十二年(1672年)二月、勧進太神楽・高野聖等の宿泊を禁止する。 二月、浄瑠璃坂の仇討起きる。 五月、魚介類・野菜・果実36種の販売季節を限定、初物を規制する。  [続きを読む]
  • ★幕府の思惑も絡んだ芸能界の既得権争い
  • 江戸庶民の楽しみ 8★幕府の思惑も絡んだ芸能界の既得権争い 以下の一部に問題となる語句・表現があるが、元資料やその背景を鑑み、そのまま使用している。・寛文五年(1665年)一月、森田座で『曽我』大評判となる。 二月、日傭座が設立される 四月、大和守邸で操り『祇園の本地』上演する。 五月、町中で男伊達若者の無法を取締る。 六月、町中での花火遊び禁止、辻立、辻鞠・辻相撲を禁止する。 七月、猿楽金春、本所で4 [続きを読む]
  • ★町人が遊び場を制する
  • 江戸庶民の楽しみ 7★町人が遊び場を制する・明暦二年(1656年)二月、華美な服装などの奢侈を禁止する。 二月、かぶき者や太い緒の編笠かぶり者を逮捕する。 五月、町に端午の菖蒲の兜などの飾り物の華美を禁止する。 六月、神田明神の法楽に、筋違門外で勧進能の興行許される。 六月、山王権現祭礼催される。 六月、将軍の病気平癒を祝い、家門・諸大名を供応し猿楽を催し町人の観覧も許す。 七月、御家人子弟が鶺鴒組と称 [続きを読む]
  • ★遊び場で対立す武士と町人
  • 江戸庶民の楽しみ 6★遊び場で対立す武士と町人・慶安三年(1650年)二月、山王権現が城内より麹町に移る。 三月、市ヶ谷八幡に小芝居始まる(一人前12文・半畳3文)日々大入り。 六月、浅草寺観音堂の普請始まる。 七月、将軍の誕生日に江戸町奉行が花火を献上する。 十二月、丹前風呂停止される。 ○伊勢参り盛んに行われる。 ・慶安四年(1651年)一月、城内で中村座等、歌舞伎上演(四月まで続く、狂言の外に放下や枕返しもあ [続きを読む]
  • ★徐々に盛んになる庶民の遊び
  • 江戸庶民の楽しみ 5★徐々に盛んになる庶民の遊び寛永十二年(1635年)五月、日本人の海外渡航・帰国禁止となる。 六月、山王権現祭礼、上覧あり。 六月、参勤交代が制度化する。 十月、将軍、板橋で鹿狩、捕獲鹿五百余頭を大名や町人に分賜える。 十一月、寺社奉行が設置される。 ○薩摩小平太、堺町で人形芝居興行し好評。 ○風呂屋(丹前風呂)繁昌し吉原が衰退する。・寛永十三年(1636年)一月、江戸城の層構が完成する。  [続きを読む]
  • ★遊びの楽しさを知る庶民
  • 江戸庶民の楽しみ 4★遊びの楽しさを知る庶民・元和十年(1624年)二月、初代中村勘三郎、猿若座を創建し、歌舞伎芝居を興行する。・寛永元年(1624年)十一月、諸侯が江戸に妻子を置く。 ○明石志賀之助が寄相撲と称し六日間の興行(江戸勧進相撲の始め)を行う。 ○諸国に流行の伊勢踊を禁止する。 ○目黒村の龍泉寺不動・行殿建立する。・寛永二年(1625年)八月、生島丹後が京より下り中橋で若衆歌舞伎興行(若衆歌舞伎の始め)。 [続きを読む]
  • 江戸庶民の楽しみ3 見世物と歌舞伎
  • 江戸庶民の楽しみ 3★見世物と歌舞伎・元和五年(1619年)五月、武家屋敷に町人・浪人の居住を禁止する。 ○西久保八幡宮境内に「時の鐘」できる。・元和六年(1620年)三月、米倉を浅草に築造する。 六月、秀忠の娘・和子は、後水尾天皇の女御として入内する。徳川家にとって天皇家との縁組みは、なによりの権戚付けとなった。元和九年(1623年)、皇女・女一宮興子内親王(後の明正天皇)が誕生する。 七月、庶民の捨子を禁止。 八 [続きを読む]
  • 庶民の遊びが始まる
  • 江戸庶民の楽しみ 2★庶民の遊びが始まる・慶長十五年(1610年)八月、琉球人江戸で三味線を弾く。 六月、疫病流行する。 ○日本橋のたもとに西川甚五郎(近江商人の四家に選ばれ)が出店する。・慶長十六年(1611年)五月、江戸城修築で日雇い仕事多く、庶民の懐が潤ったという。・慶長十七年(1612年)三月、江戸など直轄地にキリスト教会の破壊と布教の禁止を布告する。 六月、京・堺の町人を新開地に移住さす。 七月、かぶき者少 [続きを読む]
  • 江戸庶民の楽しみ 庶民の遊びが始まる前
  • 江戸庶民の楽しみ 江戸時代は、遊びの時代の始まりである。江戸や大坂を皮切りに、日本全国に城下町が成立し、都市で生き生きと生活する人が急激に増えていった。都市生活で重要なことは、ものを生産したり蓄積することだけではなく、どんどん消費することである。幕府やそれに連なって大名らは、城下町の商工業を盛んにし、都市が繁栄することを期待した。 そうなれば、当然のことながら商売の担い手である町人にも富が集 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分7
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分7 「草木植作様伊呂波分」に記されている言葉について、その使用がいくつか気になる。当時の言い方なのか、伊藤伊兵衛の個人的な使い方なのか判断に迷うものもある。そのような言葉について示し、考察してみる。・「さし木・挿木」 「草木植作様」として、植栽時期に加えて挿木や接木の可能な植物とその時期についても記している。挿木のできる植物として、「(木圓)栢、いぬ槙、いばら、白 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分6
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分6・「椿」は、他の植物にも増して挿木接木の詳細な説明があり、関心の高さがわかる。気になる記述は、「指木ハ切口を二つニわりたる所より根出ル」とあるが、枝を二に割って挿す方法は、現代ではあまり聞かない。実際に行ったのだろう。・「なでしこ」では、「植て廿日ほど過て芽の出ルをつミ切すてたるよし大かぶニ成る也」とある。摘芯すると脇芽がでて、確かに花芽が増える。・「梨子」(ナ [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分5
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分5ひ 15品「びやくしん」はミヤマビャクシン、本文中の「柏槙」に対応するものだろう。「ひむろ」はヒムロ、本文中の「ひむろ」と同じ表記である。「ひのき」はヒノキ、本文中の「檜」に対応するものだろう。「びやう柳」はビヨウヤナギ、本文中の「美陽」に対応するものだろう。「ひいらぎ」はヒイラギ、本文中の「柊木」に対応するものだろう。「ひさかき」はヒサカキ、本文中の「ひささ [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分4
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分4こ 9品「こぶし」はコブシ、本文中の「こぶし」と同じ表記である。「高野槙」はコウヤマキ、本文中の「高野槙」と同じ表記である。「こでまり」はコデマリ、本文中の「小てまり」に対応するものだろう。「五味子」はサネカズラ、本文中の「五味子」と同じ表記である。「こせう」はコショウ、本文中の「こせう」と同じ表記である。「小蓮花」はヒツジグサ、本文中の「小蓮花」と同じ表記 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分3
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分3そ 3品「蘇鉄」はソテツ、本文中の「蘇鉄」と同じ表記である。「そよぎ」はソヨゴ、本文中の「そよぎ」と同じ表記である。「鼠尾草」はミソハギ、本文中の「鼠尾草」と同じ表記である。つ 6品「椿」はツバキ総称名、本文中の「椿」と同じ表記である。「躑躅」はツツジ総称名、本文中の「躑躅」と同じ表記である。「つげ」はツゲ、本文中の「柘」に対応するものだろう。「つづミ花」 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分2
  • 『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分2ち 6品「沈丁花」はジンチョウゲ、本文中の「沈丁花」と同じ表記である。「ちやうし草」はチョウジソウ、本文中の「丁子草」に対応するものだろう。「ちやうりやう草」はハンカイソウと思われるが、ハンカイソウは「は」の項で「はんくわい草」の名で記されている。間違って再記したのでなければ、「ちやうりやう草」は別の植物となる。なお、「ちやうりやう草」はギンセンカ(アオイ科 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6 草木植作様之巻
  • 『花壇地錦抄』6 草木植作様之巻 「草木植作様之巻」は、植物の植え方について解説している。 先ず、植栽には土・土壌に合わせて植えなければならないことを、事例をあげて示している。「たとへハ草ヲ原地に植れハ枯れ 野草を泥中ニ植れバ腐(根腐れ)する事」など示し、「故ニ、土の品々をわかち(土壌の性質にあった)草木の植作り様をしるす」、とある。 次は、植栽時期について、夏木の類(落葉植物)は二月(現在 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』6 草木植作様之巻
  • 『花壇地錦抄』6 草木植作様之巻 「草木植作様之巻」は、植物の植え方について解説している。 先ず、植栽には土・土壌に合わせて植えなければならないことを、事例をあげて示している。「たとへハ草ヲ原地に植れハ枯れ 野草を泥中ニ植れバ腐(根腐れ)する事」など示し、「故ニ、土の品々をわかち(土壌の性質にあった)草木の植作り様をしるす」、とある。 次は、植栽時期について、夏木の類(落葉植物)は二月(現在 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』5 草花秋之部
  • 『花壇地錦抄』5 草花秋之部△草花秋之部 「草花秋之部」は62品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』などから推測すると以下のようになる。 「白仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の白花。 「赤仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の赤花。 「緋仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の緋色花。 「かき仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の柿色花。  [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』5 草花秋之部
  • 『花壇地錦抄』5 草花秋之部△草花秋之部 「草花秋之部」は62品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』などから推測すると以下のようになる。 「白仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の白花。 「赤仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の赤花。 「緋仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の緋色花。 「かき仙翁花」は、センノウ(ナデシコ科)の柿色花。  [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』4 草花夏之部
  • 『花壇地錦抄』4 草花夏之部○石竹のるひ 「石竹のるひ」は8品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』で確認できたのは、「おらんた」だけである。 「おらんた」は、カーネーション(ナデシコ科)。 「牡丹石竹・京小袖・紫かのこ・郭公・武蔵野・江戸紫・つま白」は、セキチク(ナデシコ科)の変種と思われるが、ナデシコ同様に説明文だけからでは、セキ [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』4 草花夏之部
  • 『花壇地錦抄』4 草花夏之部○石竹のるひ 「石竹のるひ」は8品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』で確認できたのは、「おらんた」だけである。 「おらんた」は、カーネーション(ナデシコ科)。 「牡丹石竹・京小袖・紫かのこ・郭公・武蔵野・江戸紫・つま白」は、セキチク(ナデシコ科)の変種と思われるが、ナデシコ同様に説明文だけからでは、セキ [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』4 草花春之部・草花夏之部
  • 『花壇地錦抄』4草花春之部・草花夏之部草花春之部 「草花春之部」には53品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』などから推測すると以下のようになる。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)。 「白福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)の白花。 「菫草」は、スミレ(スミレ科)総称名?。 「児花」は、オキナグサ(キンポウゲ科)。 「一 [続きを読む]
  • 『花壇地錦抄』4 草花春之部・草花夏之部
  • 『花壇地錦抄』4草花春之部・草花夏之部草花春之部 「草花春之部」には53品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』などから推測すると以下のようになる。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)。 「白福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)の白花。 「菫草」は、スミレ(スミレ科)総称名?。 「児花」は、オキナグサ(キンポウゲ科)。 「一 [続きを読む]