ミッティー さん プロフィール

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ミッティーさん: 広島の視線
ハンドル名ミッティー さん
ブログタイトル広島の視線
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/mitokosei/
サイト紹介文広島平和公園のボランティアガイドが送るヒロシマと原爆の情報、花の写真
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供1731回 / 365日(平均33.2回/週) - 参加 2011/07/03 06:06

ミッティー さんのブログ記事

  • 被爆再現人形の撤去について24歳のガイドが考えたこと
  • 仲間がハフポストに投稿した記事を読んでください。見る人によって受け取り方は違いますが、昔の蝋人形の方がもっと怖かったという人も多くいます。もちろん、怖ければいいというものではないのですが、被爆者の現在の人形に対する「こんなものではなかった、もっと悲惨だった」という声から考えると、当時のものの方がより実際に起きたことに近かったのではないかと思います。これに限らず、被爆者や資料館を訪れた人の多くが「昔 [続きを読む]
  • 名言(ラルフ・ウォルドー・エマーソン )
  • To be yourself in a world that is constantly trying to make you something else is the greatest accomplishment.絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である。Envy is ignorance; imitation is suicide.嫉妬は無知のしるしであり、人真似は自殺行為である。Other men are lenses through which we read our own minds.他人とは、自分自身の心を読み [続きを読む]
  • 川の魚が死んだのは放射能のせいか?
  •  黒い雨が降った地域では、川の魚が死んだとの話をよく聞きます。例えば、爆心地から北西 8.5kmの伴国民学校付近で被爆した当時小学生の証言です。 「・・・そのうちに黒い雨が激しく降ってきて、シャツは黒く汚れ、お大師堂の下の川の水も黒くなっており、ハヤが口をパクパクさせながら腹をかえして浮いて流れていました。それを見て、私も二、三匹取りましたが、友達はもっと多く取っていました。しかし、そのハヤは食べないで [続きを読む]
  • 4月25日 ギロチンの日
  • 1792年、フランスでギロチンが実用化された。当時はフランス革命後の恐怖政治により、毎日何百人もの人が処刑されていた。そこで、内科医で国民議会議員だったジョゼフ・ギヨタンが、受刑者に無駄な苦痛を与えず、しかも全ての身分が同じ方法でできるような「単なる機械装置の作用」により行うよう議会で提言し、その案が採択された。外科医のアントワヌ・ルイが設計の依頼を受けて、各地の断頭台を研究し、刃を斜めにする等の改良 [続きを読む]
  • プロジェクトAとは?
  •  1943年に創設されたロスアラモス科学研究所は原子爆弾を完成することを目的としていたが、そのロスアラモスの中でも特に原爆をB29から投下できる戦闘用爆弾として完成し、B-29への搭載から投下直前までの管理に責任を分担し、その分担部門を統一することを目的として、1945年3月に設立されたのがプロジェクトAであった。いよいよ投下の時が迫ると、各部門の代表はテニアン入りをして準備にあたった。  リトルボーイも [続きを読む]
  • 名言(アルベルト・シュバイツァー)
  • One thing I know is that the only ones among you who will be really happy are those who will have sought and found to serve.私の知っているただ一つのことは、あなたがたの中で本当に幸福になれるであろう人たちは、他人のために尽くす道を求めてそれを見いだした人たちであろうということです。Success is not the key to happiness. Happiness is the key to success. If you love what you are doing, y [続きを読む]
  • 英語の名言(ベートーヴェン)
  • Artists who have won fame are embarrassed by it; thus their first works are often their best.名声を得た芸術家は、そのことにより落ち着きを失う。そのため、処女作がしばしば最上の作となる。           Ludwig van Beethovenwon は winの過去形で、発音は one と同じく、[ワン]。Slow and steady wins the race. 急がば回れ。(ことわざ)fame の形容詞は famous 「有名な」、 [続きを読む]
  • 学徒動員とは?
  • 1938年 中学校以上の学生に勤労動員を強制1944年 「学徒勤労動員実施要領」により、授業は停止(日中全面戦争に突入すると、戦時総員体制が強化される、まず、1938(昭和13)年6月9日、文部省は「集団的勤労作業運動実施に関する件」の通牒を出した。これが、集団勤労作業を教育に取り入れた最初である。翌年には、木炭不足解決の手段として「木炭勤労報国運動」が行われ、次第に一食糧増産運動」などにも子ども達が動員 [続きを読む]
  • 4月23日 ソ連戦車隊べルリンへの突入
  • 1945年、ソ連戦車隊がべルリン市街地への突入を開始。ベルリン市街戦は、ベルリンの戦いにおける一方面の戦いである。ベルリンの戦いは第二次世界大戦における終末期のドイツ軍と連合国軍との間における支配地をめぐる戦いで、本市街戦はその局地戦のひとつであった。ソビエト赤軍3方面軍によるベルリン占領まで続いた。ベルリンの戦いの初期段階ですでに絶望的な戦闘であったが、ドイツ軍が撃滅され降伏するまで続いた。その絶望 [続きを読む]
  • 道徳とは?
  • 道徳とよばれるものの基準だって環境に応じて変化する。変化させなければならぬ。掠奪者に対しては、うそをつくことも逃げることも正義(正しい道理)となる。もし「正直」や「正々堂々」や「献身」を不変の美徳として説くなら、そういう教室は実は鋳物工場だ。「あざむき」や「ぬすみ」や「裏切り」でさえも正義となり得る知識を伝えるとき、そこはたしかに知恵の場となる。むのたけじ(たいまつⅡ) [続きを読む]
  • 原爆投下命令書とは?
  • 7月16日、アラモゴードで試験爆発も成功し、いよいよ原爆を投下する日程が目前になってきた。スパーツ大将は、合衆国陸軍戦略航空軍の司令官としてグアムに出発することになった。原爆投下命令は、このときスパーツに口頭で発せられるはずであったが、スパーツは口頭でなく文書にしてくれと要求した。これがその命令書。DECLASSIFIEDE.O.11652, Secs 3(E) and 5(D) or (E)NND 730039By ERC NARS, Date 6-4-7425 July 1945 [続きを読む]
  • 4月22日 治安維持法公布
  • 治安維持法は、国体(皇室)や私有財産制を否定する運動を取り締まることを目的として制定された日本の法律。当初は、1925年に大正14年4月22日法律第46号として制定され、1941年に全部改正された。とくに共産主義革命運動の激化を懸念したものとして発足したといわれているが、宗教団体や、右翼活動、自由主義等、政府批判はすべて弾圧の対象となっていった。 1925年(大正14年)1月のソビエト連邦との国交樹立(日ソ基本条約 [続きを読む]
  • 資料が足りない!
  • このところ観光客は外国人ばかり。彼らは資料を熱心に読むので27冊(6カ国語)では足りない。かといって、これ以上増やすことは難しい。まさにうれしい悲鳴!ほとんどの人は背中に陽を浴びて読みふける。日陰でリラックスして読むオーストラリアの兄妹も [続きを読む]
  • 被爆後、広島城の残材はどうなったのか?
  • 広島城では、天守閣、旧大本営、旧昭憲皇太后御座所の建物が爆風で倒壊はしたものの火災は免れました。堀や樹木に守られたこともあっただろうし、戦争建造物の天守閣はもともと火に対して強く作られていたこともあったと思います。しかし、残った材木は2か月もたつときれいに無くなりました。 この広島城天守閣の残材について、「広島城四百年」(中国新聞社編、1990)に、残材をバラックや家具の材料にしたり、風呂 [続きを読む]
  • 擬声語(3)
  • くしゃみ (sneeze) give [make] a sneeze くしゃみをする repress a sneeze くしゃみをこらえるachoo, stchoo [アーチュウー] ハクション しゃっくり(hiccup) get hiccups [ヒカップ] しゃっくりが出る hic, hic [ヒック ヒック] ヒック ヒック うがい (gargle) gargle with salt 塩でうがいをするgargle, gargle [ [続きを読む]
  • 名言(ハイネ)
  • 人間を照らす唯一のランプは理性であり、生の闇路を導く唯一本の杖は良心である。われわれが友人に求めるのは、われわれの行動に対する賛意ではなくして理解である。人間が偉大になればなるほど、罵倒の矢に当たりやすくなる。小人には罵倒の矢さえなかなか当たらない。私は行為を称讃しない。私が称讃するのは人間の精神である。行為は精神の外衣にすぎない。歴史は人間精神の古い脱衣場にすぎない。ただし、古着に対する愛着はあ [続きを読む]
  • 4月21日 「公職追放令」廃止
  • 1952年、「公職追放令」廃止。最後まで追放解除にならなかった5700人の公職追放が解除。公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令は、公職追放について規定された日本の勅令。公職追放令とも呼ばれる。1946年(昭和21年)1月4日附連合国最高司令官覚書「公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件」に基づいた勅令。公職を「国会の議員、官庁の職員、地方公共団体の職員及び議会の議員並びに特定の会社、協会、報道機関その [続きを読む]