うさぎ さん プロフィール

  •  
うさぎさん: 楽園づくり〜わが家のチェンマイ移住日記〜
ハンドル名うさぎ さん
ブログタイトル楽園づくり〜わが家のチェンマイ移住日記〜
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/jjdream1115
サイト紹介文日本での仕事をとるかタイの妻をとるか。迷わずタイへの移住を決意したお父さんと、その家族の物語です。
自由文このブログは小学生の息子が感じたことと、父である私の体験の複眼で綴ります。私たち家族のこと、チェンマイの家づくり、タイの医療や教育のことetc。チェンマイでの新しい生活をユーモアたっぷりに記録していきます。応援してくださいね。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供70回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2011/07/05 02:45

うさぎ さんのブログ記事

  • 番外編〜ブログをこれで終了します〜
  • 一旦休止します、また改めて妻のことを書きます、と宣言しました。でも心変わりしましたので、また筆を執りました。亡くなって一か月近く経った6月の中旬になっても、毎日毎日、妻のことが思い出されて胸が張り裂けそうになることがあります。でも、先日チェンマイ在住のある方から、こんなことを言われて心境が変わりました。「仏教的に言えば、人は過去に生きてはいけないのです。「今」が一番大切です。亡くなった奥さんのこと [続きを読む]
  • お知らせ
  • いつもブログを読んでくださっている方々へ亡くなった妻のことをきちんと書き残しておきたいという気持ちがだんだん強くなってきました。家庭の事情で、7歳の時からろくに学校も行かずに重労働に従事し、10代半ばの頃はバンコクの工場や建設現場を経験しました。そして人身売買のような形で18歳のときに日本へ・・・過酷な運命というよりは、裏社会の思いもしない境遇に置かれたひとりのタイ人女性。そんな中で授かった3人の [続きを読む]
  • ホタルが飛んできましたけど・・・
  • 昨夜は少し早めに床に就きました。最近はなかなか寝付けず、夜12時近くに寝ていたのですが、珍しく10時半頃に電気を消しました。少しウトウトし始めたときでした。閉まっている部屋のドアがカチャっと音をたてたような気がしました。ほんの僅かな音です。あれっと思っていると、何とホタルが1匹勢いよく入ってきたのです。ドアの向こうはリビングです。どうして入ってきたのだろう・・・そう思っていたら、部屋の中をぐるぐる [続きを読む]
  • 糸の切れたタコ
  • 私のゴルフ友達が、つい数日前にこう言いました。「奥さんが亡くなったので、糸の切れたタコのように遊びまわるのかなと思っていたんですけど・・・」これは私に向けられた言葉です。でもこの言葉はそっくりそのまま、高校生の息子に当てはまります。とにかく、毎日毎日車を乗り回して困ります。家に帰ってくるのは10時を過ぎることが多くなりました。学校の行き帰りはバイクよりも安全ということで、妻も認めていましたし、免許が [続きを読む]
  • 知ってるキャディーさんが乳癌になっていました
  • かれこれ2か月以上、ゴルフから遠ざかっていました。4月中旬に妻が入院していたとき、一度だけ練習場に行って球を打ちましたが、ゴルフ場は長らくご無沙汰していました。妻の初七日も終わりましたので、今週からまたゴルフを始動することにしました。木曜日に、チェンマイに住むゴルフ仲間や日本から来ているゴルフ好きの同世代の男性4人で市内のゴルフ場へ行きました。タイ人の知り合いは、私がゴルフに行くと言うと「それはい [続きを読む]
  • 妻が好きだった日本料理店で食事しました
  • 一昨日、3日ぶりにじゃじゃ馬の長女がわが家にやって来て、「明後日の夕食は、みんなで寿司〇〇へ行きましょう。私がおごります」と言いました。寿司〇〇という日本料理店は妻の一番お気に入りの店でした。高級店ではなく、ごく庶民的な日本料理店です。チェンマイに住んでいる日本人なら、ほとんどみんな知っている店で、私たちは月に1回は家族みんなで行っていました。ということで、今夜はそこへ行きました。ただし高校生の息 [続きを読む]
  • 娘とタイ語で会話できるようになりました
  • 妻の生い立ちや、“魂の伴侶”とも言うべき私たちの不思議な出会いについては、もう少し落ち着いてからゆっくり書いていくことにします。毎日毎晩、妻のことを思い返していると、やはり心の中の「喪失感」が強くて私自身が苦しいのです。感情に流されず冷静に書けようになってからにします。さて、今日は妻がいなくなってからの我が家の現状のお話です。今は5人暮らしです。私、二番目の娘、その夫、その2歳の男の子、そして高校 [続きを読む]
  • 妻の日記
  • 妻が亡くなって、あっという間に8日が経ちました。昨夜、寝る前にまた例によって妻のことを思い出していました。そうしたら、あることにハッと気づいて、思わず「ゴメンね!」と口に出してしまいました。妻は13年ほど前、私と一緒に暮らし始めた頃から3年間ほど、私の知らない間に日記を書いていました。もちろんタイ語です。自分の生い立ちや、当時はバラバラに暮らしていた子供たちのことも書いているのですが、内容の多くは [続きを読む]
  • 最後のお別れ
  • 昨日、葬儀はすべて終わりました。亡くなった日を数えて5日目でした。お寺の中の火葬場です。棺が火葬台の上に運び込まれたあと、火葬台の周りを取り囲むようにたくさんの人が見守る中、いろいろな供え物を抱えた親戚やお坊さんが火葬台の周りを3周します。このとき、実は私は携帯カメラしか抱えていませんでした(笑)。このあと、地元の名士?や親戚代表など全部で10人くらいが、司会に呼ばれた順番に火葬台に上がってきて、 [続きを読む]
  • コン・ラック、コン・ディー
  • 妻の故郷、カムペーンペットでの葬儀2日目の様子をご紹介しておきます。朝は7時にお坊さんがやってきて、タンブンを行います。夜の部に比べれば人数は少ないですが、近所の人なのでしょうか、早い人は6時ごろ来て、始まるのを待っています。朝のタンブンでは、読経が一段落したあと、お坊さんに食事を出します。すべて、親戚や知人の女性たちの手作りです。同じものをお客さんにも出すので、特に夜の部ではすごい量を用意します。 [続きを読む]
  • 故郷に帰った妻
  • 妻の生まれ育ったカムペーンペットからです。ノートパソコンを持ってこなかったので、初めて携帯からの投稿で難儀です。画像をうまくアップロードできませんので、チェンマイに戻ったら、写真を整理して載せることにします。チェンマイの自宅での葬儀が行われたのは、妻が息を引き取った当日と、翌日の夜の2日でした。2日目は、報せを聞いてわざわざ日本から来てくれた妻の20年来の友人3人と、その娘さんもいました。我が家のリ [続きを読む]
  • チェンマイでの通夜初日
  • 妻が息を引き取ったのは、正確には5月20日の午後4時09分でした。あっという間にプーヤイバーン(村長さん)や地域の人たち7〜8人がやってきて、ベランダで妻のからだを洗ってくれました。妻が一番好きだった服を着せました。気持ちよかったでしょうね。なにしろ長いことシャワーも浴びられなかったですから。なぜか、息を引き取る少し前から妻の顔が急に変わりました。闘病生活長かったので、本来の妻の顔ではなくなって [続きを読む]
  • ご報告
  • 妻は、本日午後4時10分に永眠いたしました。安らかな最期でした。 [続きを読む]
  • 今朝は親戚と、ひと悶着
  • 昨日から、妻は眠っているような時間が急激に増えました。どこかが痛いのでしょうか、ときどき「あ〜」という大きな声を出して体を動かします。でも2〜3日前までのように、強く足を蹴るような動作は影を潜めてきました。チアノーゼは出ていません。昨日、末期の癌患者がいよいよ別の世界へ行こうとするとき、どんな兆候が出てくるのか、インターネットでいろいろ検索して調べました。主として呼吸の仕方で大体わかるらしいです。 [続きを読む]
  • 日本人との結婚
  • 妻は18歳の時、いわゆる人身売買組織の男に騙されて日本に連れてこられました。はじめは茨城県で裏社会の仕事に就かされました。一時は裕福な日本人の中年男性に囲われたのですが、その男性は突然病死します。彼女は千葉県五井にあるタイレストランで働きました。そして横浜でディスコを経営する若いタイ人男性と出会い同棲、可愛らしい女の子を授かりました。でもタイ人男性は例によって浮気癖がありました。結局、彼女と子供た [続きを読む]
  • 長女も、妻の世話をやり始めました!
  • 昨日は午後になって、また病院の女医さんが看護婦3人を引き連れて家まで来てくれました。傷の洗浄はいつものように看護婦さんではなく、なぜか女医さん(左)自らがやりました。とても上手な手つきでした。そして昨日に続いて我が家に戻ってきていた長女も、最初は私の手を握っていましたが、そのうち誰に促されることもなく、親戚に混じって手伝いはじめました。上の娘が妻の看病を手伝ったのは、妙なことですが、これが初めての [続きを読む]
  • また親戚の数が増えました
  • 今朝のチェンマイは太陽が出ています。妻は、息をするときにガラガラ鳴っていた喉の奥からの音がだいぶ小さくなりました。良い兆候なのか、それとも呼吸が弱くなっているのか、よくわかりません。昨夜遅く、4人の親戚がカムペンペットからやってきました。これまで来ていなかった若い親戚です。例のお坊さんの青年も、ずっとわが家に泊まり込んで、いろいろなことをやってくれています。わが家にいるのは、これで全部で12人以上 [続きを読む]
  • もう液体しか口に入れてはいけないそうです
  • チェンマイは今日も雨です。おかげですっかり気温が下がって、午前中は寒いくらいでした。妻のいる部屋のエアコンも消しています。妻の容体は昨日とあまり変わりません。呼吸が苦しく、酸素を鼻から入れ続けています。痰が出るせいでしょうか、息をするたびに喉がガラガラと鳴ります。ときどき大きな声を出すこともあるのですが、喋る言葉は、ガラガラのせいで日本語かタイ語か分からないくらい不明瞭になってきました。昨日退院す [続きを読む]
  • だんだん最期が近づいてきたようで辛すぎます
  • 昨日、先日も来てくれた病院の女医さんと、看護婦さん3人が訪問してくれました。医者は妻の様子を見るなり「肺に水が溜まりはじめているようです。今救急車を呼びますから病院へ連れて行ってください。水を抜けばだいぶ楽になりますよ」と言いました。ERで処置をしたあと、すぐにまた家に帰りました。ところが夜になって呼吸の苦しさがより一層激しくなり、また救急車でERに搬送してもらいました。結局、入院です。抗生物質、鎮痛 [続きを読む]
  • 終末期医療
  • 終末期医療という言葉があります。ターミナルケアとも呼びますね。その在り方は日本ではもう何十年も前から議論されてきました。日本では自宅ではなく病院で最期を迎える人が圧倒的に多いようです。入院していると、いつまでどのような治療を行うのか、本人の意思と家族の意向、医師の考え方にもよって、ある程度さじ加減ができます。でも、末期がんなどで自宅で療養を続けるとすると、病院で可能な延命治療はまず受けることができ [続きを読む]
  • 介護ベッドを借りました
  • 昨日の午後、地域の世話人のピー・オーイが手配してくれた介護ベッドが届きました。期限なしで無料で貸してくれます。酸素ボンベも無料、無期限です。地域の福祉環境が日本よりも充実しているのではないでしょうか。あるいは、村長さん(プーヤイバーン)をはじめ、私の住んでいる地域の医療福祉行政の意識が高いのかもしれません。私たち夫婦の部屋は、部屋自体は25平米ほどあるのですが、入り口のドア付近の構造上の問題で、ベ [続きを読む]
  • 一晩で退院させました
  • 結局のところ、昨日はなぜお腹の激しい痛みを訴えたのか、病院でもわかりませんでした。とりあえず、痛みは治まっているので、家に帰すことにしました。医者はあまりいい顔はせず、何かあったらすぐに病院へ連れてくるように言いました。というか、何があっても自己責任というような書面にサインさせられたようです。妻の親指に、新しいインクの跡がありましたし、お坊さんの姿をした青年もサインさせられていました。なぜか夫のわ [続きを読む]
  • 妻の再入院
  • 昨夜は医者の指示でモルヒネの投与の間隔を変えました。そのおかげか、妻は深夜もよく眠りました。同室で寝ている看病チームの私たちも、それぞれ3〜5時間の連続睡眠をとることができました。ところが今朝は、おかゆの朝食が終わったあと、妻は急に呻き始めました。何で呻いているのか分かりません。そして力のないはずの足をバタバタさせるのです。モルヒネの副作用ではなさそうです。妻にどこが痛いのか、しつこく聞くと、日本 [続きを読む]
  • 遺言なのに、もう実行されたこと
  • 妻はここ数日ほとんど同じ様子です。悶えるように苦しんでいるかと思えば、急におさまって、訪問客とだいたい普通に会話できる時間があったり、「あつい」と言った次の瞬間に「さむい」と言ったり、とにかく何もかもが安定していません。本人でないと、末期がんの苦しみは分からないものなのだと思います。もちろん私も、想像もしていませんでした。そんな中、今日は弁護士と知り合いの青年が動いてくれて、妻本人が出向かなくても [続きを読む]
  • 遺言状
  • 妻は、2年以上前に右の腋に乳がんが転移しました。つい最近、両方の肺にまで達していることが分かりました。右腋の皮膚にまで広がっている癌性の傷をケア(洗浄)するために、この1年くらい、毎日地域の病院と診療所に通ってきました。昨日はかなり体調が悪化していたので、軽めのボンベを車に積んで、酸素吸入しながら診療所へ行きました。いつものように馴染みの看護婦さんが車いすに乗ったままの妻の傷の洗浄をしてくれました [続きを読む]