sk5132 さん プロフィール

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sk5132さん: 『清流』 中高年の子守歌 - 太平洋を越えて
ハンドル名sk5132 さん
ブログタイトル『清流』 中高年の子守歌 - 太平洋を越えて
ブログURLhttp://ameblo.jp/sk5132/
サイト紹介文週に1度の新聞に折り込まれた、読者だより『清流』 今回のサブタイトルは「中高年の子守歌」
自由文2011年夏、カナダ・アメリカ旅行記ーー ヴァージニア州に住む友人夫婦に誘われ、バンクーバー、カナディアン・ロッキー、ナイアガラ、ヴァージニアと気ままに旅した13日間の旅行記
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2011/09/20 16:50

sk5132 さんのブログ記事

  • 中高年の子守唄 190、段々畑の四季 (春) 39
  •  仕事の関係で、今年も市内中心部の中学校と小学校の入学式に出席し、初々しい新入生感慨深気な保護者の姿に接することができた。 今年の入学式で印象的だったのは、校長先生の式辞や来賓の祝辞に、「校庭の桜も、皆さんの入学をお祝いするかのように満開に咲いています」 という文言が挿入されていたことである。ソメイヨシノは、例年3月下旬に満開を迎え、4月初めの春祭りにはかなり散って、入学式の頃ともなれば葉桜とい [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 189、段々畑の四季 (春) 38
  •  宿題のない春休みは、子どもたちにとって極楽みたいな2週間であった。が、それは農作業など無縁な子どもたちの思いであって、「もし段々畑がなかったら…」と、どれほど思ったか知れない。 子どもながらに腰の痛くなる種芋の植え付けが終わって、次におふくろさんが手伝いを求めたのはクロンボ抜きだった。「クロンボ抜き」と聞いて、「何?それは」と問い返されそうだが、おふくろさんにとって、子どもの手を借りずには片付 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 188、段々畑の四季 (春) 37
  •  春夏秋冬の四季を、それぞれさらに細かく六つに分けた「二十四節気」。東南アジアの留学生にはどうにも理解し難いようだ。例えば「春」について、初春、早春、仲春、孟春、晩春…といった言葉で区分すれば、幾分なりとも理解できるが、立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨と、自然現象に合わせた言葉で区分しているので、「うーん、全然分かりません」 と、お手上げ状態になってしまうのだ。日本に来てまだ日も浅い留学生に、 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 187、段々畑の四季 (春) 36
  •  冬の眠りから醒めかけた山々に、開花を始めたヤマザクラがほの白く浮き出るようになった。季節が大きく前へ進んだことを象徴するヤマザクラの開花を、だれに言うとなく喜んだ昔が懐かしく想い出される。 暖房設備など整っていなかった少年時代、子どもたちは、厳しい冬の寒さをどうやって乗り越えるか、それぞれにいろいろと知恵を働かせていた。囲炉裏や炭炬燵に火をおこして暖をとれば、それがいちばん手っ取り早いが、木炭 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 186、段々畑の四季 (春) 35
  •  先週のことである。長い付き合いになる日曜版読者のSさんが、「『清流』を読んで想い出したけんど、昔の子どもたちは本当によう学校に花を持って行きよったんなあ」 と、声をかけてくれた。「昔と違うて、今はどこの家庭にもいっぱい花があるんじゃけど、学校に花を持って行く姿を見らんごとなった」と応じると、「古きよき時代じゃった」 と、遠く過ぎ去った少年時代を懐かしむように言う。花屋(フラワーショップ)などな [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 185、段々畑の四季 (春) 34
  •  2月の半ば過ぎから少しずつ開花を始めていたボケが、3月に入って開花の速度を速め、「どうかな?」と2本のコブシに目を移せば、こっちもいつの間にやら開花が進んでいる。白モクレンのつぼみも大きく膨らんで、庭の花木たちは、北寄りの風が吹いて寒さがぶり返しても、後戻りすることのない春の到来を告げている。 以前にも書いたが、少年時代を想い起せば確かな春の到来は、「手足の指や耳たぶのシモヤケに苦しめられる季 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 184、段々畑の四季 (春) 33
  •  菜の花は、周囲に花の少ない早春に強い存在感を示す花だが、可哀そうなのは目立つわりに花としての評価が低いことだ。園芸品種の花ではなく、「菜種油を搾(しぼ)るために栽培された花」という意識が災いしているのかも知れないが、実際のところ花瓶に挿して鑑賞したいと思うような花でもない。ありふれた花であるが故に希少価値を感じないし、気品を欠く野暮ったい匂いも好きになれないようだ。 以前にも書いたが、今の子ど [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 183、段々畑の四季 (冬) 32
  •  時代の流れに取り残されていくような辺鄙(へんぴ)な集落。貧しくともさして不自由しない衣食住に満足していれば、いたって安穏な人々の暮らしなのだが…、十年一日のごとく変わり映えのしない生活に耐えきれない思いをしていたのは子どもたちだった。変化に乏しい日々の暮らしの中で、蒲江中心部の東光寺で催される八日薬師祭は、子どもたちの好奇心に応える数少ないチャンスであった。「広い世界、違う世界を見てみたい」  [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 182、段々畑の四季 (冬) 31
  •  陸の孤島と侮蔑的に呼ばれても、「本当にその通り」とうなずいてしまうほどに閉鎖的な集落の中で、子どもたちは、八日薬師祭への参詣を小旅行にでも出かけるような気分で楽しみにしていた。「見飽きた景色や、変化に乏しい日々の暮らしから抜け出したい」という衝動や、「違う世界を見てみたい」という好奇心が八日薬師祭へと駆り立てているのだが、子どもたちの願いを叶えさせるためには、乗り越えねばならない大きな障壁が立 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 181、段々畑の四季 (冬) 30
  •  レジャー(余暇)とか娯楽が乏しかった少年時代、集落にとって最大の年中行事だった正月は、大人も子どもも含めた人々の暮らしにとって特別な意味をもっていた。それだけに、暮れから正月にかけた数々の出来事には忘れ難い想い出が多い。数ある想い出の中で、「八日薬師祭」への参詣については、「いかにも少年らしい願いが込められていた」、と懐かしさが込み上げてくる。 隣の集落へ行くには、山道を歩いて峠を越えるか、船 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 180、段々畑の四季 (冬) 29
  •    もういくつねると お正月    お正月には 凧あげて     こまをまわして 遊びましょう      はやく来い来い お正月 今の子どもたちが歌うのを聞いたことがない「お正月」。凧あげやこま回しが遊びから姿を消してしまったのだから、男の子たちも歌う気にはなれないのだ。今は、学校の音楽の時間でも教えていないのではないか。女の子たちはどうか。   もういくつねると お正月    お正月には ま [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 179、段々畑の四季 (冬) 28
  •  今では気に掛ける人などほとんどいないみたいだが、今年は1月28日が旧暦の正月(元日)である。 明治の開国以後、日本は文明開化の名のもとに、欧米の文化・文明をどんどん受け入れながら近代化を進めてきた。産業分野から医療や芸術・文化、スポーツ、衣類や食物…、ありとあらゆる文化・文明が洪水のように流れ込み社会全体の西欧化を推し進めた。太陽暦も、西欧文明の一つとして海を越えて持ち込まれ、それまでの太陰暦 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 178、段々畑の四季(冬) 27
  •  唱歌「冬景色」についてもう少し――前号でも書いたが、歌を聴いて、「いいなあ」と思うのは、その歌に共感し同調できるときである。「冬景色」は数ある愛唱歌のうち一つだが、歌詞の3番は幼い頃の郷愁に浸らせてくれる。   嵐吹きて 雲は落ち    時雨(しぐれ)降りて 日は暮れぬ     若(も)し燈火(ともしび)の 漏(も)れ来ずば      それと分かじ 野辺の里 現在の子どもたちには、理解し難い歌 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 177、段々畑の四季(冬) 26
  •  麦踏みは、言いようもないほどに退屈でよだきい。花壇の草花や野菜の苗を踏もうものなら大目玉を食らうのに、なぜ麦に限って踏みつけるのか。その答えを、「なるほど、そうか」と納得できていれば、「よだきい」など思わずに頑張ることができたと思うのだが…、「踏まにゃあ丈夫に育たん」だけではどうにも腑に落ちない。 麦踏みをしながら、「ドラム缶を転がすような麦踏み機はないものか」と想像を膨らませていたことを想い [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 176、段々畑の四季(冬) 25
  •  ちょっと段々畑から離れるつもりの旅行話に4週余りを要して、その間に暦は年を越え新しい年を迎えることになってしまった。 新年を迎える――、おめでたいことだが、段々畑から逃れることの出来なかった少年時代、集落で祝っていたのは旧暦の正月であり、学校が冬休み期間中に迎える新暦の正月は、特別に構えるものもない普通の日であった。 蒲江の集落が現在と同じように新暦の正月を祝うようになったのは、昭和30年代が [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 175、段々畑の四季( 冬)24
  •  岡山後楽園は、日本三名園の一つに上げられていて、国の特別名勝にも指定されている。観光パンフには、「岡山藩主だった池田綱政が家臣の津田永忠に命じて、14年の歳月を要して1700年に完成した大名庭園」と解説している。お寺や神社巡りが中心の奈良・京都の見どころは、歴史を刻んだ木造建築物と情趣溢れる日本庭園だが、それらに加えてまたしても岡山後楽園…。インドネシア出身のSさんにしてみれば、「庭園以外にい [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 174、段々畑の四季(秋) 23
  •  情趣に満ちた境内の広い庭園を、「悔いを残さないように」と、まだ残る紅葉を楽しみながらゆっくり散策し、売店に並んだ5、6種類の試食用「八橋」を、Sさんと一緒にあれこれつまみ食いして銀閣寺を後にする。「できれば2時過ぎぐらい。どんなに遅くとも3時には岡山へ向けて発ちたい」、と考えていた京都の名所巡りだが、昼食も摂(と)らずに時間を費やして、時計の針は2時半を回ろうとしている。「会っていっぱい話がで [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 173、段々畑の四季(秋) 22
  •  大勢の外国人観光客が、どうして伏見稲荷大社を目指すのか。伏見稲荷大社が、全国に3万社余りある稲荷神社の総本宮(本社)であるとか、稲荷大明神を祀っていて、五穀豊穣、商売繁盛、万病平癒などご利益に満ち満ちている、などどうでもいい。壮麗な社殿と圧倒する本数の鳥居が立ち並ぶスケールの大きさ、加えて、1300百年の歴史を有する日本独特の文化であること、この2つの魅力に惹き寄せられているのだ。「是非行って [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 172、段々畑の四季(秋) 21
  •  今回は「段々畑」から離れて、つい先日久し振りに遠出した旅の話を書いてみたい。 いろんな仕事や行事に縛られて、ゆっくり休養できない日々が続いているのだが……、11月26日(土)から29日(火)までの3泊4日、いつものように車を走らせて京都、奈良方面へと旅に出て来た。 今回の旅は、これまで2回のホームステイで親しくなったAPUの女子留学生Sさん(インドネシア出身)も一緒で、目的地は、彼女の希望を叶 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 171、段々畑の四季(秋) 20
  •  面白くもないバイラ採りにちょっとした楽しみを付け加えようと、ヒヨドリを狙って鳥罠を仕掛ける。捕らえたヒヨドリを焼いて食べる、という実益を備えてはいるが、当時を振り返ってみて、鳥の罠掛けは、退屈しのぎというか、気分転換にはなっても、そんなに熱中するような遊びではなかった。 鳥罠は、ヒヨドリの鳴き声のする近くの地面に仕掛けるのだが、バイラ採りをしている間は罠掛けどころではない。バイラの束を3つ4つ [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 170、段々畑の四季(秋) 19
  •  麦の種蒔きが終わると、季節は晩秋から初冬へと移っていく。この時期の段々畑に、子どもの手助けを求めるような仕事はない。 子どもは畑仕事からひとまず解放されるが、おふくろさんにはゆっくり手を休めるような暇などない。やがてやって来る厳しい寒さに耐えられるように芋壷の囲いを直したり、雑然とした納屋の中を片付けたり、大きな櫃(ひつ)の中に仕舞いこんだ切干の状態を確かめたり、あるいは鍬や鎌など傷んだ農具を [続きを読む]
  • 中高年の子守唄  169、段々畑の四季(秋) 18
  •  サツマイモをスライスして天日に干し、水気が完全に抜けるまで乾燥させる。サツマイモの長期保存を可能にした素朴な加工法だが、乾燥機のなかった時代、作る量が半端でないだけに手間の掛かる仕事であった。 スライスした芋は、段々畑にムシロや茣蓙を広げて天日で乾かすのだが、乾燥を速めるためか、量が多くて片付けるのが大変なためか、日が沈んでも夜通し干しっ放していた。切干作りのいちばんのポイントは乾燥の度合いで [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 168、段々畑の四季(秋) 17
  •  早朝、番匠川の川面から川霧が立ち昇るようになった。晩秋を象徴する光景の一つだが、周囲のの山々はまだ濃い緑に覆われたままで、晩秋と呼べる装いではない。つい昨日のこと、隣保班の結婚披露宴に招待を受けて、マイクロバスに揺られて大分へと向かった。車窓の風景を眺めながら、「クヌギの葉がまだ青々しちょる」「黄色に目立つはずのヤマイモの蔓も目にかからん」「季節はずれの桜が咲いちょる」と、車の中でも季節の異常 [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 167、段々畑の四季(秋) 16
  •  暦は11月が目前となった。この時期は、家々の周辺で収穫を待つ色づいた柿の実と、奥山から麓まで下りて来た紅葉とがよく調和して、賑やかな中にも寂しさの漂う「晩秋」の雰囲気を醸(かも)し出すものだが、気象の異常なのやら今年は里山の紅葉が遅い。稲の収穫がほぼ終わった10月の半ば過ぎ、庭木の梢に姿を見せて甲高くさえずるモズの声に、「いよいよ晩秋の到来だ」と、季節の変化を感じ取っていたものだが、今年はまだ [続きを読む]
  • 中高年の子守唄 166、段々畑の四季(秋) 15
  •  集落共同の草刈り場で、だれもが自由に利用できた遠見山の茅野は、段々畑の納屋から歩いて4、50分ほどの場所だった。茅の刈り取りは、ほとんどおふくろさん一人でやっていたが、茅野から段々畑の納屋まで背板(カルイ)で背負い下げる仕事は、中学生になるとよく手伝わされていた。 薪や芋を背板で背負って運ぶのは慣れていたが、茅の大きな束を3つ4つ背板に載せて運ぶのは何とも勝手が悪かった。重さはそうまでないのだ [続きを読む]