kanototori さん プロフィール

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kanototoriさん: 看藝累記
ハンドル名kanototori さん
ブログタイトル看藝累記
ブログURLhttp://d.hatena.ne.jp/kanototori/
サイト紹介文広島市を中心に、地名を集めて街角の写真とともに関連付けながら積み累ねていくブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2011/10/08 00:40

kanototori さんのブログ記事

  • [風物]年末年始が被さる
  • コミュニティバスも年末年始は通常と異なる運行スケジュールとなるので、臨時の時刻表が掲示される。(緑井巡回バスの場合運休だったが*1) 廿日市で見かけた*2のは養生テープだったが、ここでは青いマスキングテープで上下または四つ角を止めてある。テープを斜めにちぎって四つ角を止める方にこだわりをかんじる。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20141130/1417385192 *2:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/201410 [続きを読む]
  • [風物][地名]広電のつばきバス
  • 府中町内と広島市中心部を結ぶ路線バスは広電バスが運行している。それに加えて町内の循環バス「府中町つばきバス」も広電バスが府中町から委託されて運行している。 府中町のサイト内のつばきバスについてのページは、以前見たとき*1とはアドレスが異なっていて、 つばきバス運行経路・時刻表 - 府中町公式サイト その間に運行状況の分かるウェブサービスが導入されたりと便利になっている様子。 *1:http://d.hatena.ne. [続きを読む]
  • [風物]三日間のバス停
  • 横川駅前のバス停は、同じ停留所名で路線別に複数箇所の乗降場所が用意されていて、メディカルプラザ前*1では広島バスの降り場と広電バスの一部時刻の乗り場という分担になる。 そんな乗降場所の上屋の傍に臨時に置かれた広電バスの停留所表示は、「オンワード樫山ゆき無料シャトルバス」の乗り場。円盤上は通常の広電バスと同じような表示。 年に数度のセールのある日に南観音の広島支社を行き来するシャトルバス。写真は平成2 [続きを読む]
  • [地名]「町」の読み
  • バス停の表示に振り仮名がある場合とない場合とあって、同じ場所で違う路線のバス停が並んでいるときに片方だけ読みが添えてあると、そちらの方が便利なように見える。実際そうなのだろうけれど、 昔のそこのバス停利用者は地元民中心で読みを示すまでもなかったのかもしれず。 [続きを読む]
  • [地名]西蟹屋のバス停
  • 複数のバス会社の路線が使っているバス停には、円盤上にあるいは屋根の上に会社名が所狭しと並んでいる。 所によっては「祇園大橋」と「大芝町」のように同じ場所で違う名前が使われたりする。*1 広島駅の東、大州通り上にある「西蟹屋」バス停には、道路に平行な「西蟹屋」表示と道路に垂直な向きの「西蟹屋町」表示とが並んでいる。前者が広島バスで後者が芸陽バスのようだけれど、芸陽バス以外にも何か表示のあった名残が見 [続きを読む]
  • [風物]八千代の緑
  • 同じように、バス停の円盤上の線が緑色の「広電バス」が通る所に土師ダム沿いの道がある。国道54号を通る本線より便数が少ないので寂れた感じがしてしまうが、現役の路線。 国道54号沿いのバス停は赤い丸に緑字で「広電バス」。(例:根野 *1) *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20100514/1273858740 [続きを読む]
  • [風物]バス停の小屋の有無
  • その無人販売所の近くのバス停は「志路原下」だが、ここにはとくに雨風をしのぐ小屋や屋根は無い。 千代田との境近くの「下石」バス停には頑丈そうな木の小屋がある。 どちらも豊平バスの止まるところだけれど、円盤上の広電バスらしき表示は消されている。(千代田と違って) [続きを読む]
  • [路傍]豊平のライオンズクラブ
  • 千代田から豊平に入ったところには、そういった農業振興の事業が大きくアピールされている。そして年月が経ってもそのまま残っている。 同じような場所に「豊平の町へようこそ」と千代田方面からの車に向けた看板が立っている。「平」の点の色が落ちている。豊平ライオンズクラブによる設置。 さらに西へ、海応寺を抜けた先の船峠入口*1には大朝方面から来た人に向けての道しるべがあり、これも豊平ライオンズクラブ設置。 * [続きを読む]
  • [地図][路傍]説明板諸相:下石の圃場整備
  • 古い看板に残る「昭和65年」のように、昭和末期に立てられた予定の中には1990年以降の昭和が潜んでいる。人間だもの。 舞綱の隣の下石には「団体営圃場整備事業 下石地区」の説明板が立っている。 「農業の“維新元年“1987 みんなでチャレンジ!!」と添えてあり、「実施期間」が「昭和57年度〜昭和66年度(予定)」とあるので、維新元年に立てたのか又はその年に目標を立てたものか。どちらにしても昭和の内に維新は過ぎたり。 [続きを読む]
  • [地名]舞綱バス停に残るもの
  • 志路原川沿い(国道433号)での千代田と豊平の境は舞綱と下石*1。 古びた波板造りの「舞綱(もうつな)」バス停は円盤上に「広電バス」の名が見える(画像は平成21年)。現在では広電のバスは千代田地域では高速道路しか走っていない。 さきに見た北広島町内のバス時刻表には、豊平交通の「豊平千代田線」と総企バスの「千代田芸北・金城線」が舞綱を通る。 現地で見かけたのは「豊平バス 花そば」の時刻表のみで「琴谷・豊 [続きを読む]
  • [地名]千代田の巡回バス
  • 古保利薬師*1の麓には「薬師公園前」バス停。 「バイパス壬生口」と「千代田中学校北口」の間に位置する。 バス時刻表 北広島町のバス時刻表案内ページは地域ごとに「町内バス時刻表」を載せている。そのうちの「千代田巡回バス」は3路線あり、この薬師公園を通るのは「寺原今田線」と「畑壬生線」。もう一つの「川戸壬生線」は中学校の北の運動公園を経由しないためこの筋を通らない。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototor [続きを読む]
  • [地名]千代田中学校北口
  • 幹線道路やその旧道沿いのバス停は昔から使われている所が多く、時刻表やバス会社の表示に昔の名残があったりするが、 コミュニティバスなど小回りの効く路線には、細い道に比較的新たに過去の遍歴の無いバス停が出現することになる。 それでも年月を重ねると、設置当初とは変化した状況が表示との不一致を生む。 [続きを読む]
  • [地名]広電バスの痕跡
  • 有田から西へ、八重バイパスを進むと八重大橋で古保利へ渡る。バイパスは直線で東へ続くが、旧道にあたる北寄りの道を路線バスが通る。 今から8年前の写真。「千代田中学校前」バス停の古びた円盤は「広電バス」の名を掲げるが、時刻表にあるのは町営バスと巡回バス。 [続きを読む]
  • [地名]バイパス壬生口
  • 国道261号が志路原川を渡るのが「新大橋」*1で、その手前の交差点を東に向かってと壬生方面。 現国道にあるバス停の名は「バイパス壬生口」。旧称は「千代田町役場前」。旧道にあたる志路原川西沿いの道路には「壬生口」バス停がある。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20100119/1263907518 [続きを読む]
  • [地名]有田の志路原川
  • 千代田町中心地の西部にあたる有田には、南から流れる冠川と、北から流れる志路原川がある*1。 有田村の『書出帳』では志路原川は見出しには「本川」とあるが、説明の末尾に「此川筋志路原川と申候」とわざわざ書いてある。。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20100119/1263907518 [続きを読む]
  • [地名]冠川
  • 可部(南原)と本地との境が冠山で、そこを源に流れる「冠川」は本地・石井谷・有田・丁保余原を流れて可愛川に合流する。 本地村と石井谷村の『国郡志御用に付き下調べ書出帳』では「本川」と書かれる。そのさらに支流は「小川」や「枝川」と書かれる。 一 本川壱筋 水源当村かむり山より流出、当村之間壱里弐拾五町流 川下石井谷村江流入 [続きを読む]
  • [石碑石塔]有田出身者
  • 石井谷のすぐ北に接するのが「有田」*1。安芸武田氏の合戦で有名。 近代史においては、荒川五郎の出身地(当時は八重村)であることから、関連の記念碑もある(が、直接見てはいない。ingressポータルにはなっているようだ) 第一回卒業生総代 荒川 五郎 | 日本大学の歴史 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20110730/1312041963 [続きを読む]
  • [地名]石井谷の奥
  • 南から北へ流れる冠川は可愛川の支流。同じ支流の「出原川」が東の山向こうにあり、旧村名では「南方」「木次」などが位置する。 石井谷の町道を東へ抜けることで南方・木次へ通じる。この標識は千代田町時代からのものだろう。 [続きを読む]
  • [地名]石井谷川
  • 石井谷を流れる「石井谷川」は冠川の支流で、合流点に橋がある。 石井谷村の『書出帳』の「川」の項目には「枝川」とあり、「きし本」で「本川」に云々とある。「岸本」は石井谷村の中心地で社倉のあったところ。 [続きを読む]
  • [地名]城ヶ峠
  • 「下本地」の次のバス停が「城ヶ峠」。本地と石井谷の境に当たる。 本地の中心部が「市」で、市の前後で本往還道の地勢が変わる。 山縣郡石井谷村←「城ヶ峠」〜(平地)〜「市」〜(坂道)〜「峠塚」→高宮郡南原村 その間、一里塚は三ヶ所あり、「峠塚」「岡田塚」「城ヶ峠塚」の名がある。 (本地村『国郡志御用に付下調べ書出帳』) [続きを読む]
  • [地名]本地を通る路線バス
  • 田んぼの角にある小屋が「千坊」バス停。北に進むと「下本地」バス停がある。そこまでが本地。 これらのバス停は中国JRバスの路線で使われている。 路線バス(広島県)|中国ジェイアールバス株式会社 「大朝車庫」と、広島駅または文教女子大前を結ぶ路線はかつて広島・浜田間を結んだ「広浜線」の一部。 関連  国鉄バス・JRバス http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20111027/1319735627 [続きを読む]
  • [地名]千坊橋
  • 東へ流れた別所川は同じく本地の「千坊」で「冠川」に合流する。 別所谷を抜けると中国自動車道の高架下をくぐり、国道261号と「千坊橋」で交わる。この辺りでは草の生い茂る小川になっている。 現在の国道筋に相当する近世の「本往還道」に「市?六七丁下り千坊小川土橋有り」*1とあるのがこの川を渡る橋のことだろう。 *1:本地村『国郡志御用ニ付下調べ書出帳』 [続きを読む]
  • [地名]別所川
  • 猿喰山を源に、流通団地を抜けて別所谷を流れる渓流が「別所川」。水は少なく石が多い。 本地村の「書出帳」に「小川五筋」があり、一筋が「さるばみ山?流出」。 その川筋は古代から人の利用するところだったようで、登山道の周りに多数(消滅含めて)の古墳が確認されている*1。「書出帳」に「別所谷に安養寺与申寺御座候由」ともある。 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20140817/1408297236 [続きを読む]