林誠司 さん プロフィール

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林誠司さん: 林誠司俳句オデッセイ
ハンドル名林誠司 さん
ブログタイトル林誠司俳句オデッセイ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/seijihaiku
サイト紹介文自作や古今東西の俳句を紹介。旅行記や奈良散策、東海道徒歩踏破にも挑戦中!
自由文第25回俳人協会新人賞受賞。
句集に『ブリッジ』『退屈王』。
月刊俳句総合誌「俳句界」編集長をやっています。

「毎日一句」では自作とエッセイを掲載。
そのほか、古今東西の名句を紹介、少し熱めの俳句論を執筆しています。

また、旅こそが詩歌の根本と信じ、奈良を歩いたり、東海道を徒歩で踏破することにチャレンジ(現在、愛知の赤坂宿)しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供401回 / 365日(平均7.7回/週) - 参加 2011/10/23 01:28

林誠司 さんのブログ記事

  • 「おくのほそ道」を歩く   宮城県東松島市矢本
  • 「高城」という集落を抜け、人も通らない雉兎蒭蕘の道を抜け、「小野」というところへ向かう。『曽良随行日記』にそう書いてある。芭蕉と曽良は今の国道45号を歩き、「鳴瀬」という集落で川を渡ったはずだが、津波のせいなのか、橋は修復中で渡ることが出来ない。上流の橋に戻るのも大変なので東岸へは渡らず、そのまま西岸を歩く。田植シーズンで、海沿いの田には鴉やシラサギに交じって「カモメ」「ウミネコ」もいた。河口近く [続きを読む]
  • 仕事のない休日〜横須賀、湘南国際村、湘南Ova、荒崎海岸
  • 今日は風が強いが、とても気分がいい。私用はたくさんあるが、仕事はないので横須賀自宅で過ごした。昼過ぎからは「湘南国際村」へ。ここは巨大研修センターだの、宅地分譲だのがあり、どんなところなのかよくはわからないが風光明媚なところである。山上に広がる開拓地で、眼下に葉山の高級住宅街がひろがり、相模灘、江の島が見える。その上にまだ雪をかぶった五月富士が見えた。写真に撮ってみたが、肉眼ほどは写っていない。実 [続きを読む]
  • 白靴   鎌田 俊
  • 白靴や二十世紀にまだ執す      鎌田 俊(しろくつや  にじゅうせいきに まだしゅうす)俳句において「季語」は重要である。「季語」という伝統にのっとって俳句を作る。「季語」の持つ情緒は「作り手」と「読み手」をつなぐものである。季語の情緒を外してしまうと読み手の共感を得られなくなるわけである。しかし、だからといって、季語の既成情緒からいつまでもはみ出さないようでは俳句は停滞してしまう。判を押した [続きを読む]
  • 長谷川秋子のこと
  • 叩かれて女乱るる祭の夜      長谷川秋子(はせがわ・あきこ)(たたかれて おんなみだるる まつりのよ)「長谷川秋子」という俳人は名前だけは知っていた。「水明」二代目の主宰。とにかく「すごい美人」だということも知っていった。美人薄命というが、その通りで40代の若さで逝った。写真を見せてもらったことがあるが、私が知る中で、俳句史上最も美しい女人である。ただ、「水明」といえば、なんといっても初代主宰 [続きを読む]
  • 中村草田男のこと、長嶺千晶さん「晶」代表のこと
  • 勇気こそ地の塩なれや梅真白      中村草田男(ゆうきこそ ちのしおなれや うめましろ)昨日は加藤楸邨の世界を堪能したが、今日は「晶」代表の長嶺千晶さんとお会いし、中村草田男の世界を学んだ。長嶺さんは「萬緑」「ににん」を経て「晶」を創刊。草田男評論の著書『今も沖には未来ありー中村草田男『長子』の世界』で俳人協会評論新人賞を受賞している。今も「晶」誌上で草田男評論を続けている。長嶺さんにとって草田 [続きを読む]
  • 昼顔 石田波郷
  • 昼顔のほとりによべの渚あり 石田波郷波郷、新人時代の名句。これら、愛媛松山在住時代、一連の句で若くして「馬酔木」の巻頭を取り、水原秋桜子に認められ上京した。上京のエピソードに関してはいろいろな裏舞台があるのだが、長くなるので今回は書かない。こういう句を読むと俳句は味わうものだとつくづく思う。この場合、「昼顔」が何を意味するかとか、「海」が何を意味するかとか、そういう文学的(?)なことを考えると [続きを読む]
  • 谷中句会のこと
  • 今日は谷中句会。これで三回目である。どの句会でも私は「講義」めいたことをしている。今日は「俳句の鑑賞」について話した。簡単に言えば、〇俳句は句を作ることも大事だが、鑑賞することも同じくらい大事。〇よい作者がよい鑑賞者を作り、よい鑑賞者がよい作者を作る。〇作句と鑑賞を高めあうのが句会、それが「座の文学」の意味。〇鑑賞に絶対の正解はない。というようなことである。今回は「問題」を出して、皆に意見を述べて [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く  宮城県松島町〜雉兎蒭蕘の道
  • 松嶋を出て、石巻へと向かう。ここは少し緊張する。『おくのほそ道』にこう書いてあるからだ。【原文】平和泉(ひらいずみ)と心ざし、(略)人跡(じんせき)稀に雉兎(ちと)蒭蕘(すうじょう)の往(ゆき)かふ道そこともわかず、終に路ふみたがえて、石の巻といふ湊に出(いず)。【意訳】平泉を目指す。(略)人通り乏しいか細い道をわからず進んでゆくと、終には道を間違え石巻という港に出てしまった。雉兎(ちと)蒭蕘(す [続きを読む]
  • 馬のあわれ
  • 親馬のおとなしければ子馬また 森田 峠今日は仔馬に関するすごい話を聞いた。牡馬は気性が荒く、なかなか人のいうことを聞かない。おとなしくさせるにはどうすればいいかというと子馬のうちに「去勢」をするのである。日本人は「去勢」というやり方に昔から拒否感があった。世界中で牡馬の去勢は当然のように行われていたが、日本人だけは去勢しない「荒馬」とともに生きてきた。 [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く 宮城県松島町〜五大堂
  • 瑞巌寺を出て道路を渡り、北へ進むとすぐに五大堂がある。ほんの数メートル、陸地と隔たった小島で、あやうい木橋を渡っていく。大聖不動明王を中央に、東に降三世明王、西に大威徳明王、南に軍荼利明王、北に金剛夜叉明王と、五体の明王を安置しているので「五大堂」という。もっとも33年に一度しか開帳しないので、明王像は見られない。ここは数度訪れているが、一度も見てはいない。おそらく生涯見ることはないだろう。ここも [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く 宮城県松島〜瑞巌寺、雄島
  • 塩釜より遊覧船で松島に着く。松島港桟橋に着くと、あふれるほどの人である。さすがはGWである。ただ、何度も書くが私は混雑が嫌いである。このあと芭蕉は瑞巌寺へ趣き、隈なく見物をしているが、私はちらと見て引き返そうと思っていた。瑞巌寺は何度も見ているし…。山門をくぐると不思議な並木が現れる。かつて荘厳な並木が続いていたが、3・11の津波で塩害を受け、ことごとく朽ちた。とくに左側がすっかり無くなっている。『 [続きを読む]
  • 『曽良随行日記』5月12日(1689年6月28日)登米→岩手県一関
  • (岩手県一関花泉町金沢(加沢))【原文】十二日 曇。戸今を立。(三リ)上沼新田町(長根町トモ)(雨降出ル)、(三リ)安久津(松嶋ヨリ此迄両人共二歩行。雨強降ル。馬二乗。(一リ)加沢、(三リ、皆山坂也。)一ノ関黄昏二着。合羽モトヲル也。宿ス。【意訳】1689年6月28日 曇り。宮城県登米市を立つ。12キロ先、登米市中田町上沼新田町(長根町ともいう)、雨が降り出す。さらに12キロ先、岩手県一関市花泉町 [続きを読む]
  • 『曽良随行日記』5月11日(1689年6月27日)石巻→登米
  • (宮城県柳津)【原文】十一日 天気能。石ノ巻ヲ立。宿四兵へ、今一人、気仙へ行トテ矢内津迄同道。後、町ハヅレニテ離ル。石ノ巻(二リ)、鹿ノ股、飯野川(一リ余渡有)(三リ二遠し。此間、山ノアイ、長キ沼有。)矢内津(曇)(一リ半。此間二渡し二ツ有。)戸いま(伊達大蔵)(検断庄左衛門。)宿不借(儀左衛門)、ヨツテ検断二告テ宿ス。【意訳】1689年6月27日  天気良し。宮城県石巻を立つ。四兵へさんの宿、も [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」〜平泉
  • 【原文】三代の栄耀(えよう)一睡の中(うち)にして、大門(だいもん)の跡は一里こなたにあり。秀衡(ひでひら)が跡は田野になりて、金鶏山(きんけいざん)のみ形を残す。まづ高館(たかだち)に登れば、北上川、南部より流るる大河なり。衣川(ころもがわ)は和泉(いずみ)が城(じょう)を巡りて、高館の下(もと)にて大河に落ち入る。泰衡(やすひら)らが旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし固め、夷(えぞ)を防ぐと見 [続きを読む]
  • ウインドサーフィンワールドカップ横須賀大会
  • 今日はずいぶん海が賑やか。ウインドーサーフィンのワールドカップ横須賀大会が開催されている。今日は三浦海岸近くの網元吉田丸に行った。ここの魚料理がうまいのである。アジのたたきがいい。おいしいアジのたたきを食べると、夏だな〜。と思う。中トロ丼や太刀魚の塩焼きも食べた。気分がいいので、生ビールの他に、冷酒も呑んだ。ほろ酔いで帰ってきた。今日は曇り空で海も灰色だったが、なぜか気分がいい。5月だからだろう。 [続きを読む]
  • おくのほそ道を歩く 宮城県塩釜市 千賀ノ浦、籬島
  • 塩釜神社、釜神社、芭蕉船出の地を見物し、観光船に乗り、松島へと渡る。幸いにも観光船で「芭蕉ルート」というのがある。芭蕉が見たであろう風景と、ほぼ同じ風景を見ることが出来る。観光船乗り場には結構な人で賑わっている。ここから歌枕「籬島」(まがきじま)が見える。それらしい島を見つけたので、観光船会社のおじさんに尋ねてみると、そうだ、と教えてくれた。小さな漁港の湾内にあり、松が茂り、その中に小さな赤鳥居が [続きを読む]
  • 京急線不通
  • 今日は参った。京急線が止まってしまい横須賀線経由で久里浜駅へ行き、そこから京急久里浜に乗り、京急長沢に戻ってきた。帰宅するのに4時間近くかかってしまった。ところで最近、酒がうまい。先日は徳島の句友から地酒をいただいた。これは僕が呑んだ日本酒の中で一番うまい。なんと20年物である。紹興酒やワインにも負けない豊潤さがある。すでに一本空けてしまった。 [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く 宮城県塩釜市〜釜神社
  • 塩釜市街地に釜神社(かまじんじゃ)がある。釜神社には「釜」が安置されている。神代の頃、塩土老翁神(シオツチノオジ)が、ここ釜石に、海水を煮る製塩方法を伝えた時の釜がそのまま残っていて、しかもそれが四つあるそうだ。当然のことながら私は信じない。以前、来た時はそれを見た記憶があるような気がしたが、今回は扉が閉ざされ、見ることができない。塩土老翁神とは「海の神」「潮の神」である。この神のことは以前に書い [続きを読む]
  • 横浜市神奈川近代文学館〜正岡子規展
  • おととひの糸瓜の水も取らざりき 正岡子規休日出勤の代休を取った。横浜へ出かけ、神奈川近代文学館の正岡子規展を見に出かけた。思った以上に展示資料が充実していて、見応えがある。今日はスマホで更新しているので、あまり細かく書けないが、やはり大したものだ…と思った。情熱がハンパじゃない。二時間かけても見終わらない。とくに印象に残ったのは、夏目漱石の句稿を添削したもの。結構、辛辣である。ちょっと意識過 [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く    宮城県塩釜市〜芭蕉船出の地
  • 塩釜神社の山を下りて、すぐに「芭蕉船出の地」がある。日すでに午(ご)に近し。船を借りて松島に渡る。その間二里余、雄島の磯に着く。〜「おくのほそ道」〜案内板にはこう書いてある。(前略)市街地の拡張に伴い、湾内は埋め立てられたが、芭蕉が訪れた頃、この辺りが海岸線だった。たしかにここは町中である。ここから海へは数百メートルある。以前、ここを訪れた時、津波の被害はほとんど「埋立地」であることを書いた。宮城 [続きを読む]
  • 鯉幟(こいのぼり) 落合水尾
  • 日本の空の長さよ鯉幟 落合水尾(おちあい・すいび)(にっぽんの そらのながさよ こいのぼり)ひさしぶりに落合水尾「浮野」主宰とお会いした。私は、この業界に入って以来、ずっとこの先生にお世話になっている。人柄も素晴らしく、俳人としてももちろん、人としても尊敬している。私の第一句集『ブリッジ』の出版祝賀会で「主賓 [続きを読む]
  • 「おくのほそ道」を歩く  宮城県塩釜市塩竈神社
  • 塩釜神社は「陸奥国一宮」である。「一宮」というのは結構曖昧な基準である。別に朝廷や幕府、政府などが認定したのではない。人々、とくに古代の人々がなんとなく決めた。だから曖昧なところがあり、同じ国内でいくつか「一宮」が存在する。例えば武蔵国(今の東京、埼玉、神奈川の一部)の一宮は、埼玉県さいたま市大宮の「氷川神社」と言われているが、東京調布の「大國魂神社」もそう呼ばれている。つまり武蔵国には二つ「一宮 [続きを読む]