futaro さん プロフィール

  •  
futaroさん: 風太郎のPな日々
ハンドル名futaro さん
ブログタイトル風太郎のPな日々
ブログURLhttp://futaro1980.blog.fc2.com/
サイト紹介文昔の国鉄ローカル線、地方私鉄や最近のローカル線など、旅の写真と思い出で綴るブログです。
自由文1980年代、「鉄道のある風景」を求めて全国を旅した風太郎が写真と文章で綴る、ローカル線紀行。バリ鉄ではありませんが、自然溢れる沿線や、出会った人々など、しばし「鉄路の叙情」を感じて頂ければ、と思っています。しばらく「鉄」から遠ざかっていましたが、最近復活、ローカル線の「今」も綴っています。その他自然風景、日々雑感諸々まで。なるべく頻繁に更新したいと思っています。よろしくお願いいたします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供188回 / 365日(平均3.6回/週) - 参加 2011/12/18 14:44

futaro さんのブログ記事

  • 北の細道   その6      筬島
  •     宗谷本線 筬島   2017年2月「ダルマのヨ」駅舎と言えばかつては眉をひそめたものだったが。こうしてみれば何やら味が出て来たように見えるのは贔屓目だろうか。夜明けに始発列車を待つは最果ての野辺に立つ道標のような。今回のダイヤ改正で廃止駅の対象に上がったそうだが、音威子府村の費用負担により存続が決まったと聞く。HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日 [続きを読む]
  • 北の細道   その5      音威子府
  •    宗谷本線 音威子府   2017年2月ある意味天気予報は要らないのかもしれない。春を思わせる陽光は俄かに掻き曇り、白いヴェールに覆われた後、雲間に再び星が瞬く。そんな日々の繰り返しが、音威子府の長い冬だ。HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります! ↓に [続きを読む]
  • 北の細道   その4      北星
  •     宗谷本線 北星    2017年2月吾輩は駅である。名前は無い。無論毛織物屋でも無い。という風情の北星駅舎はホームからも離れた雪原にポツリと建っている。農機具小屋然ともしているがちゃんと時刻表とベンチを備え、近年まで汲み取りながらトイレまで隣接してあったというから立派に駅である。1959年、当初より無人駅として開設。団塊世代の通学等々なのか、こんな場所に駅を作らせる程の需要があったかと驚くが [続きを読む]
  • 北の細道   その3      東六線
  •    宗谷本線 東六線   2017年2月  「東六線」 という駅名、碁盤の目の六本目だからという素っ気なさ。でもそれがかえって無人の荒野に里が切り拓かれた北海道の歴史を語る気がして。初めて立ってみれば広大な田畑の真ん中の何の変哲も無い小駅であるけれど、線路の両側に広がる防雪林のお蔭もあって、周囲から独立したどこか不思議な空間でもある。夜が始まる頃、再び白いものが舞い始めた。降り積む雪の音さえ聞こえる [続きを読む]
  • 北の細道   その2      宗谷本線
  •    宗谷本線 東六線    2017年2月利尻など到底望めぬ天気とあれば、「先端部」はあっさり捨てて、今まで手薄だった序盤〜中盤部を重点的に攻めようかと。    東六線   北星     剣淵   音威子府HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります! ↓にほんブ [続きを読む]
  • 北の細道   その1      此処に道在りき
  •     宗谷本線  東六線    2017年2月道北にやって来ました。かつて当たり前のように道内交通の幹であった「本線」さえもが「独力では存続困難」とされる昨今である。道は此処に途切れるか。北辺の「今」を追う。     宗谷本線  雄信内    留萌本線  真布HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご [続きを読む]
  • 寒波
  •    津軽鉄道 五所川原    1984年寒波に荒れるは、待合室のストーブの油も尽きてしまうのだろう。じっと息を潜めるように、今日の一日が過ぎて行く。HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります! ↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 屋台の味
  •     博多 中州   2017年2月どちらかと言えばA級よりもB・C級グルメの方が旨く感じる安上がりな風太郎としては、中州界隈の屋台ラーメンを食わずに帰れるかという事で。博多ラーメン700円。 もちろんトンコツだがスッキリ系。この界隈は屋台というより仮設店舗と言った方が実態に近い。しかし深夜に営業終了すれば翌朝には何事も無かったかのように店が消滅するのがこの手の商売の節度というもので、毎日繰り返される [続きを読む]
  • 旅の入り口
  •    五能線  1983年幹線の夜行急行とかを下車して乗り込むローカル列車。普段暮らす都会の忙しないリズムやら煩わしいしがらみやらは無意識のうちにも染み込んでいるものだから、その冗長な時の流れやら聞き取る事さえままならぬ方言やらの中にあって、一人迷い込んだような尻の落ち着かない感じがしばらく続くものだ。五能線の客車列車のうち支障なく撮影可能なのは昼間の2本だけだったし、オハユニやワムの一両も繋げ [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その8      夜空
  •    烏山線 小塙    2017年1月小塙駅の烏山寄りのカーブは沿線でも屈指のお立ち台らしく。休日もあって最後を惜しむカメラの砲列は20人分はあったろうか。やがてとっぷり日が暮れればあっという間に人は去り、ただ一人残される。それは漆黒に包まれゆく空に一等星が微かに浮かびつつあるのが気になったから。ディーゼル機関の唸りが溶けていく東の空に昇るのは、巨大なオリオン。(  「D」の記憶  おわり  )HP [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その7     落陽
  •    烏山線 小塙   2017年1月冬の陽は大きく傾いて家路へと誘う。築堤をゆく列車は最後の光を受けて返した。    小塙( 写真展漫遊録 )なにより風太郎としては撮影年代に吸い寄せられる。1984−1988 と来れば「たまゆら」ともろに被るし、同じような土地を撮っている訳だし。武者絵の凧揚げ、軍鶏の闘鶏、小さな学校の卒業式、そして駅。今となっては消え失せた風景なのかもしれないが、忍び寄る「地方」の [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その6     顔
  •     烏山線 小塙   2017年1月風太郎はヨンマルという車型にもともと特別な思い入れがある訳でもなく、そのパノラミックウインドゥはローカル列車にそぐわないように思え、五能線辺りでキハ20系を駆逐するを見ればむしろ舌打ちする存在でもあった。しかし当時は想像だにしなかったその後の車両デザインの「軽さ」は、ローカル鉄道が公共輸送の重みを失った象徴でもあるようだ。鉄道車両といえばあらゆる機械のなかでも実 [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その5     雑木林
  •    烏山線 小塙    2017年1月くぬぎとかナラとか本来の名前はある木々なのだろうが、どれも同じに見えてしまう程ありきたりな林が、関東平野の冬を象徴するようにも思える。陽光を返す繊細な枝先の妙。このモノトーンに枯れた風景にあって「旧国鉄気動車色」がまた映えるのだ。     小塙HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」 [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その4     里をゆく
  •    烏山線 小塙    2017年1月沿線は素朴な里山の佇まいが残る。なんのてらいもなく繰り返される日々の暮らしが作った風景は、冬の陽だまりにも似た優しい温もりを宿すようだ。    小塙HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります! ↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その3     エッジ
  •    烏山線 小塙    2017年1月凍える夜を残した雑木林に昇る陽が差し込み始めた。小枝の先端までピシッとエッジが立つような、冷たく乾いた朝の時間が好きだ。吐く息と共にキハのエグゾーストも白く立ち昇る。      小塙HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みに [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その2     朝
  •     烏山線 小塙   2017年1月金色の朝を迎えた。霜降る大地は目覚め、轍の響きが凍える大気を震わせる。まだまだ悟りに遠いと、北辺の地へ寒修行に出ますので暫くお返事等出来ません。HPはこちら  「風太郎の1980年田舎列車の旅」Copyright © 2014 風太郎のPな日々 All rights reserved「ブログ村」に参加しました。ご訪問の際はポチしていただけると励みになります! ↓にほんブログ村 [続きを読む]
  • 「D」の記憶   その1     払暁
  •     烏山線  小塙    2017年1月    蓄電池車に全面的に切り替わる烏山線は、列車番号も全て「M」に変わる事になる。非電化にも関わらず「M」はおかしいじゃないかと突っ込むのは最新鉄道技術への疎さを露呈するばかりだから止めておこう。かつて蒸気機関車牽引の列車番号「レ」が消え、「D」が増えるたびに迫りくる時代の終焉を感じさせたに違いないのだが、そのディーゼル機関さえもが非電化鉄道の主役から [続きを読む]
  • 手であけてください
  •     天北線  1988年 おいおいドアを勝手に開けちゃいかんだろ、そもそも手で開くものか?というのが鉄道に対する基礎知識というものが欠如したまま鉄道を撮る事になった風太郎の、 「meets ローカル線」原体験だったような気がする。相模線のキハ20だったか。ドアの前で佇んでいると後ろの高校生が怪訝な顔で開けて見せたり。危うく降り損ねそうになったり。鉄道車両のドアというのは案外重いものだなと思 [続きを読む]
  • 画角の気配
  •    蒲原鉄道 大蒲原   1984年故真島満秀氏の急逝直前の書簡というのを読んでいたら。「28mm〜90mmの画角がつくる視界、それがかもし出す四季、人の気配、人の有様を新しい概念にして、心情に素直に鉄道を見る方法もなかなかの目線、一計と感じています。」真島さんといえば超望遠レンズによる圧縮、単純化された絵作りの権化のように感じていたから意外な言葉の様に感じるけれど、実際シリーズ物として [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その12     明日
  •    只見線 新鶴    2017年1月とっぷりと暮れれば、それが約束だったかのように再び雪は舞い始めるのだった。これが今回のラストショット。只見線が再び繋がる可能性が大きく報じられれば、そこを巡る旅もまた違う感慨がある。復旧費用はもとより上下分離に伴う運行経費の福島県を始めとする地元行政負担。これまでのローカル線のかたちを大きく変える可能性を秘めて、分断された只見線は復活するのか。地元での議論も熱を [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その11     通学列車
  •    只見線  会津坂下    2017年1月会津坂下名物、登校ラッシュ。会津若松方面からの3両編成は満員御礼だったろう。この風景だけ見れば少子高齢化も過疎もどこ吹く風かと思うのだが。昔は近隣からの自転車通学や徒歩通学で生徒が充足されていたのが、会津若松市など遠方からの通学が一般的になり、列車通学は昔よりむしろ増えているらしい。いずれにしても絵的には雪が降り過ぎというのが想定外。「うへえっ、凄い雪。」 [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その10     歳の神
  •      只見線 郷戸    2017年1月郷戸駅前の昼過ぎ、一面の雪原にカヤを束ねた小山が出来ている。高さ5mは優にありそうだ。これはいわゆる「どんど焼き」ですかね、と聞けば、まあそうだな、ここらじゃサイノカミと言っとるがなと作業中の人。「いつやるんですか。」「今夜だ。」夜のとばりが降りる頃。降り始めた小雪の中を懐中電灯を手にした人々が集まって来る。火が点けられるとすぐに炎は高く上がった [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その9     大志集落
  •    金山町 大志集落    2017年1月巷の俯瞰写真ではシャッターを浴び続ける大志の集落だが、もっとこまめに歩いてみるべきだなあと思う。静謐でしっとりと落ちついた雪国の暮らしの原風景が此処にある。ちょっとしたアクシデントがあって此処の青年団(といってもややおじさんが入った青年だが。)にはお世話になった。年寄りばかりの先入観とはうらはらに、生まれ育った土地に逞しく暮らす「青年」たちの情の篤さが心に沁 [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その8    会津中川
  •    只見線 会津中川   2017年1月その殆どが建て替わっている只見線各駅にあって、会津中川は奇跡の様に木造駅舎が残っている。道路から少し引っ込んだところにあって駅舎に至るまでの参道というか、「間」があるのもいいのだ。決して乗降が多い駅では無い。でも此処を使う誰かの為に道は作られる。夜の帳が降りる頃。再び舞い始めた雪の中を、老婆がひとり降り立った。( 写真展漫遊録 )写真のテーマとしてやられたなあ [続きを読む]
  • 寒波襲来 只見線   その7    インフラ
  •    只見線 滝谷   2017年1月昼間などは単行一両で充分なのが現在の只見線の寂しい現実ではあるけれど、此処のヨンマルは常に2両以上で走る。時に豪雪をその重量で押しのけるような走りも要求されるこの線区で、それは必然なのかもしれなかった。省エネ軽量構造の最新型も良いが、様々な風土と共にあるこの国の鉄道には時に重々しい車両も必要だろう。      会津坂下夜も更けた宿。外は猛吹雪である。「どこトレ」 [続きを読む]