大野眞嗣  さん プロフィール

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大野眞嗣 さん: 大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ハンドル名大野眞嗣  さん
ブログタイトル大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ブログURLhttp://ameblo.jp/chipmop1021/
サイト紹介文ロシアピアニズムのピアノ教師が、この20年間の経験から思うことをつぶやきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供169回 / 365日(平均3.2回/週) - 参加 2012/01/15 13:07

大野眞嗣  さんのブログ記事

  • 727.いびつなほうがいい
  • 私たちはピアノを習ってくる段階で、正確な技術を学ぶために、いわゆるスマートな演奏を要求され、それがプロとして正しい音楽であるという、いわば刷り込みをされて育つ。 果たして、本当にそうだろうか? そもそも宇宙の法則にのっとれば、この世のすべてはいびつだと思う。1年365日あるが、うるう年というものもある。秒単位でも違う年がある。 人間の心の中も、非常に複雑でいびつなものだと思う。 確かに技術を学ぶ上で、いび [続きを読む]
  • 726.幸せを感じられる瞬間
  • 自分で何気なく1音弾いてみたときに、良い意味で予想に反してものすごいと思える音が出たとしよう。 私自身、そんなことは稀だが、そんな貴重な体験をしたときに心の底から幸せを感じることができる。 もちろん、日々の生活そのものには幸せと感じる瞬間は幾らでもあるが、やはりピアノを生業に生きている私にしてみると、生徒たちと音や音楽を共有することと、個人的なことだが、私自身がものすごいと心から思える音が出たときほ [続きを読む]
  • 725.有機的に
  • 美しい音で弾くのは当たり前だが、ただ物理的に美しいだけでは物足りない。ただ物理的に美しい音の先にある、魂のこもった音が鳴らなくてはならないと思う。それはエネルギーに満ちていて、メッセージ性が強くなければならない。 ロシアピアニズムの演奏においても、ただ美しいだけの物理的な美しさで止まってしまっていると感じる演奏は残念ながら多い。 そのような音が1音でもフレーズの中に混じってしまうと、フレーズはその瞬 [続きを読む]
  • 724.巨大なピアニッシモ
  • 先ほど、レッスンをしていて感じた。モーツァルトの4番のソナタ。 非常に聴いていて心地よかった。いや、そんな言葉で言いきれるものではなかった。 聴いていて嬉しくて、私の身体の中でアドレナリンが分泌された。 なぜだろう?と考えた。 音楽と音が見事に融合していた。 音を分析した。 1音1音すべての発声が理想的だった。 そこには張り詰めた緊張感、強い意志、強いメッセージが込められ、ベルベットのような光沢、凝縮された [続きを読む]
  • 723.教師はえらくない
  • えらそうにしている教師、高圧的な教師、感情的になる教師は大勢いると思う。残念なことだ。 教師の立場になると、途端に上から目線になって偉くなったように勘違いをする人がいる。 確かに、教え教わる立場を考えたときに対等ではないのかもしれない。 主導権は先に道を歩んできた教師になければレッスンは成立しない。 だからと言って、教師がえらいのではない。 教師に限らず、えらそうにしている人、高圧的な人、感情的になる [続きを読む]
  • 722.弾けないのは才能がないから?
  • 昔から、テクニック的に弾けないことを自分で自分に、私には才能がないからだ!あなたには才能がないからだ!と思い、言われている。 私は思う。 才能という言葉自体をそんなに軽視していけない。 才能という言葉で簡単に片づけてしまってはいけない。 それは才能が原因ではなく、奏法が悪いからと言える。 それでもまじめな学生は、自分の努力が足りないからと思い、手、指を痛めてでも必死に練習している。 なんと痛々しいことだ [続きを読む]
  • 721.あなたは指が弱い
  • 指が弱い!とレッスンで生徒に言う教師は日本中にあふれていると思う。 確かに弱いのだろうが、その強化方法にハノンやチェルニー、指の独立のためにピシュナを教材にする教師はいまだに多いと思う。 そのような教材を使うレッスンは時代遅れだと思う。 要するに、古い弾き方、奏法を習得するための方法であり、その延長、行く末にアルゲリッチやリヒテル、ホロヴィッツは絶対にいないし、絶対になれない。 そんな当たり前のことを [続きを読む]
  • 720.思わなきゃならないが
  • 私としては信じられないのだが、私の学生時代もそうだったが、思えば出る、思えばその音が出る、思えばその音楽になるという思い込みの演奏が当たり前のように行われ、プロを育てるレッスンにおいても当たり前のように生徒が教師に言われていたこと。 初詣の神社じゃあるまいし。 確かに何かをイメージして思わなければいけないと思うが、それによって何かのエネルギーやパワーは出てくるのだとは思うが、がしかし、それだけでは音 [続きを読む]
  • 719.それなりのレッスン
  • 今、ヨッフェ先生が来日している。今日は休みで我が家へ鰻を食べに来ることになっている。聞いたところによると、今、日本人学生の間でヨッフェ先生は受講してみたい先生の中では人気の先生の1人のようだ。 この夏のザルツブルクの夏期講習会でも、既に音源でオーディションが行われ、多くの日本人が申し込んだようだ。 思うのだが、ロシア人気で沸く中、ロシア人の先生のレッスンを受講してうまくなりたいと思っている学生は本当 [続きを読む]
  • 718.肘
  • 肘を動かす、回す演奏者を多く見受けられるが、私には無駄な動き、もしくはヤバい動きとしかとらえられない。 肘を回すと、意地悪く言えば、音楽的な演奏の印象を与えるし、肘が柔らかいというテクニック的に良い印象を持つ人が大勢いるだろう。 でも、その演奏をよく聴いてほしい。 肘を回すことによって、確かに音は伸びるのだが、その伸び方に違和感を感じる。 私の感覚からするとそのような音は伸びているというより、音がうね [続きを読む]
  • 717.モギレフスキーの演奏から学ぶ
  • 友人であるロシア人ピアニスト、マキシム・モギレフスキーの演奏を聴いたときのこと。 リストの作品だったと記憶しているが、高音部でフォルテの和音を弾くときに、ダンパーペダルを踏まなかったのである。 珍しいことをするなぁ!と思ったものである。 一般的には、ほとんどのピアニストはそのような場合、ダンパーペダルを踏んで豊かに響かせると思う。 彼になぜそうしたのか?理由を聞いたら 「乾いた響きにしたかったのさ!」 [続きを読む]
  • 716.対象の存在
  • ピアノを練習していると、長時間1人で部屋にこもらなければならない。非常に孤独な作業だ。 練習につい夢中になり自分の内側へと深く入り込んで行くだろう。 1つ大切なのは、演奏と言うものは基本的に聴き手である対象がいるわけで、その存在を意識することを忘れてはならない。自分の全意識のほんの少しでもそのイメージを残したほうが良いと思う。 モーツァルトの1番のソナタをレッスンして思ったのだが、まだ若いザルツブルク時 [続きを読む]
  • 715.イチジク
  • イチジクと聞いて、便秘に良い果物?もしくは薬局をイメージする人は多いかもしれない。特に薬局をイメージする人は、イマジネーション豊かで才能があるのかも? ここではイチジクと言っても果物でも薬品でもない。正しくはイチジクではなく、1軸。 最近、私はレッスンにおいて1を軸にすることを推奨している。このことはアルゲリッチやヴィルサラーゼの演奏から学んだことなのだが1を軸にして他の4本の指の手の構えを鍵盤に対して [続きを読む]
  • 714.身の丈に合った選曲
  • テクニックがあるというだけでなんでも弾いてはいけない。作品には内容というものがある。 その作品を理解するためには、その作曲家が歩んできた精神世界を理解しなければ本当に弾けたことにはならない。 それはまだ若いあなたには想像もできない深くて広い世界があるのだ。 弾かせる教師も教師だ。 純粋にその生徒の将来を見据えて、真剣に育てていく、途方もなく長い時間がかかる芸術家としての生涯を送るための大切な基礎を作る [続きを読む]
  • 713.テンポ・ルバート
  • バッハの作品においてもテンポ・ルバートは存在しなければならない。 でも、聴いている者にテンポ・ルバートをしていることがわかってしまってはならない。 このことはヴィルサラーゼ氏のインタビューで初めて知ったことだが、全く持って共感できるようになった。 テンポ・ルバートしているからイン・テンポで弾いているように感じるという摩訶不思議な現象が存在する。 逆に、テンポ・ルバートをしないでイン・テンポで作品が演奏 [続きを読む]
  • 712.死を受け入れる
  • 私は、幾人かの肉親の死を見届けたことに起因すると思うが、その後の様々な経験、思索から、死というものを受け入れられるようになった。 死というものは恐れることではなく、あまりに自然なことで誰しもがいつかは迎えることである。 人は死を受け入れられた時に、初めて生きる意味を悟るのではないか? 生きる意味を悟った作曲家の作品や演奏家の演奏には、特別な何かが宿るような気がする。 芸術家の本領が発揮されるのはそこか [続きを読む]
  • 711.猫のように
  • 我が家には昔から猫がいる。私は大の動物好きだから、犬はもちろん鳥や魚も大好きで飼ってきた。 でも、なんだか猫だけは特殊な気がする。 想像の世界だが、一番自由に生きている感じがするのだ。 私は齢を追うごとに、猫の魅力をことのほか感じるようになった。 芸術家って、猫のように生きるべきなんじゃないかと。 猫を飼ったことがある人にしかわからないと思う世界だが、なんと自由に生きていることか! 人間は社会の束縛があ [続きを読む]
  • 710.良い楽器というのは
  • 良い楽器の定義は物差しによってさまざまだと思う。 私が考える良い楽器というのは、非常に繊細であり、本当に良いタッチで弾かなければ、その性能、その楽器の持つ特性が出ない楽器。 その代わり、弾き手の腕次第では、ものすごい力を発揮する楽器。 その逆に誰が弾いてもある程度良い音が出てしまう楽器というものには、ある程度までであってそれ以上の力は出てこないと思う。 一般に運転が上手い人やタクシードライバーでも、F [続きを読む]
  • 709.イマジネーション
  • 先日、ある絵画の個展を見に行って感じたこと。非常に高名で、大家の一人と呼ばれている画家の作品であっても、私には違和感を感じる作品があった。 絵画の技法を知らないズブの素人の私であるが、それでもその作品には高い技術が存在していることを感じた。 しかし、残念ながら実際に描かれている世界をそのまま受け取らねばならず、見るものである私の心の自由が奪われてしまう窮屈さを感じた。 多分、技巧に走りすぎていて、イ [続きを読む]
  • 708.私の思う良いテクニック
  • 例えば、数日でも練習を怠ったとしよう。 一般的には、それによって自分の指がなまってしまったように感じるはずだ。 私の感覚からするとそれではよいテクニックを持っていないと思う。 人間の身体の使い方というのは、スポーツでもそれぞれの楽器においても、考え抜かれた非常に高度な領域というものがあると思う。 ピアノ演奏において、私が思う良いテクニックか否かの判断基準はそこにある。 理想は、1週間弾かなくても、指がな [続きを読む]
  • 707.音にこだわる
  • 演奏家としては、本当は当たり前のことなのだが、意外に重要視していないと感じられる演奏が多く存在すると思う。 音にこだわること。 画家が作品を描くのに、絵の具の色にこだわるのが当然のように演奏もあるべきだと思う。 例えば同じ赤い色を描くのでも、いろいろな赤という色があり、どのような赤で描くかによってその印象は全く違ってくる。 音の響きにおいても同じことだと思う。 もちろん美しい音と呼ぶにふさわしい音は多 [続きを読む]
  • 706.やっぱり古典
  • 学生時代、古典が苦手だった。ハイドンのソナタの試験など、何もわからず弾いていた。きちんと弾く以外何を感じて、何を考えればよいのかわからなかった。正直、古典を弾くよりロマン派以降の作品のほうがおもしろいと思っていた。 今、若い人たちの弾く古典を聴いていて、自分の若い時と同じ状況にあることをしばしば感じる。 きちんと弾いているが残念ながらそれだけ。世の中、優等生な演奏であふれているように感じる。 私が古 [続きを読む]
  • 705.他力本願
  • 昔から何事に対しても他力本願な人はいると思う。 レッスンでこれをやられても、世界中のどんな名教師でも困ってしまうだろう。 たちが悪いことに、往々にして、自分が他力本願になっているということにさえ、気が付いていない場合が多いような気がする。 確かに教師は教えるのが仕事だ。 でも、教えられることと、教えられないことがある。 何でも、先生教えてください!ではダメだと思う。 レッスンでは、教師がいえることはヒン [続きを読む]
  • 704.結果はすぐには出ない
  • インターネットの普及により、世の中の情報量や、その伝達のスピードは速くなった。 だが、芸術の分野においてその感覚を持ち込んでしまうのは良くないと思う。 例えば、私のこのブログを読んで、特にテクニック的なことを理解したと思ってしまう人がたくさんいるよう思う。 私からしてみれば、そんなことは絶対にありえないと思うのだが、そう思わない人がたくさんいるような気がしてならない。 何でも困ったときにすぐ検索すれ [続きを読む]
  • 703.腰を据えて
  • 特に若い人たちの様子を見ていると、なんだか違和感を感じることが多い。将来の不安や色々な欲求が強いからかもしれない。 でも、本当の芸術家になりたいのなら、腰を据えて勉強してほしいと切に願う。 芸術家の人生は、一見華やかに活躍している人もいるかもしれないが、それはそう見えるだけであって、本当は非常に過酷で地味な世界だと思う。 腰を据えて音楽のこと、テクニックのこと、楽器の性能のことなど様々な要素に目を向 [続きを読む]