大野眞嗣  さん プロフィール

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大野眞嗣 さん: 大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ハンドル名大野眞嗣  さん
ブログタイトル大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく
ブログURLhttp://ameblo.jp/chipmop1021/
サイト紹介文ロシアピアニズムのピアノ教師が、この20年間の経験から思うことをつぶやきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供123回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2012/01/15 13:07

大野眞嗣  さんのブログ記事

  • 665.難曲が弾けても
  • ここ半年の間、私のレッスンではモーツァルト中心に音の少ない曲を弾かせていることが多い。 モーツァルトの音楽の世界にはありとあらゆる表現が要求されており、そのさまざまな要素が凝縮されているように感じる。 音楽はもちろんピアノという楽器を扱うテクニックも多種多様であり、ハーモニー感や音程感、それとは切っても切れないリズム感など音楽的なことと響きをどう表現するのか?といった所謂、倍音の量や色、倍 [続きを読む]
  • 664.美
  • 最近、よく絵画を見に行っている。何枚かに1枚は私の琴線に触れ、心揺さぶられる衝動に駆られる。 体内にはアドレナリンが分泌され全身の細胞が喜びでいっぱいになるかのようだ。 これぞ美に接した瞬間のだいご味だ。 美しい1音を聴いた時にも同じ現象が起きる。美しいハーモニーの進行を聴いた瞬間も。得も言われぬ恍惚感が私を襲ってくる。 やはり美に接した瞬間に自分ではどうしようもない心の衝動が起き [続きを読む]
  • 663.北風と太陽
  • 確かイソップ物語だったように思うが「北風と太陽」という話があった。私はピアノを弾くことと相通じるものを感じた。 ピアノという楽器は太陽のように温かく優しく慈しみをもって扱うべきだと思う。 世の中の、特に若い学生の演奏を聴いていると、まるで北風のように無理やり鳴らしているように感じる。 爆音で弾くことにより人は圧倒されるが、感動はしないと思う。 不思議なことに一般的なレッスンでは音量 [続きを読む]
  • 658.音の高低
  • 最近の私のレッスンでは「その音は高い!」「その音は低い!」という言葉がすぐに出てきてしまう。 そもそもピアノという楽器は音程を変えられないとされているのだが、これが不思議なことにタッチ次第で自由自在に変えることができるのだ。 主に倍音の響かせ方を変えているのだと思う。 言い換えるならば倍音の量を増やせば音は高く聴こえる。逆に減らせば低く聴こえる。 特にモーツァルトなどの音の少ない作 [続きを読む]
  • 656.内田光子氏のモーツァルト
  • 昨日、内田光子氏の弾くモーツァルトのザルツブルク時代のソナタを4回聴いた。なんと素晴らしい演奏だろう!ピアニズムを超越して、モーツァルトの音楽が生き生きと再現されていると思った。氏の持つ豊かな感受性、思考、テクニックに脱帽!多分この演奏を聴いたのは、私がザルツブルクに住んでいた頃だったから、もう25年くらい経て聴いたことになる。あの時の私の耳ではここまで彼女の凄みを聴き取れなかったが、今の私の耳に [続きを読む]
  • 653.過去の自分を振り返って
  • 他人の演奏をとやかく言う前に過去の私自身の演奏はどうだったのか?ふと考えてみると、今現在の感覚とは正反対の演奏をしていて、今となっては、私自身の過去を消したくなるほど恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。留学時代によく演奏を聴いてもらっていた友人が今でもドイツに住んでいるが、その彼がこの文章を読んだら笑うに違いない。もしくはやっと気が付いたか!と思われるだろう。彼の演奏は今でも覚えているが、私とは対照的に [続きを読む]
  • 652.表と裏
  • 先日、共感覚の話をした。あれ以来、それを物差しに生徒たちの演奏を意図的に聴いている。幸い、テクニックの進度にかかわらず、皆、程度の差こそあれ共感覚をもって弾いているようだ。 人によって共感覚はもともとあったり、だんだん見えてきたり。色までわかる者もいれば、色とまではいかなくても、音の違いがわかるようだ。 思うに、共感覚の持ち主ではないと感じる演奏というものが存在するのだが、簡単に言ってしま [続きを読む]
  • 651.共感覚
  • 共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)は、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。(ウィキペディ [続きを読む]
  • 650.病んでいる
  • 「楽しい音楽なんてあるのか?」これはシューベルトが言った言葉。 クラシック音楽というジャンルの作品を見渡した時に、そのほとんどは病んでいると感じる。それを作った作曲家たちもまたしかり。 それゆえ後世に残る偉大な作品が書かれたのだろうと感じる。病んでいない作品などは取るに足らないと言っては失礼だが、何百年という時空を超えて存在することはできず忘れ去られてしまうのだろうと思う。 そのような [続きを読む]
  • 649.生徒、吉永哲道からのメッセージ
  • 「一流の証」《……日本で比べ合っても意味がない。(中略)ゴルファーだったらジャック・ニクラウスと比べればいい。ドライブが好きな人ならマジにセナと比較してみればいい。そうしたら何かが見えてくるよ。莫大な技量の差とか、富の差が見えてくる。その莫大な差をどうするかだな。笑ってごまかす奴もいるし、あっさりと諦める奴もいるだろう。でもその中には一歩でもいいから近づく、という選択もあるはずだ。だから俺は、中嶋 [続きを読む]
  • 646.友人の調律師のメッセージ
  • 私の友人の調律師、更家雅之氏の調律師ならではのハッとするメッセージです。 鍵盤の底まで押さえつけて演奏をするようになる理由のひとつに、ピアニスト特有の事情があると考えます。マイ楽器を持ち運べないピアノは設置してあるものを弾かなければならない。タッチは重かったり軽かったり、反応が鈍かったり様々であり、音を外さないためには底まで力で押さえつけて演奏する事が安定すると言うピアニスト特有の事情がある。 [続きを読む]
  • 642.昨日のレッスンで
  • 昨日、ある生徒が弾くモーツァルトのソナタ4番の第1楽章の演奏には驚いた。 音が物語るとはこのことを言うのだろう。1音1音が音楽的に強いメッセージをもって訴えてくるのである。 これは大変不思議なのだが、音楽的にという意思をもって意図的に弾くことはしなくとも、そういう音が1音でも発せられ、それが並んでいくと自然なフレーズができて、なんと言ったらいいのだろう?曲の性格もあって「荘厳な演奏」と言え [続きを読む]