スベルべ さん プロフィール

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スベルべさん: 畑に吹く風
ハンドル名スベルべ さん
ブログタイトル畑に吹く風
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/yukiguni01-47
サイト紹介文 雪国魚沼生まれの魚沼育ち。生粋の田舎人です。愛犬マックスと共に畑仕事や魚沼の自然を紹介しまします。
自由文 早期退職をして早六年。細々と始めた個人経営の農産物直売所の営業も五年目のシーズンを無事に終えています。
無農薬、減農薬を主体とし、減化学肥料、有機主体の農業に挑戦しています。
石の上にも三年。徐々に畑の趣旨も知られるようになり、長岡の「越後の台所 すずきち」は大のお得意さん。なんと、お店には私たち夫婦と私の畑の写真が沢山掲げられていますよ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供461回 / 365日(平均8.8回/週) - 参加 2012/03/02 21:57

スベルべ さんのブログ記事

  • 畑仕事開始!
  •  昨日は朝から、畑を見たかったけれど、ついWBC中継に引き込まれてしまった。午後も用があって出かけ、帰って農天市場の畑に出たのは3時を過ぎてしまったのでした。 温室、ビニールハウスを建てる場所の雪を早く消したい。そのために、見当を付けてスコップ二つ分の幅を掘り進めます。 ぐるぐると周りを掘り進める。北堀之内駅前通りの家並みが見えますが左から2軒目が我が家です。 1時間半、いや2時間近くかな。少し [続きを読む]
  • ファンレター!
  •  自慢話になっちゃいます。会議から帰宅し郵便受けを見ると幾つかの郵便物の間に葉書きが。さて、見覚えに無い名前と思って読んでみるとなんとファンレター!! なんと、昭和3年生まれの方からのお葉書でしたよ。嬉しいですねー、こんな風に年代の壁を越えて面白く見ていただいているなんて。 幼い頃にスベルべが書いたと同じような体験をされたのだとか。全く、お話の通り。すべて科学で解明されたら世の中なんて味気ない [続きを読む]
  • 明治時代の教科書
  •  古い書物の入った桐箱の中には古い教科書も何冊か入っている。亡父が数え年19歳の時に亡くなった祖父が使用したもの。スベルべが会ったことさえない無い祖父のものです。 尋常小学校で使われてものです。編者の名前がいかめしく「夏目金之助」みたいかな。今は統合されて、その跡さえ分からないような存在になった「田川校」で使われていたのです。 最終頁、裏表紙の内側は詳しく出版月日まで入っています。明治17年出版で [続きを読む]
  • 連載103-3「雪道」(その3終わり)
  • (大量に積もった雪で電線が頭に触れるようになり、竹竿で持ち上げている)            雪道 我が家は集落の中心部から、信号場から駅に昇格したばかりの国鉄の小駅の前に家を移転新築したので、道踏みの分担が多くなった。二百メートル余りだったと思うが、道幅を広げそして足が沈まないように踏み固めるには何回も、往復することが必要だった。雪道にも良いところがあり、踏み固めたらどこでも道になった [続きを読む]
  • 先祖が残してくれたもの
  •  日一日と春が近づく気配を感じて焦りを感じる落ち着かない日々。雪が消えたら絶対にできない仕事を優先。また先祖が残してくれた書物のチェックです。 過去帳と、そして冠婚葬祭の記録、備忘録でしょうか。古くは、明治10年のものが見えるけれど、過去帳にはもっと古い記載も。 我が家の先祖と言うよりも、その催事の際に記帳を担当した人の筆跡でしょうか。と、言うのは少し年代が違っても筆遣いが全く異なってもいますか [続きを読む]
  • 連載103-2「雪道」(その2)
  •  (かんじき。これを履いて道を踏む)      雪道(その2) それまでの間、十二月から二月の日の短い時期の朝は辛かった。朝の暖かい布団の中で気持ちよく眠っているところを母に起こされる。父と一緒に玄関を開ける。そこから道までの数メートルの間は雪の階段である。 屋根から下ろした雪が道路も埋め尽くし、道路は地面から随分と上になってしまう。家の茶の間から通行人の足が見える事も珍しくはなかった。人家と人家の [続きを読む]
  • サンドコンサートで木管楽器を聞く
  •  昨日は朝日酒造主催のコンサートに行ってきました。色々な用件や、今日のスベルべママの姪の結婚式のことなどがありようやく行けることになったのでした。 翩翻と翻る。でもないけれど、さりげなくつるされている銘酒「久保田」の幟。広くて、天井が高く寒いエントランスホールも春の気配で少しは暖かい。 昨日は木管楽器の三重奏で奏者は若い女性ばかり。特に司会も立てず、自分たちで自己紹介から曲目紹介、楽器説 [続きを読む]
  • 連載103-1「雪道」(その1)
  •    (56豪雪。二階屋の一階部分はすっぽりと雪の中)     雪道 雪国の暮らしも、自動車と道路が飛躍的に発達した、昭和四十年前後から様変わりした。辛く、そして暗いと言うイメージが徐々に薄まってきてウインタースポーツなどと言う言葉が流行り、スキー客で賑わうようになって来た。 高度成長社会と呼ばれた国の飛躍的発展が雪国の暮らしもイメージも変えたのだ。昭和四十年頃までは一級国道の17号線さえ冬は雪に [続きを読む]
  • 春の彼岸は雪の中
  •  昨日は春の彼岸の入り。その前日の一昨日夕方、スベルべ夫婦は散歩を兼ねてお墓に仏様を迎えに。 うーん、珍しい光景と言っても過言ではない小雪です。もうずいぶん昔の話になった伝説的な「56豪雪」の年は最高積雪深は4メートルを超えていました。 あの年もスベルべ一人でお参りに行った記憶がある。もう、お墓の凹凸もわからない真っ平らな雪原で、このあたりかなと見当をつけて雪のお堂を作ったものでした。 我が家 [続きを読む]
  • 春の気配の堀之内遊歩道(その5終わり)
  •  一人で、先の方位盤のところまで行ったスベルべママを待つ間、景色を堪能しました。左手はるかにスベルべの山の畑も見えます。最近は冬の畑にもご無沙汰ですね、今度一度行ってみましょう。 午後も3時を過ぎてから登ったので、もう誰も来ないかと思ったら最後に左に一人の人影。スベルべママと一緒に下山を始めるとその男性と出会い初対面なのに「スベルべさんですね」、なんて声をかけられ驚きます。何でもスベルべのテ [続きを読む]
  • フォルテ!!
  •  冬ももうすぐ終わるが、それまでに少しでも身辺整理をと思っている。本棚から古い「フォルテ」と書かれた綴りが出てきた。 30歳を越えてからバドミントンに本格的に取り組み、「フォルテ」と言うチームを結成してリーグ戦に参戦。チーム名は音楽記号のフォルテ・フォルテシモにバドミントン用語のフォルトをかけたスベルべの洒落心。 本当に昔のことになってしまいました。ほら、なんと35年も経ってしまいましたよ。 [続きを読む]
  • 春の気配の堀之内遊歩道(その4)
  •  午前中にひと汗かいたので、スベルべトーちゃんは山頂で待機。すたすたと身軽に歩くスベルべカーちゃんです。と、言いたいところですが・・・・。 高所恐怖症気味のカーちゃんの「キャーッ」とか「ワーッ」なんて声が山に響く。まー、雪庇がいつ落ちても不思議でないようにも見え、怖いといえば怖いですね。  おっとっとー、足元がスリップしている様子が見えます。なにせ、スベルべ夫婦の足元、靴は普段履きの防寒 [続きを読む]
  • 春の気配の堀之内遊歩道(その3)
  •  エベレスト登頂成功の田部井淳子さんではなくスベルべママ。高所恐怖症気味のスベルべママもここまで来たらもう大丈夫。 八海山の右手に見える頭の枯れた杉の木のすぐ左が御嶽山を祭った石碑があります。ちょっと画面からは欠けているけれど、右には避難小屋さえあります。 後を追うスベルべは、息をつきがてら西方にカメラを向けます。右奥に薄っすらと見える白い山が「米山」そして、その左の白い山は「刈羽黒姫山」です。 [続きを読む]
  • 撮り鉄最高の瞬間!
  •  なんだか朝から田舎の無人駅が賑やかでした。いつもの鉄道ファン、通称「撮り鉄」だと思ったらいやに人数が多い。 そうですね、何だかと彼らのうちの一人に何だと聞きました。引退する昔の特急列車用電車が、回送されるのだとか。もう2時間も前から場所取りで来てましたからね。 さー、近づいてきましたよ。電車は無動力回送ってやつで機関車にけん引されています。こうしてみる分にはどってことない編成の列車ですけれど [続きを読む]
  • 春の気配の堀之内遊歩道(その2)
  •  あーあ、今日も権現堂はご機嫌よろしゅ。頂上直下のブナ林も雪が少なくなり、春の気配が漂っています。 堀之内遊歩道、ブナ林越しに見える越後三山です。でも、近くに見える山は峰から雪が崩れ落ちて春の雰囲気が漂う。 写真を撮るスベルべよりもスベルべママはどうしても一歩先を行くことに。いえ、スベルべが意識してのこともあって、風景に人物を取り込みたい気持ちも強いのです。 いつものシャッターチャンスポイン [続きを読む]
  • 連載102-4「雪国の暮らし今昔」(その4終わり)
  •      雪国の暮らし今昔(その4終わり)半世紀以上の時が流れ、そんな苦労した暮らしの痕跡など見つけることさえできない。雪道を踏むことなど夢のようなことで、朝になると先ず一番に来る歩道除雪車の音で目が覚める。この頃雪道を朝早く歩く人など見ないのだが、これで一応歩行者の通路は確保される。 続いてタイヤドーザーが広い路面の雪を押して道路の脇にまとめる。間を置かずロータリー除雪車が来て、そのまとまった雪を [続きを読む]
  • 春の気配の堀之内遊歩道(その1)
  •  昨日はパートを終えて帰宅すると、スベルべママに山歩きに誘われた。晴れの日だったとは言え、パートでは駅舎の屋根からの落雪を片付けていたりしてややオーバーワーク気味。 それでも、やはり晴れた日の午後なんて部屋で過ごすにはもったいない。よしっ、ばかりに話に乗って一緒に堀之内遊歩道に向かいました。ここが登山口です。 ブナ林越しに越後三山、越後駒ケ岳が白く輝いて見え始めます。暖かくなり、このま [続きを読む]
  • 春を待つ夕餉
  •  友人から「タラの芽」をいただきました。ハウス、温室で行う「促成栽培」でできたものです。 夏の間、育成した原木を短く切り、加温して芽を出させるのです。株元を切り、袴部分をきれいに仕上げて料理します。 これも別の方から頂いた、促成栽培の「フキノトウ」です。スベルべママは酢味噌で食べたいと、少しだけですが「酢味噌和え」に。 スベルべが担当して天婦羅にします。何処にしまったのかさえ忘れてい [続きを読む]
  • 先生!パンツ脱いで帰ります!
  •  冬は本を読んだり、山遊びをしたりして過ごしています。そんなスベルべ夫婦に、スベルべママの兄上が貸してくださった本。 兄上は、謹厳実直を絵に描いたような人で、この本はどんな顔をしてお読みになったのかな。親松幼稚園の可愛い園児たちの感性あふれるつぶやきをまとめた本なのですが。 「先生!K子パンツのゴムが痛いから脱いで帰ります!!」Kちゃんのナイスアイディアってありました。スベルべの娘たちもそうだった [続きを読む]
  • 連載102-3「雪国の暮らし今昔」(その3)
  •    雪国の暮らし今昔(その3)細くても村に通ずる主要道路であり、時にはその小山のような雪を橇に載せて運び出したりもしていたようだ。亡父が不自由をしのび、土地も農地転用が難しい時代にあって、それまでの宅地を三分の一にまで縮小してまでさえ、駅前の田圃の中に移転新築したのはそんな冬の苦労を嫌ってのことでも有ったのだろう。しかし、一軒も家の無かった駅前通りに越しても、別の苦労が待ち構えていた。まず、そ [続きを読む]
  • 連載102-1「雪国の暮らし今昔」(その2)
  • 雪国の暮らし今昔(その2) 萱葺きの家に帰ると玄関に戸など無く、吹雪の吹き込みを防ぐ、萱で編んだ簾が立て掛けてあり、その隙間を少しだけ開け、薄暗い土間に入る。土間の通路の隣は、昔の馬屋であり冬の間の大切な燃料の薪が積んであった。ガタピシと木戸を開けると、そこは藁むしろを敷いた、中央に火床とも呼んだ囲炉裏を囲んだ居間が広がる。木戸を開けたばかりの所には薪が立て掛けられていた。 [続きを読む]
  • 我が家で「スズキチ」の勉強会
  •  昨日は我が家に「越後の台所 スズキチ」のメンバーが集まって勉強会。これが、勉強ではありません。勉強会が終わって昼食に移行するところ。 勉強と言うのは映画「命の食べ方」の鑑賞会です。この映画とスベルべの出会いは10年前。新聞に投稿した記事に新潟市の映画館が反応を見せて以来です。 この映画の内容はかなり強烈。ショッキングな場面もたくさん出ます。そんな内容を少し紹介し「食事は映画の後か先か」と問 [続きを読む]
  • 連載102-1「雪国の暮らし今昔」(その1)
  • (平屋だった駅舎とは言え、屋根がすっぽり隠れるほどの雪でした。さて、スベルべは?)        雪国の暮らし今昔(その1) 私が大雪で知られる越後の魚沼の地で生を受けたのは、戦後も間もない昭和22年の事。まだまだ食糧事情は悪かったとは言え、戦争が終わったと言う安心感と、かすかに見える、 将来の希望に人々が活気づき初めていた年代だった。 人々が将来に希望を見た証拠として、私たちの年代が団 [続きを読む]
  • 戻り雪
  •  もう雪は終わったな、さて春の準備に入りましょうか。なーんて、思ったとたんに戻り雪。降り始めてからあっと言う間に新雪が60センチも積もってしまった。 道路脇の雪の山もぺしゃんこになって見えたのにたちまちまた大きな山に。奥、照明灯の電柱の陰に見える建物の屋根も一度は雪下ろしをして無くなっていたのでしたが。 越後、魚沼の雪なんてこんなものです。朝の通勤電車に乗るために駐車した自動車の屋根 [続きを読む]
  • 春がそこまでやって来た〜♪
  •  朝の一枚。そう7時ころの北堀之内駅前です。朝霧が晴れつつありますが、放射冷却の影響が尾を引き寒い朝です。 放射冷却をもたらした晴天の朝に朝霧をついて日が昇る。これはもう春の訪れそのものの気候です。 山の我が家の畑の続きをアップします。気温の上昇とともに、地肌に着いた雪も底雪崩となって崩れ落ち、すっかり春模様。 霧が流れ去るとともに気温も上昇し、小鳥たちが賑やかに歌いだしました。そう、数種類 [続きを読む]