放言神父 さん プロフィール

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放言神父さん: 神父の放言
ハンドル名放言神父 さん
ブログタイトル神父の放言
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/hougensinpu321
サイト紹介文言いっぱなし。そんな風に気楽に放言させてもらいます。
自由文いつまで生きていられることやら。今のうちに普段思っておることを書き散らかせてもらいます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2012/04/08 13:46

放言神父 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • まことのユダヤ教徒
  • 〈1〉旧約(ユダヤ教)を廃止するのではなく完成するキリスト「私は廃止するためではなく完成するために来た」(マタイ5章)とキリストはおっしゃった。しかし当時の宗教指導者たちは、キリストがモーセの律法を変えようとしている、と非難した。しかし変更や廃止のように見えて、キリストはさまざまなものを完成なさった。マタイの5章―7章の山上の垂訓の中では、キリストによって「廃止ではなく完成した」倫理的教えの数々がま [続きを読む]
  • キリストを迫害した人々
  • キリストを迫害し、死に追い詰めた人々は、皮肉なことに「自分は最も信心深い者だ」と思っていた人々だった。そんなことがありえる。ファリサイ派と律法学者たち、彼らは当時のユダヤ教社会の宗教的指導者、権威者だった。聖書を最もよく知っていた人々だった。しかし知識で知ることと、心で知ることは違うのだろう。後にキリスト教に改心してもっとも大きな功績を挙げたパウロは、以前は熱烈なファリサイ派だった。そのときの反省 [続きを読む]
  • 罪があふれるところに、恵みはさらにあふれる
  • 〈1〉聖書の心は忘れられやすい論語読みの論語知らず、という言葉がある。聖書を読んでも実は聖書を知らないことがある。聖書読みの聖書知らず、ということは大いにありえる。ファリサイ派や律法学者はそうだった。最も聖書を知っていたのに、聖書の心を知らず、来るべきメシアを迫害した。現代でも聖書や神学に詳しい者が、キリストが実際においでになると迫害するだろうことはありえる。聖書は心で読まなければならない。聖書の [続きを読む]
  • キリストの神性
  • ヨハネ福音書の有名な出だしに、「初めに言葉があった」というのがある。新約聖書はギリシア語が原語であるが、この出だしを訳すのは難しい。ギリシア語では「初めにロゴスがあった」となる。そしてこのロゴスという言葉は実にいろいろな意味があって「言葉」と訳すだけでは実に物足りない。ギリシア語のロゴスには「理性」「道理」「法」「宇宙を貫く真理」などいろいろな意味がある。当時のヨーロッパ哲学の中では特別な意味合い [続きを読む]
  • すべての人の救い
  • キリストによってさまざまな価値転換が行われた。ユダヤ人よりも異邦人が救われる。大人よりも子供たちのほうが天の国に入る。正しい人ではなく罪人を救うために来た。富んでいる人よりも貧しい人々が幸い。あとの者が先になり、先のものが後になる。旧約聖書の中でユダヤ人は神から選ばれた選民であった。キリストもユダヤ人であり、ユダヤ人の間で宣教したが、ユダヤ人が捨てられ、異邦人が救われるだろうという予言がなされる。 [続きを読む]
  • 信仰によって救われる
  • 信仰によって救われるか、行いによって救われるか、過去から議論がある。結論から言うと、どちらともだ。イエスは、各自がその行いに応じて報いを受ける、とおっしゃっている。これだと「行い」になる。しかしパウロは「信仰によって救われる」と言う。両方だけれども、イエスへの信仰なしには救われない。そういう意味では「信仰による救い」になる。さて、旧約時代だと、正義の神に対して私たちの行いが重要だった。しかし実際私 [続きを読む]
  • 完成するために来た
  • キリストは「私は廃止するためではなく、完成するために来た」(マタイ5章)とおっしゃった。モーセを通してイスラエルが与えられた律法を廃止するのではなく、完成するために。そしてマタイ5章の山上の垂訓と言われる説教集の中で、具体的に展開される。「あなたがたは殺すなと命じられている。しかし私は言っておく。兄弟に腹を立ててはならない。」殺さないばかりでなく、心の中で殺してはならない、という教えだ。「『姦淫す [続きを読む]
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