ひろみ さん プロフィール

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ひろみさん: ギャンブル依存症との出会い
ハンドル名ひろみ さん
ブログタイトルギャンブル依存症との出会い
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/sashiminohaha_1960
サイト紹介文元夫がギャンブル依存症だと解かり学ぶことで見えてきた自分の事。感じたままを赤裸々に綴る記録
自由文ギャンブル依存症と言う病気を知り、20数年間連れ添った元夫を手放し、元家族から離れることで私自身の人生を歩み始めた日々をつづっています。
離婚することが幸せには直結しない、離れてもなお私に付きまとって来る何か・・・

自助グループの中で仲間と共に気付かせてもらったことなどを語らせてもらっています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供65回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2012/04/10 17:46

ひろみ さんのブログ記事

  • 見えていない
  • 毎朝、保育園に孫達を連れて行き仕事場に向かう途中、必ず見かける白い杖をつきながら歩く女性の姿を見て思い出したこと・・・。ずっと昔、依存症に巻き込まれ、時折起こる肩こりから来る偏頭痛に悩まされていた頃、近くのマッサージ店といってもひとりの方が経営されている所謂「あんまやさん」に行ったことがあった。その人は生まれつき目が不自由だと聞いた。そこには全身真っ黒の盲導犬がいた。治療が終わるまでじっと部屋の片 [続きを読む]
  • 家族の顔
  • ミーティングのテーマに「ギャンブルをしているとき、しようとしたとき家族の顔が浮かんだか?」を出してみた。GAに一度でも参加した当事者はギャンブルをしたいと思ったらGAメンバーの顔を思い出しブレーキになると聞いたことがある。家族の顔はブレーキにはならないのかと言う単純な疑問から聞いてみたかった。どのメンバーも「のめりこんでいる時には家族の顔を思い出さなかった」と言う。家族の立場の私は過去にギャンブル [続きを読む]
  • 「家」に対する私の想い
  • 私は昔から「家」に対して何かしらの想いを持ってきた。小学校のとき、集団下校中にこそこそ言われた「あの古い家の子」と言う言葉がずっと心の中に残っているからだ。父は優秀な大工だったにも関わらず生涯、自分の家を建てることは無かった。ずっと借家住まいだったため、自分の家に相当憧れてきた。結婚し、親と同居をするために建てたのは、姑好みの家だった。私はずっと心の中で、何年か後に私ひとりが残ったら絶対この家を売 [続きを読む]
  • 性格をコントロールする
  • ギャマノンでもGAでも、病気に対して自分はコントロールすることは出来ないと受け入れることから始まる。「過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えていける」昨日、GAミーティングのときの分かち合いで言った自分のことばの中に性格って変えていけるとは思えない、しかし、物事が白だった場合、黒になった場合はどうなるかを知っているとそうならないための考えは変えていけると思うと言うことを、後でじっくり考え [続きを読む]
  • 心と体のメンテナンス
  • 身体や心の不調は『我慢すること』でそのうち治っていくものと思っていた私が先月、整体に行き自分の体の歪みを発見してから何となく気にするような毎日を送っている。連休明けに二度目の整体に行った。単純な私は体が左に傾いているのなら、右に重心を置くようにすればいいのでは?と考えて右足に重心を置く生活をしてたが痛みはそう簡単にはすっきりと取れたりはしなかった。そんな事を先生に話すと「体の歪みが直っていないのに [続きを読む]
  • 無意識のコントロール
  • 次女とくらし初めて一年が過ぎた。毎日の子供の世話と仕事の両立を助けてやらなければと細かい家事は私が担当している。上の孫が来春、小学生になる。それを期に引越しを考えてきた。周りの人たちのお陰で、学校に近い物件を探し、リフォーム後に引越しをする予定にしている。引越しをしたら掃除や片付けは当番にしようかと言う話をすると・・・「当番にしてもいいけど、私がやった後文句を言わないでよ!」と娘に言われた。私って [続きを読む]
  • 再会
  • 先日の合同オープンミーティングで、初めて参加したギャマノンに参加されていた方に会うことが出来たもう11年前になる。横浜でギャンブル依存症のことを知り、とにかく参加できるところを探し夫婦で初めて参加したのが広島のGAだった。その当時、1周年を終えたばかりで地元の新聞に掲載されたとかでミーティングには多くの方が参加されていた。マンションの1室で行われていたミーティングに、家族として話を聞くだけでよけれ [続きを読む]
  • 心と身体の柔軟性
  • この数ヶ月、左肩が痛かったり、右ひざが痛かったりと身体に不調を抱えている。娘は「原因もわからないのなら病院に行ってみてもらえば?」と言ってくれるが、動けないわけではない、ずっと痛い訳でもないと言う私の中の『言い訳』を自分の心の中に並べて身体の不調をそのままにしていた。以前のように我慢をしているわけではないが、自分を大切にしていないなぁとは解っていた。そんな時、娘が通っている整体がよかったと言う話を [続きを読む]
  • 合同記念ミーティング
  • 今年もGA11周年、ギャマノン2周年の合同記念ミーティングを開催することが出来た。松山は毎年4月の第四日曜日にこの記念ミーティングを開催する事にしている。昨年の10周年に合わせて私はギャマノンをスタートさせた。本来ならばGAとギャマノンは別々の記念ミーティングをするほうがいいのかもしれない。しかし、松山は他県と比べ特異なグループなのかもしれない。普段のミーティングはGAはGAメンバーで、月に一度の [続きを読む]
  • 誕生日
  • 今日、4月20日は元夫の誕生日。一緒に居る娘も覚えていた。存在自体、記憶に残っている程度の人となりつつあるのに、なぜか誕生日、結婚記念日は忘れられない。元夫が娘達の誕生日、私の誕生日、結婚した日などを几帳面に覚えていることは無いだろう・・・。今日、還暦を迎えたであろう元夫どこで何をしているのかは全くわからない。知りたいとも思わない。しかし、多分、どうにかして生きているだろうと思う。本来なら、娘達に [続きを読む]
  • 来るもの拒まず、去るもの追わず
  • 「来るもの拒まず、去るもの追わず」この言葉がやっと心に落ちた。依存症のことを多くの人に知ってもらうために活動を続けていたころは、どんな事をしてでもこのことを伝えたい、理解してもらいたい、私の思いを解ってほしい・・・と躍起になっていたころがある。家族会に参加していた頃に、横浜から先生を呼んでセミナーを地元で開催するための資金を作るために、市役所の助成金をもらった。その助成金をもらうためには申請書を書 [続きを読む]
  • 「自分」に焦点を当ててみる
  • 新しく参加されたご家族の中には、自分の経験を話すとき照れ笑いをしながら話す方を時々見かける。なぜ笑って話せることなのか?と疑問に感じる。私が家族会の仲間と繋がった当時は、とにかく『怒り』の塊だった。その頃共に活動を続けていた仲間がよく声を出して笑う人だった。その笑い声に『何でそんなに笑えるの?』とそのことに対してもムカッとしていたくらいだ。他の仲間にそのことを話すと、「彼女は無理してでも笑っていな [続きを読む]
  • 時の流れと共に
  • 11年前にギャンブル依存症を知り、タイミングよく立ち上げてもらった家族会に参加し、そこで仲間と共に病気を広く知ってもらう活動を続けてきた。どこにも相談できないと思っている家族の方々を少しでも楽に生きて行けることを知ってもらうために地元で家族会の開催を決めた。今、ミーティングをさせてもらっている会場に団体登録をし、各方面の助成金をもらい「対応セミナー」や「共依存セミナー」を開くために自分が経験してき [続きを読む]
  • 24回目
  • 昨夜、ギャマノンのミーティングが開催された。松山はまだ月に一度のペースを保っている。私と共にギャマノンを開いたときから参加してくれている仲間が「今日が24回目のミーティングですよ」「あれから2年経ったんだね」と教えてくれた。もう2年も経ったんだぁ・・・何気なく参加したGAのミーティングで彼女はずっと涙を流しながら話をしていた。とても辛くて苦しくて、暗闇の中でもがき動けない状態のように私は感じた。ミ [続きを読む]
  • 怒りの導火線?
  • 職場の常に誰かの話に入ってくる人のこと。社員と言っても立場は社長の弟。昔から末っ子と言うことで甘やかされてきた。神経質で一旦自分がこうと決めたことに対しては誰の意見も受け付けない。うちの会社は土木関係なので、ダンプや工事車両は泥で汚れることは当たり前と思われるが、この弟が常に『きれいに乗れ』と命令する。新車で購入した車は自分が一番に乗る。いろいろ装備を付けまくり、汚される事をとことん嫌う。だから、 [続きを読む]
  • 人間観察
  • 自分の事を観察するのも面白いが、身近な人を観察してみるのも案外面白い。夕方になると会社の事務所に現場から男の人たちが帰ってくる。12〜3人ほどのおじさん連中が「寒かった」だの「疲れた」だのいいながら部屋に入ってくる。私は自分の仕事をしながらその様子を観察してみる。誰かにもらったお菓子を置いていたとする。ある人は見向きもしない。それを食べてしまうと晩酌のお酒が美味しくないのだそうだ。またある人は、我 [続きを読む]
  • 変わるために必要なこと
  • 誰しも心の中に「誰にも言えないこと」のひとつやふたつはあると思う。依存症に巻き込まれていたころは言えない事を隠すために力を注いでいた。育ってきた環境の中では、何だか解らなかったが『触れてはいけないもの』が常に存在していたような気がする。こんな事を親に話せない、聞けない。それが何だったのかは解らない。私の父も母もそれぞれ頑固な父親を持っていた。昭和の初めではどこの家庭も父親に従う家庭が多かったのだろ [続きを読む]
  • 聞かない練習
  • 私は耳がよく聞こえてしまう。自分に必要のないことまで聞こえてしまい頭が反応してしまうと言うこと。職場の亡くなった前社長は昭和時代の土木屋おやじと言った印象のとても強い人だった。従業員に対してだけでなく家族に対しても上から物を言い『俺の言うことが聞けないのか!』的な人だった。反面、困ったと相談すれば必要以上に親身になるという面もあった。その社長は、奥さんに対しても命令口調でよく怒鳴っていた。あるとき [続きを読む]
  • まずは自分を助ける事
  • 飛行機に乗っていて事故が発生したとき、天井から酸素マスクが落ちてくる。そのとき、隣に座っている子供に先にマスクを着けようとすることは間違っていると何かで聞いたことがある。まずは自分がきちんとマスクを装着し、体制を整えてから子供にマスクを装着するのだそうだ。親ならば、どうしても自分の命よりも子供の命を優先する本能がある。どちらも助かる事を選択するのであれば、まずは自分なんだ。時と場合、状況によっても [続きを読む]
  • 私が反面教師
  • 今一緒に暮らしているのが次女。彼女は結婚生活5年で二人の子供を連れて離婚した。私の元に帰り、職場を変えて4ヶ月。仕事にも日々の時間の流れにも慣れ心身ともに落ち着いた毎日を送っているように見える。ある日、職場の年配の女性との話の中で、自分の両親が離婚した事、それがギャンブルが原因であった事、自分の離婚の原因も同じような出来事だった事を話したそうだ。聞いていた女性は「毎日、明るくしているのにそんな苦労 [続きを読む]
  • 続ける事の難しさ
  • ミーティングに参加していると、ずっと参加していた人が突然来なくなったと思ったらスリップしていたと言うことに遭遇する。GAのメンバー曰く「ミーティングに参加し続け、一年のバースデイを迎えたときが一番危ない」のだそうだ。一年、ギャンブルをしない生活をしてきたのだから、もうそろそろ大丈夫だろうと思うらしい。私も同じことを思ったことがあった。問題の人たちと離れ、自分の中にあった不安が薄れ始めた頃に、新しく [続きを読む]
  • 誰の課題か
  • 忙しくバタバタし始めると襲ってくる『何で私だけが・・・?』と言う気持ち。今、正に年度末で仕事が常にある状態。毎朝、私の机には何かしら乗せられ処理しないまま放置されている。少し前に初めて手相を見てもらったことがある。そのときに指摘されたのが「何で私だけと言う気持ちが無くなればもっと楽に生きれます」それは解っているのだが、どうしても私に押し付けられてる感じが抜けずにいる。先日のミーティングでも話をさせて [続きを読む]
  • あきらめること
  • あきらめると聞くと志半ばでやりたいことができないことと思う。ある日仲間から「良いあきらめ」という話を聞いたことがあった。人生を生きていく中で全て自分の望みどおりに事が成すわけではない。仕方なくあきらめたことが結果的には良かったと言うこともある。ベストセラー作家でもある元結不動 密蔵院の住職の名取芳彦和尚の言葉に「中途半端な諦めではなく、物事の真相を明らかにした上であきらめた事は堅固な屋台骨として人 [続きを読む]
  • 言ってみるだけ
  • 病気を知りセミナーで病気のことを学んでいる中で「出来もしないことを口にしないこと、口に出したら実行すること」があった。元夫と結婚する前に、結婚したら・・・と言う「〜たら〜」話をよくした。子供が出来たら自分は子煩悩だからきっと大事にするとか、家族で毎年何かをしたい・・・とか。結婚する事に夢を見ていた私もその話しで盛り上がり『私はきっと幸せな家庭でゆったりと暮らせる』と思い込んでいた。あの頃に話したこ [続きを読む]
  • 夢をも奪う
  • 自分自身もそうだったが、子供の頃には何かに憧れ自分もそうなってみたいと思う職業に出会う。専門的な学校に行かなければならないとか、金銭的なことは一切考えずに純粋に何かに憧れる。少しずつ大きくなるにつれ、その想いが変化していく。かっこいいばかりではないことや難しい技術を取得しなければならない、勉強も出来なきゃ・・・となってくると本当になりたいものでなければ「や〜めた」となる。そんな中でも、中学、高校に [続きを読む]