mihoshi55 さん プロフィール

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mihoshi55さん: 懐かしい昭和の情景を追って
ハンドル名mihoshi55 さん
ブログタイトル懐かしい昭和の情景を追って
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mihoshi55
サイト紹介文昭和に撮影した映像と今も昭和の情景を求めて茅葺き民家などを追っています。
自由文蒸気機関車、茅葺き民家、古い町並みの写真を送りします。
車椅子生活のため過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化するのが日課です。新たに撮影にいくより過去の写真を整理するのを優先しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供406回 / 365日(平均7.8回/週) - 参加 2012/04/15 10:47

mihoshi55 さんのブログ記事

  • 日本茅葺紀行 NO,374 ゼンマイを干す
  • 撮影場所 秋田県羽後町茅葺民家の撮影にお邪魔すると庭先にムシロにゼンマイを干す光景を目にする。私も健康であれば定年後は山菜やキノコや魚釣りや素潜りで貝を獲る生活をしていたと思う。山間地に住んでいる人はこんなのを獲り暮すのが毎年の楽しみであろう。何月何日頃に何処へ行けば何が採れると記憶や記録に残っているのであろう。人間は何かを獲っている時は熱中できるし沢山とればまた嬉しい。何を獲るにしても生育するた [続きを読む]
  • 私の昭和鉄道遺産 その34 行橋機関区
  • 撮影場所 福岡県行橋市北九州ならば急行列車で三時間半くらいでいけた。しかし九州でも宮崎などになると単線のため随分時間がかかる。朝でて夕刻の到着だ。北九州はもっと簡単に行動を起こせたのではないかと思う。二日休めれば強行軍で十分いけた。しかし、過ぎ去った45年も前の事で逆戻りできない。この歳になるとあの時にこうすればよかったと悔やむ事が多い。ワシの半生は反省ばかりである。人生の指南には過ぎ去った過去な [続きを読む]
  • オリンピックで印象に残る試合
  • オリンピックの思い出に残る試合は数多くあるがひとつあげるとすると1972年のミュンヘン大会の男子バレーが金メダルを獲得したことであろうか予選リーグを一位で通過し決勝トーナメントの準決勝でブルガリアと当たる。勝てると思ったが思わぬ苦戦で2セット先取されてもう後がなかった。忘れもしないズラタナフの強打に苦しまされる。後の無い日本は起死回生を狙い南、中村のベテランを投入して1セットとった。それからも苦し [続きを読む]
  • 2016年 茅葺写真展 干す その1
  • 撮影場所 兵庫県小野市茅葺民家の庭に収穫した豆などを干して乾燥させている。昔ながらのむしろやゴザの上に干している。収納する藁で編んだ袋も昔のままである。現在なら化成品のシートや大型の容器を使う。人は藁や棕櫚の皮や麻の繊維、綿花を使い紐や袋を作った。藁は材料費がタダ同然で畳や筵や縄や米俵や叺(かます)草履を作った。人間の知恵とはすごいものだ江戸時代鎖国のために外国の物がほとんど入らなかったが独自の文化 [続きを読む]
  • 茅葺民家  動物のいる家
  • 撮影場所 広島県大和町農家にお邪魔する。ほっかむりした住人の方、犬が二匹に猫が三匹いた。ネコの一匹は私がちか近づいてもじっとしていたが二匹は縁の下に逃げ込んだ。縁の下が開放ていた家は犬猫が住み付いたりネズミの棲みかにもなる。縁の下に子供が入れるほど空いていた家もあった。縁の下から吹く風は夏場は涼しかった。かび臭い匂いもしたが涼しいのはありがたい。私の家も猫を飼っている。外には出さずに飼っている。喧 [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,373 洗濯物のある風景
  • 撮影場所 京都府旧美山町美山町の南の端の集落、集落というほど民家はない。点々と民家が残る峠を越えると京都市の広河原だ。美山町の北地区のような喧噪も賑わいもない。車も通らない静寂である。動物の天下の地域である。杉の木の幹にはビニールテープを巻き鹿の角砥ぎで樹皮が剥けるのを防いでいる。・各所に猿の捕獲用の檻がある。餌は玉ねぎ一個、あんな苦い物を食べるものだ。猿は軒に吊るしてある玉ねぎも屋根から手を伸ば [続きを読む]
  • 蒸気機関車 香月線の列車
  • 北九州の筑豊線から分れた枝線に香月線があった。炭鉱の石炭を運搬するために敷設された。しかし、閉山で昭和60年4月に廃線になる。線路は中間駅から香月までの3.5キロと短いものだ。蒸気機関車に乗って何で香月まで行かなかったのか悔やまれる。将来廃止されるのはある程度分かっていた。実行力がなかったのに呆れる。きっちり蒸気機関車を撮っている人は北九州の網の目の支線を撮っている。写真を記録として撮る者は対象物 [続きを読む]
  • 心を打つ仏たち
  • 撮影場所 1.モノクロは兵庫県加西市 北条の五百羅漢 2.青森県津軽地方 稲垣村の身代わり地蔵 素朴な庶民の作ったような石仏が哀愁があっていい。こんな石仏が残る背景には飢餓、疫病、水害や地震などの災害、戦や戦争の暗くて厳しい歴史があったのであろう。五百羅漢は庶民が彫って納めたようにも思える。石は加工しやすい柔らかめの凝灰岩などが使われる事がおおい。瀬戸内沿岸はかっては火山帯が通っていいた。花崗岩が多く [続きを読む]
  • 2016年 茅葺写真展 山間民家 その2
  • 撮影場所  新潟県上越市今の時代、山間地を走っていてバッタリ茅葺民に出会うと嬉しいものだ。ネットや航空写真の時代、実際車で走るより映像から探した方が早い。しかし、旅はその場に行かないと分からないしいろんな見るものや聞くこともある。若い頃は自分で運転してどこにでも行ったが高齢化すると運転も危険でツアー旅行になる。個人の茅葺民家の撮影はツアーには入っていない。元気な頃か歳を取っても元気な人しかできない [続きを読む]
  • 茅葺民家 モノクロ 島根県旧横田町
  • 広島県から中国山地を越えたら横田町である。観光と言えば木次線の坂根駅のスィッチバックと駅の湧き水、延命水であろうか蕎麦屋が最近は沢山できてどの店も美味しい。県外からも大勢蕎麦を食べに訪れる。現在はスマホなどで検索してやってくるのでこんなところをよく見つけるなと思う。私はお客や店の人に声を気楽に掛けるので家内が連れ合いでないという顔をする。話かければ自分の知らない事や地域の情報を得られる。それはまた [続きを読む]
  • ラジオは聞きますか
  • 身体が不自由なのでラジオを聞きながらパソコンを見ていた。新聞などに載らない個人の行動や嗜好もきけたのでよく聞いていた。しかしブログを書くのに集中できず最近は聞く機会が減った。今必ず聞くのはNHKの土曜日15時からの「ぼやき川柳」と日曜10時からの歌の日曜散歩であろうかラジオで感動したのは東日本大震災のあとの放送だった。柿沼アナウンサーの担当する番組だった。震災後一か月、番組の規制があった時に避難所の [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,372  茶畑のある風景
  • 撮影場所 兵庫県三田市三田市の山の中もの集落に茶畑があった。篠山市でも茶畑と茅葺民家をみた。茶畑も零細な農家の茶畑は消える運命にある。高齢化や過疎化と需要の落ち込み。静岡や鹿児島、奈良などの大規模な産地だけが生き残っている。茶の需要は生活様式の変化で激減しているのかと思ったら横ばいである。朝はコーヒーやミルク、ジュースを飲み昼や夜はお水を飲んでいる人がおおいのではないかと思った。ペットボトルの需要 [続きを読む]
  • 私の昭和鉄道遺産 その33 飯山駅のC56
  • 蒸気機関車の走っている頃に長野県飯山市に飯山線に乗り一度だけ行った事がある。駅にC56型蒸気機関車の貨物列車が停車していた。働きながらでは何度も撮影に行ける環境ではなかった。定年後は茅葺民家撮影や観光で飯山には何度も行った。鉄道の撮影の頃は昭和46年でさぞかし昔の農村風景が残っていたと思うがほとんど記憶にない。関心もなく目に入らなかったのだろう。過ぎ去った時代を考えるとボケーと生きていてはいけないと [続きを読む]
  • 懐かしい風景  旧玉島駅
  • 撮影場所 岡山県倉敷市玉島玉島駅は山陽新幹線開業で新倉敷駅となった。新幹線開業で特急列車、急行列車は廃止された。駅名も変わるので写真を撮りに行った。485系のボンネット特急はと 電気機関車EF60は今ものこるのかな鉄道の写真をやっている時は各駅の硬券の入場券や乗車券を買って集めていた。玉島駅も駅名が改称されるので行く都度10枚20枚と買った。100枚も買うと駅員にいやな顔をされる。整理してアルバムに貼っ [続きを読む]
  • 2016年 茅葺写真展 山間民家
  • 茅葺民家の撮影でいいなと思うのは一軒単独である。それと敷地が広く一反(300坪)はある。山間地だと鉄筋コンクリートやプレハブの新しい民家が映り込まない。電柱や電線のうるさい風景も入れずに撮れる。猥雑な風景もよくテーマにするが茅葺民家だけ邪魔されない風景が残っているうちはこんな風景を撮る。平成の時代になり茅葺探し難しくなったがこんな民家を探し歩くのは楽しみである。自分が生きた証でもある。一生懸命になり [続きを読む]
  • 茅葺民家 モノクロ 小屋のある風景
  • 撮影場所 広島県旧大和町道路や田圃の片隅にある茅葺の納屋農作業に必要な道具を収納する。竹や木材の添え木、ムシロや袋や梯子なども収納する。以前は耕耘機などもいれていたが窃盗団の被害にあい鍵のかかる倉庫に収納するようになった。田舎を走りながら味わいのある倉庫や茅葺の小屋があれば撮影する。土壁の小屋も風情がある。トタンの小屋ばかり撮っている人がいる写真集で見た事がある。立派な茅葺の母屋よりこんな小屋や納 [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,371 山形県白鷹町の民家
  • 山形市から国道348号線で小滝峠を下った白鷹町の集落の民家昔は白鷹町や飯豊町には沢山の茅葺民家があったと思う。少ないながら、それでも茅葺民家が撮れただけでも幸せである。残る茅葺民家も職人不足と空き家、高齢化で維持が難しい。平成になった現代では茅葺にある昔ながらの暮らしは消えていったように思う。白鷹町なども都会にでたまま郷里に帰ろうとしない。都会の暮らしは6畳一間のアパート暮らし。田舎なら広い部屋や広 [続きを読む]
  • 行列のできないラーメン屋&蛍見物
  • 今年もまた蛍のシーズンが来た。家内が仕事から帰り19時に家を出発する。まだ時間が早いのでラーメンを食べる。総社市の国道沿いのトンペイに立ち寄る。今日は車が四台止まっていた。大学生の自転車が二台、客がいてほっとする。今日は自分たちを入れると10人はいた大繁盛だ。店に人が少ないと頑張ってと思う。読売ジャイアンツもあれだけ負けるとアンチでも勝ってほしいと思う。余り弱い巨人ではペナントレースも盛り上がらな [続きを読む]
  • 蒸気機関車 姫路駅発車
  • 姫路駅発車の播但線の下り列車C57型蒸気機関車の牽引してしいる貨物列車ドレンを吹かせながら進行してくる。車輪が蒸気で見えない。早くドレンを切ってほしいと思ったに違いない。蒸気機関車は停車中はシリンダーには蒸気が入らないので冷えてしまう。発車してそこに蒸気を通すと冷えて熱水になる水がシリンダ゛―に入ると蒸気が膨張出来ないので力を発揮できない。シリンダーを痛める。発車と共にドレン(熱水)を排水する作業が必 [続きを読む]
  • 真夏の昼下がり
  • 真夏の暑い日に岡山県内の古い街並みを尋ねた。暑かろうが寒かろうが気にもせず出かける元気さがあった。夏場は暑いし光線の角度が高くコントラストが強いので民家の撮影には適さない。梅雨の曇り空が一番撮りやすい。夏場は光線が強いので曇り空でも明るさがある。岡山県には古い街並みがどこそこに残る。日本の江戸から明治にかけての木造家屋が好きだ。凄く落ち着いた風景である。板張りの壁に格子や日本瓦民家一軒一軒の断片を [続きを読む]
  • 親父ギャグ その31
  • 通っている介護施設で川柳の募集があった。今回のテーマは介護施設と初恋であった。介護施設をヨイショする気にもならず恋に関して投稿した。投稿は三句までだった。こんな課題を与えられると考える気にもなる。1.初恋のあの人、今は孫九人2.憧れの彼女も今年で八十五3.憧れの彼氏の前では乙女です。4.甘さより苦さの残る初デート5.言えないねこんな話は墓場まで6.言いたいねアタシもモテタ頃がある。7.ディケアー話が弾む恋話8. [続きを読む]
  • 2016年 茅葺写真展 水田 その2
  • 撮影場所 兵庫県篠山市子供の頃から水田は見てきたが田植えの経験も稲刈りの経験もないくま年寄りになった。世の中は米や野菜を作る人、魚を獲る人がいて口に入る。地方の人間でも経験のない人が多い。都会の人ならば米の育て方も芋の育て方も関心もなく知らないと思う。しかし、どこの店のパンやケーキは旨いとかグルメは旨いと得意げに話す.お爺さんお婆さん年代の人でもこんな事にこだわる人がいる。私は美味しい店を知ってい [続きを読む]
  • 茅葺民家 モノクロ 鳥取県智頭町の民家
  • 一昨年冬に大雪で大渋滞を起こした国道373号沿いの茅葺民家この家はまだ茅葺のまま残っている。この先は鳥取県と岡山県を結ぶ志戸坂峠がまっている。昔は厳しい峠越えであったが今はトンネルで楽になった。この峠の途中に駒帰の地名が残る。こまがえしとローマ字表記されている。駒返しや駒帰の地名は各地で目にする。阿蘇山外輪山を越えるのに駒返峠がある。きつい峠道は細く厳しい大型の馬では落下するため馬は返し人力などで [続きを読む]
  • 梅干し梅ジュース
  • 子供が同居していた頃は梅干しも梅ジュースを毎年作っていたが塩分や糖分の摂りすぎとなるので作っていない。梅干しも市販の減塩の南高梅を買うことにしている。梅酒は酒が飲めず作らない。梅干し造りでの失敗や気づいた事1.梅干し梅ジュースは塩や砂糖を掛けたら毎日こまめに汁が表面に付くように廻してやる。ほったらかしではカビが生える。2.梅干しは完熟梅が香が強く美味しい。完熟は痛むので流通しないので作っている人からい [続きを読む]
  • 日本茅葺紀行 NO,370 早苗田と茅葺民家
  • 撮影場所 島根県安来市田植えを終わった田と茅葺民家今は安来市に編入された広瀬町。日帰り一般道で行けるので元気な頃はよく通った。現在は暇が一杯あるのに歩けないので行動する気にもなれないのが辛いところだ。各地に行くと地域の歴史や産業、観光地や食事処、道の駅など調べると頭に残る。しかし、真剣に歴史など調べてないのが現状か広瀬町では尼子家の居城、富田城は石垣だけ残り登った事がある。それと他に足立美術館があ [続きを読む]