hitorima さん プロフィール

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hitorimaさん: どこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ハンドル名hitorima さん
ブログタイトルどこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/hitorima/
サイト紹介文主な移動手段は公共交通機関と徒歩。 一人旅にこだわる貧乏トラベラーです。 愛知県在住、50代、男性。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2012/04/25 11:16

hitorima さんのブログ記事

  • 雨に煙る城下町・飫肥を散策、そして久しぶりの矢岳越え
  • 2017年8月23日(水曜日)。船(フェリー)と鉄道を組み合わせて九州を徘徊している夏の青春18きっぷツアーは5日目に入りました。船中泊を含めて6泊7日の長丁場ですから、多少の雨は覚悟しなければなりません。案の定雨に降られたのは3日目(8月21日)のこと。当日は、落ち着いた城下町として人気のある飫肥(おび=宮崎県日南市)を歩くことにしていました。しっとりした空気のなかで城下町の風情を味わうことができました…という [続きを読む]
  • 波穏やかな太平洋で過ごした一夜…そして、九州上陸
  • 2017年夏の18きっぷツアーで、遠路はるばる九州に来ています。宮崎県日南市油津(あぶらつ)で8月21日(月曜日)の朝を迎えました。とはいえ、まだ18きっぷは一度も使っていません。愛知県の自宅からJRと近鉄名古屋線・大阪線・橿原線・南大阪線、さらに大阪市営谷町線・中央線・南港ポートタウン線を乗り継いで大阪南港にアクセスし、フェリー『さんふらわあ』に乗船(8月19日)。寝ている間に鹿児島県志布志市の志布志港まで運 [続きを読む]
  • 夏休みの宿題『ホリデー快速鎌倉』をコンプリート〜2017.08.06〜
  • JR東日本の南武線は東海道本線・川崎駅と中央本線・立川駅を結び、首都圏環状路線の一翼を担っています。川崎を出ると多摩川の右岸を北西に進み、府中本町駅の手前で多摩川を渡って立川に至ります。れっきとした旅客路線ですが、砂利運送鉄道にルーツを持つだけあって、現在も貨物列車が走っています。ところで、南武線とは別に、府中本町と新鶴見信号場を結ぶ貨物専用線が存在することは鉄道マニアにとっては常識でしょう。武蔵 [続きを読む]
  • 復元が進む北関東の古城・宇都宮城は典型的な平城だった〜2017.08.05(2)〜
  • 宇都宮市はいうまでもなく栃木県の県庁所在地です。ところが、廃藩置県とその後の再編整理を経て現在の栃木県が成立した1876年(明治9年)の時点では、栃木町(現栃木市)に県庁が置かれていました。県名は栃木県のまま県庁だけが宇都宮に移ったのは、1884年(明治17年)のことです。県庁所在地になれば、官公庁の出先機関のみならず、民間企業の支店や出張所も多く進出します。こうして宇都宮氏による統治時代から続くこの地域の [続きを読む]
  • 湘南発祥の地・大磯をあとに、都心を迂回して宇都宮に到達〜2017.08.04(2)〜
  • 都合4回も総理大臣を務めた伊藤博文を筆頭に、大磯には8人もの首相経験者が別荘・別邸を構えていたんだそうです。日本の方向性を決めるような密談が行われたのかも知れません。今も立派なお屋敷が目につき、住民の生活水準は高そうです。平成の大合併に飲み込まれなかったのも、財政的にゆとりがあったからでしょう。大磯の散策を終えたら、『ホリデー快速鎌倉』の予習を兼ねながら、大回りで宇都宮を目指します。相模湾に面した大 [続きを読む]
  • 丸子城の麓で静かにたたずむ泉ヶ谷は意外な観光地〜2017.07.02(5)〜
  • この旅の最大の目的だった丸子城見学を終えました。・遺構の残存状態が秀逸・決して楽ではないけれど、適度に手応え(足応え?)のある遊歩道・比較的良好な交通アクセスといった特長があり、山城ファンの人気を集めていることも大いに納得できます。出入口が二つあって縦走できるのも、目先が変わって嬉しいところ。車の場合、駐めた場所まで戻らなければなりませんが、公共交通機関なら気楽です。丸子城の北側に広がる谷あいの集 [続きを読む]
  • 400年間風雨に耐え続けた丸子城で農民兵に思いをはせる〜2017.07.02(4)〜
  • 丸子城が最初に築かれたのは、戦国時代直前の1400年ごろと推定されています。当時駿河を支配していた今川氏の城郭網に組み込まれ、駿府の西の守りとして機能していました。南北に細長い尾根を削って城域が広がっていますが、当初は北側から築城が始まりました。次いで南側部分に拡大し最終的に南端部が本丸になったという経過を考えると、今登ってきた道は搦手に相当するのかも知れません。北条早雲が関東へ進出するきっかけとなっ [続きを読む]
  • 大汗をかきながら丸子城に突進!山城の醍醐味を味わう〜2017.07.02(3)〜
  • しばらく前から、中世の山城が静かなブームを呼んでいるようです。世間一般にお城として認識されている“石垣+天守閣”の近世城郭に飽き足らなくなった歴史マニアの知的好奇心をくすぐるらしく、本屋の書棚には関連の書籍やムックが並んでいます。一説には全国に数万か所近くの山城があったともいわれますが、長らくうち捨てられて自然に返りかけている城跡も少なくないようです。そこがまた人々の冒険心を刺激するのかも知れませ [続きを読む]
  • 少しずつ復元が進む駅チカの巨城・駿府城〜2017.07.02(2)〜
  • 現在ある程度の人口を集め地域の中核都市になっている町の多くは、江戸時代には城下町でした。子どものころから頻繁に訪れていた浜松市や豊橋市がそうですし、県庁所在地である静岡市や名古屋市もしかりです。浜松にせよ豊橋にせよ、駅を降りるとすぐに繁華街が広がっています。江戸時代以来の城下町に近接して駅が設置されたためで、その点は静岡も同じようなものです。長いことこれが当たり前だと思っていたので、広島や金沢など [続きを読む]
  • 徳川の面影が色濃く残る町・静岡〜2017.07.02(1)〜
  • 私用のついでの静岡旅行2日目、2017年7月2日(日曜日)は静岡市内にある知人宅で朝を迎えました。地面はしっとり濡れています。夜中にひと雨あったようで、雲も多め。梅雨の真っ最中ですから雨が降るのは仕方ありませんが、なんとか外にいる間だけでも上がっていてほしいところです。日中は晴れ間が出るという予報でしたが、静岡駅まで車で送ってくれた知人が“念のため”と言ってビニール傘を持たせてくれました。傘立てがビニー [続きを読む]
  • 韮山で古寺巡礼、パワフルでヒューマンな国宝運慶仏も拝観〜2017.07.01(5)〜
  • 北条氏の支援を受けた頼朝の旗揚げ、韮山城を拠点に関東一円に進出した後北条氏、風雲急を告げる幕末の激動期に築かれた反射炉等々、自転車なら半日で回れるほどの範囲に歴史的スポットが凝縮している韮山。歴史が大きく動くとき、その舞台となるよう運命づけられているようにさえ思われます。今年の春に訪れた福井県敦賀市でも同じような感慨を抱きましたが、そうした“日本史の特異点”みたいな場所の一つなのかも知れません。韮 [続きを読む]
  • 日蓮上人から維新の志士まで…江川邸は歴史の缶詰だった〜2017.07.01(3)〜
  • 史跡の宝庫ともいうべき韮山で忘れちゃいけないのが、源頼朝との深く濃い関係です。韮山は流刑の地であるとともに、平氏打倒のため立ち上がった記念すべき土地でもあります。地元の有力者だった北条時政の娘・政子と結婚して北条氏の後ろ盾を得た頼朝が雌伏二十年を経て武装蜂起したのは1180年(治承4年)のこと。最初のターゲットになったのが、この地方における平氏政権の地方官僚だった山木兼隆(やまきかねたか)という武将で [続きを読む]
  • 梅雨の晴れ間、所用のついでに伊豆・韮山へ遠征〜2017.07.01(1)〜
  • 梅雨の前半にちっとも雨が降らず水不足が懸念された2017年の東海地方ですが、6月下旬から順調に(?)ぐずつき始めました。もっとも、南西諸島の梅雨が明けるころから本格的な雨のシーズンに入るのは毎度のことです。日照時間が減り、たまに晴れれば蒸し風呂のような湿気。雨量がまとまる日もありました。私用で静岡市の知人宅へ出かけることになったのは、ちょうどそんな時期のこと。当初は日帰りの予定だったのですが、7月1日( [続きを読む]
  • ホテル選びも旅のうち
  • 今年(2017年)も夏の青春18きっぷシーズンが近づいてきました。例年どおり貧乏旅行を計画しており、日程を練っているところです。若いころは行き先も決めずにフラフラ出かけることもありましたが、歳を重ねるごとに考え方が保守的かつ安全重視に傾くのは世の常。事前に目的地や行程を決めてから出かけるのが当たり前になりました。移動手段とともに重要なファクターになるのが宿泊施設です。インターネット接続と禁煙ルームを最重 [続きを読む]
  • 満を持して『ブラタモリ』に名古屋が登場
  • めっきりテレビを見なくなってずいぶんたちます。最近は、ご飯を食べながら朝晩のニュースを軽くチェックする程度です。以前のように、BGM代わりになんとなくテレビをつけているということもなくなりました。情報収集ならネットで十分、見たい番組がないことに加え、電気代がもったいないからです。現在使用中のテレビ(2007年製造)が壊れたら、新しく買い換えずNHKの受信契約を解除しようかと思案しているところです。そんななか [続きを読む]
  • 今も昔もこれからも…自然と対峙し続ける浜名湖を思う〜2017.06.17(3)〜
  • 東海地方の梅雨入りから10日たったこの日も抜けるような青空が広がり、雨の気配は皆無。夏至間近の太陽からは容赦なく紫外線・可視光線・赤外線が降り注いできますが、空気が乾いている分不快感はありません。脇本陣を出て、旧東海道を東に進みます。高校生のころに何度か訪れたことがある舞阪ですが、すっかりご無沙汰していました。近年は車や電車で通過するばかり。街中を歩くのは三十数年ぶりです。古い街道は微妙にカーブした [続きを読む]
  • これぞ浜名湖!佳景を愛でながら、橋を渡って舞阪宿へ〜2017.06.17(2)〜
  • この日のコースはほとんどが浜松市西区舞阪町に含まれていますが、ごくわずかながら湖西市(こさいし)にもかかっています。弁天島の西側に、新弁天(しんべんてん)と呼ばれる別の島があります。今は乙女園と地続きになって一体化しているのですが、江戸時代以来、所属について浜名湖をはさんで綱引きが繰り広げられてきました。最終的に、もともとの新弁天部分は西岸にある新居町(あらいちょう=現湖西市)に属することで決着し [続きを読む]