hitorima さん プロフィール

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hitorimaさん: どこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ハンドル名hitorima さん
ブログタイトルどこかへ行きたい〜旅に関するあれこれ。ちょい鉄〜
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/hitorima/
サイト紹介文一人旅にこだわる貧乏トラベラーです。 愛知県在住、around fifty。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2012/04/25 11:16

hitorima さんのブログ記事

  • 台地を下り、いにしえの塩田地帯を南下、呑み助のオアシスへ〜2017.05.06(3)〜
  • 笠覆寺の正門は本堂の正面にあって南を向いている山門だと思うのですが、鉄道駅からの参道に続く西門が事実上のメインエントランスになっています。この日も西門から出るコース設定でした。西門の直前を横切る道路が江戸時代の東海道です。江戸方面から来ると、笠寺台地に上がって笠覆寺の前を通過し、いったん谷に降ります。再び少し登ったあたりが東海道屈指の宿場町であるとともに熱田神宮の門前町でもあった宮(みや)の宿場で [続きを読む]
  • 岡崎市の花・藤が盛りを迎えた春風駘蕩の岡崎城〜2017.05.03(5)〜
  • 岡崎市の人口は約38万人。愛知県内では、名古屋から大きく離された二番手グループの一角です。平成の大合併で額田郡額田町を編入しましたが、周辺町村をごっそり飲み込んだ豊田市に少し水をあけられました。しかし、西三河の中心都市と聞かれれば、今でも岡崎の名前を挙げる愛知県民が多いのではないでしょうか。歴史が古いだけでなく、自動車関連をはじめとする製造業も集積しており、(豊田市ほどではないものの)財政状況も悪く [続きを読む]
  • 家康の願いに家光の思いが重なる伊賀八幡宮〜2017.05.03(4)〜
  • コースタイトルのとおり、伊賀八幡宮は徳川将軍家と極めつけにゆかりの深い神社です。家康その人も、大きないくさの前にはここで戦勝を祈願したと伝わっています。江戸時代には600石あまりの社領を与えられ、手厚く保護されました。現在の社殿は家康や孫の家光が造営したもので、その後も幕命による修理・修復が行われてきました。戦災を免れたこともあって、重要文化財クラスの建築が多く残っています。石の鳥居、神橋(石橋)、 [続きを読む]
  • ほんの一時期、家康を牽制する町になった岡崎〜2017.05.03(2)〜
  • この日のコース距離は約7.5kmと短めです。矢作川左岸の平野部を歩くため、アップダウンもほとんどありません。歩き通すだけなら2時間もかからないでしょう。当然のごとく、初心者向けに分類されていました。しかし、そこは家康のふるさと・岡崎です。歴史を感じさせる見どころには事欠きません。じっくり見学しながら歩を進めます。伝馬通りの2本北側を東西に走る道路沿いには石材加工業者が集積し、石屋町(いしやまち)通りと呼 [続きを読む]
  • 半年ぶりの岡崎散策、メインテーマはやっぱり松平家〜2017.05.03(1)〜
  • 最長で9連休!とうたわれた今年(2017年)のゴールデンウィーク。これだけ長ければ、一度や二度は天気が崩れても不思議ではありません。愛知県でも多少雨の降る日がありましたが、トータルでみればまずまずの空もように恵まれました。序盤は所用があって身動きがとれませんでしたが、後半はほぼフリー。憲法記念日の5月3日(水曜日)に名鉄のハイキングで岡崎市を歩いてきました。名古屋本線・東岡崎駅を発着する松平家ゆかりの地 [続きを読む]
  • 鄙には稀な禅寺で味わう居心地のよい荘厳さ〜2017.04.22(4)〜
  • 臨済宗は室町幕府の公認宗派みたいなものでしたから、妙興寺が幕府と深い関係を築いていたのも当然といえば当然でしょう。ただ、それが裏目に出ることもありました。応仁の乱以後、将軍家の権威・権力とともに妙興寺の威勢も急速に衰えてしまいます。かなり荒廃した時期もあったようですが、豊臣政権が確立したころから復活し、江戸時代は尾張藩から丹羽郡島宮村(現江南市)で200石の寺領を安堵されました。明治時代の神仏分離や [続きを読む]
  • 旧妙興寺村にある古刹・妙興寺最寄りの名鉄妙興寺駅〜2017.04.22(3)〜
  • 愛知県で一番人口の多い市はいうまでもなく名古屋市ですが、そのあとに人口40万人前後の4市が続いています。一宮市もその一つで、岡崎市と熾烈な3位争いを繰り広げているところです。平成の大合併で尾西市(びさいし)と葉栗郡木曽川町(はぐりぐんきそがわちょう)を編入しました。昭和の大合併でも周辺の町村を編入したのですが、大和町(やまとちょう=旧中島郡大和町)、丹陽町(たんようちょう=旧丹羽郡丹陽村)など、当時の [続きを読む]
  • 春の花は桜のみにあらず。国府宮から尾張の牡丹寺へ〜2017.04.22(1)〜
  • 間もなく立夏を迎えます。振り返ってみると、今年(2017年)の春は総じて気温が低めに推移したようです。3月から4月上旬にかけて肌寒い日が続き、ソメイヨシノの開花も遅れました。ゴールデンウィークに入っても、寒気が入って大気の状態が安定しません。4月22日(土曜日)も、一応晴れてはいるけれど、強めの北風に乗って雲が飛んでくるという微妙な天気になりました。しかし、ウォーキングにはまったく差し支えありません。前週 [続きを読む]
  • ロードサイドを通過し、春祭りでにぎわう半田市街地に突入〜2017.04.16(3)〜
  • 半田市は知多半島の東側にあり、名鉄とJRで名古屋に直結しています。西隣の常滑市に中部国際空港(セントレア)が開港して以来やや押され気味の傾向にあるものの、知多半島の中心としての地位は譲っていません。名古屋のベッドタウンであると同時に、製造業も盛んなのは愛知県らしいところです。江戸時代以来の伝統を誇る醸造業は今なお健在ですが、衣浦湾沿いの臨海地区には重厚長大系の工場が多く進出しています。現代の顔と歴 [続きを読む]
  • 春霞の一日、川みたいな海を渡って三河国から尾張国へ〜2017.04.16(1)〜
  • 今年(2017年)も桜の季節が足早に通り過ぎていきました。名古屋市では、ソメイヨシノの開花が3月26日、満開になったのは4月6日です。いずれも例年より多少遅めでしたが、咲いたかと思ったらあっという間に散ってしまうのは例によって例のごとし。満開から数日もすれば、桜の木の下にはピンクのじゅうたんが敷き詰められ、素早い変わり身で葉桜へと姿を変えていきます。そんな散り盛りの一日、久しぶりに名鉄ハイキングに参加して [続きを読む]
  • 夜ノ森駅の不思議な思い出
  • 主に山陽・山陰を巡った今春の18きっぷツアーでは、対照的な2路線に乗車しました。廃線区間の一部が十数年ぶりに“復活”した可部線と、あと1年足らずで廃止になることが決まっている三江線です。祝賀ムードの余韻も感じられた可部線は、早くも通勤通学の足として定着している様子でした。これに対し、乗客の大半を18キッパー(と思われる人たち)が占め、もはやマニアの慰みものに化した感のある三江線。かくいう自分もその片棒を [続きを読む]
  • 春の18きっぷツアーを振り返って
  • 今年(2017年)の3月は全国的に気温が低めに推移したようです。桜の開花も遅れ気味でしたが、一気呵成に咲いて散るのが桜の…というよりソメイヨシノの真骨頂。愛知県でも4月上旬に満開を迎えたと思ったら、早くも葉桜の風情です。花にばかり目が行きますが、実はもう葉っぱの準備ができています。2017年4月15日撮影。                                  まだ寒さの残る3月中旬、4泊5日の日程で [続きを読む]
  • 南北朝、戦国そして幕末、世が乱れれば敦賀が鳴動〜2017.03.17(4)〜
  • 今回の旅では、温泉津(島根県大田市)、竹原、三原(いずれも広島県)と、海と山にはさまれた町ばかりを歩いてきました。といっても、特に狙ったわけではありません。そもそも日本国ではこういう地形がスタンダードなのでしょう。敦賀もまさにそのパターン。平地の面積は歩き旅にはちょうどよい広さで、丸1日あれば主だった観光地は徒歩で回り切れそうです。最後に訪れたのは、平地の西端近くに広がる気比の松原。古来氣比神宮の [続きを読む]
  • 港町・敦賀にほんのり漂う城下町の残り香〜2017.03.17(3)〜
  • 敦賀は若狭湾の内湾である敦賀湾のそのまた一番奥にあります。3日前に訪れた温泉津(島根県大田市)と同じく港に向いた地形で、古くから天然の良港として知られていました。近代に入ってもその位置づけに変わりはありません。敦賀港が開港されたのは1899年(明治32年)で、長崎や函館などの“第一期生”には遅れをとったものの、かなり早い時期に海外(特にロシア)との結びつきができました。定期船が就航していたウラジオストク [続きを読む]
  • 死闘の地・金ヶ崎も今は静かな鎮魂の丘〜2017.03.17(2)〜
  • 敦賀で是非見ておきたかったのが金ヶ崎(かねがさき)城跡と金崎宮(かねがさきぐう)です(パンフレットによれば、城のほうだけ“ヶ”が入るようですが、読みは同じ)。ここで大規模な戦闘が勃発したのは、この国のあり方が大きく変わった南北朝時代と戦国時代。いずれも日本史上に残る大乱世です。政治の中心・畿内への北の入り口だった敦賀。事あるごとに戦乱に巻き込まれるのは必然だったのかも知れません。その意味では関ヶ原 [続きを読む]
  • 気になる町・敦賀、残雪の氣比神宮から散策開始〜2017.03.17(1)〜
  • 今回(2017年3月)の18きっぷツアーは、中国地方の2路線(三江線・可部線)をメインターゲットに、道すがらでいくつかの町を散策するというのが基本的な計画でした。3泊4日の日程で考えていたのですが、間際になって福井県敦賀市に野暮用が持ち上がったのです。3月中ならいつでもよく、当初は余った18きっぷで日帰りしようかと考えました。でも、せっかく西のほうまで足を伸ばすついでがあるのに、いったん帰宅して出直すのも芸が [続きを読む]
  • 駅に近すぎる城跡に驚嘆!そして、400km大移動〜2017.03.16(2)〜
  • 三原城は、福島氏改易後に安芸国に入った浅野氏のもとでも存続を許されました。広島の本城に対する支城という位置づけで、筆頭家老の家柄である三原浅野氏が管理を任されます。つまり、一国一城令の例外です。明治時代になってもその堅固な構造が軍部に評価され、鎮守府(海軍の拠点基地)の候補地にもなりました。ただし、土壌堆積が問題視されたため、最終的にその座を呉に譲ります。そこから三原城がたどることになる数奇な運命 [続きを読む]
  • 隠れ城下町・三原で歴史の面影を探索〜2017.03.16(1)〜
  • 4泊5日の予定でスタートした2017年春の18きっぷツアーは日程の半分を消化しました。山陰地方や中国山地の山あいに滞在していた前半は、何度か雨に見舞われました。ただ、本降りだったのは列車で移動している間だけで、足元が湿るような事態に至らなかったのは不幸中の幸いです。しかし、山陽地方にでてきたとたん、空もようの心配は軽く吹き飛びました。天気の移り変わるタイミングがたまたまそうなったということもありましょうが [続きを読む]