犬山にゃん太郎 さん プロフィール

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犬山にゃん太郎さん: 冬来たりなば春遠からじ 2.0 Daily
ハンドル名犬山にゃん太郎 さん
ブログタイトル冬来たりなば春遠からじ 2.0 Daily
ブログURLhttp://nyanta2030.blog.fc2.com/
サイト紹介文気になる日常風景の”僕のツボ”をスナップ。
自由文街歩き、時に海、山、僕の「これって、いいねえ。」を撮ってます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供370回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2012/04/25 17:00

犬山にゃん太郎 さんのブログ記事

  • ◆ 春の徒然歩き
  • 大学受験に現役ですべて落ちて、僕は当時予備校通いになった。その時通ったのがN予備校で僕の通ったのは、この新津記念館の前当たりあった、故に毎日前通って通っていたのだけど「立派な家だなあ。」とは思ってたけれどそれが記念館だったと知ったのはかなり後になって、そしてカメラを始めてあれこれ撮るようになって、「これは撮らねば。」出掛けた、中に入ると建物内は綺麗になステンドグラスがあったが館内は撮影禁止とかで撮 [続きを読む]
  • ◆ 陽だまりの屋上
  • リアルではつくしの季節は終わったけれど、桜を撮りながら「ここか、ここか?」と場所アングルを探していると、足元のつくしを踏んでいた。それに気づくと僕はココロでつくしに「ゴメン、ゴメンな。」と謝っているだが、あのつくしがにょきにょき生えるさまを見て蹴散らし喜び歩いていた少年時代もあったんだと想い出し、「オレはいつからこんな優しい男のなったんだ。」と優さな男では「いかん!」と男らしく目の前のにょきにょく [続きを読む]
  • ◆ 陽だまりの廊下を渡る
  • 以前はトキメッセから佐渡汽船までの連絡路がつながっていたが、デザイン重視のためだったのかある時、ぽきりと折れ崩れた。そして何年もトキメッセからの直結の連絡路なかったのだが、佐渡へ行かないしトキメッセも久しぶりって事で、「えー、出来てたの?」と驚きだった。「これは行ってみなければ。」という思いと、当然事故のニュースを知っているのでトキメッセから連絡路を渡る前に「待てよ。」と足場とか見て確認するのだっ [続きを読む]
  • ◆ 信濃川の流れる街
  • また、靴下にデカい穴が開いていた。日課のウォーキングに張り切りすぎか、靴下に穴が開くのが早い、でもそれは誰でも同じなのだろうけど、問題はその後である貧乏性の僕はまだ履ける、「もう一回だな。」な3、4回続く、そうやってるうちに、だんだん大きい穴になる。数年前友人の仏壇参り行った時、家に上がると足の裏にひんやり感、ここ家の廊下は濡れているなあとは思ったけど、それが後になり僕の靴下の開いた穴から出たカカ [続きを読む]
  • ◆ 銭湯のある街
  • 銭湯は全国的に消えている、僕が学生時代住んでいた町をGoogle street viewで検索して見てみいてもやっぱり銭湯消えた、そして僕の思い出も消えたような気がした。ともかく、そんな世の中でもここ沼垂で銭湯が、まだ2軒残っている。他所での消えた銭湯の割合からしたら、凄いことなのではと、そして残っているのは沼垂でも寺町の部分である。ついこの前なのだけれど、服装を見て自分はどんな格好していたんだろう [続きを読む]
  • ◆ 廃線の線路ある町
  • 僕は踏切のど真ん中で 「よっこい しょういち!」とつぶやきながら尻をついてローアングルで撮った。僕の体型はスリムとはいえないけれど太ってはいない、とはいえローアングルでカメラを構えるのってけっけうキツイだよなあと思いつつ、急にニュースで時々聞く踏切事故の事を想い出した、廃線だからここは心配ないと分かっていても、やっぱり前後を見て 「大丈夫。」と確認する僕だった。 [続きを読む]
  • ◆ 寺町の沼垂テラスを歩く
  • 中央区沼垂(ぬったり)テラス商店街、何度も載せているけれども、元々は沼垂寺町にあった市場通り、初めはテントでも張っていたのだろうがいつしかトタン屋根のシャッター付で車庫兼店舗になっていた、それがどこも店じまいしたままだったが、それを建物の骨格を活かし商店街になった。レトロ調というかこれはこれで良いじゃないと思っていたのだが。ただ、トイレだけはお世辞にもキレイだといいがたく僕も使っていたが、それだっ [続きを読む]
  • ◆ 今代司(いまよつかさ)酒造のある沼垂
  • 道路拡張で何だかしまりのないような光景になったけど、建物の前は、さっぱりしてしまったけど昔は日本酒試飲できる売店と駐車場になっていた。今そのせいで建物内で売店があるらしいのだが、近所でも車移動の僕は「アルコールの飲むのはマズいでしょ。」ってことで、ここに限らず飲んだことがない、昨年の夏に長野市へバスで行って観光、「飲めぜ (* ̄O)◇ゞ ゴクゴク 」だったが、どういう訳か歯痛がひどく薬飲んでいたので飲ん [続きを読む]
  • ◆ 蒲原神社の梅が咲く
  • 桜でなく、蒲原神社の「梅」である。ちょっとした梅の名所ではあるだけど、陽気につられてか写真、スマホでとみんな撮っていた。新潟市中探検隊なのかガイドさん率いるグループを引率していた。そんなグループを2、3組見たのは春ってことなのかと、青い空を見ながら「春っていいなあ。」と思うのだった。リアルでは待ちに待った咲いた桜は、もうこの度の春の嵐ともに散ってしまったけど、ともかく時系列でストックがあるので順番 [続きを読む]
  • ◆ 氷山の一角
  • 砂に埋もれたテトラポット、氷山の一角とこんなことをいうのいだろうか。氷山の一角はさておき、釣り人にとってテトラポットはそれなりの大きさが乗りやすい、小さいと飛び石状態で移動しやすし、足場も確保しやすいが立てる場所は狭い、逆に大きければ釣りをする立ち位置は確保しやすい。過ぎてしまった過去だけど、そんな5、6mもあるテトラポットに乗ってイナダ釣りをしたことがある。大きいので立っていられる所も広いので、 [続きを読む]
  • ◆ 埋もれた誘導標
  • 風呂にでもつかっているように顔だけ出したて砂に埋まっていた。道路標識の誘導標が砂に埋まっていた。ここまで埋まるものかと、もっとも砂に埋もれ道路がなくなった今は、「砂風呂とどっぷりつかって」と見えないこともないが、そんな脇に轍がある、釣り人はこんな砂浜でも四駆を走らせて釣りにやってくる。僕は四駆は乗ったことがない、そして数度砂浜の砂にタイヤが埋まって痛い思いをしているので、四駆でもほんと大丈夫なんだ [続きを読む]
  • ◆ 島見浜漁港で
  • 海から上がったテトラポット。カメラにハマる前、釣り場としてここ島見浜は僕のホームグラウンドだった、なのでこのテトラはかつては僕がそれに上がり釣りをしていたかものなあと思った。釣竿からカメラに変わり島見浜に通わなくなる頃から防波堤を伸ばし、高くコンクリートを積んだ、そして漁港として整地される際にテトラポットも海から引き上げられたここに置いただろう、目の前のテトラポットにもしかして自分が乗って釣りした [続きを読む]
  • ◆ 出雲崎 1万7千歩の日
  • 歩いた、歩いた、この日石段を上ったり下ったりで1万7千歩、最後にはフラフラ、タクシーでもいたら「自分の車まで。」とお願いしたいくらい、それが出来ないので自分の車で戻るのに「なんて遠くにおいただろう。」と後悔した。出雲崎は海辺の町、観光、海水浴場として海遊広場、道の駅、海沿いの空き地(アスファルトで整地されている)と車を停めておける場所があちこちにある。それも時間無制限で無料である、実にありがたいこ [続きを読む]
  • ◆ 出雲崎町 神明宮
  • 出雲?に来るとほぼ撮りくる神明宮の狛犬。ここ神明宮を訪れた初めて見た時、如何にも神社を守る近衛兵的な背筋がピーンと伸びた姿に僕は一発で惚れた。しかし、ここ出雲崎は同じような海から高台の地形に神社は元よりお寺もたくさんあって、「またあそこへ行ってみたい、会いたい。」と訪れた時はどこだったか思い出せず、地元の人に聞いたらわかるだろうと思って観光案内のジイサンに聞いても「?」だったくらい、2度目に会うの [続きを読む]
  • ◆ 出雲崎町神社仏閣歩き
  • 出雲崎に神社に寄ったり、お寺に寄ったり、正直どれが何というの神社で、お寺なのか、神社の名前は何となく覚えたが、でもあそこだよと説明できるのは昨日に「石井神社」くらい、なのでたくさんある寺院の名前はさっぱりだけど、階段を上り本堂を眺め、ついでにお墓もと見ると僕の好きな如意輪観音があった。こんな石段のあるお寺、神社がほとんどでそれもたくさんある。たまに低かったりすると「儲けた」気分になるがその分風景は [続きを読む]
  • ◆ 出雲崎町石井神社にて
  • 海辺の高台にある石井神社、石段で100何段だかを登る。昨日記事に書いた高台へのお墓まで階段同様に、一気登ろうとすると足が痛くなり、そして立ち止まり後を振り返り日本海を見ると、その光景に僕は「うお。」とうなる。そして今までの登ってきた高さに僕はちょっと怖さを感じるのであった。ともかくそんな高台にあるので冬場の風雪をかぶりお社も傷むので冬囲いされ、その囲いにあるガラス窓から僕は外をのぞくたびに出雲崎に [続きを読む]
  • ◆ 出雲崎の高台から見下ろす
  • 眺めはいいのだけど、ここは墓地、撮っている後ろにはお墓があり、この先を歩いて進んで行くと、またお墓がある。出雲崎に着くと「あそこから撮ってみたい。」と山の上の墓地をめざした「あそこからなら街並見渡せるな。」だった。階段を何段登ったかわかない、途中で腿が痛くなり、小休止で立ち止まり「冬場の運動不足解消にいいじゃねえ。」と出雲崎の街を見下ろした。海辺の集落ってどこも同じで神社仏閣は、海、民家、高い山の [続きを読む]
  • ◆ 海辺の裏山に登る
  • 海沿いに集落桑川集落から裏山へ登った。5、6年前にはこんな電気柵なんてなかった、ただただ山の畑風景だった、正面に見えるのは旧小学校で今頃開催される「笹川流れマラソン」の選手の控え所兼、ゴールとなる。これだけ電気柵が張られているという事は猿の出没が増えたのか、やっと電気柵を導入したのか、しかしいつも見るたびに僕は電流の加減はどんなのだろうと触ってみたい衝動にいつも駆られるが、小心な僕は未だにさわった [続きを読む]
  • ◆ 海辺の神社のある風景
  • ここ浜新保の白山神社のある風景が好きだ、集落の道を歩くと並行するように山側にJR羽越本線が走っている。そのガード下を通っていくと白山神社はあるのだが、ガード下は狭く天井も低い、そのガードそこを歩くだけで狭さゆえに誰も通らないのでと思え地元の人しか知らないのような気分な場所になり、またガード下の入口脇には小さい地蔵堂があり、それがまた地元感を増す。この時その地蔵堂は冬場の雪囲いなのだろかお堂の表に菰 [続きを読む]
  • ◆ 島と海のある風景
  • この前までなら、陽の傾く様を見てはもう限界かなと恨めしく感じつつ帰り支度だったけど、今は太陽の位置と空の青さを見ては「まだまだ行けるよ。」と時間と気持ちの余裕はあったけど、そのあちこち動き回って分、それと反比例して腰の痛さがあった。村上市桑川の裏山へは頭では「まだまだ、行ってみよう。」なのだが山道を登るのに足を前に出しながら「へいこらしょ。」だった。でも登ってみると長い冬に見られないかっただろう、 [続きを読む]
  • ◆ 村上市吉浦集落 寺院の見える風景
  • 寺の脇道を降りて集落へと戻るのに線路を渡りのに畑に出た、春のためか畑は休眠中状態。これがかえって植物の生育の良い季節なら草ぼうぼうだったりして入って行けないし、入っていけも畑ドロボーと疑われてもしょうがない。なので今の時期の方が歩きやすい、でも何でこんな所をカメラを持っているんだ?と怪しまれるのは同じかもだが。そんなこともあり、春を前に畑の準備作業中だったバーサンに「こんにちは」とあいさつし、そし [続きを読む]
  • ◆ 村上市吉浦集落を歩く
  • 吉浦集落は南北に長い、そこに並行するようにJR羽越本線が集落脇を通っている。集落は関係も興味もなければ海辺の国道を車で走ればあっという間に通り過ぎるのだが、ゆっくり歩くと南北に長い集落ゆえに探検的路地あり、山あり、お寺あり、踏切あり、飽きれば国道を横切れば日本海へとすぐに移動できる。お気に入りの場所から、 ” 僕の周り ”のような 身近な町内的な”あそこ”に格上げした。初めて訪ねた時から良いなあとお気に [続きを読む]
  • ◆ 海辺のガソリンスタンド
  • 海辺の出光のガソリンスタンドを撮ってから歩いていると、自転車に乗った少年が通り「こんにちは」と云いつつ「なに撮ってるんですか?」と問われた。こんな”ガソリンスタンド撮っているんだよ。”と云っても分かってもらえるかどうかくらい年の少年だった。僕は説明しても、カメラをモニターを見せても分かるだろうか、かえって怪しいオヤジなってもなあと「なんもないねえ。」と答え、お互い笑った。以前に海辺で写真撮っていた [続きを読む]
  • ◆ いつもの岩ケ崎
  • ここを撮るのは冬場限定と僕は思っている、正面の木の葉っぱが落ちて視界が広がる、そして曇りの日が多い冬でも、こんな青い光景を求めて晴れたら「岩ケ崎にでも行ってみようか。」となる。そんな岩ケ崎だが前にも書いたけど、そんなお気に入り場所が、映画に使われそれを見た時の驚きようは、最初はどこかで見たような景色だなあと思いながら「あれ、あそこ似てるなあ。」になり、「あら、あそこ?!」とわかった時、座っているの [続きを読む]
  • ◆ 村上散歩
  • 村上市の3月のイベント「お人形様祭り」へ行った。もう今年で10数回は行っているので、ひと通り、それも何度も見ていているので僕は「お人形様」には申し訳ないけれど、普段のウォーキングのつもりで街歩きというのが近い、時折ここでも寄って見ようかと村上の町屋に寄せてもらってお人形さま拝見ってところだろうか。そんな街歩きでいつも眺めている建物がある、この日も建物を下から見上げていると、通りかかったバーサンが観 [続きを読む]