國乃礎 さん プロフィール

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國乃礎さん: いしずえ
ハンドル名國乃礎 さん
ブログタイトルいしずえ
ブログURLhttp://kuninoishizue.blog.fc2.com/
サイト紹介文天地万物一体仁の心◎かんながらは世界の心◎人類の母◎地球の故郷
自由文國家は◎国本が守られて◎国体が固められ◎国業が栄えて◎国運が開けて行く

「陽明学勉強会」 参加希望の方は kuninoishizuehonbu@yahoo.co.jp まで御連絡ください
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供347回 / 365日(平均6.7回/週) - 参加 2012/04/26 09:36

國乃礎 さんのブログ記事

  • 第二巻受難の巻
  •  男が真剣に怒っている姿は美しいものだ。 愛が人間性の真実として賞讃されるならば、怒りも又、人間性の真実としてゆるされねばならない。戸松の怒りにふれる度に、彼の心の深淵をのぞきみる思いをしたことが度々であったが、今夜の牧谷氏の怒りの中にも、日頃はかくされている彼の心の深部を発見したような気がしたのであった。 まさか、牧谷が日本刀で夫人を斬り殺してしまう気であるとは思えない。彼は妻の中にある何物かを [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  わたくしは枕元の壁のスイッチをおした。ぱっと明るくなった部屋の中を、牧谷が日本刀をもって走っていた。戸松の軍刀であった。彼はまだ背広を着たままであった。刀の柄をぎっしりとつかみ、切先を下げたまま夫人の後を追おうとしていた。彼の形相は異様であった。 いつも小さくひっこんで見える眼が、三、四倍の大きさにとび出して見えた。眼光というものが、心のエネルギーの象徴であることを、思い知らせるような眼の色であ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  牧谷の弁解によって、あの手紙にまつわる疑いも憎しみも怒りも、寸時の間に洗い流されてしまったというのであろうか。夫婦の相剋とは、そんなに根の浅い単純なものなのであろうか。二人の間には、わたくしには理解出来ない中年夫婦の不可思議な調和の妙味があるのであろうか。どうもそうだとしか思われない。 これは俗にいう腐れ縁による諦感ではなさそうだ、又お茶漬の味というような、さらりとした洒脱なものでもなさそうだ。 [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  夕食は何時ものとおり、日本間でおこなわれた。牧谷は自分で老酒を買ってきて、漬物をつつきながら、独酌でちびりちびりとやり出した。アルコールが入ると、彼のむっつりした口は軽くなった。二、三合が適量らしく、四合びんの三分の二くらいの量を飲み終るころになると、彼はいたって上機嫌になり、子供をからかったり、わたくし達にも笑談をいったりした。 牧谷夫人は夫の独酌には無縁のような顔をして、箸を動かしていた。こ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「まかせておいて下さい」 彼らは自身ありげに、又興味ありそうに、にやにや笑いながらいった。 四、五日して牧谷が何食わぬ顔をしてかえってきた。彼は郷里の長野の様子や、三日間滞在した満州の旧友の近況などを、手短かに語ってきかせた。これは牧谷夫人には相通じる話であったが、外の者には関心がもてなかった。 牧谷が疲れたといって日本間にひきこもり、家族だけの拠城にとじこもってしまうと、再び以前の空気が家中に [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •   不可解な調和 わたくしは、牧谷夫人を悲歎と絶望から救ってやらねばならないと考えた。牧谷の心をもう一度、夫人と子供の上に引き戻さねばならないと思った。 翌日、わたくしは、階下の青年達の部屋を訪れ、一部始終を語って彼らの協力をもとめた。 牧谷夫人は戸松が帰ってきたら牧谷と離別し、内地へ帰れるよう相談にのってもらうつもりだといっていた。 青年達は、戸松の耳には入れるべきでないという意見だった。牧谷が [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  彼女はくやしいのだ、憎いのだ、苦しいのだ、そして愛に絶望しているのだ。この最大限に膨張した複雑で純粋な感情を、単純に嫉妬とよぶことはふさわしくない。 それは信愛していた者から裏切られた衝動による心の瓦解ともいうべきものであった。信ずる者に突然刃をつきつけられた時の、あの取り乱した狼狽と絶望であった。 彼女の悲しみは、やがて、ひたひたとわたくしの心にも伝わり、しみとおり、やがてすっぽりとわたくしの [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「あなた、結婚なんてつまらないものよ。男って信じるに足りないものだわ。女の子には母親は結婚なんてすすめるもんじゃないわね。こんな目に会わせるなんて、かわいそうよ」 牧谷夫人の頬からは涙があふれるように流れおちてきた。いままで怒りにせき止められていた涙が、一度にどっと噴き出してきたかのようであった。 頬に垂れ下っている髪の毛と、あふれては落ちあふれては落ちる涙との対比は、彼女の失望と悲憤をいっそう [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •   夫人の絶望 「女のところへわたし手紙をやるわ。上海に妻子がぞろぞろいることや、貧乏していることや、あんたは騙されているんだっていうことなんかを全部書いてやるわ……びっくりさせてやる……」 牧谷夫人は憤然といい放った〜かと思うと、今度は急にがっくりと肩を落し悲痛な声でいい出した。 「あ〜あ、わたし牧谷の為に随分苦労してきたのよ。彼に期待をかけて辛抱してきたのよ。それなのにどうでしょう、勝手なもの [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  わたくしは黙ったまま、彼女の言葉に頷いた。牧谷と恋愛とを結びつけて考えることは滑稽であったが、牧谷夫人や堀下夫人が事実として深刻に認めているところをみると、肯定しないわけにはいかなかった。じっさい、中年の男の心理など、わたくしの理解の外にぞくするものであった。 それにしても、あのいかめしい顔をした牧谷が、どんな眼をし、どんな口をして、女を口説いたものであろうか。わたくしには想像もできないことであ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「こんな事になるんなら、一人で内地へ帰すんじゃなかったわ。内地の女は真面目だからね。その女も真剣なのよ。上海に来る決意でいるのよ。牧谷と一緒になる気でいるのよ。 堀下さんの奥さんはいってたわ。この勢いでは必ず上海にやって来るだろうって……あの人、わたしにこっぴどい事を書いてやれっていうのよ。こんな事は、牧谷にまかせておいてはいけないっていうのよ」   (43 43' 23)にほんブログ村FC2 Blog Ranking [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  牧谷のあの田舎武士のような武骨な風貌、むっつりとした重い口、それにもまして五人の家族を背負って人生と闘ってきたきびしい生活の年輪、そういうもののすべてが、彼と恋とを無縁なものにしているように思えてならないのであった。牧谷が恋のとりこになることなど、とても本気になって考えられない事であった。 しかし、今の牧谷夫人は、世界中の女が全部自分の夫をねらっているような妄想にとらわれていた。夫の心がすでにそ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「牧谷は上海には妻子はいないような事をいっているのよ。女が来たら何んとかなると思ってるんだわ、きっと……ほんとに憎い奴だわ」 牧谷を考えるとき、彼女の感情は怒りに激し、手紙の女の感情と意志をみつめるとき、それは怖れに変えるようであった。 しかし、どうもわたくしには、手紙の内容が実感となってせまって来なかった。   (43 43' 23)にほんブログ村FC2 Blog Ranking [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「まさか……まさか……その人は牧谷さんの奥さんになろうと思って来るんじゃないでしょう。上海に憧れて、牧谷さんを手蔓にしてくるんじゃいの」 「そんなあっさりした手紙じゃないわよ。牧谷に妻子のあることなんか、てんで念頭においていない手紙よ。だから怖いわ。一途な女じゃないかと思うの。一時も貴男の事を思わぬ日はありません。今頃は京城、明日は奉天と貴男の旅といっしょに私の心も旅をしていますなんて書いてある [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  それほど、彼女の両肩に垂れ下った髪の毛は、彼女の苦悩を象徴していた。彼女が背中にむかって揃えるように櫛けづっても、直ぐるぐると前の方に乱れよって来るのであった。ぽっちゃりとした豊かな頬に、筋をひくように流れている幾筋かの黒い毛は、もの悲しさといじらしさを誘いたてずにはいなかった。 「よっぽど貴方を悲しませるような内容だったのね。どんなことが書いてあったの」 わたくしは彼女の悲しみをそっと受けとる [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  彼女の顔に、ちらっと悔いと反省の色がうかんだ。 「それはそうよ。悩み苦しんでいる時には、わずかな刺激にも感情が破れやすいものなのよ。子供も災難だわね」 わたしが苦笑すると、彼女もはじめて口元を曲げて笑うような表情をしてみせた。そして思出したように、あわてて髪を二、三回櫛けずった。 髪の乱れは心の乱れと密接な関係があるようだ。その日の彼女の印象的な姿を思出す度に、わたくしは何時もそう考える。    [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  やがて、思い切ったようにくるりとこちらを向くと、彼女は髪を垂らし、櫛をもったまま近づいてきて、わたくしの前の椅子に腰をおろした。 「昨日の手紙ね、あれ、牧谷がかえるまでそっとしておこうと思ったの。だけど、どうも気になるので、ゆうべ、堀下さんの奥さんに相談してみたのよ」 堀下夫人は牧谷の留守中、日本間で牧谷夫人母子といっしょに寝ていた。おそらく寂寥たる夜更の静けさに、いたたまれない気持になって、苦 [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •   牧谷夫人の怒りと怖れ 部屋に帰ってみると、牧谷夫人は髪をたらしたまま、鏡の前に凝然とたちすくんでいた。髪をまとめあげる気になれないのか、それとも鏡の中の自分と対応しつつ、散乱した心をひろい集めようとしているのか、愛嬌のあるまるい鼻も、二十顎も、内面の緊張につよく引き締められて暗い影をくまどっていた。 「どうしたのよ、奥さん……」 ソファーに帰ったわたくしは、とがめるように声をかけた。 すると彼 [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  子供は、泣きじゃくりながら、とぎれとぎれの声で詫び言をいった。 この頃になって、わたくしはやっと昨日の手紙を思出した。そして、母と子の感情が食い違っていることに気づいた。 子供の我儘が、母親の感情を刺激したことは事実であったが、それ以前に、母の感情は内面的に膨張し、たぎりたっていたに相違ない。それは、大人の世界で発酵し膨張したものであって、子供の関知しないものであった。 わたくしは隆義の肩に手を [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  荒々しく幼い子供に絶縁をいいわたしている彼女の顔は、絶望的な影にくまどられ、青白んでいた。彼女は右手の櫛をぐっと額の生え際からさし入れて、一気に後頭部にむかって走らせた。後にたれていた毛髪は、櫛につられて中吊となり、次の瞬間には死にかかった蛇のように、くたくたくたくたと肩に垂れこぼれていった。 彼女は髪をまとめることを忘れてしまったかのように、首をふり立てながら何度も何度も荒々しく櫛けづりつづけ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  「お母ちゃんはもう死んじゃうからねッ」 牧谷夫人は再び悲愴な声をあげた。子供を叱る言葉にしては激烈にすぎるようだ。平素おだやかな彼女の言葉にしては、大分調子が狂っている。 子供も敏感に何事かを感じとったのであろうか、おずおずと母親に近づいてきて、じっと母親を見上げた。そして鏡のふちをそっと撫でながら「ごめんね、お母ちゃん、ごめんなさい……」といった。 この子は尚義のような強い個性はなかったが、素 [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •  朝食後、「アンナ・カレーニナ」に読みふけっていたわたくしは、背後にひびく牧谷夫人のヒステリックな声にびっくりして振り返ってみた。何時そこに来たのか、南側の壁にすえられた大きな姿見の前に立って、彼女は髪をとかしているところであった。長い間パーマもカットもわすれられてしまった毛髪は、平安朝の童女の髪のように、素直にのびてゆたかに両肩にたれ下っていた。 「お母ちゃんは、もう知らないッ」 彼女は鏡に向っ [続きを読む]
  • 第二巻受難の巻
  •   ヒステリックになった牧谷夫人 その無風の倦怠の園に、ある日、突如として一陣の風が吹きこんできた。そして、ゆっくりゆっくり旋回しつつ、怪しげな旋風となって人々の心を吹きたてていった。 それは牧谷にあてた女性の手紙で、長崎の料亭か旅館かで働いている女からのものであった。これは白痴化した頭を刺激するには、この上もなくかっこうの刺激剤であった。 郵便箱からそれを取り出してきた堀下夫人は、半分冷やかし半 [続きを読む]